4月1日(13) 『多分、あんたと同じ事を願うと思うよ』の巻
キマイラ津奈木は語り始める。金郷教という宗教団体の歴史を。
「金郷教は平成元年、ある空手教室を母体に設立されました。設立以前は宗教とは関係なく、皆さん健康のために空手をやっていたらしいです。しかし、ある日、師範が教室に禅を導入しまして。それにより、空手教室は宗教という属性を獲得してしまいました」
「属性を獲得……?禅って仁教の……そう、坐禅とかやるやつだろ?何で禅を導入するだけで空手教室が宗教集団になるんだよ」
「いえ、禅をやっただけで組織は宗教集団にはなりません。ただ、空手教室が宗教という属性を獲得した事により、ある秘密結社との繋がりを得てしまいました」
「秘密結社……?もしかして、それって、価値なきものに金塊をの事?国際魔導連合『magica』が秘密裏に追っているって噂されているあの」
鎌娘は驚いた感じの声色でキマイラ津奈木に尋ねる。
見知らぬ単語が沢山出て来たため、俺の頭はショートしかけていた。
なんだよ、デウスとかマギカとか。素人でも分かるように話せや、オラ。
「ええ、かの有名な秘密結社です」
有名な秘密結社は秘密結社とは言わねぇよ。
ただの結社だ。
このシリアスな雰囲気を壊さないため、俺はツッコミの声をグッと堪える。
「宗教という属性を得た空手教室は秘密結社価値なきものに金塊を接触した事により、宗教集団『金郷教』へと変貌しました。そして、金郷教を立ち上げた前教主はガイア教と仁教の教えを積極的に取り入れ、ある目的を掲げるようになったのです」
「ある目的……?それが神器を造るって事か?」
「少し違います。『神の御業を再現する事により生活を豊かにする』ガイア教と『神がいる神域に辿り着く事を目的とした』仁教の思想をミックスさせた前教主は神の恩恵を直接授かるため、理想郷を造ろうとしました。その計画名及び儀式名が『神堕し』。神器という器に神ガイアを降す事で、私達は全ての人を『金の郷土』に送り出そうとしたのです」
話のスケールが大き過ぎる上、抽象的過ぎてよく分からなかった。理想郷を造る?理想郷に辿り着く?そんなので本当に全ての人が救われるのか?首を傾げる俺なんかに構う事なく、彼は淡々と語り続ける。
「数年前の夏、価値なきものに金塊をの力を借り、私達は1回目の『神堕し』を行いました。しかし、儀式はある魔法使いによって妨害され、失敗。前教主を含む大多数の信者達は『magica」に捕縛されました。しかし、金郷教の信者であり魔術師でもあった青年が教主となり、金郷教は形を変えて再始動する事になったのです。それから私達は儀式を成功させようと足掻きました。その結果、生まれたのが………」
彼は部屋の隅で怯える美鈴を見て、悲しそうな顔をする。
彼女はそんな彼の顔を見る事なく、恐怖で震えていた。
「貴方が守ろうとしている少女なのです。私達は信者達の子どもを神器になるよう加工致しました。度重なる失敗を経て、ようやく出来たのが彼女なのです」
失敗の内容は敢えて聞かなかった。
今、聞いたら彼を殴り飛ばすと直感したから。彼は俺の心情を悟っているのか、露骨に俺から目を逸らした。
「4月4日午前4時44分。漢字文化圏かつ365日の中で最も忌み数が並ぶその日に『神堕し』を行うため、我々は念入りに準備をやってきました。しかし、3月30日。数年前の事件で解放され、社会復帰を果たした元信者達が我々の計画を邪魔するために神器である彼女を逃したのです。そして、彼女は何の因果か貴方と遭遇した。以上が、私が話せる範囲での情報です」
「大体承知。つまり、教主をぶっ倒すのが1番手っ取り早いってことだな」
「すみません。私の話、聞いていました?」
彼の長過ぎず短過ぎない話を聞き終えた俺は鎌娘を解放する。
「は?あんた、ちゃんと話聞いていたの?どうしたらその結論になる訳?」
咳き込みながら鎌娘は俺の事を馬鹿にする。
「じゃあ、お前は4月4日まで美鈴を隠れ切れると思うか?きっと金郷教の信徒らは美鈴の事を血眼になって探すと思うぞ。こういう正義感に駆られた奴らに限って、タイムミリットが迫れば迫る程、手段を選ばないようになる。俺の体力や周囲の損害を考えたら、どう考えても殴り込みするのが1番合理的だ」
「そんな面倒な事しなくても儀式場から遠く離れた所に移動すれば良いでしょうが」
鎌娘は溜息交じりに俺を馬鹿にし始める。
「その儀式場って、東雲市にある本部の事でしょ?なら、そこから日帰りで連れて帰れないような所に逃げれば良いだけじゃないの」
鎌娘は誰が聞いても合理的だと思える考えを口に出す。
先程まで殴り込みに行こうぜと言っていた自分が恥ずかしくなってきた。
「どうやって逃げるのです?空港や駅は信者達が見張っています。加えて、東雲市や日暮市には金郷教と息のかかった警官だっています。それに、私以外の残りの幹部もいるのですよ?彼等が素直に逃すとお思いで?」
「よし、殴り込みするしかないみたいだな」
「「それが1番ない」」
キマイラ津奈木と鎌娘の声が重なる。
お前ら、仲良しかよ。
間抜けな発言により、発言権を喪失した俺は美鈴の方を見る。
彼女は俺と目を合わせると、速攻で俺から目を逸らした。
地味に精神的ダメージが入る。
俺が部屋の隅で“へ”の字を描いていると、唐突に玄関の扉が開いた。
「信者達が沢山、か。仮にその言葉が本当だったら、君は1人でここに来ていないんじゃないのかな?君達は計画の要である神器を是が非でも取り戻したいんだろ?だったら、全員で司に挑んだ方が確実に取り戻せる筈だ。けど、君達はそれをしなかった。つまり、君達幹部はそんな余裕がなかったって事だ。いや、そもそもフリーの魔法使いを雇う事自体、余裕がないって言っているようなもんだ。違うか?」
聞き慣れた声が廃墟と化した室内に響き渡る。
入り口の方を見ると、そこには私服姿の啓太郎が立っていた。
「な、……何者!?」
鎌娘は啓太郎を見るや否や警戒し始める。
彼はココアシガレットを口に咥えると、面倒臭そうに自己紹介を始めた。
「通りすがりの石油王だ」
「ナチュラルに嘘吐いてんじゃねぇよ、お巡りさん。で、何でお前がここにいるんだ?どうやって俺らの居場所を……」
「こんな事があろうかと、美鈴ちゃんに発信器入りのキーホルダーを渡しておいたのさ」
美鈴は鈴みたいな形をしたキーホルダーをポケットの中から取り出す。
多分、あれに発信機を入れていたのだろう。
「まさか気になる女の子にあげる予定だったそれを君なんかに消費するとは。司、この借りは合コンだけじゃ済まないぞ」
「シンプルにキモい」
こいつはGPS付きのキーホルダーを女の子にあげてどうするつもりだったんだろう。
後で雫さんに報告しなければ。
啓太郎は口に咥えていたココアシガレットを噛み砕くと、話を本題に引き戻す。
「話は全部隠れて聞いていた。美鈴ちゃんをどこか遠くに逃がすんだろ?殴り込みなんて無謀な作戦を実行するよりも、そっちの方が合理的だ。外に車を停めている。お望みなら、北海道から沖縄まで日本国内なら何処にでも逃してあげられるよ」
「けど、美鈴の保護者……」
「いないよ、そんな人」
美鈴は吐き捨てるかのように事実を告げる。
そして、美鈴の保護者を探すという選択肢は、最初から取れなかった事を瞬時に理解した。
「どんな人が私の親なのか知らない。だって、会った事がないんだもん」
重い沈黙が室内に満ちてしまう。
親の愛を生まれてから一度も受けたことがない美鈴を見て、なんて声をかけて良いのか分からなかった。
「それに、私の両親も金郷教の人だから。多分、今の私も行動を知って、物凄く怒っていると思う」
キマイラ津奈木の方を見る。彼は気まずそうに俺から目を逸らした。
「なるほど。金郷教の教えとやらは、僕らが思っているよりも立派なものらしい」
啓太郎は珍しく怒ったような皮肉を飛ばす。
キマイラ津奈木は答えるつもりがないのか、吐き捨てるように、こう言った。
「……さっさと逃げなさい」
キマイラ津奈木は力なく床に寝転ぶと、ヤケクソ気味に吐き捨てる。
「私はそこの少年から受けたダメージで立てませんから逃げるのなら今の内がチャンスですよ」
「お前、……僕らを見逃すのか?」
キマイラ津奈木は色白の顔で俺達の瞳を見つめると、鼻で笑い始める。
「まさか私が殴られた程度で改心するとでも?冗談じゃない。私は全ての人に救いを与えるんです。その機会を不意にする程、私は子どもではありません」
部屋の隅で震えていた美鈴が今にも泣き出しそうな顔をする。
そんな彼女を彼は目を背ける事なく、じっと見つめていた。
「回復次第、貴方達の跡を追います。私が駆けつけるまで精々足掻きなさい」
キマイラ津奈木は自らの頬を強引に吊り上げた。
それを見た美鈴は恐怖で身体を強張らせる。
俺は彼女を安心させるためだけに、彼女の前に立った。
そして、彼の目を見て、こう言った。
「ああ、いつでもかかって来いよ。あんたの気が済むまで付き合ってやるから」
俺がこの言葉を吐いた途端、彼は目を点にした。
自分を認められた事が意外だと言わんばかりの表情で俺をじっと見つめる。そんな顔をする理由が皮肉抜きでさっぱり分からなかった。
「貴方は……」
“貴方は私を認めるのか”という言葉をキマイラ津奈木は放つ事なく、飲み込んでしまう。
何故、彼が途中で言葉を止めたのか分からなかった。
だから、俺は“あんたのやり方は間違っていると思うけど、あんたが抱いている理想──全ての人に祝福を──は間違っていないと伝えようとした。
が、美鈴が近くにいたから、その言葉を言う事はできなかった。
もし彼女を追い詰めた彼に賛同する言葉を吐いたら、彼女をより一層不安な気持ちにさせると思ったから。
俺はそれ以上、彼に言葉をかけることなく、美鈴の手を引いて、啓太郎が乗ってきた車の下へ向かい始める。
「……もしも」
キマイラ津奈木の声が俺の動きを止める。振り返った俺は再び彼と向き合った。
空気を読んだ啓太郎は俺から美鈴を奪い取ると、彼女を連れて部屋の外に出る。
鎌娘も彼の車に乗るために部屋から退室した。
残った俺は彼の疑問に耳を傾ける。
「もしも、何でも願いが叶うとしたら、貴方は何を望みますか?」
キマイラ津奈木は縋るような眼で俺を見る。
残された俺は誰もいない事を良い事に、自分の気持ちを正直に吐露した。
「多分、あんたと同じ事を願うと思うよ」
キマイラ津奈木が俺から何を聞き出そうとしたのか分からなかった。
だから、俺は彼に“あんたの理想は間違いじゃない”と暗に告げた。
彼は俺の答えに満足したのか、子供っぽい笑みを零し、満足げに目を瞑ると、そのまま黙り込んでしまった。
改めて、彼の顔を見る。
彼の顔は遊び疲れた子供のように見えた。
車の方に移動する。
美鈴と鎌娘は既に車の中に入っていた。
啓太郎は車に乗り込む事なく、ココアシガレットを口に咥えながら、車に乗り込もうとする俺に声をかける。
「守ってあげないとな、美鈴ちゃんを」
珍しく、真剣な表情を浮かべる啓太郎の言葉に同意する。
「ああ、あいつの親の代わりに」




