4月22日(19) 「綺麗事では人は救われない」の巻
数時間前、バイトリーダーと別れた後、俺はカラオケ屋の店員に頼み込んで、電話を貸して貰い、啓太郎に電話した。
そして、東雲市に天使が現れた事、バイトリーダーが単身で追っているからフォローしてくれという趣旨の内容を彼に伝えた。
こういう協力の要請の仕方なら、"絶対善"とは関係なしに啓太郎達の立場を損なう事なく、彼等には協力を頼み込む事ができるだろう。
そう思った俺は"絶対善"に喧嘩を売った事を伝える事なく、彼にバイトリーダーを助けてやってくれという電話をした。
なのに。
「何でお前がここにいるんだよ!?バイトリーダーをフォローしてくれって頼んだだろうが!?」
俺は白目を剥いて気絶した啓太郎の胸倉を掴むと、何故ここに来たのか問い詰めた。
彼はすぐさま気絶から立ち直ると、事の顛末とやらを俺に教える。
「……そのフォローなら、今、鎌娘と雫先輩がやっている。僕は魔法も魔術も使えないからね。暇を持て余していたから、ここに来たっていう訳さ」
「協力してくれたって言う俺が言うのもアレだが、暇を持て余してるんなら職務に戻れよ、税金泥棒!!」
「残念だったな、司。僕はまだ怪我が完治していないから、復帰する事ができないんだ」
そう言って、彼は自業自得で複雑骨折した筈の足首を被害者面しながら俺に見せつける。
「だが、こんな僕にでもできる事はある。例えば、SM大好きサディスト透子とプレイに勤しんでいた『magica』の副団長であるテリなんとかを人狼の長に引き合わせたりとか」
「は?え?テリヤキ君、今、この宿にいんのか?」
「今、人狼の長である小鳥遊君とやらの父と交渉中だ。僕の"全部天使の所為にすれば良いんじゃね?"発言により、"絶対善"を団長の座から引き摺り下ろす作戦も同時進行に企てている」
「作戦?」
「魔道士達と人狼は天使の登場により一時結託するが、魔族嫌いの"絶対善"が結託を拒否。それにより、数多の犠牲者が出てしまったという架空のストーリーで人狼達の身の安全を守り、かつ副団長を出世させようという作戦だ。どうだ?司、君では逆立ちしたって思いつかないアイデアだろ?」
「殆ど俺らが考えた案じゃねぇか!!さり気なく俺らの手柄を横取りしてんじゃねぇよ!いつもいつも美味しい所だけ奪い取りやがって!!」
「"絶対善"は僕らの結託を一蹴した上で天使に返り討ちにされたっていう設定で押し進めたいから、司、さっさと"絶対善"討伐をしてくれ」
「面倒な所だけ押し付けてんじゃねぇよ!!」
「というか、こんな事をしている暇があるのか?小鳥遊君を追いかけるんじゃなかったんじゃないのか?脇道逸れていいのか?」
「お前の所為で脇道逸れたっつうの!!」
啓太郎にプロレス技をかけようとするが、本当に時間がなかったため、彼を見逃す事にする。
「車は外に停めてある。さっさと足が不自由な僕を連れて、車に向かうんだな」
「車の鍵だけ渡せ、俺が運転する」
「無免許運転するつもりなら、ここで逮捕するぞ」
「仕事サボってんのに、肝心な時だけ警察面してんじゃねぇよ!!」
「無免許運転は法律違反だからね!?警察じゃなくても止めると思うよ!!」
美鈴が正論をぶつけて来た事で閑話休題。俺は啓太郎を背負った状態で車の下へ移動する。
小鳥遊弟を特定する術を持っていないので、四季咲と美鈴にも着いてきて貰った。
車の下に向かう途中、今にも死にそうな顔をして、包帯塗れの右腕を押さえた狼男が俺らの前に現れる。
そして、狼男はこんな事を言い出した。
「……頼む、私も、連れて行って貰えないか?」
「え、嫌だ」
俺におんぶされている啓太郎は即座に狼男の頼みを一蹴する。
「副団長や人狼達はともかく、僕は君を信用する事ができない。君は彼等と違って、この騒動がどう転んでもメリットはあっても、デメリットはないからね。何か企みがあるのだろう?」
これまでの経緯を把握していない啓太郎は、狼男を警戒しているのか、吐き捨てるように呟く。
「魔導士達の魔族への偏見をなくすため……」
「理想論だけを掲げる奴は信用できない。漫画やアニメでよく見るだろう?歯が浮くような理想論を掲げ、主人公のために尽くしてくれたキャラが、話の後半で実は敵でしたっていう展開を。それと同じだ、裏切るフラグビンビンに立っている奴を僕は信用できない」
「現実と創作をごっちゃ混ぜにすんじゃねぇよ。こいつは俺らのために腕を犠牲にしたんだぞ、そんな奴が悪い奴な訳ねぇだろ」
「司。今の時代の敵キャラは、主人公を信用させるためなら、腕の1本2本を犠牲にできるんだぞ。そこら辺、分かってて言ってるんだろうな?」
「リアルとフィクションをごちゃ混ぜにするような奴が、偉そうに今の創作界語るんじゃねぇよ!お前みたいな奴がいるから、オタクは犯罪予備軍みたいな事言われんだぞ!悔い改めろ!!」
「だが、君も彼を信用し切れていないのは同じだろ?」
啓太郎はふざけるのを止め、単刀直入に俺の隙を突くような質問を打つける。
落差の所為で、俺は咄嗟に彼の質問に答える事はできなかった。
「レリザリー・リリールヌーノ。君の話は、"黒雷の魔法使い"から聞いている。だから、隠そうとしたって無駄だ。何故、魔族殺しの専門家が、魔族を救うために動こうとしている?君の仕事と矛盾しているんじゃないのか?」
「善良な魔族を守るためだ」
狼男は苦しそうな表情を浮かべているにも関わらず、それでも余裕を感じられる大人な笑みを浮かべる。
その姿はダンディな大人みたいで非常にカッコ良いと思った。
「仕事で魔族を狩っているのは、何も悪い事をしていない魔族を守るためだ。本当に悪い奴は殺さなければ止まらない。善良な魔族を守るため、私は……いや」
狼男は自嘲する。
すると、ダンディな大人みたいな雰囲気は一気に崩れ、癇癪を起こす子どもみたいな表情を浮かべ始めた。
「ただ、憎かっただけだ。本当に悪い魔族を。自分の利益のためだけに人を脅かす悪を。その悪の所為で何も悪い事をしていない私達を身勝手な正義で裁く魔導士達を。……そして、私の母の命を奪った偏見を。私はずっと……ずっと………」
狼男は"憎み続けている"という一言を絞り出すかのような声量で呟く。
さっきまで大人だと思っていた彼は、恥も外聞も掻き捨てて、自分の感情を包み隠す事なく吐露した。
その姿は同情を誘うもので。彼の背景を知らない俺でも、まるで彼の半生を知っているかのような態度で共感してしまった。
「君の背景がどれだけ悲惨だったのか僕は知らない」
が、啓太郎は空気を読む事なく、狼男の感情をバッサリ切り捨てる。
「司みたいな馬鹿で愚かな子どもと違って、僕が無条件に信じる事ができる者は、心を許した者だけだ。僕と君が初対面である以上、たとえ君に重々しい過去があったとしても、僕は君に同情しないし、君の事を信用したりしない。要するに泣き落としは通用しないって事だ。君に守りたいものがあるように、僕にも守らなければいけないものがある」
そう言いながら、彼は事前に用意していたであろう契約書を取り出す。
「取引だ。レリザリー・リリールヌーノ、僕らが君の望みを叶えてやる。その代わりに日本円で1億円相当の金額を人狼達に払え」
契約書の内容をチラ見しようとするが、啓太郎に阻まれる。
「何故、1億が必要なんだ……?」
「人狼達が元の日常に戻るために必要な金額だ。よくよく考えてみたら分かるだろう。彼等は2週間近く労働ができない状況に追い込まれているんだ。たとえこの騒動が丸く収まっても、短気な経営者が首を切った所為で元の生活に戻れない人が続出するかもしれない。もし君が本当に善良な魔族のために動いているのなら、彼等の補填をするくらい快く引き受けてくれるだろう」
おんぶしているため、啓太郎の表情はよく分からない。
だが、バイトリーダーがいつも浮かべているような意地の悪い表情を彼が浮かべているのは、見なくても理解できた。
「綺麗事では人は救われない。レリザリー・リリールヌーノ。もし君が人生を懸けて、理想を叶えたいのなら、地に足をつけて生きるべきだ。そう思わないか、司」
「なにそれ嫌味か?考えなしに走り続けている俺に対しての嫌味か?ああん?」
狼男は躊躇う事なく、左親指を噛むと、契約書に血判を押す。
「君も承知している通り、この契約書にはある魔術がかけられている。もし契約を破棄するような真似をしたら、君は命を……」
「これが私の覚悟だ。人狼達を元の日常に戻す。その言葉に嘘偽りはない」
「合格だ。よし、司。さっさと車まで僕を運んでくれ」
あっさり狼男を信用できる者として落とし込んだ啓太郎は、偉そうな態度で俺に指示を飛ばす。
面白くなかったので、俺は小言を言わせて貰った。
「運んでください、お願いしますだろうが」
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