4月22日(16) プリンとタンポポの王冠とあの時の彼女の気持ちの巻
襲われた人狼達や狼男は、一般の病院を使えない──何でも魔族は人間との身体の構造が違うため、魔法や魔術に長けた特殊な医者に診て貰わないといけないらしい──ため、とりあえず俺は、人狼達の主治医である魔術師の指示に従って、比較的傷が浅い人狼を引き連れて、予備校跡地の近くにあった民宿に向かった。
主治医とやらに事情を聞いていたのか、民宿の女将は何も言わずに傷ついた人狼達を大広間に案内した後、彼等に応急処置を施してくれた。
しかし、女将も医学に長けている訳ではなかったので、応急処置以上のものはできなかった。
人狼達の主治医が来るまで、予備校跡地で狼男や重傷を負った人狼達に応急処置以上の処置を施したのは、四季咲と美鈴だった。
傷を癒す魔術を美鈴から教えて貰った四季咲の尽力により、重傷を負った狼男達は、何とか一命を取り留めた。
彼女達が頑張っている間、俺は彼女達の活躍をただ見守る事しかできなかった。
理由は至って簡単。
俺に魔術を使える程の知能がなかったからだ。
2桁の掛け算も暗算でできない程に低脳な俺では、傷を癒す魔術を習得できなかったため、ただ黙って彼女達の背後姿を眺める事しかできなかった。
彼女達が重傷者に治療を施し終わる頃、人狼達の主治医──桑原病院に勤務している男性。俺も入院する度に怪我を診てもらっている顔見知りだった──がやって来たので、治療に関して殆ど素人である俺、美鈴、小鳥遊弟、四季咲は大広間から追い出されてしまった。
大広間から出た俺は窓の外に広がる夜空を視界に入れる。
どうやらとっくの昔に陽は沈んでいたらしい。
女将さんに案内されるがまま、俺達は女将さんが用意してくれた夜ご飯を胃に詰め込んだ。
食事中、誰も喋る事はなかった。
俺は何を食べたのか分からない状態のまま、とりあえず胃に食事を詰め込むと、まだ食事中の美鈴達を置いて、女将さんが用意してくれた寝室に向かう。
寝室は六畳一間の和室だった。
畳の上に敷かれた布団の上に乗っかっている男用のジャージを見た俺は、首を傾げる。
「その格好ではお身体に障るでしょう」
茶菓子を持って来た女将さんは俺──上半身は半袖。羽織っていたジャージは応急処置の際、破り捨てた──と赤い着物を交互に見る。
「生憎、今この宿にある衣服でお客さんが着られるのは、その着物しかございません。また外に出られるのでしょう?それなら、それを着た方が良いかと」
「……良いのか?俺が着たら、このジャージ、ボロボロの状態になって返ってくると思うぞ……じゃなかった、思いますよ」
「良いですよ、その服はもう貴方のものですから」
女将さんは俺にジャージを贈呈すると、涼しい顔のまま、部屋から出ていく。
女将さんが出て行った事を確認した俺は、赤い新品のジャージに袖を通すと、布団の上に寝そべる。
そして、寝転がった俺は、深い溜息を吐き出した。
今回、ここまで被害が拡大したのは、俺が慢心していたから。
もし最初から"絶対善"対策なんか考えずに、さっさと人狼達の下に向かっていたら、被害を最小限に留めることができていた筈だ。
枕に顔を埋め、胸の中に残る後悔と自責と向かい合う。
すると、誰かの足音が部屋の外から聞こえて来た。
子どもの足音だ。
枕に埋めていた顔を上げ、部屋に入って来た奴が誰なのか確認する。
部屋の扉を開けたのは美鈴だった。
彼女は心配そうな顔をしながら、俺の顔を覗き込む。
そういや、食事中……いや、ここに来る前から必要最低限の会話しかしていなかった事に気づく。
俺の口数が少ない所為で、美鈴を心配させてしまったのだろう。
失敗してしまうと、……いや、余裕がなくなると、いつもこうだ。
問題を先送り時、感情的になった時、そして、調子に乗った時、俺はいつも状況を最悪なものにしてしまう。
金郷教の時もそうだ。
美鈴と自分の悩みを放置した結果、最悪な状況を招いてしまった。
魔女騒動の時もそうだ。
感情的になった結果、四季咲が抱えていた地雷を的確に踏んでしまい、状況を悪化させてしまった。
自分の未熟さを痛感しながら、俺は美鈴に自分の動揺を悟られないように取り繕うとする。
「み、美鈴、どうした?何か用か?」
美鈴は俺の質問に答える事なく、悩んでいるような雰囲気を醸し出しながら、布団の上に寝転がっている俺の隣に座る。
隣に座った後も、彼女は言葉1つ発する事はなかった。
美鈴に気を遣わせている事に気づいた俺は、彼女に何か言おうとする。
が、何を言って良いのか分からなかった。
静寂に包まれる室内。
外から車のエンジン音が聞こえて来た。
美鈴は戸惑った様子で俺と手に持ったものを見る。
"何を持っているんだ?"
そんな簡単な一言を、何故か言う事ができない。
いや、理由なんて既に理解している。
怖くて言えないだけだ。
自分で自分を責めた方が楽だから。
人に責められる方が何倍も辛いから。
だから、俺は言葉を紡ぐ事ができないのだと思う。
つまり、俺は美鈴に責められないように自衛しているだけなのだ。
いや、美鈴だけじゃない。
俺が四季咲達や小鳥遊弟達と必要最低限の会話しかしていなかったのは、彼女達に責められないようにしていたからだ。
どんどん自分への呪詛だけが募っていく。
どんどん自分の事を嫌いになっていく。
俺が再び枕に顔を埋めたと同時に隣に座っている美鈴が少しだけ動いた。
一瞬だけ身体を硬直させてしまう。
詰られると思って、身構えてしまう。
けど、彼女は何も言わなかった。彼女の方を見る。
彼女は俺の枕元にプラスチック容器を置いた。
容器の中にはプリンが入っていた。
夕ご飯に出されたものだ。
俺の分は食事の時に摂取した筈なのに。
美鈴が持って来たプリンをぼんやり眺める。
プリンの容器にはタンポポの花が描かれていた。
"さっき俺が食べたプリンにはタンポポのイラストなんてなかったのに"と思いながら、未だに隣に座り続ける美鈴を見る。
彼女の右手には黒のマジックペンが握られていた。
もう1度、プリンの容器に描かれたタンポポの花を見る。
そして、俺は容器の上に置かれたスプーンを手に取ると、プリンを食べ始めた。
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、ブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、そして、新しくブクマしてくれた方、本当にありがとうございます。
次の本編の更新は12時頃を予定しております。
また、本日11時頃にはブクマ100件突破記念短編『価値あるものに花束を前日譚〜異世界に転生して爆乳獣耳美女や金髪爆乳美少女達におっぱいアイ枕とかおっぱい膝枕とかして貰うのが夢な俺は、現実世界にて悪霊(?)に取り憑かれた厨二病患者(凶悪)と闘う』(https://ncode.syosetu.com/n5024gw/)を投稿します。
4月7日23時59分までの限定公開ですが、読んでくれると嬉しいです。
あと、新連載『王子の尻を爆破してお尋ね者になった悪役令嬢とコスパが悪過ぎるという理由で追放された魔導士と自由を求めて奴隷になった魔王の娘と浮島に呼び出された俺。〜頼むからお家に返して…え?んな事言ってももう遅い?〜』(https://ncode.syosetu.com/n5562gw/)も11時頃から投稿開始します。
もしよろしければ、こちらもよろしくお願い致します。




