4月22日(12)「通りすがりの学生だ」の巻
午後1時。
カラオケ屋から出た俺達はテリヤキ君と別れる。
四季咲達から待機を命じられた彼は、再びサディスト透子の下に戻った。
……どうやら俺が予想していたよりも、彼はサディスト透子に魅了されたようだ。
自分のしでかした事を少しだけ反省しながら、俺は彼の背後姿を見送る。
その後、俺達は喜多駅行きのバスに乗った。
「さて、神宮。これからどうするつもりだ?」
「先ずは人狼達が潜伏していると思われる喜多駅の近くにある予備校跡地に行くか。多分、そこにいるだろ」
「なあ、本当にその予備校跡地に僕の家族……人狼の大人達はいるのか?」
「そこに潜伏している可能性が高いだけで、必ずそこにいるとは限らない。まあ、ダメだった時はダメだった時だ。情報もたんまりあるから今日中に見つかるだろう、うん」
座席に全体重を預けながら、ポケットからバイトリーダーから貰った手帳を取り出す。
「ジングウ、それはなんだ?」
「バイトリーダーから貰った情報」
狼男の質問に軽く答えながら、手帳を読み始める。
手帳には"絶対善"の手の内が記載されていた。
この手帳の情報によると、"絶対善"は砂鉄のバリアを使って、敵の攻撃を無効化するらしい。
加えて、その砂鉄バリアを破っても"絶対善"に触れた瞬間、感電死してしまうんだとか。
「"魔術による電流で10トン以上のものを持ち上げる事が可能"、"雷の弾丸を光速の速さで撃ち出す事も可能"、"砂鉄を手足のように動かす事ができ、並大抵の相手では太刀打ちできない"……お兄ちゃん、こんな化物相手に、どうやって勝つつもりなの?」
俺の隣に座っていた美鈴は青い顔をしながら俺に疑問をぶつける。
「殴る、蹴る、以上」
「そんなんで勝てたら誰も苦労してねぇよ」
小鳥遊弟は顳顬を押さえながら、長く重たい溜息を吐き出す。
「父さん達が"絶対善"と闘っているのをちょっとだけ見たけど、"絶対善"に触れた途端、ありったけの電撃を流し込まれていた。たとえ砂鉄のバリアを潜り抜けたとしても、あの触れた瞬間に感電するのをどうにかしないと指一本触れられないような気がする」
「だが、ジングウには"絶対善"の魔術をものともしない奥の手があると聞く。それさえ使えば、どうにかなるから、余裕でいれるのだろう?」
「ああ、その件だが、狼男。俺、お前の言う奥の手、あれを意図的に使う事できねぇんだ」
美鈴と小鳥遊、それに狼男は衝撃を受けたような顔をする。
事情を大体把握している四季咲は、"なるほど"と呟くと、続けて俺に疑問を呈した。
「こないだの時みたいに、追い込まれた時にしか使えないのだな。あの右の籠手は」
「ああ、多分。まあ、あの籠手がなくてもアドリブで何とかなるだろう」
「もう少し考えた方が良いの思うよ、お兄ちゃん、今のままじゃ下手しなくても死んじゃうだろうし。相手は世界一の魔術師だから」
「世界一の"魔術師"……という事は、"絶対善"は魔法陣や詠唱などを用いて魔術を使うという認識で合っているか?」
首を傾げる四季咲。
その質問に答えたのは彼女の魔術の先生である美鈴だった。
「うん、その認識で合っているよ。魔術師は魔法陣や詠唱という魔法式を組み立てる事で、魔術を行使しているんだから」
魔法式という未知の専門用語が出てきたので、魔術に疎い俺と小鳥遊弟は首を傾げてしまう。
「お嬢ちゃん。魔法陣や詠唱を用いるのは、並の魔術師だけだ。"絶対善"程の超一流の魔術師達は、頭の中だけで魔術を起動するための魔法式を構築している」
「え!?じゃあ、魔法陣や詠唱などなくても、魔術を行使できるって事!?初級魔術レベルだって、頭の中だけで魔法式を構築するのはほぼ不可能レベルなのに!?」
何に驚いているのかよく分からないが、狼男の情報を聞いた途端、美鈴は滅茶苦茶驚いたような表情を浮かべた。
「いや、裏を返せば、1度でも思考を中断させてしまえば、世界一の魔術師といえど、魔術を使えなくなるという事だ。十分、突け込む隙があると言っても過言ではない」
四季咲の発言により、"絶対善"に考える時間を与えない事が唯一の突破方法だという事を理解する。
奴の思考を乱す事さえできれば、素手で触っても感電死しなくて済むだろう。
そう考えると、右の籠手なしでは勝つ事ができなかったガイア神や天使達よりも戦い易いような気がした。
「思考を中断させる程度でやっつけられるなら、彼は"絶対善"なんて呼ばれていないだろう」
狼男は苦い顔をしながら、否定の言葉を吐き出した。
「彼が"絶対善"と呼ばれているのは今まで敗北した事がないからだ。勝者しか正義を名乗れないこの世界において、無敵である彼は絶対的な善であると言っても過言ではない」
そうこうしている内にバスは終点"喜多駅前"に到着してしまう。
バスを降りた俺達はそのまま喜多駅から少し離れた所にある予備校跡地に向かい始める。
途中、俺達はコンビニに立ち寄った。
俺・美鈴・小鳥遊弟はアイスを、狼男はコーヒーを、四季咲は応急処置の道具を購入した。
「良いのか?四季咲、アイス買わなくて」
「ああ、嗜好品よりも今はこっちの方が必要だ。君がいつ怪我を追っても良いようにな」
「大丈夫だって、俺は怪我を負わないっての」
人狼達が潜んでいると思われる予備校跡地は、ちょっとした夜の街を通り過ぎた先──駅から十数分歩いた所にあった。
「ここが予備校跡地か」
狼男は7階建の廃ビルを眺めながら呟く。
元予備校であった廃ビルは、何故か小刻みに横揺れをしていた。
「私には人の気配なんてものは察知する事ができないが……どうだ、神宮?中に人はいそうか?」
「んー、どうだろ?中から音が全く聞こえないから、俺にもよく分からない。小鳥遊弟、中から人の匂いとか嗅ぎとれるか?」
小鳥遊弟の方を見る。
何故か彼は真っ青な顔をしていた。
「小鳥遊弟、どうかしたか?」
「どうやら中に人狼と魔導士がいるようだな。爆煙の臭いもするから、恐らく現在進行形で闘争中だと予想する」
人狼である小鳥遊弟同様、嗅覚が人より優れている狼男は、俺らに異変を知らせる。
「中から音が聞こえないのは魔術とやらの所為か、大体承知。狼男、四季咲、美鈴と小鳥遊弟を頼む。俺は中にいる人狼達を助けに行って来るから」
「ジングウツカサ、私を信じるのか?」
狼男は表情1つ変える事なく、俺に疑問をぶつける。
俺は少しだけ迷ったが、結局、バイトリーダーと狼男の事を信じる事にした。
「……信じなきゃ何も始まらないだろ」
「お兄ちゃん、本当に1人で大丈夫なの?」
「大丈夫、大丈夫。んじゃ、ちょっくら行って来るから、そこで待っててくれ」
それだけを告げると、俺は予備校跡に入ろうとする。
正面入口はシャッターで閉じられていたので、人狼や魔導士達も利用したであろう裏口から入ろうと試みた。
「'何者だ、貴様は?'」
──予備校だった廃ビルに足を踏み入れた瞬間、スーツを着た外国人が、英語で俺の素性を尋ねる。
なので、俺も英語で返した。
「'通りすがりの学生だ、魔導士'」
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