4月22日(11) 「その良い奴と悪い奴ってどうやって決めているの?」の巻
トイレから出た瞬間、俺の視界にバイトリーダーの姿が入り込む。
彼女はつまらなそうな顔をしながら、天井をぼんやり眺めていた。
「なあ、バイトリーダー」
俺は彼女にずっと聞きたかった事を聞く。
「……あの2人の事をどう思っている?俺達の事を裏切るような人間だと思うか?」
「珍しいね。"とりあえず信じる"を信条にしている君がそんな事を言うなんて」
「……今回は沢山の人の人生がかかっているからな。慎重になって当然だろ」
「騒動に関係ない美鈴ちゃんと楓ちゃんも巻き込んじゃったみたいだしね」
「うぐっ!」
痛い所を突かれた俺は再び醜いオットセイのような声を上げてしまう。
「まあ、野心に満ち溢れたテリヤキ君はともかく、狼男の方は信じても良いと思うよ」
「信じても良いっていうソースは?」
「私が彼と顔見知りだから」
彼女の言葉に説得力というものは一切感じなかった。
「人の敵意や悪意を過剰に感じ取る事ができる君が、大丈夫って思うんなら、多分、大丈夫なんじゃないの?もし彼が悪人なら、君は彼をここに連れて来なかっただろうし」
慎重に言葉を選びながら、俺は彼女に質問を投げかける。
「…………狼男に美鈴と四季咲を預けても大丈夫と断言できるか?」
「………………うん」
「おい、その間はなんだよ」
「……………………いや、その……去年の春……いや、何でもない」
「何でもなくはねぇだろ。去年の春、何か起きただろ」
「今は大丈夫だと思うよ、うん。……多分、きっと……」
「おーい!いつもの自信満々なあんたはどこ行ったんだ!?そんな言葉を全力で濁らせられたら不安になるだろうが!」
閑話休題。
俺は本題を切り出す事にする。
「人狼の人権どうのこうのってのは、俺の力じゃ無理だ。狼男やテリヤキ君、それに人狼の大人達の力を借りなきゃ根本的な問題は解決しなさそうだし」
「うんうん」
「今回の騒動を収めるには世界一の魔術師である"絶対善"を倒さなきゃいけない。けど、今のままじゃ俺は"絶対善"に勝てそうにない」
「どうして?」
「理由は3つ。1つ目はどんな魔法もぶっ壊せる右の籠手を使えないからだ」
「2つ目は?」
「"絶対善"はテリヤキ君と違って、慢心という隙が存在しない。もし慢心を抱くようなタイプの人間だったら、とっくの昔に俺と遭遇している。……多分だけど、"絶対善"ってのは慎重な人間だ。奴の不意を突く事はできそうにない」
「3つ目は?」
「人狼である小鳥遊弟は勿論、俺が巻き込んでしまった美鈴と四季咲も守らなきゃいけないから」
「司くん、司くん。1つ言っていい?」
「うん、どうぞ」
「それ、私に美鈴ちゃん達を押しつけたいだけだよね?」
「くそっ!!バレたか!!」
俺の目論見をバイトリーダーは一瞬で看破してしまった。
「てか、司君、"絶対善"に勝てないかもとか微塵も思ってないでしょ?私の同情引くためにそんな自信なさげな事言ってるだけでしょ?自分の失態を私に押しつけて、楽しようとしているだけでしょ?ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ」
彼女は憎たらしい程、清々しい笑みを浮かべると、俺の頬を人差し指でグリグリ押し始める。
「……啓太郎に頼れない以上、あんたしか頼れる人がいねぇんだよ。あいつら、足手まといまでは言わないけど、ちょっと行動制限されているというかなんというか……」
「へえー、啓太郎に頼れる状況だったら遠慮なくあいつに頼るんだ。へえー、へえー!」
彼女の指が頬に減り込む。
啓太郎の名前が出た瞬間、彼女の苛々度は更に増してしまった。
「そりゃあ、そうだろ。あいつ、喧嘩はクソ弱いし、立てる作戦クソ雑だけど、肝心な時は滅茶苦茶役に立つし。あと、どっかの誰かみたいに恩着せがましい事言わない上にセクハラして来ないし」
「ねえねえ、どっかの誰かって誰の事かなー?もしかして、わ・た・し・の事じゃないよねー?」
「あ、自覚してるんだ」
「喧嘩売ってるなら買うわよ」
「まあ、それは置いといて。どうしても駄目なのか?あんたが美鈴達を預かってくれたら、俺、めちゃくちゃ動きやすくなるんだけど」
「……司くん、今から言う事は美鈴ちゃん達に内緒にして貰っていいかな?」
バイトリーダーは俺にしか聞こえないくらい小さな声で囁く。
俺は彼女の声を聞き漏らさないように注意しながら、彼女の話に耳を傾けた。
「天使ミカエルが現れた」
天使という単語を聞いて、俺は思わず絶句してしまう。
「天使って……アレだよな?ガイア神が造ったあの……」
「うん。先々週、聖十字女子学園をめちゃくちゃにしたあの天使だよ」
魔女騒動の時の記憶が頭の中を駆け巡る。
天使の脅威を知っている俺は、反射的に頭を抱えてしまった。
「……本当に天使がいるのか?この地に?」
「うん、誰に憑いているのかは今の時点で分からないけどね。けど、天使の姿はこの目でちゃんと見たよ。……敵わないから逃げたけどね」
「……それって、かなりやべえじゃねぇか」
今、魔女騒動の時みたいな事件が起きてしまったら、対処する事はできない。
加えて、ここは人口密度が九州で1番高い東雲市。
もし歩く爆弾と言っても過言ではない程強力な力を持つ天使が暴れたりしたら、沢山の人が死んでしまう。
……それだけは絶対に避けなければ。
「……今から天使を倒しに行くつもりなのか?」
「いや。今の私じゃ天使とかいう神域に片足突っ込んでいる奴等を何とかする事はできないよ。……まあ、天使はどうにかできなくても、全ての元凶をどうにかする事はできるけどね」
全ての元凶。
その言葉に思わず俺は反応してしまう。
「全ての元凶って……人狼が追われる状況を作り出した奴の事か?」
「それだけじゃないよ。全ての元凶である"ガラスの皇女"は、"絶対善"をこの地に呼び寄せただけじゃなく、美鈴ちゃんの身体にガイア神を堕したり、天使を使って聖十字女子学園をめちゃくちゃにしたりした。司くんがこの4月に経験した魔法絡みの事件は全て彼女──ガラスの皇女が絡んでいるって言っても過言じゃない」
「よっしゃ、俺が一肌脱いでやろうか」
「目の前の問題対処しなさいよ。貴方までこっち来たら誰が"絶対善"倒すのよ」
「あー、そっか。忘れてた、てへぺろ」
「ごめん、今、本気の殺意を君に抱いたわ」
「てか、もう面倒だから天使と"絶対善"に潰し合って貰おうぜ。野原にプリン置いとけば、あいつら匂いに釣られて来てくれるだろ」
「プリンの匂いに釣られて来るのは世界中で君だけだと思うよ」
「──っ!?」
「ごめん、気を遣って貰って非常にありがたいんだけど、今、シリアスモードだから自重してくれない?そのおふざけモード」
「バイトリーダー、息抜きは大事だぞ」
「1人になった瞬間、息抜きめちゃくちゃド下手になる人に息抜きの大事さ云々言われたくないんだけど」
マジトーンで言われたので流石に自重する。
「そのガラスの皇女とやらをなんとかすれば、天使はどうにかできるって解釈で合っているか?」
「多分ね。彼女が天使を使役しているだろうし」
「なら、先ずは俺とあんたが協力して、ガラスの皇女とやらをやっつける。その後に"絶対善"をどうにかすれば……」
「司くん、私が入手した情報によると、"絶対善"は明日の早朝、捕まえた人狼を『magica』本部に輸送するつもりでいる。現在、捕縛された人狼は200人弱。さっさと"絶対善"をどうにかしないと、捕まった人狼達は君の手の届かない場所に行ってしまう。天使に関しては私がどうにかするから、君は"絶対善"をどうにかして欲しい」
いつもの余裕はどこに行ったのか、彼女は結構マジなトーンで俺にお願いして来た。
気まずくなった俺は自分の頭を掻くと、"大体承知"と呟く。
バイトリーダーの顔は少しだけ曇っていた。
なので、場の空気を少しだけ和ませようと試みる。
が、おふざけを封印されていたので、気の利いた言葉なんてもんはいくら考えても思いつかなかった。
「にしても、なんで偏見や差別ってのは存在するんだろうな。それらさえなければ、こんな事ならなかったのに」
それっぽい事を言って、お茶を濁そうとする。
バイトリーダーは俺の浅い考えの下繰り出された言葉を聞いた途端、意地の悪い笑みを浮かべた。
「司くんは殴る事ができる相手とそうじゃない相手を分けているよね。どうやって分けているの?」
「悪い奴は殴る、良い奴は殴らない。それだけだ」
「その良い奴と悪い奴ってどうやって決めているの?」
それを言われて初めて、俺は自分も無意識のうちに差別している事に気づく。
「時間がないから、これ以上は弄らないし、これ以上踏み込んだ事を言う気はないけど、……司くんは独りになっちゃいけない人間だと思うよ。もし独りになっちゃったら、"絶対善"や金郷教教主みたいな独り善がりな人間になっちゃうだろうから」
その言葉を聞いて、俺も"絶対善"の事を悪く言えない事に気づく。
もし"魔族は悪だ"という偏見を植え付けられていたら、俺は"絶対善"同様、人狼達を襲っていただろう。
俺はそういう人間だ。
助けてくれと言われたら、無条件で助けを求めた人を信じてしまう。
……とても愚かな人間だ。
「……相変わらず、あんたは俺の痛い所を突いてくるな」
自分の愚かさを再認識した俺は、少しだけ凹んでしまう。
「そりゃあ、私は君を愛しているからね」
「その愛、異性への愛じゃなくて玩具としての愛だろ」
「まあ、それは置いといて。私はこのまま"ガラスの皇女"を探しに行くよ。早く彼女を倒して、天使をなんとかしないと、多くの人が死んでしまうからね」
そう言って、バイトリーダーは俺に背中を見せる。その背中を見た途端、俺は何故か不安な気持ちに陥ってしまった。
「あんたは1人になって良い人間なのか?」
「私は君達みたいな善人じゃないからね。欲に溺れる事はあっても、独り善がりになる事はない。悪人は独り善がりなんて高尚な行為、できっこないから」
彼女は振り返る事なく、俺の反論を聞く事なく、この場から立ち去った。
「…………あいつ、何かやらかしそうだな」
いつの間にかジャージのポケットに手帳が入っている事に気づく。
手帳には"絶対善"の先方が記されていた。
手帳に記載されていた彼女の個性的な丸文字に目を通しながら、俺は溜息を吐き出す。
「……一応、手は打っておくか。借り出来たし」
手帳をポケットに入れた俺は、万が一の場合に備え、近くにいた店員に電話を借りても良いか尋ねた。
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれている方、そして、ブクマしてくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、本当にありがとうございます。
本日、皆様のお陰で「価値あるものに花束を」の累計PVが5万超えました。
この場を借りて、読んでくれている皆様に厚くお礼を申し上げます。
また、3月31日にブクマ100件達成記念キャンペーンをやります。
具体的なキャンペーンの内容は、以下の通りです。
(1)本編6〜7話分連続投稿
(2)前日譚3月31日編投稿(恐らく5〜6話程度)
(3)新連載連続5話投稿
まだ3月31日編が出来上がっていないので、間に合うか分かりませんが、完全新作の短編もこの土日に執筆して3月31日までに投稿したいと考えております。
色々見切り発車な所が多々ありますが、これからもよろしくお願い致します。




