4月22日(5) 喫茶店と魔族と人権との巻
水曜日の午前10時半過ぎ。
篠島元商店街の近くにある昔ながらの喫茶店に入った俺達──俺、美鈴、四季咲、小鳥遊弟──は、先程までドンパチしていた狼男と交渉する事になった。
「"名無しの反逆者"、私達魔族が君に頼むのは1つだけだ。世界一の魔術師"絶対善"を倒して欲しい」
「俺はそんななんとかっていう名前じゃねぇ、神宮司だ。覚えとけ、狼男」
「私は狼男という名前ではない、レリザリー・リリールヌーノ。みんなからはレイリーと呼ばれている」
「みんなって誰だ?『magica』の魔導士からか?」
「いや、同じ魔族からだ。私と『magica』は一時的に契約関係を結んでいたに過ぎない。有り体に言うと、私は『magica』に雇われていたのだ」
「雇われていた?なんで?」
「私が魔族殺しの専門家だからだ」
狼男──レイリーはブラックコーヒーを飲みながら、自分の素性を明かす。
それを聞いて、顔を青くしたのは小鳥遊弟だった。
「お前は僕ら……人狼一族を殺すために日本にやって来たのか?」
「少年、私は専門家だ。殺す相手はちゃんと選ぶ」
レイリーは猫舌なのか、めちゃくちゃコーヒーに息をかけていた。
「私が殺すのは民衆に害をもたらす魔族だけだ。善悪問わず、無闇矢鱈に殺していると、専門家としての格が下がるからな。ちゃんと仕事をする前に事前調査を行なっている」
「じゃ、じゃあ、何でお前は『magica』と契約を交わしたんだよ……?」
「少年、君は誤解している。私が『magica』と契約を交わして行った仕事は事前調査だけだ。日本の人狼一族が小羊達に害をもたらしているかどうか調べただけで、今回の人狼狩りには加担していない」
「じゃあ、事前調査で人狼さん達が一般の人に害をもたらしているとレイリーさんが判断したから、『magica』の魔導士達は小鳥遊君達を追っているの?」
「もしも日本の人狼一族が悪だったら、私も人狼狩りに加担していたさ。調査の結果、日本の人狼は人間社会に紛れ込んでいるだけで、全く害がない事が分かった。そして、私は去年の3月、日本の人狼が無害であるという証拠をまとめた報告書を『magica』本部に送った。……勿論、人狼が何処にいるのかボヤかしたものを、な」
狼男は苦々しい表情を浮かべると、小鳥遊弟から目を逸らす。俺と四季咲はそれを見ながら、オレンジジュースを口に含んだ。
「だが、4月9日から10日にかけて、日暮市で起きた大規模昏睡事件を調査した『magica』の諜報員により、人狼一族の居場所がバレてしまった」
「「ぶふぅ!!」」
俺と四季咲は同時に吹き出してしまった。
その日付には覚えがある。
魔女騒動の時だ。
確か魔女が天使の力を使った所為で、集団昏睡事件がおきたような気がする。
まさか金郷教騒動の時に、ちゃんと天使を倒し切らなかった事がここまで尾鰭を引く事になろうとは。
てか、人狼一族がここまで追い込まれたの、間接的に俺がちゃんと天使を倒さなかった所為じゃねぇか。
この事を言ってしまうと、ガイア神をその身に宿した美鈴も責任を感じてしまうので、胸の内に秘めておく事にする。
「人狼一族の場所がバレた所為で、魔族に強い恨みを持つ"絶対善"が動き出してしまった。その結果、今に至る」
「う、……恨みで動いているの……?その"絶対善"っていう人は……?」
「ああ、なんでも彼は幼い頃、魔族に家族を殺されたらしくてな。それからというもの彼は魔族を根絶やしにするため、活動し続けている」
「な、……なんで?家族を殺した魔族に復讐するならまだ分かるけど、何で関係ない小鳥遊君達もターゲットに……いや、根絶やしにしようとしているの……?」
理解し切れていないのか、美鈴は非常に困惑した様子で質問に質問を重ねる。
「日本語でいう"坊主憎けりゃ袈裟まで憎い"という奴だ。魔族を憎むあまり、魔族に関わるもの全てに憎悪を向けているのだろう」
「めちゃくちゃ迷惑な奴じゃねぇか」
つい口を挟んでしまった。
「しかし、彼は"絶対善"だ。彼の為す事は全て善性の行いと化す」
「……絶対的な善である故に誰も咎める事はできないって事か?」
「ああ。彼は数年前、魔族が起こしたテロを事前に食い止めている。『magica』はその功績を買っており、彼の為す魔族狩りに口出ししない。加えて、彼は世界一の魔術師だ。力尽くで止められるかもしれないのは、彼と同じ"神十大魔導士"のみ」
「しんじゅうだいまどうし?んだ、そりゃ?」
「簡単に言ってしまうと、世界トップクラスの魔法使い・魔術師・魔導士の事だ」
「それって、ノーベル賞みたいに功績などが評価されて与えられる称号なのか?それとも、強いからという理由で選ばれるのか?」
「強さ故だな。たった1人で国1つ滅ぼしかねん戦闘力を持っている。まあ、『magica』が組織としての権威を保つための番犬と思った方が理解しやすいだろう」
「神"十"大魔導士という事は、世界トップクラスの魔法使い達は10人いるのか?」
今の今まで聞き手に回っていた四季咲は、唐突に口を開く。
「いいや、全部で10名だ。神十大魔導士は8人と1匹、そして、1体で構成されている。……話を元に戻そう。"絶対善"は魔族という人間ではない存在を全て根絶やしにしようとしている。彼の蛮行を止める者も止められる者もいない。だから、私は探していたのだ。ガイア神を殺したと思われる"名無しの反逆者"を」
この場で唯一、俺がガイア神を殺した事を知っている美鈴は、俺に視線を向ける。
「4月4日、桑原に現れたガイア神を殺したのは君なんだろ?話は元金郷教教徒である女性から聞いた。君が人狼を守るために動いている事も」
元金郷教教徒である女性と聞いて、俺の脳裏にバイトリーダーの顔が過ぎる。
「だから、君の実力を試させて貰った。……まあ、あそこで会う事は想定外だったが」
「で、あんたは俺に"絶対善"を倒させて、何を成し遂げようとしているんだ?」
狼男は穢れなき真っ直ぐな瞳をしたまま、俺の瞳をじっと見つめる。
そして、重々しく口を開くと、こう言った。
「魔導士達に魔族の人権を認めさせる。それが私の狙いであり目的だ」
いつも読んでくれている方、ここまで読んでくれた方、評価ポイントを送ってくださった方、そして、ブクマしてくれた103人の方、本当にありがとうございます。
この度、「価値あるものに花束を」のブクマ件数が100件超えました。
当初、連載し始めた頃は「悪役令嬢も追放もざまぁもないこの作品がブクマ100件いく事ないだろうな」みたいな事を考えていましたが、皆様のご厚意のお陰で約2ヶ月で100件超える事ができました。
厚く厚くお礼を申し上げます。
本当にありがとうございます。
今回、ブクマ100件を超えた記念に本編をもう1話だけ更新させて貰います。
更新は14時頃を予定しております。
アクションシーンではないのですが、お付き合いしてくれると幸いです。
また、ブクマ100件を記念して、3月31日に記念キャンペーンみたいなものを開催したいと思います。
今のところ、本編連続更新・ブクマ100件記念短編・新作短編・「価値あるものに花束を」の話と繋がりのある新連載を予定しております。
詳しい事は後日告知致しますので、楽しみにお待ち下さい。
この度はブクマ100件突破させて頂き、誠にありがとうございました。
これからも完結目指して、毎日更新致しますので、よろしくお願い致します。




