4月1日(10) 不思議な籠手ゲットだぜ!?の巻
先程の電車事故とキマイラ津奈木と名乗る男との戦闘により、俺の身体は満身創痍の状態に陥ってしまった。
額に滲む脂汗を左腕で拭いながら、身体の状態を確かめる。
折れているのは右腕のみ。
背中や足とかも打撲で腫れ上がっていて、動く度に痛みが走る。
額からも血は出ているが、思っていたよりも傷口が浅い為、暫くしたら出血は止まるだろう。
「お、お兄ちゃん……腕、……それに血……!!」
俺の有様を見てパニックに陥ったのか、美鈴は涙をポロポロ流しながら顔を蒼ざめる。
「大丈夫だ。見た目に反して、傷はそこまで深くないから」
「でも……右腕が……!!」
「……ちょっとヒビ入っただけだ。大丈夫、全然痛くないから」
今はアドレナリンが大量に分泌しているから、少し痛いくらいで済んでいる。
腕や足の筋肉も腫れ上がっていて、動き難いから脳内麻薬が切れた瞬間、地獄を見るに違いない。
(あと、どれくらい魔法使いや魔術師がいるか知らんけど、これはちょっとヤバイな)
とてもじゃないが、守り切れる気がしない。
鎌娘に勝てたのも金郷教の信徒を名乗る男に勝てたのも、彼等が自爆或いは慢心していたからだ。
にも関わらず、俺はたった2戦程度で重傷を負ってしまった。
情けないったらありゃしない。
だが、今の喧嘩で魔法使いとの闘い方を理解した。
今度はこんな怪我を負う事なく、切り抜けられるだろう。
俺は何とか立ち上がると、罪悪感に満ちた表情を浮かべる美鈴の頭を折れていない方の手で撫でる。
すると、遠くからサイレンの音が聞こえて来た。
「とりあえず、ここから逃げるぞ。このままここにいたら病院送りになっちまう」
「いや、病院行った方が良いと思うよ!?」
「それじゃ、お前の親、探せねぇじゃねえか」
「……いいよ、探さなくて」
美鈴は俺から目を逸らすと、俯いてしまう。
一瞬、なんて声を掛けたら良いのか分からなかった。
俺は何も考えずに彼女の頭を撫でる。
「……ここから、離れるぞ。美鈴、付いてきてくれ」
そう言って、高架橋の下へ移動しようとすると、首から下が全部地面に埋まっている鎌娘と目が合ってしまった。
「あのー、私を助けてくれないでしょうか?」
「今の俺じゃ無理だ、他を当たれ」
「うわぁあああああ!!!見捨てられたああああああ!!!!」
「最初に見捨てたのはお前だろうが」
1回目は電車事故。2回目は魔術師との喧嘩。
案の定、俺が危惧していた通りの結果になった。
もう情報も何も持っていない彼女を手元に置く理由はない。
雫さん達と合流しても良いが、もし合流したら速攻病院行きになりそうなので、俺1人で美鈴の両親を探そうと心に決める。
そんな俺の決意を屁でも思っていない鎌娘は無様に泣き喚きながら、命乞いを始めた。
「お願い!何でもするから!!あんたの傷も全快とはいかないけど、それなりに治療してやるからああああ!!!」
「回復魔法でも使えるのかよ」
「舐めないでよね、それくらい余裕で使えるわよ!」
「なら、先に回復魔法を俺に掛けろ。話はそれからだ」
「オッケー!じゃあ、何処でも良いから私の身体に触りなさい!!」
触れと言われたので、鎌娘の顔に遠慮なくアイアンクローをぶちかます。
「……ちょ、何か違くない?」
「さっさとしろよ、あんたの顔を握り潰すぞ」
「あいたたたた!!!やる!やる!すぐにやるから!!」
鎌娘の顔面が緑色に光り始める。
すると、彼女の顔面を掴んでいる左手に熱を帯びた何かが体内に注ぎ込まれた。
暖かく心地よいエネルギーが俺の身体を満たしていく。
これが回復魔法かと素直に感心していると、突如俺の心臓が一瞬だけ止まりかけた。
「が、はあ……!?」
心臓の奥の方から荒々しい熱が零れ落ちる。
突発的に発生した暴力的な熱が鎌娘から流し込まれた暖かいエネルギーを根こそぎ駆逐していく。
拒絶反応という4文字が頭を過ぎった。
もしかしたら、俺は回復魔法を受け付けない体質だったのか?
そんな事を考えている内に俺の身体から火花が飛び散り始める。
「ちょ、火花当たるから!さっさと手を離し……」
俺の異変に一早く気づいた鎌娘は脂汗を滲ませる。
慌てて彼女の顔面から手を離そうとした。が、指が固まったかのように動かない。
「指が動かねえっ!?」
動揺している間にも身体中を駆け巡る暴力的なエネルギーが電撃に変換される。
変換された電撃は俺という器から漏れ出ると勢い良く噴射しやがった。
「「あんぎゃあああああ!!!!」」
俺の身体から生じた電撃により、俺と鎌娘は感電してしまう。
「お兄ちゃん!?鎌娘さん!?」
白色の電撃は十数秒間、俺らの身体を駆け巡ると、跡形も無く消え去ってしまった。
俺は地面に俯せの状態で倒れ、鎌娘は首を横に項垂れる。
「2人とも大丈夫!?何があったの!?」
美鈴は目を潤わせたまま、正体不明の電撃に侵された俺達を心配する。
「……もう2度とあんたに回復魔法してやんない」
「……すまん、これに関しては全面的に俺が悪い」
まさか俺の身体が回復魔法を拒絶するとは。
思いもしないアクシデントに面食らった俺は上半身だけ起き上がらせ、右掌を握ったり閉じたりを繰り返す。
拒絶したと言っても、少しは効力があったらしく、折れていた筈の右腕は動かす分には問題ないくらいには回復していた。
(身体の腫れも少しだけ引いているな。これなら、あと何回かは闘える)
土に埋まった人参を収穫するように、鎌娘を地面から引っこ抜いた俺は近くで伸びているキマイラ津奈木をチラ見する。
奴はまだ気絶していた。
「やっと、解放された……!!ったく、この高貴でビューティーなエリ様を埋めやがって!!この恨み今すぐ晴らしてやるぅうううう!!!!」
「待て、鎌娘。今はここから逃げるのが先決だ。さもないと、警察に捕まっちまう」
「だから、鎌娘言うなっての!でも、警察に捕まりたくないから素直に言う事聞くわ!」
「ああ、助かる。で、この高架橋下に移動したいんだが……」
何の前触れもなく、唐突に俺達は炎のカーテンに囲まれてしまう。
異様な熱気と共に殺意に似た悪感情が俺の身体に突き刺さった。
「逃がし、……ませんよぉ……!これ以上、計画を遅らせる訳にはいけませんからねぇ……!!」
キマイラ津奈木は口の中に残っていた血と共に欠けた歯を地面に吐き出す。
「さっきはよくもやってくれたわねぇええええ!!!!乙女の純情を弄んだ恨み、きっちり返してもらうわよ!!!!」
鎌娘は両腕を思い切り振ると、緑の色がついた衝撃波を奴目掛けて放つ。
奴は短剣を軽く振るうと、彼女の攻撃を打ち消した。
しかし、彼女の攻撃を完全に打ち消した訳でもなく、奴の着ていたローブはズタズタに引き裂かれる。
奴の身体を見た俺は思わず驚きの声を上げてしまった。
「なっ………!?」
ローブが取り払われた奴の姿はかなり歪だった。
右腕は枯れ木を連想させる腕。
左腕は赤ん坊みたいに柔らかそうな腕。
右足は逞しい男性のものであるのに、左足は妖艶な女性のもの。
胴体も様々な色の皮膚がつなぎ留められており、彼の有様を一言で表すと"キマイラ"そのものだった。
「やっぱりね。あんた、どれだけの魔法使いから身体奪ってんのよっ!?」
「首から下の部位全て、ですかねえ!!」
奴の未熟な左腕が淡く光り出す。
次の瞬間、周囲を取り囲んでいた炎のカーテンから火の玉が放たれた。
「あらよっ、と!!」
鎌娘は周囲に風の盾を展開すると、あっという間に全方位から放たれる火の玉を掻き消した。
「こんな程度じゃ、私は殺せないわよ!!」
奴の痩せぎすの腕が淡く光るのと同時に、鎌娘の足元に魔法陣が発生した。
「学習能力がないのか、お前は!?」
瞬時に鎌娘を蹴り倒し、地面から突き出た土塊の大蛇から彼女を守る。
大蛇は彼女から俺に標的を変えると、その大きな口を剥き出しにしながら突進を始めた。
俺は近くに立っていた美鈴を押し倒すと、蛇の頭突きを辛うじての所で躱す。
「あんた、私の事を蹴ってんじゃないわよ!!」
「蹴るしかなかったんだよ、お前を助けるには………って、鎌娘、後ろ!!」
地面に潜った大蛇は鎌娘の背後を取る。
彼女は慌てて振り返ると、背後の大蛇を風の魔法で粉々にした。
「やば……!!今ので魔力が……!!」
例え鎌娘の魔力が尽きたとしても、奴は攻撃の手を緩めない。
奴の女性性に満ちた左足が輝く。
途端、レールの合間にあった小石達が一斉に俺ら目掛けて襲い掛かった。
鎌娘は最後の力を振り絞ると、俺らの身体を宙に突き上げる。
「三十六計逃げるに如かず!一先ず、ここから撤退するわ!!」
「おい、着地は大丈夫なんだよなぁ!?」
「大丈夫!下にゴミ捨て場見えるから!!」
唐突に俺らを宙に浮かしていた緑の風が跡形もなく消え去ってしまう。
「きゃああああああ!!!!」
美鈴の悲鳴が耳を劈く。
1人、ゆっくり落下している鎌娘に向かって、俺は情けない捨て台詞を吐き捨てた。
「お前、覚えとけよぉおおおおおおお!!!!」
そのまま、重力に引っ張られるがまま、俺と美鈴は高架橋の下へ落下した。
「ふげ……!」
俺と美鈴は高架橋下にあるゴミ捨て場の上に落下する。
高架橋の下にあるゴミ捨て場の周囲を見渡す。
築何十年かの木造アパートや蔦が生い茂った家屋などが立ち並ぶ住宅街が視界に映し出された。
起き上がった俺は美鈴の様子を伺う。
彼女は目をくるくる回しながら、気絶していた。
「逃がしませんよぉ……!!」
降りてきたキマイラ津奈木が無数の光線を俺達に放つ。
美鈴を抱き抱えた俺は直様ゴミ捨て場から脱出した。
気絶した彼女をアスファルトの上に寝かせた俺は拳を握り締めると、奴に殴りかかろうと走り始める。
しかし、俺の行く手は近くに立っていた電柱が倒壊した事により阻まれてしまった。
魔法で電柱を倒した奴は、続け様に攻撃を繰り出す。
「もう同じ手には引っかかりませんよっ!!」
俺が立ち止まっている隙に、奴の胴体が7色に光り出した。
光に呼応するが如く、宙に7つの魔法陣達が浮かび上がる。
「貴方の攻撃手段はその拳のみ!!ならば、間合いに入らないよう攻撃するまでだ!!」
奴が展開した魔法陣から放たれる光線を紙一重で躱し続ける。
すると、背後から人の気配を感じ取った。
振り返る。
そこには、小学生くらいの男の子が電柱の裏に隠れていた。
彼は目からポロポロ涙を零しながら、小刻みに震えている。
とてもじゃないが、この場から逃げ出せそうには見えなかった。
「しまっ………!」
宙に浮かぶ魔法陣から光線が放たれる。
標的は勿論、俺だ。
回避したくても、後ろに少年がいるから回避できそうにない。
彼を見捨てて自分の命を取るか、自分の命を犠牲にして彼を守るか。究極の二択が頭を過ぎる。
だが、結論を出すよりも先に身体は動いていた。
俺は躊躇うことなく、自らの身体を盾にして、少年を守ろうとする。
理由は分からない。
けど、深く考える時間があったとしても、結局、俺は少年を守る事を選択していただろう。
なら、彼を守りつつ最小限の被害で切り抜ける手段を考えた方がいい。
息を短く吸い込み、右腕で光線を叩き落とそうとする。
たとえ成功したとしても、右腕はタダじゃ済まないだろう。
それでも、何もしないよりかは遥かにマシだった。
「だめえええええええ!!!!」
右腕を犠牲に光線を捌き切ろうとした瞬間、美鈴の叫び声が閑散とした住宅街に響き渡る。
その瞬間、右腕が俺の意思に反して勝手に動き始めた。
唐突に跳ね上がった心臓が右腕に夥しい程の熱を送り込む。
右腕に焼き爛れる程の熱が溜まったかと思いきや、何処からか現れた鉄の帯が右腕に巻きついた。
13本の鉄状の何かは籠手のような形状になると、白色の電撃を発し始める。
「な、なんだ……これ……!?」
迫り来る無数の光線は軌道を変え、雷を纏った籠手に直撃してしまう。
だが、籠手に──いや、白雷に直撃した途端、光線は煙のように消え去ってしまった。




