4月21日(3) <褐色の青年>の巻
寮長から強奪した自転車に美鈴と小鳥遊弟を乗せた俺は、寮から数十キロ離れている天牌山目掛けて、ペダルを漕ぎ続ける。
夜の車道はとても静かだった。
遠くから虫の鳴き声と車のエンジン音が聞こえるくらいに。
車も通行人ともすれ違う事なく、ペダルを延々と漕ぎ続けながら、俺と美鈴は小鳥遊弟から小鳥遊一家の事情を聞き続けた。
どうやら小鳥遊一家は先週の月曜日の早朝、"人狼だから"という理由で『magica』の魔導士達に追われる時代に陥ったらしい。
『magica』の襲撃から逃れるため、小鳥遊一家は自分達の家を捨て、他の人狼達と共に逃走。
小鳥遊一家は1週間くらい東雲市を中心に逃げ惑っていたが、一昨日の日曜日の夜、世界一の魔術師──"絶対善"が現れた事により、物理的に離散する事態に陥ったようだ。
小鳥遊弟は家族と再会するために合流場所に向かっていたが、移動の最中、鬼のように強い褐色の青年に気絶させられてしまったらしい。
「で、意識を取り戻したら、俺らと遭遇したと」
「ああ。大体の流れはそれで合っている。……お前らはあのバカ強い褐色の男──ベータ民族の男とどういう関係なんだ?」
「褐色の男なんかリアルで見た事さえないぞ。と、言うより日本人以外の……ガンマ民族以外の民族を見た事がない」
ガンマ民族とは、簡単に言っちゃえば、アジア圏の人達だ。
黒髪・青瞳が特徴である。
(ちなみにバイトリーダーの話によると、他にはアルファ民族──主にヨーロッパ圏の人達。
金髪・緑瞳が特徴──とベータ民族──主に中東の人達。白髪赤眼が特徴──がいるらしい。)
「ほら、現在進行形で冷戦やっているような世の中だろ?冷戦の影響で日本は入国制限しているから、外国人なんて政府高官や貿易商くらいしか入国しないらしいし……ベータ民族の人と会ったら、否応なしに記憶に残っている筈なんだ……あ」
金郷教騒動──今月頭に俺は褐色の男と遭遇した事を思い出す。
確かヒッチハイクした時、俺と美鈴を広島から桑原まで送ってくれた人だ。
今思い返せば、あの人は白髪赤眼でベータ民族の特徴を持っていた。
「小鳥遊君、その人、左手の甲に刺青入れてなかった?イシスを意味する神聖文字の刺青」
「神聖文字かどうかは知らないけど、左手に刺青はあった」
「その人の刺青、バッテンの文字が刻まれていた?」
小鳥遊弟は恐る恐る頷く。
何かを悟ったのか、美鈴は顔を青くしながら、俺に事実だけを告げる。
「……お兄ちゃん、多分、あの人だよ。私達を広島から桑原に連れ戻した褐色の人。多分、あの人が小鳥遊君と私達を引き合わせたんだと思う」
「あの褐色の人が、か?確かに左手に刺青してたような記憶はあるが、白髪赤眼褐色の男かつ刺青しているから間違いないって言うには、根拠、乏しくないか?」
「いや、あの人だよ。根拠はある。だって、あの刺青はイシス教のハカイソウしかしないから」
「ハカイ僧?"はかい"って破戒──破戒聖職者がその属する宗教の戒律を破ること──の事か?」
「違うよ、破壊だよ」
イシス教が世界三大宗教である事は知識として知っているが、破壊僧というキーワードは初耳だった。
恥も外聞も知ったこっちゃねぇ勢いで美鈴に破壊僧が何なのか尋ねる。
「破壊僧っていうのは、簡単に言っちゃうと、所属する教団や宗派から追放された元信者の事を指すの。宗教の戒律を破るだけでなく、所属している宗教団体自体に仇を為す信者がつけられる俗称。イシス教の場合、破壊僧とそうでない人を差別化させるために、イシス教信者の象徴である刺青の上にバッテンの文字を刻んじゃうんだって」
「へぇ。あの男の人、イシス教の信者の癖にイシス教の人達から敵視されちゃったからバッテンの刺青していたのか」
「イシス教の破壊僧で且つこの辺りに出没するベータ民族の人なら、あの人で間違いないと思うよ。イシス教の破壊僧なんて今の時代、国際指名手配犯にでもならない限りつけられないし。多分だけど、あの破壊僧の人と私に小鳥遊君を保護するように電話して来た女の人は、繋がっているんじゃないかな」
「……繋がっている、ね。だとしたら、美鈴に電話をかけた女の人と褐色の男は、一体俺と美鈴に何をさせたくて、暗躍しているんだ?」
「分からない。けど、今回は"絶対善"を私達……いや、多分、お兄ちゃんに倒して貰う事を目的にしているんしゃないかな?」
「何のために?」
「何かのために」
褐色の男の事を思い出す。
俺達を桑原に送り届ける際、彼は二、三言しか話さなかった。
口に出した単語は『乗れ』、『そろそろサービスエリア着くが、トイレ行かなくて良いのか?』、『寝てろ』のみ。
その言動に悪意も殺意もないため、俺は彼を警戒する事なく、爆睡したのを思い出す。
何故、彼等があの時、俺らを桑原に連れ戻したのかは分からない。
何故、俺達に小鳥遊弟を預けたのかさえも想像がつかない。
──このまま迂闊に動いて大丈夫なのだろうか。
──このまま奴等の掌の上に転がされたままで大丈夫なのだろうか。
「……いや、考えても無駄か」
美鈴の推測が真であるのなら、俺が"絶対善"とやらに喧嘩を売った時点で、奴等の目的は果たされている。
それに小鳥遊一家を見捨てる訳にはいかない。
つまり、小鳥遊一家が巻き込まれた時点で俺は奴等の思惑通りに動かなければならなかったのだ。
「じゃ、……じゃあ、僕ら人狼一族はお前らを引っ張り出すためだけに"絶対善"に追われる事になったのか?」
「そこまでは情報が少な過ぎて、今のところは断言できないよ。もしかしたら、偶々人狼の人達が『magica』の人に見つかって、その流れで"絶対善"っていう人が現れただけかもしれないし。お兄ちゃんは偶然現れた世界一の魔術師を倒すためだけに利用されているだけって事も考えられる」
「……人狼一族を守るために俺を動かしているのか、それとも、何か別の狙いがあって俺を動かしているのか……ああ、考えても答えが出てこねぇ。大体、俺にそんな価値があるのか?」
新たな謎が追加された所で、俺達は日暮市で1番デカイと噂される"天牌山"の麓にある小さな町──横中町に到着した。
褐色男の狙いやアイギスの籠手の謎を一旦保留にした俺は、『magica』の魔導士を探し始める事にした。
いつも読んでくれている方、ここまで追ってくれた方、本当にありがとうございます。
そして、新しくブックマークしてくれた方、過去にブクマしてくれた方に厚く厚くお礼を申し上げます。
みなさんのお陰でブクマが大量に増えていました。
まさかたった1日でこんなに増えると思ってなかったのでめちゃくちゃ嬉しいです。
また、みなさんのお陰で日刊アクション部門16位を獲得できました(3月8日11時半時点)。
本当にありがとうございます。
PVもブクマも評価ポイントもグングン伸びていってるので、皆さんには頭が上がりません。
本当に本当にありがとうございます。
これからも頑張っていきたいと思っていますので、よろしくお願い致します。
明日の更新も12時頃を予定しております。




