4月21日(1) (寮長の)自転車に乗ろう!の巻
4月21日火曜日深夜。
美鈴と小鳥遊弟を連れて、桑原学園の学生寮に戻って来た俺は、自室に戻る事なく、中庭へ移動する。
「ねえ、お兄ちゃん。何で寮に戻って来たの?」
「着替えるためだよ。こんな格好でうろうろしていたら否応なしに注目集めてしまうからな」
来ているジャージを美鈴に見せつける。
俺が今着ている学校指定用ジャージは『magica』の魔導士の所為でボロボロにされてしまった。
「じゃあ、一旦、お兄ちゃんの部屋に戻るの?」
「いや、それはリスクが高過ぎる」
「じゃあ、着替えはどうするつもりなの?」
美鈴の疑問に答える事なく、中庭の掃除箱の裏に隠していた私服用の黒ジャージを取り出す。
彼女は掃除箱の裏から出てきたジャージに驚いたのか、少し動揺していた。
「……なんでそんな所にジャージが置いてあるの?」
新しいジャージに着替えようとする俺に美鈴はツッコミの声を上げる。
「こういう時に備えて、前もって仕込んでいたんだよ。自室に戻ったら、寮長と鉢合わせになるかもしれないからな」
こないだの魔女騒動の時を回想しながら、美鈴の疑問に答える。
「リスクって寮長さんにバレるリスクの事なの!?てっきり『magica』の人に自宅特定されるリスクだと思ってたんだけど!?」
「俺が恐れているのは、土の味がする人参と母ちゃんの説教、雫さんの理に適った暴力に成績不振による留年、そして、寮長の正論くらいだ。それ以外の恐れは俺の中に存在しない」
「人参以外、全部お兄ちゃんの自業自得じゃん!!」
「あとはキノコの食感だな。松茸を有難そうに食っている奴の気が知れん」
新しいジャージに着替え終わった俺はボロボロになったジャージを掃除箱の裏に隠す。
そして、通学用鞄を掃除箱の上に置いた俺は、ポケットの中に入れていたビー玉の数を数えながら、小鳥遊弟と美鈴と向かい合った。
「んじゃあ、準備も終わった事だし、天牌山に行くか」
「どうやって行くつもりなの?この時間帯だとバス出ていないと思うけど……」
「あー、チャリかバイクで行くしかねぇな」
俺1人だったら20キロくらい余裕で走って行けるが、美鈴達がいるなら話は別だ。
美鈴も小鳥遊弟も"絶対善"を名乗る何者かに顔を見られたので、置いて行く事ができない。
誰かに彼女達を預ける事もできないのだ。
知り合いの殆どは魔法を扱えない一般人だし、魔法を扱える知り合いは全員『magica』に関連する組織に所属している。
つまり、俺はこの2人を守りながら、絶対善及び愉快な仲間達と喧嘩しなければいけないのである。
(あの時、強引に家にいるように言っとけば、……いや、"遠見の水晶"とやらがある限り、家にいようが関係ないか)
もし俺が美鈴と小鳥遊弟にバイトリーダーにいるよう強く言っても、遅かれ早かれ小鳥遊弟の居場所は魔法の力で特定されていただろう。
そう考えると、美鈴と小鳥遊弟を連れて行動するのは最善なのかもしれない。
「お兄ちゃん、バイクの免許持っているの?バイクって免許ないと乗れないんでしょ。」
考え事をしていると、心配そうな表情を浮かべる美鈴の姿が視界に映り込んだ。
俺は美鈴の不安を吹き飛ばそうと試みる。
「大丈夫だ、美鈴。免許がなくても技術さえあればバイクは運転できる」
「全然大丈夫じゃないよ!!お兄ちゃんは法律をなんだと思っているの!?」
「乗り越えるべき障壁」
「秩序を保つためのものだよ!!」
美鈴が寮長や雫さんみたいな事を言い出した。
流石の俺もバイクの3人乗りは危険だと思っていたので、大人しく引き下がる。
「と、なると……移動手段はチャリ一択という訳か」
俺は美鈴と田小鳥遊弟を連れて、寮の正面玄関近くにある自転車置き場に移動する。
自転車置き場には大量の自転車が置いてあった。
俺は財布の中から自転車の鍵を取り出す。
「それ、お兄ちゃんの自転車の鍵?」
「いんや、寮長が持っているママチャリのスペアキーだ。俺が持っていたチャリは、今年の初め、ヤクザがぶっ放したロケットランチャーの所為で破壊されたからな。こういう場合に備えて、寮長のスペアキーをこっそり盗んでおいたんだ」
「お兄ちゃんは寮長さんに何か恨みでもあるの!!??」
「違う、俺は寮長に恨みなんてない。ただめちゃくちゃ甘えているだけだ」
「だったら、甘え方のタチが悪過ぎるよ!!」
「大丈夫だって。このママチャリをちゃんの返せば良いだけの話だし。……駄目にした時は大人しく暴力を受けいれば良いだろう」
「駄目な人の考え方だ!!」
美鈴は順調に立派な大人へと成長していた。
俺は綺麗な大人になりつつある彼女から全力で目を背けながら、ママチャリのロックを鍵で解除する。
「とりあえず、3人で乗って行くか。美鈴、小鳥遊弟、この荷台に……」
自転車に乗ろうとした瞬間、小鳥遊弟の顔を見てしまう。
彼は何か言いたげな表情で俺の事をじっと見ていた。
「ん?どうした、小鳥遊。何か言いたい事があったら、なんでも言っていいぞ」
「……お前、一体何者なんだ?」
「お前の姉ちゃんのクラスメイト」
「いや、そうじゃなくて……」
小鳥遊弟は俺の答えに頭を痛めたのか、頭を抱えながら首を横に振る。
「なんでお前は魔法を使わずに魔導士を倒せたんだよ。僕のお父さん……いや、大人の人狼でさえも1人じゃ魔導士相手に太刀打ちできないって言ってたのに」
信じられないような目をしながら、俺の顔を視界に捉える小鳥遊弟。
俺はその疑問にどうやって答えたら良いのか分からなかった。
何故なら、"普通に喧嘩して普通に勝った"としか言えないからだ。
「お前の身体能力は人の領域を超えていない。身体能力だけなら人外であるお父さん達の方が圧倒的に上回っている。なのに、何でお父さん達が束になってようやく勝てるような相手をたった1人で何の武器も魔法も使わずに倒す事ができたんだ、お前は?小羊なんだろう?」
小羊──知り合いの魔法使いによると、"魔法が扱えない一般人の事を指すらしい──という単語を聞いた俺は、頭を掻きながら、俺が勝てた理由を無理矢理言語化する。
「あいつが俺1人に狙いを絞っていたからじゃねえの?もしもあいつがお前や美鈴を狙っていたら、俺も苦戦を強いられていたと思う。正々堂々1対1で喧嘩できたから、俺は勝つ事ができたんだと思う」
「だから、ただの人間、それも小羊如きが魔導士相手に勝つ事は──」
「小鳥遊弟、喧嘩ってのは腕っ節が強い奴や強い武器を持っている奴が必ず勝つ訳じゃない」
強引に小鳥遊弟の話を遮りながら、俺は自分の主張を彼に押しつける。
「幾ら身体能力が高かろうが、魔法を使えようが、自分の長所を活かせられないような奴は何回やっても喧嘩に勝つ事はできない。自分の長所をフルに発揮しつつ、相手の長所を潰し続ける奴が喧嘩に勝ち続ける……って言っても分からんか。ノリだよノリ。ノリが良い奴が喧嘩に勝ち続けるんだ。多分、お前のお父さん達はノリが悪かったから、魔法使い相手に負けたんだと思うぞ」
「そう、……なのか?」
「ああ、多分な」
小鳥遊弟は顔に"納得がいかない"という文字を表示しながら、俺の主張をとりあえず受け入れる。
やはり子どもは騙しやすい。
それっぽい事を言っていれば、納得してくれるから。
「それよりも、だ。そろそろ教えてくれないか?大体の流れは察しているが、改めてお前が家族と離れ離れになった経緯をお前の口から聞きたい。なあ、小鳥遊弟、一体、お前らの家族に何があったんだ?」
自転車のサドルに座りながら、俺は小鳥遊弟をじっと見つめる。
彼は俺の瞳を見たと思いきや、別の方向に向き始めた。
違和感を感じた俺は、瞬時に事情を察する。
「──もしかして、誰か近づいているのか?」
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本当にありがとうございます。
みなさんがいつも読んでくれているお陰で累計PVが3万が見えてきました。
まだ2万PV用の記念用ができていないにも関わらず、3万PV達成しそうなので喜びと共に申し訳なさの気持ちが湧き上がっています。
来週か再来週辺りに出せるように頑張りたいと思います。
次の更新は明日の12時頃です。
よろしくお願いいたします。




