4月20日(8) 小鳥遊弟(多分)と謎の女からの電話の巻
4月20日月曜日の夕方。
小鳥遊弟と思わしき少年がニホンオオカミの姿に変貌する様を見届けた俺は、ぼんやり天井を仰ぐ。
もう何が起こっているのかさっぱりわからなかった。
途方に暮れていると、美鈴が目を点にしながら、俺に質問を投げかける。
「……一体、何が起こっているの?」
彼女も何が起こっているのか分からないようで、困惑していた。
「分からない。けど、ロクでもねえ事が起きてる事だけは確かだ」
俺は小鳥遊一家が写った写真とオオカミの姿に変わった小鳥遊弟と思われる人物を交互に眺めながら、何故彼が人間の姿から獣の姿になったのか推測する。
だが、幾ら考えても答えは出なかった。
(もしかして、こいつは魔法の力でオオカミの姿に変えられた、……のか?)
2週間くらい前、"魔女"と呼ばれる天使の力を宿した子猫がお嬢様達を魔法の力で半人半魔の化物の姿に変えていた事を思い出す。
もしかしたら、あの時みたいに、天使の力を宿した何者かが小鳥遊弟 (仮)をオオカミの姿に変えたのかもしれない。
魔法の仕業だと考えたら、俺が抱いている疑問は瞬く間に氷解してしまう。
だが、全ての原因を魔法の仕業だと仮定しても、謎はまだ残り続けた。
(でも、何でこいつをオオカミにした奴はこの魔法をかけたんだ……?)
魔女はお嬢様達を化物の姿に変える事で、彼女達を都合の良い兵としてこき使っていた。
だが、目の前にいる小鳥遊弟 (多分)には戦闘力が一切ないように見える。
オオカミ化の魔法を使った人物は一体何が目的でこの魔法をかけたのだろうか?
「とりあえず、服を着替えさせよう。美鈴、服をプリーズ」
小鳥遊弟( 恐らく)が着ていた血塗れの服は獣の形に変形した際、破けてしまった。
"とにかく服を着せないと"と思った俺は深く考える事なく、美鈴に持ってきた服を渡すよう要求する。
「お兄ちゃん、これ人間用なんだけど……」
「大丈夫さ、人間もオオカミもこの星で生きる命なんだから」
「誰も命の尊さの話はしてないよ!お兄ちゃん、ひょっとして私以上に混乱しているよね!?」
美鈴に俺の動揺を見抜かれてしまった。
「でも、このままほぼ裸で放置ってのも良くねえだろ。最近暖かくなったてきたけど、まだ夜とか寒いし」
美鈴は俺の言い分に納得したのか、持って来た服を俺に手渡す。
彼女が持って来た服を受け取った途端、俺はつい引き攣った笑みを浮かべてしまった。
「……美鈴、何でこれを持って来た?」
美鈴が持って来た服はメイド服だった。
「その子が着れそうだったから」
「物理的に着れても、精神的な意味で着れないと思う」
女装好きなら話は別だが、年頃の男の子にとってメイド服着るのは罰みたいなものだ。
特にスカート。あんな防御力が限りなく低い布切れなんて絶対に履きたくない。
てか、何でメイド服がこの家にあるんだ?
もしかして、あいつ、美鈴を着せ替え人形みたいにして遊んでないよな?
「なあ、美鈴。バイトリーダーのジャージとかねえのか?」
美鈴は首を横に振る。
「じゃあ、無地のシャツとズボンを持って来てくれ」
美鈴は再び首を横に振る。
どうやら無難な服装さえないらしい。
「……何でも良いからシャツとズボンを持って来てくれ」
美鈴は飽きる事なく、首を横に振る。
「……シャツとズボンもないのか?」
美鈴は首を縦に振る。
「うん。今、この家にはメイド服しかないよ」
「狂ってんのか、ここの家主は!?」
バイトリーダーのドヤ顔が脳裏に浮かび上がる。
"いや、褒めてねえよ"と脳裏に浮かんだ彼女につい突っ込んでしまった。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん。お姉ちゃんは狂ってなんかいないよ。ポニーテールさんがお姉ちゃんがいない間にこの家の衣服をメイド服以外根刮ぎ持って行っただけから」
「狂人が1人増えただけで何も問題は解決してねぇよ!!」
この町の治安はどうなっているんだろう。
てか、桑原のお巡りさんはちゃんと仕事しているんだろ──いや、桑原のお巡りさんが1番頭おかしかったわ。
女好きの啓太郎、元ヤンの雫さんはまだ真面目に仕事している方だが、残り4人のお巡りさんがヤバ過ぎる。
1人は元傭兵の戦闘狂。
もう1人は128股した結果、桑原に飛ばされた性欲馬鹿。
呪術にハマり過ぎた結果、倫理観ぶっ壊れた変態に自分の事を聖騎士ジャングリーバーと思っている厨二病アラサー。
うん、お巡りさんからしておかしいわ、この町。
「この家にメイド服が沢山あるのは、お兄ちゃんのためらしいよ。お姉ちゃん、色んなタイプのメイド服をお兄ちゃんに着せたいんだって言ってた」
尊厳の危機に陥った俺は直様この魔境から逃れようと慌てて立ち上がる。
「ちょ……!お兄ちゃん、どこ行くの!?」
「こんないつメイド服に着替えさせられそうな部屋にいてたまるか!俺は自分の部屋に帰らせてもらう!」
「今、お兄ちゃんに帰って貰ったらめちゃくちゃ困るんだけど!!??何故かお姉ちゃんとも雫さんとも連絡取れないし!!ここでお兄ちゃんに帰られたら、私、どうしたら良いのか分からなくなるよ!!!!」
「大丈夫だ、美鈴!!困った事が起きたら、全部殴れ!そうすれば全部解決だ!!」
「そんな野蛮な方法で解決できるの、この世でお兄ちゃんだけだよ!!いいから戻って来て!またあの女の人から電話かかってくるかもしれないし!!」
「女の……ひと?」
美鈴の口から出てきた謎の単語──あの女の人──により、俺は落ち着きを取り戻す。
「そういや、さっき言ってたよな?変な女の人から電話かかって来たって。そいつは小鳥遊弟 (きっと)を保護しろ以外に何か言っていたか?」
先程、聞きそびれた事を美鈴に問い質す。
俺のテンションの上下について来れない彼女は困った表情を浮かべながら、俺の質問に答えた。
「い、いや……"ジンロウを保護しろ"と"警察に電話するな"以外は言ってなかったよ。……あ」
「何か思い出したのか?」
「うん、……"彼を助けたければ、"絶対善"を倒しなさい"って。お兄ちゃん、"絶対善"ってなに?」
"絶対善"という聞き慣れない単語に俺は無意識ながら首を傾げる。
「言葉通りの概念なら、絶対的な善……どのような立場や観点から見ても善であるって意味だな。多分、倒せるって事は概念ではなく、実体ある何かを指す言葉なんだろう」
「その『絶対善』って人なの?もしかして、怪物とか?」
「俺に聞かれても知らねえよ。とりあえず、その謎の人物に電話掛けてみるか」
バイトリーダーの家に置いてある固定電話の下へ向かう。
そして、固定電話に記録された着信履歴からかけ直そうと試みた。
(今日の履歴は……非通知設定が2つ、か。って事は美鈴に電話を掛けた主は俺同様、公衆電話から掛けたって事か)
"当たって砕けろダメで元々"精神で電話を掛ける。
案の定、電話は繋がらなかった。
多分、もう美鈴に電話をかけた何者かは公衆電話の前から離れているのだろう。
「どうだった?」
「ダメだ、繋がらない。……とりあえず、この子が起きるまで待つしかないって事だ」
ニホンオオカミと思わしき姿をした少年から目を離した俺は溜息を吐き出す。
すると、電話がかかってきた。
美鈴に電話をかけた人物と思った俺は直様受話器を手に取る。
「……もしもし」
電話口から息を呑む音が聞こえて来る。
「あんたか?美鈴に電話をかけてきたのは?」
俺に電話をかけた何者かは短く息を吸い込む。
「何で俺達とこいつを引き合わせた?"絶対善"ってのは一体何なん……」
『やっぱ中性的な男の子に可愛いメイド服着せるよりも筋肉隆々な漢にメイド服着せる方が興奮するよね。──司くんはどっちの方が……』
反射的に通話を切ってしまった。
「お、お兄ちゃん……誰からだったの?」
「…………変態からだよ」
いつも読んでくれて本当にありがとうございます。
作者の"あけのぼのりと"です。
本日から3月31日に公開予定の新連載準備のため、1日1話投稿にさせて貰います。
新連載の準備が落ち着き次第、また1日複数話投稿に戻しますので、よろしくお願い致します。
次の投稿は明日の12時頃を予定しております。




