4月20日(5) 小鳥遊家の巻
郵便受けの下の方に貼られた紙が俺の視界に飛び込んできた。
紙には見覚えのある紋様や文字で構成された図が描かれていた。
何処かで見た気がする。
ふと、鎌娘──つい最近知り合った魔法使い──の顔を思い出す。彼女もあれと似たような図が描かれたお札を持ち歩いていた。
ワンテンポ遅れて、あれがなんだったのかを思い出す。
俺の記憶が正しければ、あれは"人払いの魔術"だ。
特定の人物をある一定範囲へ立ち寄らせなくする効果を持つ魔術。
知り合いの魔術師曰く、魔法使いや魔術師達が魔法という存在を一般人から隠すためにこの魔法陣をよく使用しているらしい。
(なんで、こんな所に人払いの魔法陣が……?)
郵便受けの下の方に貼られた魔法陣をまじまじ見ながら、俺は頭の中で様々な推測を立てる。
もしかしたら、小鳥遊は──可能性は限りなく低いが──魔法絡みの事件に巻き込まれているかもしれない。
居ても立ってもいられなくなった俺は、伊紙丸に持っていた通学鞄を投げ渡すと、急いでマンションの壁をよじ登り始める。
「ちょ、ツカサン!?一体何してるんや!?」
いとも容易く登り切った俺は2階のベランダ床に着地する事に成功する。
ベランダ床に足が着いた途端、ガラスの割れる音が鼓膜を揺さぶった。
その音に違和感を抱いた俺は首を少しだけ傾げる。
「窓ガラスが、割れている……?」
床に散らばったガラスの破片を拾う。
2階のベランダの窓は粉々に砕けていた。
不思議に思った俺は中に入る。
部屋の中は空っぽだった。
多分、空き部屋なのだろう。
何故、窓ガラスが割れているのか知らないが、それ以外は新品同様だった。
俺は玄関から出ると、そのまま3階にある小鳥遊家に向かう。
305号室の小鳥遊家の玄関のドアは開いていた。
躊躇う事なく、扉を開いた俺は部屋の中に入る。
部屋の中は荒れに荒れていた。
リビングに繋がる廊下は台風でも通り過ぎたと錯覚するくらい物が散らばっており、壁に掛けられた写真も汚い床の上で大の字になって寝そべっていた。
(普通に生活して散らかったというより、何かが暴れて散らかったと考えた方が自然だな)
小鳥遊家の人間に心の中で謝りながら、俺は土足で部屋の中に踏み入れる。
リビングは廊下よりも悲惨だった。
家電や家具は見るも無残に壊れていた。
真っ二つになったテレビは最新製のもの。
恐らくまだ買い替えてから、そう月日は経っていないと思う。
ソファーも食卓もテレビ同様、壊れていなければ新品同様と言っても過言ではなかった。
「にしても、この引っ掻き傷、誰がつけたんだ……?」
壁と床には生々しい爪痕が刻まれていた。
この引っ掻き傷を見るに、恐らくこれを刻み込んだのは結構大きめの爪を持つ生き物だろう。
が、そんな爪痕よりも部屋の至る所に点在している焼け跡の方が印象的だった。
床、壁、天井は強烈な熱で炙られたのか、真っ黒焦げになっていた。
その所為で部屋の中は少しだけ炭臭い。
多分、お巡りさんである啓太郎や雫さん──2人とも桑原交番勤務のお巡りさん──なら、出火原因を特定できただろう。
ただの高校生である俺には、どういった経緯で部屋の至る所に黒焦げ跡が残っているのか、さっぱり分からなかった。
半壊した食卓の上に置かれた新聞が視界に入る。
新聞の日付は4月12日日曜日と記載されていた。
次に視線をベランダの窓に向ける。
窓ガラスは2階同様粉々に砕けていた。
(……確か最後に雨が降ったのは先週の月曜日の夕方だったよな?)
ベランダの窓ガラス近くの床は雨染みが残っていた。
この床に残った水滴の跡が本当に雨染みならば、4月13日月曜日の夕方よりも前に窓ガラスは割れた事になる。
「……じゃあ、先週の月曜日から、この窓ガラスは割れっぱなしなのか?」
床に残った水垢はベランダ側の窓ガラスから数メートル離れた所にしかなかった。
恐らく──俺はプロの探偵でもなければ頭も良くない。だから、断定はできないのだが──この水垢は雨染みだろう。
部屋に置かれた新聞と雨染みから推測するに、この部屋が荒れたのは4月12日日曜日から4月13日月曜日の間。
正体不明の生き物がつけた爪痕や至る所に点在している黒焦げ跡から、この部屋に住む小鳥遊家は魔法絡みの事件に巻き込まれた可能性が考えられる。
もしかしたら、魔法絡みというのは俺の勘違いなのかもしれない。
偶々、郵便受けの下に魔法陣があったから、小鳥遊家は魔法絡みの事件に巻き込まれたという偏見を抱いているのかもしれない。
が、魔法絡みの事件に巻き込まれている可能性が考慮される以上、黙って指を咥えている訳にはいかなかった。
(とりあえず警察に通報…….いや、啓太郎に報告か?)
今月頭に起きた事件のお陰で国際魔導機関とやらの繋がりができた桑原交番所属のお巡りさん──松島啓太郎に報告するべきかどうか考えてしまう。
だが、彼は先々週起きた事件で負った傷により、現在進行形で入院中。
加えて、俺の知り合いの魔法使い達も彼同様入院しており、身動き1つ取れない状況に陥っている。
(もし俺がこの事を啓太郎達に話したら、無理に病院から抜け出すかもしれない。とりあえず、この事件が魔法絡みかどうか分かるまで秘密にしておこう)
もしかしたら、家電が暴発した結果、このような有り様になったかもしれない。
今、小鳥遊家の人達は業者の人に部屋を掃除してもらうまでの間、実家に戻っているだけかもしれない。
先ずは小鳥遊家の安否を確認しよう。
彼等と対面すれば、この騒動が魔法絡みかどうか分かる筈だ。
床に落ちていた写真を拾いながら、俺は今後の方針を固める。
俺が拾ったのは家族写真だった。
30代くらいの男女と小鳥遊、そして、小鳥遊の弟らしき少年が写っていた。
今後の捜索活動の資料として、この家族写真を勝手に拝借する。
家族写真をポケットに入れた俺はベランダに出ると、そのまま躊躇う事なく地上目掛けて飛び降りた。
「神宮、どうだった?」
委員長は小鳥遊家に不法侵入した俺を咎める事なく、俺が着地するや否や質問を投げかける。
俺は伊紙丸に預けていた通学鞄を返して貰いながら、要求だけを彼等に伝える。
「委員長、伊紙丸、ツインテール娘。お前らは寮に戻ってろ。ちょっと確かめて来る」
「た……確かめる?あんた、何言って……って、ちょっと待ちなさいよ!!」
委員長が背後で何か言っているが、無視する。
俺は振り返る事なく、公衆電話がある場所に向かって走り始めた。
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