4月20日(2) 俺と四季咲と会長との巻
校門前で聖十字女子学園生徒を乗せたバスを待つ。
柴犬の着ぐるみ──去年の文化祭の時、客引きするために自作したやつ──を着込んだ俺はいつ委員長達が現れてもいいように身構えていた。
「……で、何で俺は着ぐるみを着ているんですか……?」
「貴方がお嬢様を殴り飛ばしたからです」
会長は眉間に皺を寄せながら、柴犬の着ぐるみを着た俺に詰め寄る。
「もし貴方がお嬢様に暴行を働いた事がバレたら、間違いなくこの学園は廃校になるでしょう。しかし、貴方という戦力を放棄してしまったら、暴走した狂人がこの学校を廃校に追い込んでしまう。故に折衷案として、この着ぐるみを貴方に着させました。これを着ていたら、暴行を受けたお嬢様達の目を欺けますし」
どうやら、この着ぐるみは会長なりの苦肉の策らしい。
「最後に聞かせてください。貴方はお嬢様を何人殴り飛ばしましたか?」
「最低204人」
「私の想像を遥かに凌駕していました!!」
会長は頭を抱えると、その場に蹲る。
すると、視界の隅にバスの姿が映り込んだ。
俺はバスを指差しながら、会長にバスが来た事を教える。
「あ、会長。バス来ましたよ」
俺は会長の追及を逃れるために、そそくさと移動を始める。
だが、彼女は俺の逃亡を許さなかった。
「なにナチュラルに迎えに行こうとしているんですか!?お嬢様達を200人殴るような危険人物を彼女達に会わせる訳ないでしょう!?」
会長は着ぐるみ越しに俺の身体を掴むと、俺の進行を妨げる。
あまりにも彼女が必死だったので、俺はボディーガードを辞める事を決意した。
「大体承知。大人しくあいつらと会わないように俺は教室に引きこ……」
「なに言ってるんですか!?貴方以外に誰が彼女達を守れると言うんですか!?」
「あんたは俺にどうして貰いたいんだ!!??」
支離滅裂な言い分だった。
会長の言っている事を理解できずに困惑している内に、バスが俺達の前に停まってしまう。
「おい、会長!どうすんだよ!?バス、着いちまったぞ!?」
「会長命令です!!未来永劫、彼女達に暴力を振るわないと誓ってください!!あと、貴方の正体がバレないように振る舞ってください!!貴方の話を聞いている以上、正体がバレたら厄介な事になると思うので!!」
「大体承知!あんたの命令、ちゃんと聞き入れたぜ!!」
「大体ではなく、完璧に承知してください!!」
馬鹿げた問答をしていると、バスから腰まで届くくらい長い金髪をお嬢様結び──この結び方はハーフアップと呼ばれるらしい──した美人が出てきた。
四季咲楓。
聖十字女子学園生徒会長。
俺の知り合いだ。
彼女は犬の着ぐるみを着た俺を見るや否や、一瞬だけ固まる。
しかし、瞬時に優雅さを取り戻すと、誰もが見惚れる自然な笑みを浮かべた。
「お久しぶりです、流宮さん。今回は私達聖十字女子学園2年生生徒を受け入れて頂き、ありがとうございます」
美人としか言いようがない美貌に健康的に引き締まった身体、所作から滲み出る高貴さに圧倒的な王者オーラ。
彼女の何処を見渡しても、違和感しか抱けなかった。
それもその筈。
魔女の所為でチビでデブな男の姿に変えられていた彼女の姿と半日ずっと一緒にいた為、どうしても今の彼女に拭い難い違和感を抱いてしまう。
リフォームした我が家の中にいるような不思議な感覚。
我が家にいるけど、変わり過ぎて我が家にいる気がしない。
そんな不思議な感覚。
あの後、何回も顔を合わせたにも関わらず、未だ俺は彼女の容姿に慣れていない。
「ええ、お待ちしていました、四季咲さん」
会長も四季咲のオーラに気圧されていたのか、言葉数が少なかった。
彼女達の握手を見守りながら、バスの中に誰がいるのか横目で見る。
すると、食い気味に俺の事を見ている鳥女──魔女騒動で知り合った知能足りていない系のお嬢様──と目が合った。
彼女はバスの窓ガラスに顔が減り込む勢いで俺を見ながら興奮している。
そんな鳥女を蛇女──魔女騒動で知り合ったお嬢様系お嬢様──と蜘蛛女──魔女騒動の時に知り合った女優の卵──が嗜めていた。
顔見知りが結構いる事実に震える。このままでは、すぐに気づかれてしまうだろう。
どうにかして正体を隠さなければ、と考えていると話の矛先が俺に向けられる。
「で、此方の着ぐるみは一体何なんですか?」
四季咲は中にいる俺に気づいていないらしく、不思議そうに俺の着ぐるみを注意深く観察する。
「こ、これは、ですね……」
会長は"アドリブで切り抜けろ"と目で訴える。
俺はなるべくダンディな声を出そうと意識しながら、この着ぐるみの設定について語り始めた。
「この学園のマスコットキャラクター、『柴咲源三郎』だ。今日からあんたらのボディーガードをやらせてもらう」
「は、はあ……」
俺のダンディ声による自己紹介を聞いた彼女はリアクションに困ったような表情を浮かべると、質問を投げかける。
「……な、何故、じ……いや、マスコットが私達の護衛をする事に……?」
「この学園はまともな奴らはみんな出て行ってしまってな。残ったのは貧乏人と頭のおかしい奴らしかいねえんだ。だから、あんたらみてえな鴨背負ったネギは絶好のカモなんだよ、この学園の生徒達にとってはな。カモだけに」
「鴨はネギを背負う側だぞ」
「気を付けろ、あんたらみてえな純粋培養されたお嬢様にとって理解できねえ輩が沢山いる。そんな薄汚れた奴らから守るために俺は地獄の底から蘇ったんだよ」
「柴崎くん、いつの間に地獄に落ちたんですか」
それっぽい事を言って、四季咲を納得させる。
彼女は犬の着ぐるみを着た俺に強い警戒心を抱いていた。
それを見た会長は俺のフォローをする。
「し、四季咲さん、安心してください。この人はこの学園の生徒から貴方達を守ってくれるボディーガードです。彼の言う通り、この学園の治安は決して良いと言えるようなものではありません。ですから、貴方達がこの学園にいる間、貴方達をこの学園の魔の手から守ってくれる指折りの実力者を用意させて頂きました」
「……は、はあ……」
四季咲は困惑したような目で犬の着ぐるみを着た俺を見つめる。
「人を見た目で判断するとは、聖十字女子学園の生徒会長も地に落ちたもんだな。安心しろ、あんたらの事は俺が守ってやる」
「い、いえ、実力を疑っている訳ではなくて……何故、着ぐるみを着ているのかなと、……」
「おいおい、マスコットの中身を詮索するのはタブーだって、ママに教わらなかったのか?」
「……非常に言い難いのですが、……その、得体の知れない者に生徒を守らせるのは彼女達に任命された生徒会長として少し不安がありまして……もし、差し支えなければ、私にだけでも良いから──神宮、何故その着ぐるみを着ているのか教えて貰ってもいいか?」
「四季咲、ちょっと待っててくれ。会長、ちょっと集合」
俺は会長を連れて、四季咲の前から離れると、小声で作戦会議を開いた。
「おい、会長。四季咲に正体、バレちゃっているぞ」
「隠し通してください」
「無茶言うな」
「彼女は生徒達の身の安全を考えて、貴方の正体を教えてくれと頼んでいるんですよ?もしお嬢様200人殴り飛ばした奴がボディーガードを務める事を知ったら、怒り狂う事間違いなしです」
ごもっともな意見だった。
「じゃあ、今すぐにでも中のやつをチェンジするか?」
「貴方以外にブラックリストに載った生徒達を止められる者がいない以上、『柴咲源三郎』君の中身を変える事はできません。ここはアドリブで切り抜けて下さい」
「無茶言うなよ、俺の頭じゃそんな方法思いつかないっての」
「会長、俺をお呼びですか?」
唐突に現れた子々野先輩──この学園の自称番長──が俺らの間に割って入る。
会長に良い所を見せたい彼は犬の着ぐるみを着た俺をバカ太い手で押さえつけると、自己アピールをし始めた。
「話は影で聞いていました。その着ぐるみを着て、お嬢様達を守れば良いんですよね?俺なら会長の役に立てますよ。どうです?俺を使ってみては?」
「すみません、貴方では神宮の代わりをやるには役不足です」
あっさり子々野先輩を切り捨てる会長。
そこら辺にいる番長と良い勝負する程度の実力しかない子々野先輩に委員長達の相手は荷が重過ぎるから当たり前といえば、当たり前なのだが。
「とりあえず、貴方の名前だけをお借りします。神宮、子々野の名前を名乗ってください。たったそれだけで事態は改善されます」
「大体承知。じゃ、子々野先輩、貴方のお名前、お借りします」
項垂れる子々野先輩を置いて、俺と会長は四季咲の前に戻る。
そして、少しだけ躊躇いながら嘘を吐いた。
「俺の中身はこの学園の自称番長、子々野先輩だ。よろしく頼む」
「いや、嘘だろう。神宮、もう隠しても無駄だぞ。と、言うより会った時には気づいていた」
1発で四季咲に看破されてしまった。
彼女は俺の背後を指差す。
振り返ると、"俺が本物の子々野"と書かれたプラカードを持った子々野先輩が立っていた。
彼の生き生きした笑顔を見て、少しだけムカっとする。
殴りたい、あの笑顔。
「すまん、四季咲。もう1度作戦タイム取らせてくれ」
「その作戦タイム、意味があるのか?」
再び俺は四季咲から離れると、再び会長と作戦タイムを堪能する。
「もう無理っぽいぞ。何回選択肢を変えても、"お前神宮だろ"エンドに到達してしまう。最初から選ぶしか、このエンドを回避できねぇぞ」
「……なるほど、貴方達は知り合いだったんですね。なら、私が導いてやりましょう。トゥルーエンドに」
会長は固唾を飲むと、作戦タイムを終わらせ、四季咲の方へ歩み寄る。
「四季咲さん……!彼も悪気があった訳じゃないんです……!だから、……どうか……!」
会長は四季咲の肩を掴むと、頭を下げながら、こんな事を言い出した。
「どうか彼の暴行を表沙汰にしないでください……!お願いします!!この学園の未来のために……!!」
「一体、私は何を頼まれているんだ!!??」
こうして、仮の校舎ができるまでの間、聖十字女子学園2年生生徒は桑原学園の一部教室を使用する事になった。
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