4月1日(7)電車に乗ろうの巻
桑原駅は東雲市から通っている学生が多い影響で結構栄えている。
駅の前には田舎には不釣り合いな全国チェーン店の某有名喫茶店や今流行りのタピオカ屋、ゲーセンやカラオケなど学生をターゲットにしたお店がずらっと並んでいるのだ。
そのため、放課後や休みの日は多くの学生が駅前で屯しており、ボロボロかつ怪しいローブに身を包む鎌娘と並外れた美貌を持つ美鈴は人目をかなり惹いた。
「どうやらみんな、私の美しさに魅了されたようね!」
鎌娘は実りなき大地を張りながらドヤ顔を披露する。
「お前が注目を浴びているのは色物枠だからだ。自分の姿を鏡見て来い、変人A」
「何ですってえええ!!!」
今にも魔法をぶっ放そうとする鎌娘に"警察・無期懲役"の単語を浴びせ、彼女の行動に制限をかける。
「とりあえず、ここから先どうしようか……」
先ず美鈴の保護者を探す事が先決だ。
そのためには鎌娘に依頼した金郷教の信徒と接触する必要がある。
恐らくフリーの魔法使いである鎌娘と接触した依頼主も魔法とやらを遣えるのだろう。
加えて、仲間はいつ裏切るか分からないアホの娘だ。
とてもじゃないが、俺1人では美鈴を守り切れない。
俺が鎌娘に勝てたのも彼女が致命的なアホだったからだ。
魔法使いという未知の喧嘩相手にこの拳がどこまで通じる事やら。
「どうしようって決まっているじゃない。私を待っている信者をぶちのめしに行くのよ」
「それが1番手っ取り早いか。で、金郷教とやらで、魔法を使えるのはどれくらいいるんだ?」
「あんた馬鹿なの?あの中に魔法使いなんて1人もいる訳ないじゃない」
馬鹿扱いされたのは気に喰わないが、金郷教に魔法を使える奴がいないと分かったので、グッと堪える。
相手が幾らいようが、魔法さえ使わなければ、拳1つで何とかなる筈だ。
精々待ち合わせ場所に来る人数は多くて50人くらいだろう。
全員が全員荒事に慣れている訳でもなさそうだし、何とかなりそうだ。
「じゃあ、その待ち合わせ場所がある東雲市に向かうとするか。美鈴もそれで良いか?」
周囲の視線に怯えている美鈴は俺の陰に隠れながら、うんと頷く。
「よし、それならさっさと電車に乗って……」
ふと鎌娘の背後にいる通行人──上品そうな身なりの女の子4人。恐らく、この辺りにあるお嬢様学校の生徒だろう──が目に入った。
彼女達はボロボロの姿である鎌娘を怪しいと思ったらしく、駅前の交番から警官を召喚していた。
この桑原町という場所はここ数年、ヤクザの薬の密売場になったり、桑原学園の理事長が生徒を使って人体実験したり、全国各地のヤンキー達が集まって覇権争いに勤しんでいたりなど、治安は悪化の一途を辿っている。
日暮市の市長と福岡県警は、桑原の治安を少しでも良くするため、先月初めに桑原駅前に交番を設置した。
それ程、この町は荒れているのだ。
そして、俺はこの交番に駐在している警官に苦手意識を抱いている。
何故なら、この交番の巡査長は寮長の弟だから。
つまり、何が言いたいかとここで弟に捕まってしまうと、俺は強制的に寮に戻る事が確定している訳で。
「また、お前か神宮っ!!お前は何回騒ぎを起こせば気が済むんだっ!?」
「お前ら、とっとと逃げるぞっ!!」
“振り出しに戻る”を避けるべく、美鈴をお姫様抱っこした俺は持てる力を振り絞って駅構内に突入する。
「ちょ、あんた警察と仲良かったんじゃないの!?」
「あの一族は俺の天敵なんだよ!!」
律儀に俺の跡を追う鎌娘を連れて、俺は改札口を所持していたICカードで通過する。
「うげえ!」
鎌娘はアホなので、改札口に引っかかってしまった。
「こら、待て!神宮!!観念して交番に来い!!姉ちゃんがお呼びだぞ!!」
「急げ、鎌娘!!現代人ならICカードの1枚2枚楽勝に持っているだろ!?」
「あ、そうだった……」
無事に改札口を通過できた鎌娘を連れ、俺は駅のホームに逃げ込む。
ホームに設置されている時刻表をチラ見し、いつ電車が来るのかを確認する。
「げ、あと5分後かよ……!?」
「お兄ちゃん、あそこに隠れよう!」
美鈴に促されるまま、駅のホームに設置されていた自動販売機の裏に隠れる俺と鎌娘。
見つからないように息を潜めていると、突然背後から男の声が聞こえてきた。
「神宮、こんな所で何している?」
「うおおっ!!??」
慌てて背後を振り返ると、そこには同級生の布留川君──身長200センチオーバー体重100キロ超えの大男──が立っていた。
「ぎゃぁあああああ!!!ゴリラに襲われるぅうううううう!!!」
鎌娘は頭を手で隠しながらその場に蹲り始める。
美鈴とは言うと、呆けた顔で布留川君の顔を眺めていた。
「何だ、お前かよ。寮長の弟かと思っただろうが」
「また何かやらかしたのか?」
「またって何だ。俺はお天道様に顔向けできないような事はやった事ないぞ」
「無断外泊はやらかしの内に入らないのか?お前はスマホ没収されているから知らないと思うが、寮長、お前に懸賞金つけるくらい怒り狂っていたぞ」
「え、マジで?ちなみに懸賞金とやらは?」
「1万円だ」
「結構ガチじゃねぇか」
過去に類を見ない懸賞金の高さに寮長の怒りが滲み出ている。
やべぇ、語彙力が皆無レベルになるくらいやべぇ。
「で、その黒焦げのローブを着た女とお人形さんみたいな娘は何だ?」
「これは……その……」
まだ事態を上手く呑み込めていない俺は、説明するのが面倒のもあって、適当に誤魔化そうとする。
「俺の……そう、親戚みたいなもんだ」
「そうか、俺に言えない仲なのか」
ボクシング部の布留川はやたら感が良いので俺の嘘なんか容易く見破ってしまう。
「いや、お前が致命的に嘘吐くの下手なだけだと思うが」
「ナチュラルに心読んでんじゃねえよ。…….で、何でお前はここにいるんだよ」
「花見に行くんだよ、1年A組のみんなでな」
「あー、そういや委員長がやるって言っていたな」
「お前も参加するって言っていただろ?もしかして忘れていたのか?」
「……春休み入ってから忙しかったからな。今もこの子の保護者探しで忙しいし」
「そうか、じゃあ、委員長にお前が欠席する事伝えといてやるよ」
委員長の3文字に俺の身体は恐怖で震え上がる。
俺がブッチしたとなると委員長はクラスの輪を乱したとか何とかで怒り狂う可能性が非常に高い。
そういや、委員長達の弁当を取りに行く約束を交わしていたような。
駄目だ、上手く思い出せない。
「布留川、頼む。お前の口から何とか言ってやってくれ」
「無理だな、俺も嘘苦手だから。……で、お前が守っているその子は本当に悲劇のヒロインなのか?」
布留川は怯える美鈴を見下ろしながら、訳の分からない事を言う。
「どういう意味だよ、それ?」
「その女の子に良いように使われていないかって聞いてんだ。お前はお人好しだからな。お前の将来が心配なんだよ」
「余計なお世話だ。てか、何でこいつが俺を良いように使う悪女みたいに見えるんだよ」
「綺麗な花程、毒があるって話だろ。要は救いの手を差し伸べた相手が必ずしも善人ではないって事だ。気を付けろ、俺の勘が正しければ、そいつは何か隠しているぞ。では、気がついた時に現れる貴方の友達、布留川君でした」
布留川はそれだけを言うと、東雲市行きではない電車に乗って行った。
「何だったのよ、あいつ」
「我が校自慢のボクシング部エース」
窓越しにこちらを見る布留川に手を振る。
彼は俺に気がつくと、手を振り返してくれた。
「って、お前!今日の花見会場、桑原交番の近くだろ!?何で電車乗ってんだ!?」
俺のツッコミが電車の中からでも聞こえたのか、彼は顔を真っ青にするや否や慌てて電車を降りようとする。
が、時既に遅し。
彼を乗せた電車はドアを閉めると情け容赦なく発車してしまった。
去り行く彼を見送りながら、鎌娘はポツリと呟く。
「あいつ、何してんのよ」
「集合場所を間違えたんだよ、あいつ極度の方向音痴だから」
東雲市行きの電車が来たので慌てて乗る。
その移動中、階段の下で気絶している寮長の弟が目に入った。
階段から滑り落ちたのか、それとも通りすがりのボクシング部に襲われたのか、どっちにしろ、今の俺にとって好都合なことには変わりなかった。
電車から降りて来た駅員に寮長の弟が伸びている事を教えた俺は彼女達と共に乗車する。
車両の中は誰1人いなかった。
俺と美鈴は隣り合わせで、鎌娘は俺と向かい合わせになるように座る。
「だから、鎌娘じゃないっての」
「モノローグを読むな、バカタレ」
電車は東雲市で1番栄えている新神に向かって走り出す。
見慣れた田舎景色が背後に流れていく。
電車に乗った事が無なかったのだろうか。
隣に座る美鈴はお行儀の悪い格好で電車の外の風景を眺め始めた。
他の乗客がいなかったので、俺は敢えて座席で膝立ちしている美鈴に礼儀を教えなかった。
「じゃ、ちょっと私寝るから着いたら起こして」
鎌娘は──「だから、鎌娘じゃなくてエリ様だっての」──訂正、マナーを知らないただのアホは──「喧嘩売っているなら買うわよ」──だから、心を読むなって。
「で、何時くらいに着くの?」
「14時前には着くと思う」
「えー、そんなにかかるの?じゃあ、沢山寝られてラッキー」
それだけを言うと、鎌娘は瞬時に眠りについた。
この寝付きの良さはある意味才能だ。
やる事がなかった俺はとりあえず美鈴の横顔を眺める事にする。
彼女の横顔は絵画のワンシーンみたいに様になっていた。
この絶世の美少女ともいえる容姿は神器である美鈴自身が願って獲得したものだろう。
何でも思い通りにできる力。
どんな願いでも叶える事ができる力を持った彼女は今、何を願っているのだろうか。
(ん?どんな願いを叶える力……?じゃあ、何で美鈴はあの時ボロボロになっていたんだ?)
そもそも、そんな力があるのなら、最初からこんな状況に陥ってない筈だ。
襲われた時に鎌娘を洗脳できただろうし、彼女をボコボコにした奴らもボコボコにする前に洗脳できた筈だ。
それをしなかったって事は彼女の能力には何か欠点があるのか?それとも──
(もしかして、こいつ、この状況を望んでいるのか?)
どうして?何のために?そんな言葉が今にも喉から出ようと暴れ始める。
俺はその言葉を寸前の所で堪えた。
ここで聞いても記憶がないと言っている美鈴を追い詰めるだけだ。
だから、今は聞くべきではない。
けど、この考え自体が彼女の力による影響ならば?
彼女の記憶がない発言も嘘だという確証はない。
俺が勝手に嘘だと思っているだけだ。
そもそも、何故、俺はそんな嘘をすんなり受け入れただろうか?
この答えはすぐに出る。
美鈴が俺達に敵意や悪意を抱いていないからだ。
いや、そもそも敵意と悪意を感じられないのは、思い通りにできる力の所為かもしれない。
本当は敵意や悪意を抱いていて、思い通りにできる力を行使する事で隠しているだけかもしれない。
俺を洗脳して、真実を歪めているだけかもしれない。
また、何かしらの理由で俺に洗脳を施せないっていう可能性も考えられる。
俺を洗脳する事が出来ないなら嘘を吐くのも当然だ。
その場合、彼女は俺達に敵意や悪意を抱いていない事になる。
もしかしたら、なんでも思い通りにできないのかもしれない。
(……考えれば、考える程、頭がこんがらがる)
何故、何でもできる力を持った美鈴が狙われているのか。
そもそも、彼女は俺を洗脳しているのか。頭の中で疑問がぐるぐる回り続ける。
『殴れば大抵の事件は解決できる』を信条にしている俺にとって、こういう哲学に足を一歩突っ込んだ疑問は天敵と言っても過言ではない。
色々考えている内に、いつの間にか窓の外の風景が灰色で無機質な風景に変貌していた。
味気のない普通のビルが窓の外を埋め尽くす。
考えている内に電車は緑の多い日暮市から人口密度が高い東雲市に移動したみたいだ。
電車は高架橋の上を淡々と走っている。高架橋の下には住宅街が広がっていた。
この橋の近くに住んでいる人は夜眠れなさそうだなと思いながら、窓の外をチラ見する。
美鈴は飽きもせずに窓の外をキラキラした目で眺めていた。
俺は彼女の姿を見て、複雑な気持ちに陥ってしまう。
彼女の味方でありたいという気持ちは果たして本物だろうか。
そんな猜疑心に駆られる自分に嫌気が差した所為か、無意識のうちに彼女の名前を口に出してしまう。
「なあ、美鈴」
早く答えが知りたい。
その一心で俺は彼女に何か嘘を吐いていないかと尋ねそうになる。
だがしかし、その疑問は不気味な爆音によって遮られてしまった。




