真夜中のかいじゅう
〝れいぞうこのまえにかいじゅうがいる〟と息子は日記に書いた
まるで絵に描いたような家族だった。
それはもう幸せいっぱいの。
夫は真っ直ぐに家に帰って来てくれるし、家事も育児も手伝ってくれる。いわゆるイクメンだ。四歳の息子もやんちゃだが、めちゃめちゃ可愛い。私は専業主婦で、二人が美味しいご飯を食べれるように毎日手料理も頑張って作っていた。
が、それは突然始まった。
それとは…
息子の謎の真夜中日記だ。
息子をいつものように幼稚園へと送っていき、
掃除機をかけている時だった。
おもちゃを整理しておもちゃ箱へ入れると、一番下にスケッチブックの端が見えた。こんなとこに入れるの珍しいな、とそれを引き抜いた。中を開けると、絵と読みにくいが文字が何やら書いてある。
「○月○日、れいぞうこのまえにかいじゅうみたいのがいる。なにかをたべている。」
その絵は何かを食べているかいじゅうの絵だった。
かいじゅう?えっ?夢でも見ていたのかな?
起きている時は書いていなかったから、夜中に書いたのだろうか。
その時は不思議に思わなかった。
息子はいつもと変わらない様子だし。
次の日の朝も、真夜中日記をおもちゃ箱の中から見つけた。
「○月○日、またかいじゅうがれいぞうこのまえにいた。こんどはちょこたべている。」
ちょこ?
冷蔵庫を確認してみると、確かに買っておいたチョコレートが無くなっている。そういえば、買っておいたアイスも無くなっていた。
?誰かが真夜中に侵入して食べているとは思えない。
まさか…息子が?
幼稚園から帰ってきた息子に聞いてみた。
「たっくん、ちょこ食べた?」
「食べてないよ。かいじゅうが食べた。」
「それって…日記に書いていた、かいじゅう?」
「うん。夜中に冷蔵庫を開けて食べているんだよ。」
「それは本当なの?」
「うん。毛むくじゃらのかいじゅう。」
よし、今日真夜中に確かめてみよう。
真夜中にコソッと起きて、目的の冷蔵庫へゆっくりと向かっていく。キッチンに少し光が差しているのが見えた。冷蔵庫が少しだけ空いている。そこから漏れた光だ。
そっと開くと、中はだいぶ荒らされている。
夕飯の残りやら、漬け物やらが無くなっている。
…先を越されたか。
朝、日記を見る。
また冷蔵庫の前で何かを食べているかいじゅうの絵。
若干大きくなっているように見えた。
よし、今日は冷蔵庫の中身を空にしてみよう。
そうすれば、かいじゅうはどうする?
まだ少しだけ息子を疑っていた。
でも昨日の夜中は出なかったみたいだ。
冷蔵庫が荒らされていないから。というか冷蔵庫が空っぽだったからだろうか。
朝、夫を玄関で見送る時にあれがいないことに気付く。
「あれっ?カブトムシどこ行った?」
「さ、さぁ…」
「ね、ねぇ!たっくん!昨日のかいじゅうって…」
「昨日は玄関でカブトムシ…食べてた。かわいそうだったよ。」
カブトムシを?食べるものがなかったから?
かいじゅうが食べている姿を想像すると、背筋がゾクッとした。
えっ?息子ではないなら、一体誰が?
もしかして夫?な訳ないと思うが…。
今日はダイニングテーブルに生肉やカブトムシの幼虫などを用意しておいた。かいじゅうが何を好むか分からないから。人間ならきっと食べないはずだ。
「たっくん、今日も夜中にかいじゅうが出たら、パパを起こして一緒にかいじゅうを捕まえるんだよ?」
「うん、分かったよ。」
何故か私が行くといない。
たっくんにしか見えないのか?
とりあえず夫に捕らえてもらおう。
「パパ、パパ!」
「ん…?たくみ?」
「かいじゅうがあっちの部屋にいるの。一緒に捕まえて。」
「え…?」
「お、お前…な、何やってるんだ?!」
パッと点いた明かりが眩しくて、目を細める。
自分の手のひらには…生肉の破片がくっ付いている。
え…な…何これ…
それらを食べているのは私だった。
かいじゅうは私だったのだ。
「マ、ママ?かいじゅうはママなの?」
「え…ち、ちが…」
違わない。真夜中にそれらを食べ散らかして、ヨダレと涙を流しているのは…紛れもなく私。
たっくんには恐ろしい毛むくじゃらのかいじゅうに見えていたのだろう。
「お前、頭がおかしくなったんじゃないか?」
夫は軽蔑そうな顔でそう呟いた。
…それはお前のせいだ。軽蔑したいのは私の方だ。
そうだ、あの日からきっとかいじゅうになったんだ。
息子がへんな日記を書く前日の昼間。
私はいつものように買い物をしてスーパーを出た。
すると、道路を挟んだ向こうにスーツ姿の夫を見つけた。
隣には若い女。仲良さそうにくっ付いて歩いていた。
ドキドキしながら後を付けて行くと、二人はラブホテルへと入っていったのだ。
今日は仕事のはず。いつものようにスーツを着て出て行った夫。イクメンの夫…の…はず。
私の幸せはその一瞬でバラバラと崩れていった…。
憎しみと悲しみでいっぱい。たぶん精神的にやられた。
だからかいじゅうが現れたのだろう。
真夜中に何かを食い散らかしたかったのだろう。
幸せいっぱいの家族なんかじゃ…ない。
お前が裏切った。
いつも一生懸命に妻をやっていたのに。
全部、
もう、
崩れた。
包丁という爪を夫にめがけて、振り上げたっ!!
血だらけの手のひらで息子の手のひらを握り、玄関のドアを勢いよく開け放った。
二人で何処かへ逃げよう。
振り返ることなく満月へと向かい歩き出す。
二人の行方は…誰も知らない。
end