吟遊詩人フラン
吟遊詩人、フラン。〈雉〉の種族――いわゆる翼人である。
白く短い髪に、どちらかというと男性的に整った顔立ち――女性にこの言葉を使うのはどうかと思うが、イケメンな女性だ。一種のカリスマ性を感じる。
外套の背に空いた穴からは、一対の白い翼が伸びている。天使のようにも思える。
その翼で彼女は街々を放浪し、行く行く先で事件を見届け、それを物語にして語り聞かせるのを生業としている――らしい。
「まあ、趣味も兼ねているんだがね。面白いことを探しているうちに、それが仕事になってしまったんだよ。ええと、ユウマくん、だったかな?」
酒場の一席。隅っこの方のテーブル席で、僕とフランさんは向き合っていた。
次第に酒場は混雑しつつある。リアは、そちらの応対に駆り出されている。僕は初対面の相手と、二人きりで膝を突き合わせることになっていた。
「ええ、よろしくお願いします。フランさん」
「水臭いな。フランと呼んでくれ給え。ヒトの子」
仰々しくそう告げて、片目を閉じる彼女。胡散臭さを感じるが――僕はため息交じりに頷いた。
「では、フランと呼ばせてもらう――遠慮は、いらなさそうだな」
「ああ、そっちの方がありがたいよ。私の勘だが、キミとは長い付き合いになりそうだ」
「そ、そうか……予感が外れることを願うが」
この女、どうにも胡散臭すぎて適わない。僕は半分身体を引かせていると、彼女は優雅にカップを取り、口元に運ぶ。香りを楽しむように顔を綻ばせ――。
そして、すっと目を細めて見つめてくる。
「それで、キミが知りたがっていたのは刀の秘宝のこと、だね」
雰囲気が、変わった。僕も自然と背筋を正しながら問い返す。
「ええ――ご存知ですか?」
「この話は知識人だったら誰でも耳にしたことのある話だ。三つの種族が、三つの秘宝を手にした。〈犬〉は刀を手にした、という話でね」
そこで一息つき、カップを受け皿に戻すと、彼女は滔々と語る。
「この国の一番古い歴史書――〈八犬記〉にはその刀を手にした一人の獣人が、八つの種族を併合したとされる。そして、その八つの種族の強者たちと共に、かつてこの地にいた魔獣を討ち取った」
八人の仲間は、八つの魔獣を制し、その隙に英雄バキンは地を駆けた。
大魔獣はそれから逃れようとするが、八人の仲間が頭を抑えこむように立ち回り、逃がしはしない。そして、バキンの投げ放った刀は真っ直ぐに大魔獣に向かう。
身を捩ってそれを躱す大魔獣。だが、刀はバキンの意志に応えるようにくるりと向きを変えると、真っ直ぐに大魔獣の胴体に飛び込み、見事深々と突き刺さった。
たまらず、大魔獣は呻きを上げてのたうち回り、その場で崩れ倒れた。
彼女はそう諳んじてみると、薄く笑って言葉を続ける。
「その後、魔獣の跡地を開拓し、この巨大な街々を広げた。そして、英雄バキンの子孫は征異大将軍としてこの地を治めている――今で、八代将軍だったかな」
「へぇ、じゃあ、今は将軍の手にその刀はあるのかな。贋作とかは、あるのか?」
「さて、贋作などは聞かんな。何故なら――その刀は〈八犬記〉以来、姿を現さないからだ」
思わず眉を吊り上げる。僕は少し考え込み、訊ねる。
「失われた、という可能性は?」
「そういう見解を示す者もいる。だが、それは刀の特性上、考えにくい」
「刀の、特性?」
フランは頷いて先ほどの八犬記の引用の一文を、さらに引いてくる。
「『刀はバキンの意志に応えるようにくるりと向きを変え』たとある。これは意のままに刀を操れるという意味合いだ。他にも随所でそういう表現が見られる。つまり、紛失しても持ち主の手に戻る可能性が大いにある。そして、『三代目筆録』――三代将軍は、その刀について軽く述べている」
「――なんと、述べたんだ?」
「刀は今も将軍家にある。だが、それよりも強大な力が今将軍家にはあるのだ、と」
「強大な力……」
思わず繰り返すように呟き――ふと、フランと視線が合う。いつの間にか彼女はにやにやと口元に笑みを浮かべていた。
「キミは正直だな。キミは刀に興味があるんじゃないね。神話の刀に興味があるのか」
僕は咄嗟にごまかそうとして、だが息を吸い込み、吐き出しながら唸る。
「――だとしたら、何が悪い?」
「いいや、悪くない。だが、盗もうというなら止めておいた方がいい。護衛をする黒狼たちは、純血種の手練れだ――嗅覚で、接近も察知される」
そこで一息おき、何気ない口調で彼女は告げる。
「嗅覚だけごまかすなら――できなくもない、が」
僕は再び警戒心を強めながら、フランを軽く睨む。やはりこの女、怪しい。
彼女はくすりと笑みを零すと、懐に手をやり、何かを取り出す。二本の、小瓶だ。
「匂い消しの香水――私が愛用しているものだ。これがあれば、どんな警戒の強いところでも気配を消して忍び込める。歴史の瞬間すら見届けられる。面白いものだろう?」
「――貴様、何が目的だ」
押し殺した声で訊ねる。テーブルに隠すようにして、右手を腰にやる――抜刀の構え。
だが、それを見透かしたように軽く笑いながら彼女は片目を閉じる。
「酒場で抜くなよ、少年――私は、ただ、面白い話を見たいだけだ」
彼女はそう言うと小瓶をテーブルの上に置き、その横に小銭を置く。そして颯爽と席を立った。すれ違いざま、彼女は小さく囁く。
「さて、キミはどんな話を紡いでくれるのかな?」
――言ってくれるな。
僕は一人取り残されながら、拳を握りしめる――その視線の先には、まるで自分を試すように、小瓶が怪しい輝きを放っている。