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討桃記  作者: アレセイア
第一章 〈犬〉
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吟遊詩人フラン

 吟遊詩人、フラン。〈雉〉の種族――いわゆる翼人である。

 白く短い髪に、どちらかというと男性的に整った顔立ち――女性にこの言葉を使うのはどうかと思うが、イケメンな女性だ。一種のカリスマ性を感じる。

 外套の背に空いた穴からは、一対の白い翼が伸びている。天使のようにも思える。

 その翼で彼女は街々を放浪し、行く行く先で事件を見届け、それを物語にして語り聞かせるのを生業としている――らしい。

「まあ、趣味も兼ねているんだがね。面白いことを探しているうちに、それが仕事になってしまったんだよ。ええと、ユウマくん、だったかな?」

 酒場の一席。隅っこの方のテーブル席で、僕とフランさんは向き合っていた。

 次第に酒場は混雑しつつある。リアは、そちらの応対に駆り出されている。僕は初対面の相手と、二人きりで膝を突き合わせることになっていた。

「ええ、よろしくお願いします。フランさん」

「水臭いな。フランと呼んでくれ給え。ヒトの子」

 仰々しくそう告げて、片目を閉じる彼女。胡散臭さを感じるが――僕はため息交じりに頷いた。

「では、フランと呼ばせてもらう――遠慮は、いらなさそうだな」

「ああ、そっちの方がありがたいよ。私の勘だが、キミとは長い付き合いになりそうだ」

「そ、そうか……予感が外れることを願うが」

 この女、どうにも胡散臭すぎて適わない。僕は半分身体を引かせていると、彼女は優雅にカップを取り、口元に運ぶ。香りを楽しむように顔を綻ばせ――。

 そして、すっと目を細めて見つめてくる。

「それで、キミが知りたがっていたのは刀の秘宝のこと、だね」

 雰囲気が、変わった。僕も自然と背筋を正しながら問い返す。

「ええ――ご存知ですか?」

「この話は知識人だったら誰でも耳にしたことのある話だ。三つの種族が、三つの秘宝を手にした。〈犬〉は刀を手にした、という話でね」

 そこで一息つき、カップを受け皿に戻すと、彼女は滔々と語る。

「この国の一番古い歴史書――〈八犬記〉にはその刀を手にした一人の獣人が、八つの種族を併合したとされる。そして、その八つの種族の強者たちと共に、かつてこの地にいた魔獣を討ち取った」


 八人の仲間は、八つの魔獣を制し、その隙に英雄バキンは地を駆けた。

 大魔獣はそれから逃れようとするが、八人の仲間が頭を抑えこむように立ち回り、逃がしはしない。そして、バキンの投げ放った刀は真っ直ぐに大魔獣に向かう。

 身を捩ってそれを躱す大魔獣。だが、刀はバキンの意志に応えるようにくるりと向きを変えると、真っ直ぐに大魔獣の胴体に飛び込み、見事深々と突き刺さった。

 たまらず、大魔獣は呻きを上げてのたうち回り、その場で崩れ倒れた。


 彼女はそう諳んじてみると、薄く笑って言葉を続ける。

「その後、魔獣の跡地を開拓し、この巨大な街々を広げた。そして、英雄バキンの子孫は征異大将軍としてこの地を治めている――今で、八代将軍だったかな」

「へぇ、じゃあ、今は将軍の手にその刀はあるのかな。贋作とかは、あるのか?」

「さて、贋作などは聞かんな。何故なら――その刀は〈八犬記〉以来、姿を現さないからだ」

 思わず眉を吊り上げる。僕は少し考え込み、訊ねる。

「失われた、という可能性は?」

「そういう見解を示す者もいる。だが、それは刀の特性上、考えにくい」

「刀の、特性?」

 フランは頷いて先ほどの八犬記の引用の一文を、さらに引いてくる。

「『刀はバキンの意志に応えるようにくるりと向きを変え』たとある。これは意のままに刀を操れるという意味合いだ。他にも随所でそういう表現が見られる。つまり、紛失しても持ち主の手に戻る可能性が大いにある。そして、『三代目筆録』――三代将軍は、その刀について軽く述べている」

「――なんと、述べたんだ?」

「刀は今も将軍家にある。だが、それよりも強大な力が今将軍家にはあるのだ、と」

「強大な力……」

 思わず繰り返すように呟き――ふと、フランと視線が合う。いつの間にか彼女はにやにやと口元に笑みを浮かべていた。

「キミは正直だな。キミは刀に興味があるんじゃないね。神話の刀に興味があるのか」

 僕は咄嗟にごまかそうとして、だが息を吸い込み、吐き出しながら唸る。

「――だとしたら、何が悪い?」

「いいや、悪くない。だが、盗もうというなら止めておいた方がいい。護衛をする黒狼たちは、純血種の手練れだ――嗅覚で、接近も察知される」

 そこで一息おき、何気ない口調で彼女は告げる。

「嗅覚だけごまかすなら――できなくもない、が」

 僕は再び警戒心を強めながら、フランを軽く睨む。やはりこの女、怪しい。

 彼女はくすりと笑みを零すと、懐に手をやり、何かを取り出す。二本の、小瓶だ。

「匂い消しの香水――私が愛用しているものだ。これがあれば、どんな警戒の強いところでも気配を消して忍び込める。歴史の瞬間すら見届けられる。面白いものだろう?」

「――貴様、何が目的だ」

 押し殺した声で訊ねる。テーブルに隠すようにして、右手を腰にやる――抜刀の構え。

 だが、それを見透かしたように軽く笑いながら彼女は片目を閉じる。

「酒場で抜くなよ、少年――私は、ただ、面白い話を見たいだけだ」

 彼女はそう言うと小瓶をテーブルの上に置き、その横に小銭を置く。そして颯爽と席を立った。すれ違いざま、彼女は小さく囁く。

「さて、キミはどんな話を紡いでくれるのかな?」

 ――言ってくれるな。

 僕は一人取り残されながら、拳を握りしめる――その視線の先には、まるで自分を試すように、小瓶が怪しい輝きを放っている。


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