表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
討桃記  作者: アレセイア
第一章 〈犬〉
7/15

食堂「パラドクス」にて

「聞いたか。黒狼隊の一隊が街の外で、正体不明の何者かに殺された、って――」

「ああ、街中その話に持ちきりだ。そうなるとここで商売するのは不安だな……犬族で治安が守られているから、俺たち〈人〉も安心して商売できるっていうのに」

「まあ、そんなに警戒しなくてもいいと思うが。どうせ、内輪もめだろう? 黒狼隊は、あまり評判は良くないからな。根に持った犬の誰かがやったんだろ?」

「確かに、な。黒狼隊は、王の庇護下にあることをいいことに、好き放題しているからな。恨みを買ってはいないと思うが……ちっ、思い出したら腹が立ってきた」

「ああ、そういえばお前、黒狼にいちゃもんつけられて売上取られたんだよな……ありゃひどい話だった」

「思い出させんなよ。ちっ、別の店で呑み直そうぜ」

「ああ、悪かった。一杯おごってやるぜ」


 酒場の一席。仲良く肩を並べて出て行く〈人〉の商人の後ろ姿を、僕は見つめていた。

 ここは〈人〉と〈犬〉が入り交じる酒場兼宿屋〈パラドクス〉――にぎやかな場所であり、尚且つ〈犬〉の街の中であった。

 あの戦闘から一夜。僕は近くの小川で返り血を流しながら、泳ぐようにして上流に向かった。そして、痕跡や匂いを完全に消してから、素知らぬ顔で街道沿いに歩いて行き、〈犬〉の街に入った。幸い、商人の一団がいて、それに紛れ込むことで関所の手続きを上手くごまかし、街の中に入り込めている。

 その中で、黒狼隊とも出くわしたこともあったが、バレていないどころか誰何されないところを見ると、完全に〈人〉はノーマークらしい。

 こうして、僕はこの〈パラドクス〉を拠点にし、しばらく腰を据えることに決めた。ここなら〈人〉の客にも肝要であり、何より飯が美味いのがいい。

 木製のジョッキを口に運ぶ。塩味が利いた酒が、口の中でふんわりと広がる。

 鬼の酒ほど強くはないが、コクのある良い酒だ。ここの店で仕込んでいるらしく、ここでしか飲めない。そう店員に聞かされ、ここの滞在を決めた。

 路銀も、実はある。あの人狼たちの死体の懐を探り、頂戴したものが結構ある。

 まずは、しばらく、ここで滞在して耳目を澄ませるか……。

 そんなことを考えていると、目の前の小さな皿が置かれ、思わず顔を上げた。

「はい、サービスですよ。ユウくん」

 ぴょこん、と犬耳が跳ねさせながら、その少女は小さく笑顔を見せてくれる。

 目の前に置かれた肉と野菜の炒め物を見て、僕は笑顔を返す。

「ありがとう。リアちゃん……でも、いいのかい?」

「はい、どうぞ召し上がってください。今日も、いろいろ手伝ってもらっちゃったので」

 そういう少女は、犬耳を生やした〈犬〉族の一人。リア=パラドクス、という。

 エプロンドレスを身に着け、愛嬌のある、無邪気な笑顔が魅力的な店員さんだ。

 彼女の父が、この店を経営しており、その手伝いに毎日駆けまわっている。重たい荷物も、頑張って運んでいることが多いので、それを手伝うこともしばしばある。

 お礼ということなら、ありがたくいただこう。

 僕は礼を言いながら、その野菜炒めを口に運ぶと、リアはもじもじしながら、何か伺うように上目遣いでじっと見つめてくる。

「どう、ですか……?」

「ん、そうだな……」

 ごくごく普通の野菜炒めだが、この店の肉はとても肉厚だ。シンプルな塩コショウの味付けが、脂と野菜を引き立てている。少し塩味が濃いようにも思えるが――。

「うん、好きだな。この味付け」

「そ、そうですかっ? よかったぁ……」

 ほっとしたようにリアが胸を撫で下ろすのを見て、僕は首を傾げる。

「ん、もしかしてリアちゃんが作ってくれたの?」

「はい、お礼がしたかったので、厨房を借りて……他の人には、内緒ですよ?」

 こっそりと唇に人差し指を当てて、片目を閉じる。可愛い仕草に、僕は思わず目を奪われていると、どこからか声が飛び込んできた。

「リアちゃーん、こっちにもオーダー」

「はーい! ユウくん、またねっ。あ、ゆっくり食べて行ってね!」

 ぱたぱたと元気よく駆けて行くリア。スカートに空けられた穴から出ている尻尾が、上機嫌そうにふりふりと揺れているのを見ながら、僕は野菜炒めを口に運ぶ。

 塩味が濃いと、酒が進みそうだ。ジョッキを口に運び、酒を味わう。そして、先ほどを脳内で反芻し、小さくつぶやく。

「街の治安維持組織〈黒狼隊〉は、あまり評判がよくない、か……」

 黒狼隊たちの、傍若無人ぶりは時折、話に聞く。

 売り物を勝手に取っては食べる。酒場で騒ぎ倒して物を壊す。勘定せずに店から出て行く等々――文句を言えば、適当な罪状で引っ張っていかれるらしい。

 それも〈犬〉や〈人〉問わずに。

 どうにも、自分は〈犬〉として気高い人狼だ、という自負があり、それ故の傲慢とか。

 僕から見れば、犬も狼も見分けがつかないのだけど。

 それをリアに話したら苦笑いされた。

『違いは大アリです。人狼さまたちは体毛も濃く、もっと高貴な方だと顔も王様に似通ってくるのです。ユウくんたち人の言葉を借りれば、より犬面になっていくんですね』

 と、小声で説明してくれた。考えてみれば、襲ってきた人狼は、毛深かった気がする。

 そんな人狼で組織された、黒狼隊だが……今のところ、隙は見つからない。

 街の中央に近づくと、毛深い犬――つまり、人狼の数が増え、それでも近づいていくと露骨に視線を寄せてくる。近づく匂いがあれば、バレるらしい。

 やはり〈人〉はあくまで部外者だからな……近づけば、そりゃ怪しまれるはずだ。

 宝物のことに関しては、まだ探っていない。迂闊に耳に入ると、怪しまれるからだ。

 そうして、じっくり情報を集めて、一週間……クレハの方は大丈夫だろうか。少し心配になってくる。いずれにせよ、早く情報を集めないと……。

 僕はそう思いながら、残りの料理をたいらげていった。


   ◇


 ユウくんが、店から出て行く。その後ろ姿を見つめながら、思わずため息をついた。

 我ながらどうかしていると思う。一人の客に対して、入れ込んでいる、というのは。

 それでも、私があの人に惹かれたのは――どうしようもなく、寂しそうな目をしていたからだ。立ち振る舞いは、とても凛としているのに、その目つきは何かを探していて。

『お兄さん、美味しいお酒は、如何ですか?』

 つい、声をかけてしまっていた。

 そして、彼がご飯を食べ、ここに泊まることを決めて――それで、何気ない日常に、彼が傍にいてくれるようになった。

『重いだろう? 代わりに運ぶよ』

 いつも運ぶ、入荷した荷物。それを、どこからか彼がやってきて、ひょいと持ち上げる。

 私がいつも三往復して運ぶ荷物。それを片腕で無造作に運ぶ――私も、筋肉に自信があったのに、少し自信をなくすほどの腕の力。

 慌てて礼を言う私に、彼は何事もなさそうに笑って首を振り、どこかに行く。

 朝は決まって宿の裏庭で、静かに座り込んで動かない。何をしているのか、聞いてみれば『ザゼン』という瞑想の一種らしい。そうやってシンキ? を整えるんだとか。

 少し、彼のことはよく分からなかった。

 東方の人が着る着物に身を包み、太刀を腰に帯びた彼が、何しに来たのか。

 彼自身も、あまりよく分かっていない、というようなことを言っていた。

 ただ、探し物を求めて、ずっとここまで来たとも言っていた。

 もし、その探し物が見つかったら、彼はここから去ってしまうのだろうか。そう思うと、どこか切なく思えてしまう――こんなんじゃ、ダメかな。

 私は首を振って気持ちを切り替える。お客様を出迎えるための、精一杯の笑顔を浮かべよう。いつも通りを、続けよう。

 だけど、と私は接客を続けながら、ふと、店の出入り口を見やる。

 そこに、寂しそうな瞳をした彼がふらりと現れたら。

 いつも通りの余裕をなくし、彼に駆け寄ってしまう――そんな、気がして。

 いつもの笑顔に、ちょっと苦笑いが交ってしまうのであった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ