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討桃記  作者: アレセイア
序章 記憶のない青年
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焚火を囲んで

 日が傾き、どこか冷たい風も吹いてきた、草原の中。僕は足を止め、それを見やる。

 何の変哲もない、一本の立木。それを見つめ、一つ頷いてすらりと太刀を抜いた。

 それだけで、自分の身体のスイッチが切り替わる――研ぎ澄まされた、刃のように。

 柄を柔らかく握り、切っ先を持ち上げる。右足を前に、爪先に力を寄せ、左足は踵を軽く浮かせる。自然と、膝も曲がり――自然体の構えとなる。

 そのまま、木と向き合う。肚から自然と込み上げる気を確かめながら、わずかに一歩踏み込む。

 瞬間、刃が閃いていた。

 木の斜めに斬線が走り、静かに滑るように木が倒れる。それを見届け、僕は息を漏らす。

 不意に、手を叩く音が聞こえた。

「さすが、ユウマ。冴えのある剣技だね」

 振り返ると、そこには、鬼の童女が道端の岩に腰かけ、にこにこと微笑んでいた。その手には獲ったばかりなのか、雪の塊のようなウサギの耳が握られている。

「それ、狩ったの?」

「はい、飛礫で。投石は私、得意なの。弓矢も得意だけど」

 彼女は少し照れたようにえへへと笑いながら、小刀を抜いた。

「それじゃご飯にしましょ? 火を焚いてもらえるかな? ユウマ」


 鬼の里を出て、三日目になっていた。僕とクレハは地図を参考にしながら、山を越え、川を渡って東へ東へと向かっていた。

 人里は避け、野草を摘み、獣を狩って、水を汲んで。

 そうして、ゆっくりと東に向かっていた。


 枯れ木を集め、枯草に火打ち石で点火。火を大きくする。

 そんなことをしている間に、彼女はウサギを捌き、適度なサイズに切り分けていた。ウサギの肉を枝で串刺しにして、火から離して地に刺す。

 そうやって遠火で肉を焼きながら、僕とクレハは並んで斬り倒した木に腰かけていた。

 特に言葉をかわすこともなく、穏やかな時間が過ぎる。僕はぼんやりと揺れる火を見ていると、隣の彼女がくすりと笑みを零した、気がした。

「どうしたのかな、クレハ」

「ん? ああ、うん、楽しいな、って思いまして」

「楽しい?」

 聞き返し、横目でちらりと彼女の顔を伺う。クレハは真紅の目に炎を映しながら、どこか目を細めて微笑んでいる。

「実は、私、鬼の里を出るのはこれが初めてだから」

「――そうなの?」

「うん、そう」

 こくんと頷くクレハは、焚き火の揺らめきすら楽しそうに眺めている。

「こうやって獣を狩って野宿して、風を楽しみながら移り行く気色を眺める。そんなことしたことなくて、こんなに楽しいと思わなかった。あと、道連れもいるし」

「道連れ。まあ、間違ってはいないけど」

 どうしても不穏な言葉だ。僕は思わず苦笑いすると、クレハもまた思ったのが苦笑いを返す。

「うん、分かっている。この旅は、そんな平穏なものではない――何故なら、国宝を奪い返すために旅をしているのだから。力づくの手段も、問わない。時に、血生臭いこともしなければならない――それも、分かっている」

 それでも、と彼女は小さく口にして目を細め、縋るようにふらりと手が動く。

 そして、おずおずと――僕の手の甲にそれが、乗せられる。

「ユウマ。貴方と一緒に旅が……私は、心から楽しいと思えるよ」

 にこり、と少しだけ笑う。ちらりとのぞいた八重歯が、やはり愛らしい。

 僕は苦笑いしながら、薪を折って焚き火の中に放り込む。

「そうかな。クレハに頼りきりだけど」

 野草やキノコの目利きも、獣の狩りも、人の気配の察知も、彼女が全てやってくれ、何もかも至れり尽くせりだ。

 むしろ、クレハがいなかったら僕はもっと苦戦していたんじゃないだろうか……?

 僕はそんなことを思っていると、クレハは手を伸ばし、十分焼けてきた串を取る。そして、腰の下げた巾着から塩を摘まむと、しっかり肉にまぶして僕に差し出す。

「はい、ユウマ。塩味は、確か濃いめだよね」

「あ、ああ……ありがとう。何もかも、至れり尽くせりだ」

「ふふ、遠慮なんていらないんだから。さ、食べて」

 クレハは目を細めて笑う。僕は促されるままに、ウサギ肉にさっぱりした味わいとしっとりした触感――肉の脂と塩味が絶妙なハーモニーを醸し出している。

「ん――美味しい」

 どこか染み渡るように、胸が温かくなるような気がして。僕は思わず笑みを零すと、クレハもまた笑みを浮かべて彼女も肉を食べ始める。

 僕は肉をもう一口食べながら、クレハに訊ねる。

「そういえば――三日進んできたが、まだ着かないのか? 最初に目指す〈犬〉の街には」

「もう目前なんだけどね。ただ、〈犬〉はとても嗅覚に優れた一族だから」

 クレハは少し肉を頬張り、少しだけ眉を寄せる。

「今考えているのは、とりあえずユウマだけ潜入して、情報だけ収集する流れかな。私が近づけば、もうすぐに嗅ぎつけられると思う。鬼の匂いは独特らしいし」

「――そうか?」

 ふと、クレハが傍にいるときの香りを思い出す。どちらかというと、どこか花咲くような、香木のようないい香りがしていると思うのだが……。

 そんなことを考えていると、不意にじとっとした視線が注がれていることに気づいた。

「ねぇ、乙女の匂いについて変なこと考えていない?」

「い、いや、変な匂いとか思っていないぞ? むしろ、良い香りだと思う」

「い、良い香りって……変なこと言わないでよ」

 クレハはわずかに眉を寄せ、不服そうに唇を尖らせる。その頬がわずかに赤い気がするが……僕は追及せずに、話を元に戻す。

「それで〈犬〉の一族って? そのまんま犬なの?」

「そうだね。本家は犬の姿をしているんだけど――その配下は、ほとんど獣人って扱いになるかな。獣人って、分かる?」

「ニュアンス的には。人間と、犬の中間みたいな?」

 上半身犬で、下半身が人間みたいなのを想像するが、彼女はふるふると首を振り、食べ終わった肉の串で、地面にデフォルメされた絵を描いていく。

「実際は、人間寄り。根本は鬼と一緒なの。鬼は角が生えているけど、獣人たちは獣の一部が生えている。人狼とか、化け猫を想像してくれれば分かるかな」

 そうやって描かれたイラストは、可愛らしく犬の耳や尻尾が生えている女の子で。

「――かわいい絵、だな」

「え、そう? あはは、初めて言われたよ」

 クレハはちょっと照れくさそうに頬を掻くと、串を火の中に投じる。そして、僕の方に向き直って視線を投げかける。

「〈犬〉は嗅覚と身体能力に優れた種族。そして他の二種族もそうだけど〈鬼〉に対して強い敵愾心を抱いている。だから、私はこれ以上近づけない――だから、ここからはユウマの単独行動になるけど……大丈夫そうかな」

「ああ、そういう計画なら、了解した。なんとかしよう。つまり、僕は〈犬〉の街に潜り込んで情報を集めて、あわよくば秘宝の奪還、か」

「うん、秘宝は〈刀〉――恐らくだけど〈犬〉の本家が持っているはずだよ」

 情報量は少ない。だが、〈犬〉の一族からマークはされていない……はずだ。

 上手く潜入してどれだけ情報を集められるか、が問題だが……。

「ひとまずは偵察、だな」

「うん。問題が起きたら、この竹筒を開けて」

 クレハはそう言いながら荷物に手を伸ばす。その中から一本の竹筒を取り出した。

「これは……?」

「〈鳩筒〉って呼ばれているもの。これの中に、鳩が封じられているの。伝令を送るためのものなんだけど、これは私の元に戻ってくるように調教されているから」

 それを手渡しながら、クレハは真っ直ぐに僕を見つめてくる。包み込むような視線。僕はそれを見つめ返すと、優しく彼女は微笑んでくる。

「信じているよ。ユウマ。それと――無茶は、しないでね」

「ああ、恩に報いるためにも――クレハの元に、帰ってくるためにも」

「うん、待っているから……じゃあ、今日はもう寝ましょ? 明日に備えて英気を養わないと」

 彼女は晴れるような笑みを浮かべ、寝る支度にかかる。僕は頷きながら、食べ終わった肉串を焚き火の中に放り込んだ。


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