ふたりの門出
――そして、来たるべき日は、来た。
「よし、ここから先が里の外になる――つまり、俺はここから先に出られない」
山道の途中、共に歩いてきたレクトは立ち止まって残念そうに首を振った。僕は笑いながらその肩を軽く叩く。
「いや、助かったよ。レクト――数日の面倒や身支度までいろいろ世話になった」
僕の姿は、丁寧に織り込まれた麻の着物をまとい、背に革袋を担いでいる。そこには食料や水筒、縄や包帯など必要そうなものが詰め込まれている。
そして、腰に帯びている太刀を、軽く叩く。
「刀も貸してくれたし――数日間、稽古も、つけてくれた。おかげで、忘れていた体術は、思い出せた」
「いんや、俺の方が体術の勉強になったよ。気にするな」
彼は大きな手を振り、何でもなさそうに言い、逆にすまなそうに眉尻を下げた。
「それより、記憶を取り戻せなかったのがな……体術を使っていればそのうち、と思ったのだが……それだけは、力になれなかった」
「いや、十分すぎるぐらいだ。命を救って、面倒を見てくれた。それだけで」
僕は笑い返し、革袋を担ぎ直す。
この数日で、レクトやハイム、クレハはいろいろと世話を焼いてくれた。そのおかげで、何とか記憶喪失である自分に、折り合いもついている。
「長老にも伝えてくれ。この恩は、この命の限り返すつもりだと」
「ああ、承った。だけど、まあ、その役目は――」
「自分が、承ろう」
その言葉は、レクトの背後から聞こえた。肩越しに見やれば、二人の鬼が近づきつつあった。ハイムと、クレハ。ふと、少女の方の服装に目が惹かれる。
「クレハ、その格好は……?」
「ん? えへへ、どう? ユウマ」
彼女はそう言いながら、ひらりとその場で一回転してみせる。
麻の着物の上に、羽織をまとい、その背には矢筒と弓筒が背負われている。動きやすそうな服装で、少し狩りに行こうか、と彷彿するような――。
「うん、似合っているんだけど……旅装?」
「ん。当然でしょ?」
クレハは不思議そうに首を傾げる。その後ろで、レクトとハイムが視線を交わし合った。
「なあ、ハイム、長老はちゃんと伝えたのか?」
「どうだろうか――いや、恐らく伝えているまい。この反応を見る限り」
二人は言葉を交わし合い、揃ってため息をこぼす。そして、ハイムは真顔で僕に向き直った。
「長老を代理して申し上げよう。クレハは、ユウマの護衛だ。彼女は、里から出ても察知されない稀有な存在だ。きっとキミの旅に役立ってくれる」
「え――それは、どういう……?」
思わずクレハを見つめる。彼女は真っ直ぐに見つめ返しながら、眉根をそっと寄せた。
「――私は、純血の鬼ではない、から」
その言葉は、とても切なげで、でもどこか大切そうな言葉で。
僕はそれ以上問い質せずに黙り込んでしまうと、彼女はレクトとハイムを振り返り、にこりと微笑んで見せた。
「二人とも見送りありがとう。じゃあ、旅を進めながら進捗があれば鳩を送るね」
「ああ、手助けする体制はいつでも整えている。切り札の方も」
「達者で行くといい。二人とも」
「あ、ああ……ありがとう。二人とも。また、会おう」
釈然としないけど、仲間が出来たのは少し心強くて。
僕とクレハは視線を交わし合うと、少しだけ笑い合って踵を返した。
かくして、僕とクレハは秘宝を探しに、旅を始めることとなったのだった。