表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
討桃記  作者: アレセイア
序章 記憶のない青年
3/15

鬼の長老

 僕は静かに、畳敷きの広間の中央で正座していた。

 なんてことはない、ただ待っているだけだ。長老にお目通りできるその瞬間まで。

 それにしても思う――何やっているんだろう、と。

 手持無沙汰に、僕は周りを見渡す。そこはまるで道場のように広々とした部屋で。飾り気も何もなく、壁には格子窓があるだけだ。

 目の前には、一段上がった、上段――目上の方が座るような場があり、そこと下段を仕切るように簾が垂れている。恐らく、あそこに長老が来られるのだろう。

 しかし――それまで待つにしても暇だな。僕はそう思いながら、ちらりと格子窓を見やり、ここに来るまで見た鬼の里を思い起こす。

 鬼の里は、意外と小さかった。山と山の合間にある、ちょっとした集落。

 畑と木の家が並んでいるその集落で、一軒だけ大きく二階建ての、立派な切妻屋根の建物。それが、長老の鬼の、屋敷だったわけだが。

 なんでこんな辺鄙な里に流れ着いたかよく分からない。記憶を失っているから、猶更だ。

 ま、なるようになるだろう。僕は、ため息交じりにそう思った瞬間。


 不意に、何かが脳を貫いた。痺れるような、直感。


 身体は弾かれたように動く。左ひざを強引に立て、片膝の状態から地を蹴り飛ばす。刹那、背筋を何かが掠める感触。ぞっとしながら僕は体勢を立て直し、振り返る。

 そこには、仮面をつけた屈強の鬼が、太刀を振り抜いている体勢で静止していた。仮面越しにも分かる、強い眼光が僕を睨みつけている。その鬼は太刀を構え直すと、強く僕に踏み込み、真っ直ぐに突き出す

 それが、不自然なほどゆっくりに見え――ごく自然に、僕はそれに対応していた。

 突き出された刺突。それを半身になってかわすと、その太刀の柄を左手で掴んで引き込む。

同時に身を回しながら相手の懐に飛び込んだ。

 体勢を崩した、相手の勢い。それをそのまま利用するように、右肩から担ぎ込み――。


 凄まじい勢いで、畳に叩きつけた。


 何か弾け飛んだかのような激突音。鬼は背中から打ち付けられ、言葉ない悲鳴を零す。

 僕は叩きつけた姿勢のまま――ふと、我に返り、徐々に血の気が引いていく。

 今――どうやって、僕は身体を動かした?

 分からない。気が付けば、無意識に動いていた。まるで、誰かが見えない糸で身体を突き動かしていたように――。

 鬼が、呻き声を上げる。思わず僕は咄嗟に跳び退き、慌てて言う。

「ご、ごめんなさい、思わず、えっと……」

「謝ることはない。我が、襲撃せよ、と指示したのだ」

 不意に、しわがれた声が朗々と響き渡った。その声に振り返ると、簾の向こうに何者かの気配が感じられた。はたして、そこから声が響く。

「シグレ、下がれ。この者の実力、確かめられた。記憶がないにしても、身体が技を覚えているようだ。問題なかろう」

「――はっ」

 仮面で顔を隠した鬼は、低い声で応じると、素早く広間から退いていく。僕は頬を掻きながら簾の方に向き直って訊ねる。

「それで――長老さま、えっと……」

「まだ混乱しているのだろう。落ち着くまで少し待つ――すまない。急に、けしかけて」

「い、いえ、恐らく事情があるのだと思います。お気になさらず。それよりも、今の……」

 自分の動きを思い出す。先ほどの動きは、信じられないほど無駄なく洗練されていた。

 自分がやったこととは思えない――手に残る感覚が、歪なまでに不気味だ。

 長老はそれを察してか、穏やかな口調で語りかけてくる

「恐らく、記憶を失う前、何らかの武術を学んでいたのだろう。最初の不意打ちに対応したのは居合の座り技、先ほどは柔術の一本背負い、か」

「そう、なんですね……」

 一体、記憶を失う前の自分は、何者だったのだろうか。疑念が絶えない。

 ぐるぐる回っていた思考を落ち着けていくと、僕は背筋を正して簾の方をしっかりと見た。

「お待たせしました。それで――私に、お会いになりたいとのことでしたが」

「うむ、大体のことはハイムの能力で伝わっている。ユウマよ」

「ハイムの能力、ですか?」

「鬼は、異能を持つ者もいる。ハイムは、精神感応の一種を持っていると考えよ」

 精神感応――分かりやすい単語で置き換えるなら、テレパシーだ。だから、彼は僕を見張りながら、同時に長老に報告していたのだろう。

 なるほど、と僕が頷くと、長老は静かに言葉を続ける。

「少し昔のことを語ろう――それは、百二十年前のことだ。この土地に人災が訪れたのだ――その者は、圧倒的な強さを持つ男だった」

 その男は旗印に桃を掲げ、三人の獣を使役していたという。

 そして、彼らは異能とはまた違う術を使ったらしい。それに翻弄され、蹂躙され――抵抗するものがいなくなると、彼らは意気揚々と三つの宝を奪い取った。

「それが、この里に伝わる秘宝であり――神が授けた、我等の宝なのだ」

 長老の静かな、だが、抑えこんだ怒りを感じさせる言葉。

 彼の言葉は、まだ続いていく。

「宝とは、強大な力を秘めたものだ。全てを断裁する刀、力を増幅する勾玉、全てを跳ね返す鏡。神が託し、鬼が守り、人が扱ってきた秘宝だ。それを、かのものは奪い去った。今、それらは獣たちの手にある、とのことだ」

「つまり、僕はするべきことは――三つの獣から、その三つの秘宝を、取り返すこと」

 僕が言葉を引き継ぐと、長老は深く息を吐き出して応じる。

「その通りだ。聞いていると思うが、我々は里から出ると、感づかれて警戒される。だからこそ、予言通りの青年を待つことにした。そして――今、こうして来たこととなる」

「事情は、全て分かりました――命を救っていただいた御恩、ここに奉じたいと思います」

 すぐにでも出立しよう。その心意気で顔を上げる僕に、苦笑い交じりに長老の声が朗々と響き渡る。

「焦ることはない、人の子よ。こちらも準備がある。武器や道具など揃えて、万全の態勢で送り出して進ぜよう」

 それに、と長老はいたわるようにゆっくりと告げる。

「ゆっくりと身を休め、心を落ち着けるのだ。もしかしたら、記憶が戻るかもしれん。ゆっくりと安静にしてから、旅に出るのだ。よいな?」

「――お心遣い痛み入ります」

 鬼とは、苛烈なものだと思っていたが……存外、心優しい存在なのだな。

 僕はそれに安堵しながら、その場で深々と一礼をした。


   ◇


 ユウマが退室した広間。静けさが満ちる中で、簾の長老は低い声で告げる。

「シグレ――あの青年、どう思う?」

 その声に応じるように、すっと一人の鬼が入ってくる。仮面に顔を隠した鬼は、畳の上に跪き、静かな口調で主に応える。

「腕は立ちます。恐らく記憶喪失というのも真実でしょう。彼は、自分の反応に対して心から驚いていました――となれば、かなり謎めいた男、ということになりますが」

 つらつらと冷静な分析を述べ、一息置くと、シグレは静かに問う。

「まさか――〈あの男〉の血族だと考えますか」

「そこまで勘ぐりたくはない。だが、〈あの男〉もまた川から流れて来たという」

 シグレは黙り込む。二人の間に、沈黙が走り、だが長老は自嘲するように笑った。

「すまぬ。シグレ。妙な勘繰りだったかもしれん。だが、あの青年の目つきにどこか〈あの男〉の目を見たような気がしてな」

「ご命令とあらば、始末しますが」

 シグレの淡々とした声は、凍てついていく。だが、長老は静かに首を振った。

「今はよい。決定的になってからでも構うまい。今は――信じるのだ。あの青年を」

「――そう、仰るのであらば」

 シグレはその言葉に従うように、その場で傅いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ