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今宵、君は踊り僕は詠う  作者: 空蒼久悠
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第八話



 彼女の、テレスの口から紡ぎだされた言葉は、夕暮れ時の図書室で彼女が蓮に問いかけたものと全く同じだった。


「……その声は、誰のものだったんだ?」


 蓮の問いかけにテレスは首を横に振る。


「わからぬ。そして、その声の主の言葉の意味すら、我にはわからなかった」


 長話のため、ベッドの傍に備え付けられたアンティーク調の椅子に座ったテレスが、その膝に乗せた本をぎゅっと握り締める。

 瞳を閉じて二、三秒。大きく息を吸ってゆっくりと吐き出す。

 一回の大きな深呼吸の後、テレスは話を続けた。



◇◆◇



 そう。その声が語る言葉の意味が我にはわからなかった。


「そんなものは知らぬ」


 そう正直に答えれば、まるで笑うかのようにくっくっと世界の景色が揺れた。

 するとどうだ。今まで我がいた世界はぐにゃりと形を変えた。

 一瞬にして我らの世界は形を失い、紙切れ……いや、破れたページが漂う空間となっていた。

 何事かと辺りを見渡し、一番近くにあったページの切れ端を手に取ったのじゃ。



『少女は、いつも独りだった。周りの人とは違う。真っ黒な髪にワインレッドの瞳。孤独を抱えていた』



『村に住む人達は皆、少女のことを魔女と呼んでいた』



『「君と言う光を、ずっとアタシはずっと探していたの」少女と同じ、遠い遠い異国の民族衣装に身を包んだ彼女が言った』



 破れたページに書かれていたのはおおよそそのような言葉じゃった。

 ドクンと心の臓が跳ね、温かな血液が身体全身を駆け巡った。

 見慣れた風景。

 見慣れた住人。

 聞きなれた台詞。

 発言した記憶のある言葉の数々。

 そう、我はそこに書かれていた物語をよく知っていたのじゃ。


――それが、お前たちの物語だったから?


 その通りじゃ。空間に漂っていた破れたページ全てが、我らの物語を記したものであった。


『これで、わかったかい?』


 その問い掛けにはもちろん頭を横に振った。

 わかるわけないじゃろう。

 最初の言葉の意味、そして我らの生き様が全て書かれた紙くず。

 これだけで何がわかる。わからぬじゃろう。

 いや、違うな。考えたくなかったのじゃ。


「自分達の世界は創られた世界だった」と、認めたくなどなかったのじゃ。


『君の捜し人は、この世界のはじまりの世界にいる』


 狼狽する我に、声の主はただ淡々とした声色で告げた。


『早く取り戻さなければ、この世界は壊れてしまうよ』


 最後の最後にほんの少しの憂いの色を含ませて。

 それからはもう、その声が響くことはなかった。


“この世界のはじまりの世界”


 それは一体なんなのだろう。

 あのように言われたのじゃから、もう我に『考えない』という選択肢は残されていなかった。

 世界が壊れてしまう。

 ここに漂っているページが我らの全てなのだとしたら。

 こんなちっぽけな紙くずが我らの世界なのだとしたら。

 簡単に壊れてしまう。

 声の主が言ったように壊れてしまう前に早く何とかしなければ。

 早く。

 早く。

 早く。


 焦って、焦って、考えを廻らせているうちに、今度はどこからかチリンッと鈴の音が響いた。

 懐かしい音だ。聴かなくなってどれ程この物語を繰り返したことか。

 やはり我にはあやつがいないと駄目なのじゃ。

 どこにおる。どこにおる。

 鈴の音がする方へと急いで走った。手を伸ばして。

 そうして……――



◇◆◇



「気がつけば、主らの世界に居たのじゃ」


 ここに至るまでの経緯を話したテレスは、言葉を切った後に深い深い溜息を一つ吐き出した。

 彼女の言葉ひとつひとつを取りこぼさないように目を瞑って聞いていた蓮がゆっくりと瞼を開く。視線を上げた先には、ただ、無駄に豪華な装飾が施された壁があるだけだ。

 そのままその視線を右へと逸らす。

 アンティーク調のこじゃれた椅子。

 そこに座る彼女は、黒髪に巫女服と純日本風の格好をしているというのに、その西洋的な空間がやけに絵になっている。

 本を持ち、背筋をまっすぐと伸ばす。

 伏目がちな瞳を長い睫毛が縁取って、その奥に輝くのはワインレッドの瞳。

 まるで本当に絵画から抜け出してきたようであった。


「……次に、第二の問いに答えよう」


 凛と落ち着いた声。

 先ほどまでは少し憂いを帯びていたり、怒りの色を混ぜたりしていたが、ここに至るまでの経緯を話して少し落ち着きを取り戻したのだろう。

 空気を振るわせたその音に、蓮は初めて自分が彼女に見惚れていたことに気付いた。


「えっ、あ……あぁ」


 はっとなり言葉を返しても、生返事のような気の抜けた音しか出すことができない。

 らしくない。

 そう思いながらも口に出して取り繕うこともせず、ただテレスの次の言葉を待っていた。


「やつは、いつも我の傍に居てくれた」


 忘れていた時に感じた空白。

 我にはやつが必要不可欠だった。

 大切で、愛しい。




「―――我の友じゃよ」


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