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今宵、君は踊り僕は詠う  作者: 空蒼久悠
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第六話


 少女は、いつも独りだった。

 周りの人とは違う。

 真っ黒な髪にワインレッドの瞳。

 少女はずっと孤独を抱えていた。

 村に住む人達は皆、少女のことを魔女と呼んで距離を置いていた。

 どの時代も魔女というものは人々に疎まれる存在である。

 特に異端の黒髪を持つものは黒き魔女と呼ばれ忌み嫌われた。

 けれど、少女は一度も泣き言を言わなかった。言えなかった。

 人一倍気が強く、誰かに頼るということを知らなかったから。

 当然友達と呼べる人がいるはずもなく、少女は「友達なんていなくても良い」「独りのほうが楽だ」と口癖のように毎日毎日呟いていた。

 毎日森に行って木の実を採る。

 細々とした自給自足の生活が彼女にとっての日常だった。

 話し相手など居もしなかった。

 鳥やウサギ。その他の森に住む動物ですら異端の彼女を恐れたのだ。

 彼女の周りはいつも静寂が漂っていた。


「それでも、我は生きるだけだ」


 孤独でも、なんでも。

 ただ自ら命を絶つのは嫌だった。

 負けてしまう気がした。

 何に? 自分に。

 だから少女は孤独の中で生きていた。

 その境遇に嘆くこともなく。

 人々が我を魔女と言うのならば、それに相応しい振る舞いをしよう。

 人々が我を恐れるのなら、その恐怖を煽る噂を流そう。

 そうすれば、もう誰も我には近づかぬ。

 その手で他人を傷つけることを、傷つけられることを、嫌った少女は、自ら望んで孤独の道を歩んだ。



◇◆◇



 自分の知る彼女は、いつだって気が強く、無邪気に笑ったりなどしない人だった。

 心を許した仲間の前だけに時折見せる笑顔が描かれた挿絵に見惚れた覚えはあるが、それは僅かな微笑みで、今目前で笑う彼女のような子どもっぽさなど微塵も感じられなかった。

 幼い少女に向ける母のような笑み。

 傷ついた仲間を労わって流した涙。

 あの物語に描かれていたのはそんな美しい大人びた彼女の姿だった。

 その記憶は確かに鮮明に蓮の記憶に残っている。

 あれだけ忘れようとして忘れられなかったのだ。間違えるはずもない。

 それなら何故、『らしい』と思ってしまったのか。


「……ん。――れ……」

「…………」

「蓮!」

「うわっっ」


 どれくらい物思いに耽っていたのか。

 気がつけばテレスは蓮から手を離し、俯いた蓮の顔を覗いている。

 近くなったワインレッドの瞳に心臓が跳ねた。

 蓮の瞳が自分を認識したことを確認し、テレスは蓮から再び距離をとる。

 蓮が腰を降ろすベッドから五、六歩歩ほど離れた位置に立ったテレスの腕にはいつの間にか蓮の膝上から抜き取った本が抱えられていた。


「考え事か?」

「い、いや……なんでもない。それより本題に入ろう」


 自分の思い過ごしだろう。

 そう心に踏ん切りをつけて話を切り替える。

 コホンと、一つ咳払いをした。

 空っぽになった膝上に自身の両手を置く。

 掌を合わせ、親指、人差し指、中指、薬指、小指、左右それぞれの指同士を絡ませた。

 互いの指をきゅっと締めて手に力を込めて数秒。

 肩にまで入った力をふっと抜く。

 一回、二回、三回。息をゆっくりと吸って吐き出す。

 余計なことは考えるな。

 今は直面している問題を解決するために全力を尽くす。

 そうしてさっさと彼女たちに帰ってもらって平穏を取り戻すのだ。


「事の詳細を聞かせてくれ。いったい誰が抜け出した?」


 まっすぐと彼女を見据える。澄み切っていたはずのワインレッドの瞳が僅かに陰りをおびた。

 その陰りを隠すようにテレスは瞼を下ろす。

 抱き締めるように抱えた両腕に力がこもっていた。

 一回、二回、三回。先ほど蓮がしたのと同じ方法でゆっくりと呼吸をする。

 三度目の呼吸を終える頃には本を抱き締める腕の力は弱まっていた。


「――――」


 テレスの唇が僅かに動く。

 あまりに小さなその呟きは蓮の周りの空気を震わせることはなかった。

 やがて開かれた瞳にはもう陰りはない。

 陰っていたのが見間違いだったのではないかと思うほど澄んでいる。

 一体なんだったんだ? と、蓮が首をかしげる。しかし、テレスはそんな蓮の様子に気付いているのかいないのか、構わず事の全容を語り始めた。




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