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今宵、君は踊り僕は詠う  作者: 空蒼久悠
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第四話

 

 紅色の絨毯が敷かれた長い廊下を歩く。

 家の造りに合わせたアンティーク調の窓を通して、月明かりが廊下を照らす電球の光と調和していた。

 それなりによい素材を使っているためあまり音もたてず、幼い頃から歩きなれた絨毯の上を道なりに進む。

 少し先に人影が見えた。おそらく先ほど自分を呼びにきたメイドだろう。

 肩の部分にどっぷりとしたドープがあり、二の腕の部分からきゅっと締まった黒いエプロンドレス。清潔そうな純白のリボンが腰の後ろでその名の通り蝶のように結ばれている。

 まるで、漫画やドラマに出てくるメイドをそのまま現実に持ってきたような理想のメイド姿。

 一般人ならおそらく二度見するだろうその姿を、さも当たり前のように視界に映す。

 そう、蓮にとってはこれが当たり前なのだ。

 おおよそ日本人離れした日常。

 豪華な洋館に、メイドや執事といった使用人。

 幼い頃からそんな大人たちに囲まれて生活することが当然だった。

 蓮が後ろを着いてきていることを気付いているのかいないのか、メイドは変わらない足取りのまま廊下を進んでいく。

 行く先は同じなのだろう。いっこうに彼女が前から消える様子はない。

 彼女の数メートル後を歩き続ければ、やがて階段に差し掛かる。

 廊下から切れ目なく伸びた紅色の絨毯が段を作り、影を作り出す。

 両手を広げてもまだ悠々とスペースの空く階段を慣れた調子で降りていく。

 一階に辿り着けば、三階の廊下と似たような景色がまた広がっている。

 廊下から差し込む月明かりの高さだけが、蓮が一階に降りてきたことを示していた。

 ロングスカートのエプロンドレスのためか少しだけ距離が縮まった彼女とはやはり同じ目的地らしい。

 まっすぐ伸びた廊下の突き当たり。ちょうど、蓮の部屋の下の下。

 大きな両開きの扉。薔薇の花と蔦が浮き彫りにされたそれは、先程まで手にしていた本の装飾に瓜二つだ。

 金のドアノブを先刻まで前を歩いていたメイドが握っている。

 やはり、蓮が後ろを着いてきていたことを気付いていたのだろう。

 待っていましたと言わんばかりに大きなその扉をゆっくりと開いていく。

 一歩二歩と、何かの儀式のように型にはまった扉の開け方。

 開かれた扉の向こうには真っ白のテーブルクロスが掛けられた細長いテーブルが見える。数名の使用人に迎え入れられ、蓮はいつもの席に腰を降ろした。

 四方に大きな窓が一つずつ備え付けられ、日が昇っている間ならば綺麗に手入れされた庭を臨むことができる。

 残念ながら今は日が沈み、庭を照らしているのは月明りのみの為に窓の外を眺めようとしても見えてくるのは明暗の差からできた鏡に映る自分の顔だけだ。


「お待たせしました」

「あぁ、有難うございます」


 隣接するキッチンから夕食が運ばれてくる。

 黒い服に身を包んだ執事が音を一切立てずにテーブルの上にその料理を置いた。

 運ばれてきたのは銀のフォイルに包まれたものが乗った一つの鉄板。

 ソースの焼ける匂いが包みを通して鼻腔をくすぐる。

 立て続けにパンとサラダがテーブルに並んだ。

 パンはチーズが練りこまれているのか、程よく焼けた香ばしいチーズが香ってくる。

 サラダは数種類のサラダ菜を合わせ半熟卵とクルトンをのせたシーザサラダだ。

 すべて隣接する調理場でお抱えシェフが腕によりをかけて作り上げた料理だ。


「大旦那様と旦那様は会食、大奥様と奥様は本日も会社のお仕事のため遅くなるそうです」

「そうですか、わかりました」


 ナイフとフォークを器用に使い鉄板の上で焼かれている銀のフォイルを剥く。

 ふわりと焼けたソースと肉の匂いが鮮明に香った。

 決まりきったやり取り。そう。決まりきったやり取りだ。

 祖父も祖母も父も母も毎日仕事仕事仕事仕事。

 最後に家族そろってこの食卓に並んだのはいつだろう。

 もしかしたら並んだことなんて一度としてなかったのかもしれない。

 そう考えれば、いくら記憶を辿っても絵に描いたような、物語に描かれたような笑顔の食卓なんて記憶は蓮の中にはなかった。


「夕食時間がバラバラの家庭で申し訳ありません」


 フォイルの中から出てきたハンバーグを一口大に切りながら侘びの言葉を口にする。ジュウッと押さえつけた肉が音を立てた。

 ここ数日顔を合わせてもいないのだ。顔を合わせたとしても挨拶も何もない。ただお互いの存在を視界に入れ認識する。

 街ですれ違う他人と似たようなものだ。

 すれ違い、存在を認識しあったとしても声をかけることはない。

 ただ無言で通り過ぎるだけ。


「いえ、最高の状態でお料理をお出しするのが私共の仕事ですので」

「ありがとうございます。これからもどうかよろしくお願いします」


 笑顔を貼り付ける。

 その場に居たメイド数名がくらりと体を揺らすのを視界の端に映しながら切り取った肉の塊を口内に放り込んだ。



――そう言えば、あいつはここについてこなかったんだな。


 包み焼きハンバーグがメインの夕食を食べ終え、デザートのソルベを食べ始めたところでふと、彼女のことを思い出した。

 あれだけぼろくそに言ったんだ。本の中に帰ったのかもしれない。

 出て行って、別の人間に頼みにいったのかもしれない。

 自分にしか見えなかったけれども、もしかしたら例外も居るのかもしれない。

 曾祖父だとかそんなの関係なく、一切血の繋がらないやつの前で。

 そうなったら万々歳じゃないか。

 自分になんの被害もなく事態が解決する。

 ややこしいことには巻き込まれない。

 普遍的な日常のままでいることができる。

 それでいいじゃないか。

 それが自分の望んでいることだ。

 くだらない日常。普遍的な日常。変わらない日々。

 朝起きて、服を着替え、朝食を食べる。

 学校に行って、たいして頭に入ってこない授業を受ける。

 放課後は部活動に勤しむ生徒を傍目に人気のない図書室に向かう。

 当番としての仕事をして、一定の時間になれば片づけをして帰宅する。

 ほんの小さな違いがあったとしても、ほぼ毎日その繰り返しだ。

 けれど、それでいい。変わらず普遍的でくだらない。

 そんな日常が望んだ日常だ。それなのに……――



――どうして、こんなにもやもやするんだ。



 すっとした白桃のソルベを必要もなく噛んで喉の奥に通す。

 いつもより少し早いペースで口にソルベを乗せたスプーンを運んだ。

 自分が望んでいるのは不変の平穏だ。

 変化は必要ない。非日常なんて望んでもいない。

 それなのに、彼女が、テレスが自分ではなく「別の誰か」を選ぶことを考えると酷く苛立ちを覚えた。


「ご馳走様でした。今日もおいしい料理を有難うございます」


 ものの数分でソルベを全てお腹の中に収め、丁寧に手を合わせる。

 食事の終了を表す挨拶と形だけの礼の言葉を紡ぎだす。

 立ち上がり「自室にいます」と言い残して部屋を出た。



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