第二十話
熱い熱気をおびた風が頬を撫でる。
じりじりと日がアスファルトを焼いた。
二人分の影がゆらゆらと揺れる。
「いやーほんとありがとうな。蓮」
「こっちもいいリハビリになったよ」
あの日から一ヶ月近くが経ち、蓮たちの通う学校も世間一般の学校と同じように夏休みに突入した。
けれど、夏休みといってもただ休んでいるわけにはいかない。
夏休み明けには学園最大のイベントである文化祭が行われる。
そのため学生たちは夏休みをほぼ返上してその準備に取り掛かることが暗黙の了解になっていた。
ほとんどの生徒がクーラーの効いた黒塗りの車で学園に向かうなか、蓮とその友人である優はのんびりと熱気が降り注ぐアスファルトの上を歩いている。
「にしても、お前が台本を引き受けてくれるとは思わなかったよ」
「まぁ、暇だしな。あとクラスの準備を断るいい口実になると思ったんだよ」
蓮はあれから一つの物語を書き上げ、それを文化祭の劇の台本にと優の所属するコーラス部へ提供した。
もうできているからと断られるだろうと思っていたのだが、その台本はすんなりと受理されいまではその台本を基盤にして準備が進んでいる。
どうやら百人一首を題材にといっていた優の言葉に嘘はなかったらしい。
しかし、百人一首を題材にと考えても台本係が納得のいくストーリーが浮かばず、結果として蓮の書いた台本が泣いて喜ばれることになった。
書いたのは、絵本から飛び出した少女が、本の持ち主の少年と一緒に少女と同じように物語から飛び出してしまった登場人物たちを連れ戻していく物語。攻撃で百人一首を使用したスペルバトルが特に面白いとコーラス部から評価を受けた。
そして、蓮の書いた物語だからという理由で蓮はコーラス部の劇を手伝うことになったのだ。
見てイメージにあっていないところだけでいいからということだから毎日は練習に参加せず優を通して今日は見てきてほしいとだいたい週に一、二回のペースでみにくることになっている。今日がその日にあたるのだ。
「そういや、優。お前さ、俺がお前に百人一首の本を持っていったとき嘘ついたわけ? あの時はまだ百人一首を題材にするなんて決めてなかったんだろ」
「あーやっぱばれたか」
優の癖から嘘をついていることは前々から知っていた。
けれど、コーラス部の劇に関わっていくうちに台本係の人たちからその頃はまだ劇の内容を何にするかなんて決まっていなかったことを知ったのだ。
「予習用だったんだよ」
「は? お前『俺は予習復習しても成績がかわらないから予習も復習もしねーんだ』っていってただろ」
「……だってさ、予習も復習もしてるのに一切成績があがらないのってなんかかっこ悪いじゃん? だから黙ってたんだよ」
そういえば、優がそう蓮に言って聞かせたとき耳の裏を触っていた気がする。
あの時は付き合いもまだ浅かったから気づけなかったのか。
「なんだ」
くだらねぇ。
そっぽを向いて早足で歩きはじめた優の背中にくっくっくと堪えきれない笑みが漏れた。
今日も、世界は当たり前のように回る。
決められていることのように当然に時間は過ぎて、代わり映えのない毎日を人は生きていく。
けれど、本当に代わり映えしない毎日にするかどうか、決めるのは人なのだ。
変わる意志さえあればきっと人は変わっていける。
そして、その気持ちは自分自身では気づくことのできない心の奥底に眠っているのかもしれない。
ある日突然、本のなかからその物語の登場人物が飛び出してきたら、きっと本当は心の奥底で自分が求めていた変化なのだ。
人はかわることができる。変化は緩やかで穏やかで、一見かわらないように見えるかもしれない。
けれど、強い思いさえあれば、過去を振り返ったときに変わった自分に気づくことができるだろう。
大丈夫。変化は怖いけれど、きっとその先には君の求めるものがある。
自分が信じられないのなら自分を信じてくれる誰かを信じればいい。
それはいつの日か自信を持つ土台となるだろう。
今度会うときは、きっと胸を張って自分の物語を聞かせられると、少年は青空の下で大きく伸びをした。
ご愛読ありがとうございました。
高校時代にかいた話なのでもろもろつたない点は御座いますが、はじめて一部完結をできた思い入れのある作品です。
一応今後の話もありましたが、そこまでは執筆いたしませんでした。
また、機会やお声がけがあれば続編を書きたいなと考えています。
ここまでお読みくださり、誠にありがとうございました。




