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今宵、君は踊り僕は詠う  作者: 空蒼久悠
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第十一話



「――っあぁ……ま、間に合った……」


 多くの黒塗りの車が規則もないのに規則正しく止まっては進み、止まっては進みを繰り返すターミナルホール。

 車から黒服を着た運転手が扉を開ける。中から出てくるのは蓮と同じ制服に身を包んだこの学園の生徒だ。

 顔にこそ汗はかいてはいないが、制服の内側はダラダラと汗を流している蓮とは違い、みんながみんな涼しい顔をしている。

 あぁ、ちくしょう。羨ましい。

 なんであいつらは涼しい顔して俺はこんなに汗だくなんだよ。

 くそ、金持ちめ。いや、俺も一応金持ちだけど。

 つーかあれか。俺も送ってもらえばよかったのか?

 いや、それは嫌だ。

 何のために学校に通うことになってから今までずっと車を使わずに歩いて通っていると思っている。

 あの人達の、父や祖父の世話にできるだけなりたくないから。

 送り迎えする運転手。

 世話を焼くメイドや執事。

 みんな執拗に蓮の世話を焼こうとする。

 けれどそれは何も蓮に仕えているからじゃない。

 彼らが仕えているのは蓮の父や祖父である。

 彼らの給料を父や祖父が払っているからこそ、蓮の世話を焼こうとするのだ。

 もし、父や祖父が、家族がいなければ、彼らは蓮に見向きもしないだろう。

 稼ぐことのできないただの学生である蓮には値打ちなどないから。

 だからこそ蓮は彼らの世話になるのが嫌だった。

 運転手やメイドに執事。

 彼らの世話になることは、彼らを雇っているあの人達の世話になることとイコールになってしまう気がするから。

 だから蓮は食事や洗濯などの最低限の世話以外は極力彼らの世話にならないようにと心がけていた。



◇◆◇



「おっはよー蓮。って汗臭っ」


 どんっと背中に衝撃。

 耳に届いた底抜けに明るい声に、わざとらしく盛大なため息を付いた。


「いきなりくっついてきて、なに失礼なこと言ってんだ。さっさと離れろ」

「うっ。痛いっ痛いって蓮! 顔面は駄目だって!」


 肩に乗った顔を片手で掴む。

 みしみしと音が聞こえたが、蓮は構わず力を込めて引き剥がした。

 顔にはいつも通りの笑顔が貼り付けられている。


「お前はあと何回繰り返せば学んでくれるのかな」

「まっ学んでます。もうやめますっだから離してっっ」


 顔面を掴んでいる手をパシパシと叩いて訴えれば、ようやく手が離される。

 ぷはーっと詰まっていたいきを吐き出した。 

 これもまた、蓮にとって平凡で当たり前なくだらない、つまらない日常の一部だった。


「まったく、俺には本当容赦ねぇよな。お前って。あ、これが親友ってことか?」

「もう一度頭かち割られたいか? ん?」

「嘘です。すみません勘弁して下さい」


 一息。

 パンッと両手のひらを顔の前で合わせて大げさに頭を垂れる。 

 蓮よりも濃く、樹の幹よりも薄い茶色の髪。

 蓮の顔を覗き込むように苦笑したあと、開かれたくりくりっとした猫のような瞳は髪同様に薄い茶色をしている。

 底抜けに明るい彼によく似合う色だ。


「もういいからさっさと行くぞ。優」


 今井優。学園で唯一蓮が素を見せる相手。

 友人というには近すぎて、親友と呼ぶには遠い。

 ただ、学園内にいる時間を共に過ごす。

 お互いの家のことは何も話さない。

 悩みも自分自身の将来についても何も語らない。相談しない。

 薄っぺらな関係だ。

 上辺だけの関係だ。

 優と蓮の関係を誰かに伝えたなら、きっとそんな言葉が帰ってくるだろう。

 互いに相手に失礼ではないか。と。

 けれど、こんな関係であるから。

 こんな関係であるからこそ気を抜くができる唯一の場所になることができたのだ。

 毎日毎日繰り返す。

 朝、学園に来れば、優が飛びついてきて、蓮が静かに怒る。

 一種のじゃれあいだ。

 蓮はいつも貼り付けた笑顔を崩さない。

 それでも気を許せる。心を許せる。

 心の内を話すことはないけれど、二人はそれでいい。

 周囲の人に軽薄だと言われようと、なんだろうと、こういった形の友情もあるのだと。


「そーいや、そろそろ文化祭の準備が始まるな」

「ん? あぁ、もうそんな時期か」


 ため息を一つ。

 優はお祭騒ぎが楽しみだと言わんばかりに目を輝かしている。

 文化祭自体はまだまだ先の話だ。夏休み明けの九月頭。

 今は夏休み前の六月下旬。

 普通の高校ならば夏休み前といっても準備を始めるのは早くても七月中旬くらいだろう。

 けれど、この学園は普通じゃない。

 通うのは社長令嬢や跡取り息子といったお嬢やお坊っちゃんと俗に言われるような金持ちばかりだ。みんながみんな、将来会社を背負って立つような人材達だ。

 そういった学園だからか、文化祭といっても一種の職業擬似体験のようなものになっている。

 基本的な出し物のパターンは劇か展示、喫茶店などの食品を売るといった3パターンになる。

 三学年九クラス。一クラス、男子十人女子十人の二十人。

 原則としてクラス別に一つの出し物を行う。

 それとは別にそれぞれのクラブで申込用紙を提出すれば、同じように出し物を出すことができる。ちなみに部活動もそれなりに盛んだからかほとんどの部活が毎年出し物をすることになる。

 それぞれの部活にあった出し物――演劇部は演劇。コーラス部はコーラス。料理部はレストランなど――をすることもあれば、全く関係のないもの――ラクロス部がクレープの屋台。サッカー部が喫茶店など――をすることもある。

 部活単位での参加は高校によって有無があるが、ここまではおおよその高校とそう変わらないだろう。

 問題はその規模にある。

 一般的に文化祭は生徒がそれぞれ協力して、クラスごとに一つのものを作り上げていくのが定石で、第三者の介入はない。零から百まで生徒の手で作り上げていくものだ。

 けれど、広々とした広大な校舎を存分に使うのだ。たった二十人のクラスメイト。全てを期間内に終わらせるには無理がある。

 そこで『金持ち学校』と言う特色が現れる。

 一クラス、一団体に振り分けられる資金は決して少なくない。相当な額が配当される。

 その資金とそれぞれの家のコネを使って業者を雇う。

 劇をするのならデザイナーを雇うし、喫茶店を出すならパティシエを雇う。店の内装を決めたりするときにもそれぞれの仕事にあった人を雇うし、外装だって同じだ。

 それぞれできないこと、人手が足りないことを補う為に外から専門の人を雇い入れる。

 けれど、実際に服を作ったり、料理を作ったりするのは生徒の仕事だ。

 自立性と人を動かす能力。その二つを鍛えるためにこの学園の文化祭は行われている。

 

「んで、コーラス部は今年も合唱?」

「いんや、今年はなんかミュージカルするって部長が言い張ってるから、多分ミュージカルかな。図書委員は?」


 エントランスホールにズラリと並ぶ靴箱からいま履いている革靴と似たような靴を取り出す。

 地面に投げ捨てるように落として、代わりに今まで履いていた革靴をしまう。


「多分今年も図書室開放して、隅で喫茶店」


 パタン。

 おはよう。やら、昨日がどうやら、朝の喧騒に音を紛れ込ませる。


「んじゃーあんまり準備期間にすることないじゃん」

「そうだけど、当日忙しくなるんだよ」


 一段差を乗り越えて廊下を歩く。

 カツコツと革靴を鳴らす合間に、深い息をついた。


 学園には、部活動の他にもう一つ。学年男女を問わない集まりが存在する。

 蓮の所属する図書委員会や、学園の風紀を守る風紀委員、体育祭の開催を主として活動する体育委員など、俗に言う委員会というものだ。

 この委員会も部活と同じように文化祭で参加することになっている。

 ひとつ異なる点を言えば、部活は――ほとんど参加することになるが――自由参加なのに対して、委員会は文化祭への参加を強制されていることだ。

 参加方法はそれぞれの委員会の仕事にあったもので、例えば、図書委員ならば蓮が言ったように、図書室を開放して喫茶店を。風紀委員ならばお祭り騒ぎで羽目をはずす人間がいないかどうかの見回りを。出店だけでなく、準備や補佐などの縁の下の力持ちとなって文化祭に参加していく委員会もある。

 つまり、学園の文化祭は生徒会執行部を中心に、それぞれのクラス・部活・委員会の3つの団体によって執り行われていることになる。蓮が言ったようにほぼ当日にしか活動しない委員会もあるし、逆に準備期間にしか活動していない委員会もある

 

「んでも、結局文化祭までいろいろと図書室に資料をとりに来る人が多くなるから忙しくなんだよな……」

「あーそっか。お疲れさん」


 大げさに盛大なため息をひとつ。

 心底めんどうくさいという意味を込めた。

 めんどうくさい。実にめんどうくさい。

 文化祭当日にすることは喫茶店と図書館の開放だから、優が言うように準備することがほとんど無い。

 お菓子は取り寄せるだけだし紅茶とかコーヒーも、そういうのが好きな生徒が勝手にいろいろと準備をするから、蓮に準備の役割が回ってくることは無いに等しい。

 けれど、その分のしわ寄せが回ってくる。

 文化祭準備期間中とはいえ、委員会の仕事は普通にある。風紀委員なら見回りが、図書委員なら図書当番が、といった風にいつもの仕事は変わりなくやってくる。

 いや、変わりなくじゃない。むしろ増える。増えてしまう。

 文化祭準備期間中、生徒はさまざまな資料を求めて図書室にやってくる。

 いつもなら本好きの生徒や、課題図書を探しにくる生徒だけで、そう多くはない利用者が、この期間中は四倍近くに増加する。

 つまり、そのぶん貸し出し図書や返却図書が増えるわけで、カウンターに座って返却を担当する係りは一人から三人に、返却図書をもとあった場所に戻す係りは二人から四人に増える。 

 いつもは一日三人ですませているしごとが一日七人に増加してくる。

 さらに、文化祭準備を担当している委員メンバーは当番から除外されるから、実質、当番回数が増えることになる。


「だーもう、めんどくせぇ……」

「はは。ま、楽しみなよ。大変なのはみんな一緒なんだし」

「お前は好きなことの準備だからいいけど、俺は別にやりたくてやってるわけじゃねぇんだよ……」

「はいはい。知ってる知ってる」


 聞き飽きたとでも言いた気に、わざとらしい溜息が返ってくる。


「うっせ! 言わせろ」

「ほら、そんなこと言ってる間にさっさといくよ。遅刻する」

「あ、ちょ、待てよ」


 歩く速度を上げた優に追いつけるようにスピードをあげる。


「――――」


 チリン。


「え」


 振り返る。

 ネズミが猫の所在を知るためにつけた鈴の音。

 けれど、そんな音を出しそうな存在はどこにもない。

 だた、同じ様な制服を着た生徒たちが同じ方向へと向かっていくだけだった。



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