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今宵、君は踊り僕は詠う  作者: 空蒼久悠
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第九話


 なんて、美しいのだろう。

 一目見た時、少女はそう思った。

 古ぼけた屋敷。

 家屋と同じ様な木で造られた格子状の窓からは凛と落ち着き払った瞳が覗いている。

 少女の生まれ育った土地では見たことのない屋敷。

 なにもこの屋敷だけではない。

 首をぐるりと回して辺りを見渡しても、どこもかしこも木で造られた屋敷が並ぶばかりだ。

 レンガで造られた家などひとつとしてない。

 ずっしりと、材料となった材木が木として生きてきた年輪を表すかのように立派な家を造り上げている。

 地面にしても同じだ。

 普段少女が踏みしめているものとは全く違う。

 歩くたびにカツンコツンと鳴るレンガではない。

 踏めばじゃりっと音がして、走り出せば砂埃が舞う。そんな、土の道だ。

 このような風景を、少女は知っていた。いや、知識として覚えていた。


 昔々のことだ。

 魔女と呼ばれ、外界の人々との接触を避けてきた少女にとって、読書は唯一の趣味であり、日課であった。

 何百と読んだ書物の中に、このような風景を記した書物があった。

 海を越えた遠い東国。

 外を歩くほとんどの人々は、『着物』と呼ばれる衣服を身に纏っているようだ。

 そう。今の少女と全く同じなのだ。

 風景も、着ている衣服も、何もかも。


「何か用?」


 高くもなく、低くもない。

 女性っぽくなければ、男性っぽくもない。

 中性的な声が少女の耳に届いた。


「君のことだよ君」


 誰に声をかけているのか、先刻とは違う意味できょろきょろと辺りを見渡していた少女に二度声がかけられる。

 思ってもいなかった言葉にビクリと少女の薄い肩が跳ねた。


 仕方のないことだ。

 声をかけられるなど、少女にとって初めての経験だった。

 いつだって少女の耳に届くのは醜い罵倒。

 汚らわしい。

 視界に入れると不幸になる。

 黒は悪の印。

 醜い黒鉛の魔女。

 気味が悪い。

 そんな、醜い感情を吐露した言葉ばかり。

 だから、少女は思ってもなかった。まさか自分に声をかける人がいるのだと。

 罵倒でもなく、醜い言葉でもなく、ただ純粋に問いかける音を自分に向かって発する人がいるのだと。


「ねぇ、アタシに何か用?」


 再度、問いを投げかけられる。

 格子状の窓越し。

 ゆるくウェーブした桜花の色の艶やかな髪。

 毛先はほんのりと朱色に染まっている。

 少女のワインレッドの瞳とはまた違う赤。

 橙色がかった赤色の瞳が長い前髪の間から覗いている。

 長い髪は後ろで半分ほど束ねられ、桜の花をモチーフにした簪が挿されていた。

 胸元の肌蹴た紫色の着物が声の主の色気をさらに引き立てる。

 同性の少女でさえも見惚れてしまう容姿。

 彼女を言葉で表すのなら、恐らく妖艶と言う言葉が最も似合うだろう。


「ここは、どこじゃ。我はどうしてここにおる」


 ようやく口にした音は酷く渇いていた。


 そう。どうしてここに居る。

 さっきまで我は町外れの自宅に居たはずだ。

 いつも通り家に閉じ篭って本を読んでいた。

 それがどうだ。ふと気がつけばこの砂利道に立っていた。

 辺りをぐるりと見渡しても、見知った景色など一つとしてない。

 外に出た記憶などないのにもかかわらず。

 辺りに見えるのは、知識として知っている遠い異国の地の風景。



「ようこそ夢の国へ。アタシの名前はチェスト・アルカイック。以後できるだけ長い付き合いにしたいわね。よろしく、テレス・セクリア」


 そう言って彼女は、その綺麗な顔によく似合う薄っぺらい笑みを浮かべた。



◇◆◇



 少女にとって彼女は初めてだった。

 それまで、少女にとって他人とは、ただ時と同じ様に通り過ぎていくものだった。

 少女は彼女に出会い、多くの初めてを知る。

 初めて声をかけられた。

 初めて瞳を合わせてくれた。

 初めて誰かの手に触れた。

 初めて誰かの温もりに触れた。

 初めて約束をした。

 初めて「また」という言葉を使った。

 何もかもが少女にとって初めてのことだった。

 今まで知ることのなかった。悪意以外の感情を知った。

 目を合わして話す楽しさを知った。

 人の暖かさを知った。

 約束をする楽しさを知った。

 次を誓う喜びを知った。



 少女にとっての彼女とは、そんな大切な初めてをくれた友人だった。




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