序章
世界は存外、知らないことのほうが多いのかも知れない。
猫の鳴き声がニャアだとか、犬の鳴き声がワンだとか。
雪は冷たく白いものであるとか、太陽は暖かくまぶしいものだとか。
水の温度や人の体温。これが食べられるものだとか、これが食べられないものだとか。
本の読み方、文字の書き方。歴史の流れや生物の名前。
数学の公式や、理科の科学反応式。
人間は生まれたときからさまざまな情報を与えられて生きている。
そうして作り上げた世界が全てだと錯覚してしまっていることも知らずに。
自分の見ている世界が全てではない。自分が知りえない世界も確かに世界には存在することを知った上で知らないふりをするのである。
百聞は一見にしかず。見えないものはどうしたってその人の世界に当てはめることはできない。
では、もしその一見がかなったのなら。
人はその現実を受け入れることができるのだろうか。
「ふむ、久しぶりに手にしたかと思うたらなにやら辛気臭い顔をしておるな」
いま、少年はその一見に遭遇していた。
ふわふわと、少年の持つ世界ではありえない。人が宙に浮いている状況。
はじまりは、ほんの数十分前に遡る。