あまりものの黄金と宝石
お読み頂き有難う御座います。
前回の続きですね。三人ほど追加で出てきます。
「ユディト、何か飲みますか」
ひんやりしたジルの手が直に額に触る。
何時の間に手袋外したんだろう。
頬に下りてきた……何時もは隠された手と手首に何だかドキッとする。
……何だか何時もと違うわね。
紅茶みたいな深い茶色がかった赤い目が、揺れている。
「ユディト」
……心配そうな顔だわ。そんなジルの様子、久々に見たな。
基本にこやかにシレッとしてるか、人畜無害を装って人を食った物言いするかどっちかだもんな。
敬う心が足りないわ。
「あらあら、姫様のお好きな薬湯をお持ちしますわね」
「はあああ!?待ってルーニア!!
私は一度もあの薬湯を好きだって言った覚えはないし、そもそも薬湯が嫌いいいい!!」
あれ、めっちゃ苦いし舌がピリピリすんだけど!!
確かに喉越しは爽やかだし、飲み口は良いけど後口が最悪じゃん!!吐きそうになったこともあるし!!
でも効き目は確かにあるけどさ!!それとこれとは!!
「お諦めくださいなー姫様ー」
「頭痛もぉ解消なさるぅってぇ仰ってましたわよねぇ?」
「うふふ、フランジール卿、姫様をお任せしても宜しくて?」
「承りました。確実に飲ませます」
「私は好きですけどね。ビリビリして刺激的ですし」
「エンリ、さっさと動け馬鹿者が」
ああ、ルーニアの足取りが軽やかだ……がっくり。止められない……。
そしてジル以外の皆は散っていった。
職責を果たしに行った者……これからを話し合う者……叱責しに行く者……。
皆有能よね。私ってばいい臣下に恵まれたなあ。
「ルーニア嬢のご好意ですよ、ユディト」
やたら凝ったグラスに入った薬湯が目の端にちらついて不愉快だな。
見た目はやたら綺麗なんだが……ミントの入ったカクテルの様で。
ただ、この見た目に騙されると後味にうえってなるんだ!!分かってるのよ!!
「ユディト、飲んでください」
「……下げろ」
「口に流し込みますよ」
誰が口を開けるものか!!
顔にグイグイ押し付けられても負けるもんか!!
あー、もう疲れた。
今頃はあの母親は、あの黄金尽くしの部屋に案内された頃かしら。
『黄金の餐宴の間』
室内に設えた、あの部屋は元はと言えば質素極まりない部屋だった。
それが、何時しか金尽くしの豪華な調度品で飾られるようになったんだっけ。
罪人自身で贖ったあの無駄に豪華な調度品で。
「王妃様、御友人の高貴な方々、よくぞいらっしゃいました。本来なら私のような新参がお目にかかれる立場では御座いませんのに、陛下より歓待を承り誠に光栄の極みです!」
今頃、あの部屋の事を知る私達にはお馴染みの口上を目を輝かせて聞いている所だろう。
過去に入った者達と同じように。
「この食事で増えた目方の分だけ金を得ていただけます。誰にも奪われない、貴方の骨肉の黄金です」
あの豪華な部屋は処刑場。
あの一族に伝わる、本当のまやかしを、聞いたとしても体験するまでは信じない者が入る。
「どうぞ、欲に感けた身を存分に滅ぼしてくださいね」
あの部屋に入るのは、欲に感けた身を滅ぼす者。
残虐な処刑人と相対する者。
「ふがっ!?」
「飲んでください、ユディトって言ってるでしょう」
鼻摘まむことないだろうが!歯に容器が当たった!!
て言うか私、一国の王女よ!?王女様よお姫様ぞ!?
そんな睨んだ所で怖くないわよ!!珍しいからちょっと気圧されるけど!!
「珍しいの、ジョゼが外に出るなんて」
「エルジュ、行けなかったの」
あれ。
どっかで聞いた声がするわね。1週間ぶり?
どっから出て来た。あ、後ろの扉からか。
と言うか、出て来たのか。珍しい。
……婚約者共は良く出したな。いや、でも婚約者のひとりは『黄金の餐宴の間』だったな。
「……王女殿下方、外にお出でを!?」
「何で男の子の格好してんの、アンタら」
其処に居たのは、身内的には似て無いんだけど、他人から見るとソックリらしい。
蜂蜜のような濃い金髪の、肩までの髪と、長く伸ばした髪に灰色の目のふたりの王子様……に見える13歳の少女達。
後3日で14だっけ?時が経つのは早いわよね。
珍しく色合いが一緒の双子だって当時は……全世界規模の新聞に載ったんだっけ。3行くらい。
情報規制が素早かったからではなく、その時確か東で未曽有の落雷が立て続けに起こったのよね……。
って昔の事はどうでもいいな。
私にとってはたったふたりの可愛い妹達。
因みに私と顔は似ていない。
この子達……ジェオルジアとウェルギリアは父親似だから。
だからドクズ母の浮気も立証出来なかった訳だ……と言う皮肉な話に繋がるのよね。
「て言うかジル、何でこの子らに敬称付けて敬ってんの」
「王女殿下は王女殿下ですし、何の問題が?ユディト第一王女殿下」
今更白々しいな!!
いやでもユディトって呼ばれるの嬉しいけど……今はそっちに感けてる場合じゃ無い!
「ジェオ、ウェル。珍しいな、何時出て来たの」
「さっきよ。回廊のお花の木が植え変わってたの、お姉さま」
「お外久しぶりなのお姉さま。フランジールもお久しぶりなの」
「ご機嫌麗しゅう、ジェオルジア様、ウェルギリア様。お衣装が良くお似合いで」
ジルが褒めると、妹達はクルクル私の周りを回り始めた。
この場は狭いから窮屈だけど、可愛いな。
格好が格好だから本当に小さな王子様に見えるよ。
「私達、王子様みたい?」
「お姉さまたちも騎士様やったの見たかったの」
「誰だそれを漏らしたのは!!」
と言うか、出所間違いなくジョゼ卿とエルジュ卿じゃねーの!
アイツ等しか情報源無いからな、この双子には!!
マジ許さん!!
「ああはい、実に胸回りと腰回りがエロ魔王……凛々しかったですよ」
「ジルも何を答えてんだ、このドスケベが!!
て言うか今魔王つったな!!後でジル、テニスコートな」
「仲良しなの、お姉さまとフランジール。」
「お式は私達も一緒がいいの。お花を撒くの」
「素敵ねウェル、ミーリヤにお願いするの。」
「そうでしょジェオ、お花でお姉さまとフランジールをぐるぐる包むの」
「いや、止めて」
て言うかそれ普通に窒息するから。
何で私とジルが結婚する話になってんだ。いや、まあそりゃ、それもやぶさかじゃ……。
「ジル、さっきのドスケベ発言の落とし前……」
「あれ、このカーテン、破れてますね。姫、勢い余って破きました?」
「おいジルふざけんな」
お前のそういう態度が私を怒らせるんだからな。
「………美少年王子ふたりに王女殿下の御三方は、相変わらず何と言うか悪役の雰囲気が妖しくも麗しい……」
「エルジュ卿、相変わらず長ったらしい髪の毛ね。ウザく無いの?お前も明日テニスコートな」
「まあエルジュ、明日も明後日も再起不能決定なの」
「序でにジョゼもお姉さまに遊んでもらうの」
「お止めください姫様がた。真剣に謝りますので許してくださいってば!!」
どうでもいいけど、泣き入れんのが早いわね。
さっきの芝居がかった勢いはどうした。
ジェオの横にちゃっかりと陣取るのは、エルジュ・ヤンシーラ。
家名で分かる通り、黒猫卿の従兄弟。確か彼より5つ下。
顔が滅茶苦茶似てるわよね、従弟なのに。というかあの一族血縁似たのが多いのよ。眼鏡率が高い……ってそれは文官だからしょーがないか。でも似てるのよね。何なの、ヤンシーラ家、濃すぎでしょ。
髪は青だけど、目は色違いで、赤寄りの青と青寄りの赤……らしい。
パッと見あんまり……つーか私には全く違いが分からないけど、ジェオ的には好きらしくて語らせると長い。
まあ、胡散臭い眼鏡ってのは変わらないけど黒猫卿よりは扱いやすい。
で、ジェオの婚約者。閉じ込めてる張本人の片割れね。
我が国的にはそんなに変わった事でも無いんだけど、他国だとドン引きされるから会話の選択は注意ね。
「ジェオ様、僕の王子様……そのお姿も素敵です」
「エルジュ、私のお姫様になるの?」
「わあ面白いの、ジョゼにも王子様って呼んでもらうの」
何か変なのが始まってしまったな。
こいつらが自主的に閉じ込めてるのも有るんだけど、こういうアホな寸劇が目の毒だから閉じ込めとけって言う意見も多いんだよな。
あ、ダンスフロアの面子の目が死んでる率高いな。
分かるわ。バカップル滅せよって感じよね。我が妹ながら勝ち組だしな、コイツら。
「お姉さま、浮かない顔なの」
「励ましに来たの」
王子の格好をした妹達は私の両手をそれぞれ取って、ぴょこぴょこ跳ねている。
……無邪気だなあこの子らは。
ちょっとイラッとした心が滅したじゃないの。身内に甘いわね私も。
「……あんたら、今何が行われてるか解って来たのよね?」
「ジョゼのお仕事でしょ?処刑なの」
「王妃が処刑されるの」
「知ってんのかい」
……エルジュ卿の顔を思わず見たが、冷や汗をかいている。
つまり、無理矢理この双子が聞きだしたってことか。
……まあ、聞き出されるだろうな。ハッキリ言って軟禁趣味の有る変態の片方だけど、本人の感性はまあまあ普通寄りだからなあ。
まあ、『仕事以外では』だけど。
「だって処刑方法は私達が決めたの」
「チェスでウェルが勝ったらジョゼ、私が勝ったらエルジュ。ウェルが勝ったの」
「……どう言う事?」
「この前国王陛下が来たの。遊び歩く王妃をどうしようかって」
「勝手にお金一杯使うから困ってるって」
父上、双子の所に行ったのか……。しかも、相談内容が酷いな。
もっと何か有るでしょうに!
………無気力な父上が出てきただけ、家族に相談に行っただけマシなんだろうか。
この双子は、両親の事を父上、母上とは呼ばない。
大して会った事が無いからだと、いつかあっけらかんと言っていた。
確かに母親の方に会った事は無いけれど……因みに私は会うように何度もあのドクズ母に勧めている。
コレでもかと言わんばかりに全く来なかったけどな。
双子が両親に気持ちを向けないのは……分かる。
私よりずっと割り切っているようにも見える。
未だ子供なのに。
「「私達は『あまりもの姫』」」
「王妃が付けたから嫌味で呼ばれてるの知ってるの」
「お姉さまと私達が素敵で優秀だから妬まれてるの」
「だから終わり方を決めてあげたの」
「王妃が今まで使ったお金くらいにはなるの」
「「私達、いいことしたの」」
この子達はよく話を同じ調子で話す。
それ自体は可愛いけど、……内容怖っ。
何でそんな芝居みたいに声張ってんのかしら。
これ、絶対練習したでしょあの子達。ドヤ顔がノリノリじゃないの。
て言うか誰がその渾名教えた。重刑だな。
何だこの割れんばかりの拍手は。ダンスフロアの面子が拍手送ってるし。
何時からこの場は劇場になったのよ。
……王妃が処刑されるんだぞ、それなのに拍手って……怖い国ねえ。
でも何だ……。
自分でもよく分からない感情が渦巻いていたのが、少し……。
「お姉さま、自分だけで背負わないで欲しいの」
「私達もお外に出て頑張るの」
「ジェオ、ウェル……」
「それに、小悪党でも成敗するの楽しいの!」
「権力者ならではの楽しみなの!」
「……間違いなく姫の妹君ですよね、おふたかた」
……怖いわ、この子ら。間違いなく私の身内だとヒシヒシと感じるわ。
小悪党ってあんたらの親ですよ、今……。いや、私の親でも有るけれど。
結構私がドン引くって……まあ、結構有るか。私は常識に溢れた出来る姫だからな。
全く、困った子達よね。ジル、後で覚えとけよ。
「……エルジュ卿、あんた、ホントにコレでいいの?」
「ジェオルジア姫の御為なら本望です」
「所で何で王女殿下がた、喋り方がおかしく……変わってません?」
「ジョゼ卿が提案されて、滅茶苦茶可愛かったのでこれからもお願いしました」
「エルジュ卿、ご同僚に変な影響をされたんじゃないんですか?」
「何で僕!?ユディト姫様もそんな目で見ないでください!!」
……やっぱりヤンシーラ家は変態気質が多いな。
あ、ジョゼ卿はヤンシーラ家じゃなかった。
おかしいな、ギウェン家って口調はチャラいけど実直真面目な処刑執行官一族じゃなかったっけ。
「ユディト」
「何、ジル」
「そういう顔の方がいいです」
「……」
こんな憮然とした表情がいいとか、ジルはおかしいわね。
でもちょっと肩に置かれた手が優しい気がするから、許してやるか。
「それはそうと、薬湯飲んでください」
「ぎゃああああ!!」
やっぱり許せないわよ!!不味い!!
夜会終わりです。次は野良犬兄妹とサロ卿の話になる予定。