黒猫とお茶会
お読み頂き有難う御座います。
前話で話題になった黒猫卿エンリが出てきます。
黒猫ですが変人です。ルーニアメインのお話です。
ジルは出ますが、姫の出番はちょっとだけ。
「ねこねこ左足靴下のねこ。わたくしのねこー」
柿色の髪の令嬢が歌いながらくるくると楽しそうに庭園に設えたテーブルの仕度をしている。
5人でのお茶会がとても楽しみなようで、自作の歌を歌いながら。
本人は気付いていないが、結構歌が好きなようでよく鼻歌を歌っているのを見る。
幼馴染達は微笑ましく思っているので誰も指摘しないし、彼女を恐れている者にそんな好戦的な者は居ないし指摘しない。
だから彼女は自分が鼻歌を聞かれていることを意識していないだろう。
そんな彼女を見守る、不審な影が有った。
「………………何ですかあの幼稚な歌は。
私のタヌキは本当に可愛くない可愛くない超抱き潰し倒さなければ」
「黒猫卿、俺に言われましても」
「あのタヌキは私に聞かれていると思うと滅茶苦茶嫌がるでしょう?
酷いですよね傷つきます、だがそれがいい」
青みがかった黒髪に、柔らかい黄色の吊り目をした男は、庭園を見張っていたジルににやりと笑った。
とても横の薔薇で編まれた垣根から出て来たとは思えない。
その上質な黒いコートは垣根の棘に引っかかって、しかも草だらけであるが全く気にしていない。
よく怪我をしないなとジルは思った。
「相変わらず絶好調に拗れてますよねえ」
「年上を敬いたまえよフランジール卿」
「いや、大して変わらないでしょうが」
「11ヶ月も違うだろうが!!ほぼ年上だからね!!」
しかし世間はそれを同い年と呼ぶのだろ、とは突っ込まなかった。
ジルはこの捻くれた男をよく知っていたので、無駄な事に挑戦しなかったのである。
「て言うかどちらからお入りに?
招待無しですよね?ルーニア嬢から出禁喰らいましたよね?」
「私は何処にでも気の向くままに赴けるのさ」
ヒラヒラと手を振って、彼は眼鏡を上着の隠しに仕舞う。
そんなに目が悪くないらしいが、細かい文章が多いらしい仕事中は眼鏡を手放せないらしい。
と言う事は……先程迄仕事だったのか、仕事から抜け出して来たのか。
残された仕事で宮殿が大騒ぎしてそうで大変だろうな、とジルは溜息を吐いた。
「本当に鳥と黒猫卿は何処からでも入り込む……」
「人を獣扱いするのは止めたまえ。獣人差別で諮問議会に掛けますよ」
「……迂闊に悪口言えない位偉い人の息子って嫌ですね。
もう子爵の子供程度は声掛けないので、ルーニア嬢に散々怒られてください」
「嫌ですよ。こうやって眺めるのがいいんじゃないですか。そして見られていることを気付かれて怒られるのが良いんじゃないですか」
「ああ…………拗れ過ぎてますね……」
「君には負けるさ、我らがユディト姫を慕う近衛騎士殿」
「…………ルーニア嬢ー。此処に黒猫の侵入者がおりますがー」
ジルの大声に、鼻歌も佳境に入っていたルーニアが振り返り、緋色の目が大きく見開いた。
「…………!?エンリ!?」
「あー、見つかってしまった」
棒読みである。
見事過ぎる棒読みに、ルーニアは血管が切れそうになり、慣れているジルも半目になったが本人は気にしていない。
「何で居るのよ!?呼んでない!!」
「呼ばれて無いから見に来ただけですよ、ルーニア。いい加減無駄な話し合いを止めて私を婿にしなさい。嫁にしてやるから子猫を産みなさい」
「誰がするかダアホおおおお!!
大体あんたんちって宰相イアンサス・ヤンシーラじゃないのよ!!嫌よ!!」
「ええ、私が9割仕事してますけど席はあの腐れオヤジのですね」
「ウチの父上と暇が有ったら殴り合ってるじゃ無いの!!」
「そうですね、よくあんなオッサンを殴って殴られようと思いますよね、変態ですよ。私ならルーニアに踏まれてもいいですよ、踏み返しますけど」
「変態発言はお前だ!!全身焼くぞ!!焼き殺すぞおおおお!!」
「あーあ」
この黒猫卿と呼ばれる、被虐趣味を自ら公言する若干嗜虐趣味疑惑の男は、エンドリック・ヤンシーラ。
彼は宰相の仕事をする、宰相令息であった。
因みに父親に放り出された仕事に困った宰相府に泣きつかれてやっているだけで、別に宰相になんぞなりたくないと公言する困ったちゃんでもある。
因みにファーストネームは父親と同じであるので、彼に対してもファーストネームを呼んではいけない暗黙の了解は適応される。
「何だ、また黒猫卿が背焼き……いやルーニア嬢にジャレてるのか……」
「公爵令息サロ卿ってどうしてこう便利な瞬間にいらっしゃるんでしょう。お二方を止めて下さい。身分の低い俺ではとても敵いません」
「偶には逃げんとお前がやらんか、体力勝負の軍属の癖に」
ジルは騒ぎを聞きつけて現れたサロ卿に全てを押し付けようとしたが、睨まれた。
近衛にしてはあまり背の高くないジルに比べ、事務方なのに堂々とした薄い茶色の髪に青い目の偉丈夫である彼は目つきが悪い。
どうも彼は身分が高い割にチンピラの親玉のような風情が有るな、とジルは失礼で酷い事を考えていた。
「何だ」
「いえ、サロ卿は内向きのご家系なのに、俺より偉丈夫ですから喧嘩の仲裁位お手の物かと」
「父上似で悪かったな。お袋よりマシだからせいせいするが」
「偶には両親大好きな同世代って居ないんですかねえ」
「この国で居たら吃驚だな」
そして黒猫卿とルーニアはまだ言い争っている。
取り敢えず物は壊れていないようだ。
それを確認すると、後ろから衣擦れの音と、足音が聞こえる。
「ルーニア、何をして……あらサロ卿、また厄介ごと?」
「何で私が居たら厄介ごとなんだ、レトナ嬢」
「うふふ、貴方が厄介ごとなんじゃなくて、厄介ごとが起こったら大体現場に居るから、ついね」
細かい巻き毛の亜麻色の髪を揺らして、レトナは二人の貴公子に微笑んだ。
どうやら幼馴染が戻ってこないので気になって来たらしい。
「うふふ、こっちも素直になれない感じがとっても可愛いのね」
「何ですかレトナ嬢。俺に何か付いているでしょうか」
「いいえ?姫様がお待ちよ。うふふ、フランジール卿は果報者ね?」
「何が何だかサッパリ分かりませんが、ユディトのご機嫌を損じてるんですか?
面倒ですね……」
ブツブツと言いながら、近衛の黒い制服が宮殿の方に素直に向かう。
その足取りは全く迷いがない。
「うふふ、やはり両片思いは面倒臭いのねえ……。姫様を無意識に呼び捨てしちゃってる位執着してるのに」
「まあ、奴以外がお呼びしたら、物理的に貴女方の誰かからの手で首と胴体が離れるな」
「不敬罪に詳しいわね」
「まあ……レトナ嬢が来たんなら私は帰ってもいいよな。
いざとなれば消火も可能で力ずくで打ち払えるだろう。私は無用だ」
「うふふ、いやね、わたくしは令嬢なのよ?殿方が居ないと困るわ、後始末とか」
「……マデル嬢が居るだろうが……」
後始末は今黒猫卿と喧嘩中のルーニアが得意だが、他にも彼女には優秀な幼馴染が居ると指摘する。
だが、レトナは珍しく困った顔で首を振った。
「マデルはこの頃寝不足で目の下にクマを作ってるのよ……。労しいわ」
「私も大して変わらんのだが。主に全面的にお袋のせいで」
薄い茶色の髪をかき上げた憮然とした顔は、確かに冴えない。
彼の母親は前宮内府次官の娘と言う地位を利用して遊び歩いているらしい。
自分の家も大して変わらない事実に、レトナは笑顔のまま、顔を顰めた。
「うふふ……何処も一緒ね……」
「とか言ってる間にエンドリックが逃げたようだ。相変わらず引っ掻き回すのが好きな奴だな……」
「うふふ、襲撃と逃げ足は速いのよね……左足に靴下を履いた、黒猫さんは」
彼はルーニアにちょっかいを掛けるのを好むが、かなり飽きっぽい。
猫に姿を変えてさっさと逃げ出したようだ。
真っ黒な体毛に……左足に靴下のような模様が有る猫に。
「…………!!誰があんたなんかとマトモに関わるもんですか、この徘徊猫がああああ!!」
ルーニアは何時もの穏やかさをかなぐり捨てて叫んでいる。
先程の機嫌の良さは遥か彼方に飛んでいったようだ。
「……本当に、エンリ卿ったら罪なにゃんこさんだこと」
「そんな可愛いもんじゃないだろう……今回は庭が焼けずに良かった」
「うふふ、細かい作業が得意な木属性が居ると心丈夫ね」
「そっちか…………私は庭師じゃ無いんだぞ……」
てっきりもみ消しの方に力を貸せと言われていると思っていたサロ卿は余計眉間に皺を刻んだ。
彼はあまり魔術が得意では無かったからである。
だが、何故かその割に重宝されている。
見た目の割に几帳面な所が有るので、よく便利遣いされているのである。
彼の仕事はそんな些細な事が積み重なって増えており、そのせいで寝不足になり、チンピラの親玉と呼ばれる不機嫌さに拍車をかけている。
「あれ、何してんのサロ卿」
そして北の魔王……いや、この国の第一王女であるユディトが背後にマデルとミーリヤを連れて現れると、彼の眉間の皺は最高潮に深くなった。
「姫様、ご機嫌麗しゅう御前を失礼します」
「おい!!ふざけんな撤退早すぎる!」
「流石サロ卿ですね、無傷でおふたりを和やかにするなんて、何て出来る姫様の部下なんだ。是非俺と一緒に姫様達の茶会に侍ってください」
「都合のいい事言うな!!私は忙しいんだ!!」
「別にぃ、いいじゃぁ無いのぉ。そんな青いお顔と赤いお目目じゃあ取ってぇ食いやしないわぁ」
「止めろミーリヤ嬢、顔色良けりゃ食うって聞こえる!」
「今の所ー、大人しくしてるじゃーないのー。私だって忙しいのにー口説きもしてないしー」
「やめてくれ……て言うかマデル嬢、寝ろ」
「あらあら……サロ卿、いらしたの。エンリに宮中で遭ったら焼いておいて頂戴。煮出してもいいわ」
「俺は火属性じゃない、ルーニア嬢!!」
結局4人の令嬢に絡まれるサロ卿だった。
「……コレで俺の今日の心の無事が確保できた。いい日ですね」
「ジル、性格マジ悪いわね」
『姫様のお茶会』
それは男が参加すると精神をゴリゴリ削られ、女が参加すると恐怖に慄くとして有名であった。
次はサロ卿の話になる予定。