失踪するにしてもやりようがあるのでは
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ジルの失踪先、侵略された地へ交渉にマデルがやってきたようです。
フランジール・ノイエンドーヌが他国に行ってしまった。
その情報がニックから直ちに齎された時、コレッデモン王国は揺れた。揺れに揺れた。
ただ、出た先が……直ぐ近くのネテイレバとルーザーズを侵略した土地だった。聞いた人々はホッとすると共に、割り増しで苛々した。
あの野郎、心配させやがって!姫様の為にもとっとと連れ戻してやる。
そんな気持ちで臣下は纏まった。
それが昨日だ。
彼の地を侵略して治め始めているフィオール・ブライトニアに手紙を送ると、聞いてやってもいいとの上から目線の返事が来た。
ああ、やっと帰ってくる。
そして、姫様と仲直りさせて、元通りだ。もうサッサと婚姻を派手に盛大に祝ってやろう。
しかし。
彼等の思惑は外れてしまう。
ブライトニアと比較的仲が良いので、最初に訪れることになったマデルは、ジルに会うことが叶わなかったのだ。
「勝手に入るのは良いわ。でも、『あたくしの領土のもの』を勝手に持って行ったら領地侵犯でぐちゃぐちゃにしてよ?」
ソーレミタイナ皇太子、フィオール・ブライトニアは可愛らしい顔を悪どい笑いで彩り、開口一番そう答えたのである。
「ウサちゃーんー?遊びじゃーないーのよー。フラジール卿を出して欲しいわー。大人同士のー建設的なーお話し合いをしなきゃー」
マデルは、嫋やかな微笑みを絶やしては居ない。
だが、その漂ってくる大迫力にニックは震えが止まらなかった。
此処は、侵略者フィオール・ブライトニアが仮の本拠地にしているとある貴族の館。
城を建設中の間の当分の住処である。
比較的物と装飾が少ないという点で選ばれた。
因みに、従者となった4人の子供達も世話役として此処に住んでいるらしい。
そして、将来の伴侶とされるニックはその事実をやって来た当日に知ってひっくり返り、やっぱ借家である宿舎にとても帰りたいと申し出ている最中であった。
「えと、何でボク此処に居るんで候……。場違い感MAX超えじゃないかなあ?」
「ニックちゃんのー同席はー私が頼んだのー。揉めそうだものー。お眠だったー?御免なさいねー」
「いえ目の開き具合は、コレで全開バッチリですけどね……」
どうやら、察するにブライトニアの抑止役に任命されたようだ。しかし、ニック自身はブライトニアを止められる気が全くしなかった。彼は、フィオール・ブライトニアに対する自分の影響力を全く自覚していないのである。
「ふん、此処はあたくしの領地よ?あたくしとオルガニックの役に立つよう治めるの。その為にあたくしが侵略したのよ?」
「うう、頼んでないんだけどなあ……」
「そう?もっと心地良い巣にする為に頑張るわ!!オルガニック」
然り気無く嫌だと言うニックに、前向きなコメントが返ってきた。ブライトニアの横に座らされ、実に居心地が悪そうだ。
獣人は基本、ひとの都合の悪い話を聞かない。が、番の話は比較的聞く。
それでも、コレだ。
「……ああああ。ボクは一体ブライトニアの脳内でどんな無茶苦茶望んでいる系なのお!?怖過ぎで候!!」
「ニックちゃんもこう言ってることだしー?国際的にー飛び地として認めない事にーしてもーいいのよー」
薄い色の口紅が塗られた唇を開き、マデルは微笑む。掛け値なく美しい笑顔だが、見るものが見れば少し苛ついていると分かる笑みだった。
しかし、そんな言下の威圧にブライトニアは動じない。
「あら、侵略を黙認したのは、第一王女のユディトよね?マデルの関知する事では無くてよ。
それとも、強制的にあたくしから『臣下』を奪うつもりかしら?あたくしに勝つつもりが有って?」
「まあお口が減らないーウサちゃんー。『臣下』ですってー?」
「はえ!?」
まさか、本当に亡命を認めたのだろうか。
其処までしているとは思わなかった。即物的なブライトニアには珍しくハッタリだろうか、とマデルは内心小首を傾げる。
「ふん、頭脳労働の枠が足りていないのは事実だもの。
あの男、中々役立ってよ」
「本気で、フランジール卿はソーレミタイナに亡命したっていうの?」
たかがすれ違いの痴話喧嘩で!?とマデルは眉根を寄せた。あの行動力に欠ける、いや面倒事を嫌うジルが、そんな事をするとは思いもよらなかった。
ニックも初耳らしく、まさかの事態に顔を青褪めさせている。
「ブ、ブライトニア……。嘘でしょ?ジルさん、そ、ソーレミタイナの人になっちゃってんの!?」
「ええ、オルガニック。働きに応じて爵位をやると約束してやったの。あたくし、ちゃんと評価出来てよ!」
「ヒイイイイ滅茶苦茶えらいこっちゃ!!国籍変えちゃったの?!そんな適当でいー訳!?どうなってんの!」
「全くねー。
まさかー、こーんな所で可愛いウサちゃんに手を噛まれるとはーねー」
ニックの国籍をコレッデモンに変えてしまった意趣返しだろうか。色々心当たりが有って、有りすぎるが、マデルは微笑みを絶やさなかった。
「ふん、あたくしを飼って良いのはアロンね。マデルに飼われた覚えは無くってよ」
「そうだったわねー。余所の子だものねー。可愛いウサちゃんにーしてやられたわー」
ギスギスした空気に、ニックの胃がしくしく痛んできた。
美女は微笑み、美少女は睨んだままだ。
二次元なら歓迎だけどなあ、と割って入れない上に宥める文句も浮かばないニックは心の中で愚痴る。
「どの道、コレッデモンに居たところで、王婿としては身分差が有りすぎるじゃないの。ユディトも、とっとと親なんか処分して叙爵するべきだったわね。甘くてよ」
「嫌な所をー突かないで欲しいわねー。分からないでしょうけどー、親の存在は忌々しいートラウマなのよー」
「現状に文句が出ないからって筋を通さないからよ。
あたくしはオルガニックを『認められた正式な婚約者』に据える為に押し通したわ」
「ヒイイ……た、頼んでない……。何時の間に動いてんのおおお!?」
どうやらニックが現実逃避している間に、逃れられない包囲網が出来上がっているらしい。
婚約者になるとは請け合ったが、自然消滅を地味に狙っていたニックの思惑は、これで綺麗に潰えたようだ。
何の為に国外脱出をして国籍まで変えたのだろうかと、ニックは涙目を通り越して泣いた。
「お口がーよーく回るわねー。それにー何時の間にかーお勉強が捗ってたみたいだわー」
「ええ、あたくしやるからには完成させるの。
報酬の方から来たことだし、実に良くてよ。気分がいいから結婚式の用意よりも相手を真摯に口説きなさい。特別にユディトに助言してやるわ」
「……」
上から目線だ。彼女は元々上から目線だが、かなり図に乗らせてしまった。
マデルは暫く偉そうなブライトニアを見つめていたが、ふう、とため息を吐いた。
すわ一触即発の事態勃発か、いやでもどうしたら……と腕っぷしに全く自信のないニックは隠れられそうな所を探してしまった。
「どうしたのオルガニック。そんな不安な顔をしないで。あたくしとオルガニックは何が有っても一緒で安心よ」
「ヒイイイあんまり安心出来ないし、乱暴は駄目だからね!?」
ニックは涙目で双方をカクカクした動きで注視している。相当テンパっているようだ。
「もうー高くー付くわねー。もうー困ったウサちゃんだことー。……爵位はー?」
「働きにもよるけど、伯爵以上はやるわよ。あたくし、ケチらない主義なの」
「あらー。じゃあー身分に釣られたータカりが寄って来るかもしれないわよー。それの処理もお願いしてもいいかしらー」
「別にいいけど、高くてよ」
「そうー。じゃあー借りとくわー」
「え、え!?どゆこと!?」
「じゃあー今日は帰るわねー。またお休み明けにねーニックちゃんー」
「えっえっえ!?ええと、お構いなく?いやボク部外者ですけど!?」
「何言ってるのオルガニック。此処は貴方の国なのよ!」
「ちょ、抱き付かないで!!コケる!」
全く経緯が分からず、挙動不審でテンパるニックと張り付くブライトニアを残し、潔く美女は帰っていってしまった。
「うひいいいい……」
「マデル嬢お帰りになりましたか?」
「ジルさあん!?」
そして、ひょっこりと後ろからにこやかに出てきたのは……渦中の人物、ジルだった。
ニックは目玉が落としそうな位驚き、奇声を上げているが彼はにこやかなままだ。
「ちょいちょいちょい!ジルさん今まで何処に!?マデルさんとお話ししないの!?」
「お怒りですのでね。そんな悪魔の四騎士であられる舌切り令嬢とお話しなんて出来ませんよ」
「えええそれ禁句なんじゃ……」
「フランジール、頼みごとは叶えてやったわよ」
「ええ我が主君有り難う御座います」
何時の間に主従契約を結んだんだこのふたり。
ニックはあまりの展開に、唖然とするしかなかった。
「高位貴族の爵位と、銀鉱脈を与えるって流布しておけば、すり寄ってくるでしょう」
「え、そなの?誰が?」
銀鉱脈をポイッと与える話もビックリだが、それ目当てにすり寄って来るものが居るらしい。
そもそも銀鉱脈がこの地に有るとは、ニックには初耳だった。
「フランジールの両親とそれに寄生してきた親戚共よ、オルガニック」
「流石、仲良しですね。ウサギ姫。マデル嬢との掛け合いも見事でした」
「おわ、ジルさん何時の間に!何が起こったのかサッパリボクには分からんちんなんだけど。
で、でも取り敢えず喧嘩がなくて良かったよ。キャットファイトは二次元オンリーでオナシャスだよ。ブライトニアとマデルさんじゃあ猫ちゃんで済まなさそうだし」
「あたくし蝙蝠ウサギよ、オルガニック!猫なんかより可愛いわよ」
「いや実際の猫じゃなくてだね!ヒイイ膝に乗ってこないで!」
「いやいや、スカッとする掛け合いでした。流石施政者ですね、ウサギ姫」
「ええと、どゆことなの?」
今までの会話が全く分からないニックは首を傾げる。
傾げすぎて明日ムチウチにならないと良いなあとすら考えながら。
「つまりですね。俺の親ってまあ小金欲しさと色欲にしか興味がないオッサンオバサンなんですよ」
「お、おおう。怨念がおんねんドロドロヒューだね。いや何でもないよ」
「あたくし泥遊びは好きよオルガニック」
「……そっか。何処まで野生なんだろね……」
最早、彼女は何処までもが野生の蝙蝠ウサギなのだろうか、とニックは思った。
結構そういう所が付いていけない。
「そして俺の家、ノイエンドーヌから、弟ふたりが他家に婿に行ってます。今のところ売られた割に心丈夫に暮らしてますね」
「そか。……売られたァ!?弟さん達、人身売買!?」
「結構俺らの弟妹世代はそんな処遇です」
「ハードなんだね……コレッデモンも」
「まあ、元祖国になっちゃいましたけどね」
「笑い事じゃないでよジルさん……」
またモメちゃってんだろうな……どうしよう。と、ニックは胃が痛くなった。
そして。
マデルの帰還を待っていた玉座の間では。
「ソーレミタイナの飛び地って、侵略されたの?お近くで早いの」
「ネテイレバとルーザーズってお隣ね。二国を侵略って面白そうなの」
「いええええ!!ジェオ様、いけません!!あの姫君は野蛮ですから見習ってはいけません!」
「ウェル様!!なりません!!そのままの貴女様でいてください!!」
同い年のフィオール・ブライトニアが侵略成功した事実に、双子の王女たちが興味を持ってしまった。
そして、ユディトは自室で泣いたままだ。
「うふふ、何か策が有るみたいだけど……物理で取り返せば良かったかしら?」
「それでもぉいいならぁ私行くけどぉ?余計頑なにならなぁいぃ?」
下げられた飲み物以外手付かずの食事の盆を前に、レトナとミーリヤはため息を吐く。
「殿方は面子を重んじるものね……」
「単にぃ、姫様からのプロポーズじゃなくてぇ、自分がぁ上からやりたかっただけとかぁじゃないわよねぇ?」
「……うふふ、嫌なことを言わないでミーリヤ。有りそうで嫌すぎるわ」
何でこんなに拗れたのか。もっと早くくっつけておくべきだった。
幼馴染達は動かぬ事態に、焦れていた。
「子爵位ではぁ王族との婚姻に難しそうな気もするけどぉ、双子の姫様達のぉ婚約者自体は無位よねぇ」
彼らは爵位を継いでいないので、実質的には貴族として特に力はない。
処刑人としてはかなりの立場は恐れれているが、爵位だけで見れば下である。
「そもそも親世代のせいで爵位が軽んじられて、今立て直そうとしてる最中に子爵位を継ぐフラジール卿と結婚したら二枚舌ってって他国から軽んじられるわね……」
「だからぁ他国……ねぇ。極端過ぎよぉ」
結局は、親世代の行いに繋がってしまう。ふたりは怒りのため息を抑えられなかった。
複雑な話で申し訳なく。男女の溝は深いですね。