入れ替えは激しさを増す
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ジルがしれっと帰ってきました。
謁見の間に帰ってきたジルはいつも通りと言うか、前通りだった。
こっそり騎士団長に報告させておいたから何も無い事は分かっていたけど、それでもな!!
「事情があったのは考慮していました。が、足が治ろうが根本の性根は治りませんねあのガキ」
「お、おお?そ、そう……」
どうしたんだ。大概の事にイラッとしなくて有名な騎士団長が。
一応表情だけは穏やか……だけどな。
「しかし第一王女殿下、演習は無事成功致しましたので其処はご安心ください」
元々穏やかな気性の騎士団長が……言い終わったら苦虫を噛み潰したような顔になった……。
かーなり、イラッとしてるみたいだったな。疲れてるのは演習の後だから、だろうが……それだけじゃないだろうな。
……何をやらかしたんだ、アイツは。
親世代とか私らに板挟まれた世代の騎士団長には苦労を掛けさせてはいる。悪いとは思ってる。
……休暇申請許可してやらなきゃな。
で、暫くして……ジルはノコノコやって来た。
一応汚れは落としたみたいだが……服の着方が適当だな。わ、私にそんなに急いで会いたかったのか?そりゃ早く来たのは良いけど!!示しが付かんと言うか!!
ああああ、どうしよう!!
久々に顔合わすと照れる!!
「ユディト、疲れたので労わって下さい」
「お前、この私が悩んでやってたのにその態度は何だよ!!」
コイツは!!一国の姫である私に、堂々と何を言い放ってんだ!!ジルじゃ無きゃ不敬罪で打ち首にしてやるぞ馬鹿野郎!!
ひ、人が夜も日も暮れずジルの事で悩みまくって、仕事に励んでいたのに!!
「その頭、固く結い上げ過ぎでは?」
苛々してるにも関わらず、コイツはのうのうと近寄って来て……折角整えた髪の毛崩してくるし!!
確かにちょっと気合入れ過ぎて凝った髪型を結わせてたから、頭の緊張は取れたけど!!
頬擦りすんな!!気合入れたお化粧が取れる!!
「しかし、俺は外向きじゃ無い事がつくづく分かりました。足が治っても面倒なのは面倒です」
「……お前、騎士団長にもその調子でぐちぐち言ってたんだな。通りであの調子……」
「団長がですか?いえとんでもない」
引っかかるが、直属の上司にはもうちょい丁寧にしてるってか?
……まあ、あっちは年上だしな。一応年長者を敬うと言う点で……まあ、ムカつくけどな。
もっと私をこう……。いや、特に希望が有る訳じゃないけど、ちょっと離れてて、仲直りの場だってんだから、こうさあ。
「毎日ユディトへの想いを吐き出してたら、何も言われなくなったので良かったです」
「おまええええええ!!」
それであの顔よ!!
このバカップルが!!みたいな顔だったのかよ!!
何してやったり!!みたいなドヤ顔してんだ!!
「まあまあ。無事俺が帰って来たんですからむせび泣いても良いですよ」
「ふざけんな」
「後ろ髪が解けましたね。直しますからじっとしてて」
「ちょ」
て言うか解いたのお前だろうが!!
ああもう、髪の毛を人質に取られてるから動けないし!!
ぐちゃぐちゃにされるの嫌だから動いてやれないし!!ピンで固めてあるのに抜いて来るな!!!髪飾り取るな!手際よくて腹立つな!
「いいじゃないですか。どうせ俺はユディトの後ろに控えつつイチャイチャするのを見せびらかす役なんですから」
違うし!!
………!?
何時の間に、何処から持ってきた櫛で梳いてるんだ、コイツ。
……何気に上手いのが腹立つな。さり、さり……と櫛梳られながら、時々指が頭皮を押しつつ……触られるのが気持ちいい。
……さらさら、さりさり……と小さな音が響く少しの間、大人しく身をゆだねてしまった。
「ハイ出来ました」
「……?ジルは髪の毛結った経験でもあるのか?」
本職程じゃ無いが、触った限りでは左右差も無いし普通に上手いぞ、コレ。
「ユディトの頭で練習してました」
「ハア!?」
「もう忘れたんです?長らく夜は一緒に寝てたっていう俺の告白を」
「……」
……!!
そう、そうなんだよ。
コイツ、11の頃……私が記憶を無くしてから人の寝台に潜り込んでたんだってよ!!
それこそ毎日に近い程!!
……警備はどうなってんだ。いや、コイツの頭の中身がおかしいんだな。
頭が沸騰しそうで怒鳴る気もしねえ。
「耳まで赤くなるユディトも可愛いですね。ただ、此処からだとあんまり覗き込み甲斐のない服なのがちょっとな」
「お前な!!って、何書いてんだ!!」
振り向けば何か筆記してやがるし!!
確かにジルは私の後ろに控えてるのが仕事だよ。だが、ガリガリガリガリ後ろでガン見されながら書き続けられるのキツイんだけど!!何なんだこの新たな悩みは!!
「ジル」
「何ですか、ユディト」
「記録帳は記録魔だということが重々分かった。
だけどな!限度があるだろ!?取り敢えずその紙の束を何とかしろよ!!」
何時の間にか謁見の間が紙だらけなんだよ!!何時持ってきた!?
しかも抑えきれなくてバサバサ舞ってるし!!速記にも程が有るだろうが!
「俺なんかまだまだですよ。魔道具の初代は大体女性なんですが、夫の瞬きの数から呼吸に心拍数を記録していたそうですよ。
先祖とはいえ、見知らぬオッサンのありとあらゆる部位の検診記録なんてキモいです」
瞬き?心拍数?……何に使うんだ。記録して何になるんだ、って未来も過去も散々言われてそうだな。
でもおんなじようなことしてる子孫に言われたくねーだろうが。
……この紙、私の髪の毛の手触り書いてあるぞ。は?右後ろの縺れ?手入れしよう、じゃ、なくてだな。
……この短期間で凄い量だな。こ、怖えな……。ドン引くわ。
「ジル?……この私が拾い上げてやった紙に、私の色々が書いてあるんだが!?」
「それは覚えましたので、棄てていい奴です。俺の直筆で走り書きですが、欲しいですか?」
「……要らねえ」
幾らジルの字だろうが、書かれてる内容が微妙過ぎて!!
は!?入ってきたときは緊張して眉間に皺!?産毛の生えてる部位!?詳細に書くな馬鹿野郎!
……くそっ!!仕事終わったら侍女集めて久々に全身手入れだ!!覚えてろよジル!!
「先祖を謗る前に、その性質!!ジルにも滅茶苦茶受け継がれてるだろうが!!眉間の皺の件と産毛の件は悉く忘れろ!!」
「嫌ですよ。筆記が一番覚え易いんです。それよりユディト、俺が帰って来たんですから他に有るでしょう?」
……後ろの扉を見るな!!こんな時間から自室に戻る予定は無いわ!目線がい、いかがわしい!!
大体執務の時間だろうが!!報告とか有るし!!
て言うかホント父上が座る玉座なんだけど此処!!あんなダメ母の事で何年も凹んでないで早く復活しろよ!!あの駄目父上!!
「取り敢えず弁えて後ろに立て」
「承りました。で、他には何か御用で?」
「リメイ公爵夫妻はどうなった?」
かさり、と紙を捲る音がする。
……一応仕事の事はちゃんと準備してきた訳だな。分かっててこの茶番やるんだからな……。
疲れるわ馬鹿野郎。
「そうですね、加増の名目でマデル嬢が『内に秘めたる輝きの間』にお連れになりましたよ」
「中身の鑑定額は?」
「エルジュ卿によると3000万ゼニゼロに僅か届かずとのことです」
ふーん、思った以上に安いな。リメイ家の屋根の修繕費ぐらいじゃないか?
「安いな。ギウェン家の『黄金浸し』の方が良かったかしら」
「しかし、形を変えた後も移動させるの、重いんですよねえ」
金って重いからな。バラバラにしても時間掛かるし、偶に拾い忘れて落ちてたりするしな。
あれで躓くと死ぬ程殺意沸くんだよ。形も見慣れて無きゃグロイし。
「その点、即持ち運び可能な『宝石の心臓』の方が汎用性は高いか。普通に死体産の宝石って倫理はどうなのかね」
我ながら偽善者の言い分だな。ウチの刑罰が他国より少々独特なのは自覚してる。
何年か前はグダグダ言う奴も居たが、大っぴらに言う奴は居ない。
だってひと昔はヤンシーラ一族が独占してたんだからな。
そう、親世代が利用してた。……碌でもねえよな、ホントに。
今では刑罰に使われるのすらよくは思ってない奴らは……神殿と近づいてるってのは聞いてる。
だが、神殿……あそこは言わば研究馬鹿の巣みたいなもんだからな。
倫理がどうとかより、自分の神に仕えつつ穏やかに生活出来たらそれでいい、みたいな個人主義が集まってるし。変人も多い。
……昔は変な義憤が有ったらしいが、国を乗っ取る気概も今はないみたいだなしな。
「今、奴等……、いえ、お渡し頂いた方々も親族を騙して抉り出し、売り払ってたそうですから。
自分が踏み躙ってきた彼らの気持ちが分かるかも知れませんよ。取る時かなり痛みを齎すそうですし」
「エルジュ卿から聞いたのか?」
「ええ、飲み会で吐かせました」
……あの訳分からん面子の飲み会か。ニックが巻き込まれた奴。
さぞかし居づらかっただろうな、ニックとエルジュ卿とジョゼ卿が。
まあ、それはそれとして。
エルジュ卿に受け継がれたスキル『宝石の心臓』。黒猫卿に受け継がれた獣人としての姿。
元々ヤンシーラ家は双方を兼ね備えた者が祖先の『宝石猫』の家系だったかしら。散々黒猫卿に言われたから覚えてるな。
本来は一緒のものが、分かれて生まれてきたときは……そりゃあ親戚中から非難囂々だったらしい。本来守るべき親も一緒になってな。
産んだのお前らだろうに。
そもそもバラバラで生まれてきて何が悪いのか、未だに分からん。
案の定、味方はヤンシーラ前公爵夫妻のみだったという……まあ、ウチの国じゃあ珍しくもないが腹立たしいには変わりない境遇だ。
親世代に利用され尽くした『宝石の心臓』持ちの彼女は罪の重さに耐えきれず、早くに亡くなったとも聞く。幼少期のエルジュ卿はさぞかし恐ろしかっただろうとは、推察できる。
奴等の性格が曲がるのもまあまあ分かるが、……濃いよな。
「あの一族もなあ……」
「古くからの一族ですしね。黒猫卿が言うには書庫に怪しげな本が山積してるらしいですよ。見に行きたいですね」
「お前、黒猫卿苦手じゃ無かったのか?」
奴にぐちぐち文句言ってたからな。黒猫卿の神出鬼没加減が悪いんだが。
最近は仕事以外、ルーニアの後を付き纏ってるから其処迄神出鬼没でも無いが……。
「勿論苦手ですよ。ただ、枷が外れてからは知識欲が復活しただけです」
「……そうかよ」
良いのか悪いのか……。勿論、ジルが元気になって良かったんだけど。
この紙の量を見るとちょっと喜ぶ気持ちが減退するな。
「色々世界は謎で満ちてますよね。気にはなって覚えはしますが取捨選択が面倒です」
「やる気ねえな」
「そうですね、ご褒美が豪華ならやる気に繋がるでしょうね。ユディト、俺の部屋でうっかりいい雰囲気になって雪崩れ込んでしまった禁断の関係な設定は如何です?
そんな刺激的な関係は今だけですよね、是非やりましょう」
「分かった。今日の私はお前の指摘で美容に勤しむ気にしかならねえ。ジルには頭を冷やして独り寝を命じてやる」
「………だから、同い年なんだから毛も劣化も気にならないのに」
「煩い!!!絶対今日部屋に来るなよ!!来たらボールぶつけるからな!!」
「………女心は面倒ですねえ。て言うかそんなに気になるんなら俺が帰る前に手入れすりゃいいのに」
「忙しかったんだよ!!」
ああもう!!後、ジルの事で悩んでたんだよ!!って言い辛い!!
顔を近づけるな!!
「ふーん。俺の事を想って窶れてくれたんじゃないんですか?」
「うっさい。仕事!」
睨み付けると、肩を竦めやがった!腹立つな!
「お引き下がり頂いた各々の御子息や御息女に授爵はどうなさるんですか?」
「そういう催しものは、取り敢えず国庫が往年の7割まで回復してからだな」
出来ればお祖父さまの治世の往年位まで持って行きたい処だが、其処迄露骨に稼ぐと逆に周辺諸国との力関係が崩れるからな。
大っぴらに稼げると分かってる手段は使いどころが難しいよな……。
まあ、この期に乗じて親世代が何か手を打ってきて……例えば、父上を担ぎだして打倒私を宣言するとか。
それ位してくれたらなあ。手っ取り早くて良いんだが。
どうも親世代は私達子供を舐めてる所が有るからな。
そもそもは優秀なお祖父さまやお祖母さまの子供なんだから優秀だったそうなのに。
……あの紙花の妃が全てを台無しにしたせいで。
でも、その行いのせいで私が生まれ、ジルと出会い……くそっ!!
まあ、あのボケ母には何の感謝も無いけどね。奴に優しさを与えられた事も無いわけだし。
ああ、やる事が多い。
施政者代理は大変です。