抑えつけられていると暴発する
今年最後の更新で御座いますね。
それなのに若干の残酷描写と明け透けな会話ばかりです。
「ユディト、俺との出会いを覚えていますか?
その顔は覚えてませんね。声は覚えている?まあ、良いです。
あのクソババア、本当に恨みましたよ」
……いいように口づけられた後、ジルは私の顔を見て独りごとのように言った。
そ、そんなに顔に出ていた……のか?
……まだ、顔が、頬が熱い。口も熱い。
いや、ええと……。色々気になるけど。
さっきの口づけも気になるけど。
……あのクソババアって誰の事だ?思い当たるのはウチのこの間処刑したドクズ母だが。
「色々、聞きたい、んだけど」
「……なんなりと、俺のユディト」
あまりの衝撃で、仰け反りそうになった。
……おいおいおいおいおい、未だ嘗てなくジルが変だよ!?
何なのその甘い顔は!!昔にしか見た事……いや!?昔って。
……そう、昔って……。そう、昔の話を。
「……ジルと出会ったのは一体幾つなの?マデルやミーリヤ、ルーニアにレトナと会った時より前?」
「ええ、前です。俺と貴方の出会いは6歳の時。マデル嬢達とは9歳の時ですね。俺とは前王様の離宮、マデル嬢達は王宮です」
そうなのか……。どうしよう、……サッパリ思い出せんな。
何故か口に出せなくて、俯いてしまった私の顎を遠慮のない手が上を向かせた。
……強引だ。どういう事だ。
見たことないジルにゾクッってする。
「当時、貴女は本当に大人しかったんです」
「……え。いや、私は……自他ともに認める出来る王女だが……大人しい?」
「大人しかったと言うのは皮肉ではないんですよ。文字通り、気の小さい、はにかみ屋の美少女でした」
気の小さい、はにかみ屋……自分とは似ても似つかない特徴に、ちょっとムカッとした。
「……顔かよ」
「ええ可愛かったんですよ。今と違った可愛さで」
ちょ、な……一々甘いのは何故だーーー!?そんな優し気に……微笑んでた事は有るけど、もっと距離が有ったのに!!
こ、この私が気の効いた返しが出来ないーーー!!どうしたってのよジル!?
「当事、前王様方と暮らしていたユディトに、近くの祖父母に預けられていた俺が遊び相手に連れてこられました。子供には難しい俺の話を聞いてね。可愛かったんですよ」
「…………」
昔を誉められても……覚えてないから。ちょっと、モヤッとする。
顔に出たのか、ジルはふっと柔らかく笑いかけてきた。
………一々心臓に悪いんだけど!!
「子供の自分に妬きました?」
「べ、別にぃ!?覚えてねーし!」
「ユディト」
「ああん?」
ギョッとした。何近寄ってんの!?
ジルの顔がより近い!!息が掛かる!!
「意地張ると、後で寝台に沈めたままにしますよ」
………………………。
…………………………………何言ってんの。
何言ってくれちゃってんの、コイツーーーーー!?
ししししし……寝台ぃ!?お前、そんな、そんな……冗談言わなかっただろ!?
「はああ!?」
「どうしました、意外そうな顔して」
「い、いやいやいやお前!!ちょ、真面目な顔して何言ってんの!?大体今は真面目な話を!!」
「チッ、別にいいじゃないですか。過去は戻らないんですから現在を楽しんでも」
不埒にも首に伸びてきた手を思わず払い除けた。何処触る気だよ!!話は済んでねーよ!!
この野郎!!油断も隙もねーなあ!!
「良かねえよ!!て言うか手が早すぎる!!」
「今更?大体、俺とユディトの初体験は11ですよ」
……初体験。
初めての体験。
……一般的には、アレ、その……色事の話だがな。
いや待て。初めて山に登った体験だって初体験だからな。
……馬鹿にされてたまるものか。そんな雰囲気っぽく持って行って、揶揄われたら……。
いやまあ、揶揄われたらドツいても許されるよな。うん、落ち着こう。
「…………………敢えて聞いてやる。何の」
「朝から濃い話題を聞きたがりますね、ユディト」
何だそのちょっと照れた顔はーーーー!!お前が振ってきた話題だろうが!!
ハッ倒すぞこの………!!
拳を握りかけて、ふと気付いた。
枷、とは、何だ。
もしかして、あのドクズ母がジルに何かをした!?
思い当たりが有りすぎて、血の気が引いてきた。
あのドクズ母は全く子育てはせん癖に、都合の良い時だけすり寄って来てた。子供をかわいがる私、素敵!みたいな気分の時とか。
変な自分だけの正義感を盾に何か……ジルに危害を加えたんじゃ!?それに、ジルの母親も確か、あのドクズ母の取り巻き……だったような。
「ちょっと、ホントなの!?私に手を出したからあのバカドクズ母が何かしたのか!?」
「正確にはウチのバカ母親と元王妃のグルです。適当にやられたので、長年解けませんでした」
予想……の範囲内か?それにしても酷い。
ああ、頭が痛い。マジかよ……。
「子供の刑罰に半減の手枷10日ってありますよね」
「………有るな」
刑罰の管理は……基本、ギウェン家の領分だけど、有るのは知ってる。
半減の手枷は体力、魔力が半減する。簡単に言ってしまえるような刑罰だけど、かなり苦痛らしい。
毎日起きるのも大変らしいし……。結構簡単で効果的な刑罰……だったような。
「アレを11の時からつい最近、元王妃の処刑日まで嵌められてました」
11の時から、ずっと。
……血の気が引いた。
ちょっと待て。
常に体が重くて、怠い筈だぞ……それ。
な、何年……そんなの嵌められたままにされてたんだよ!?
「11の時からって……はあ!?10年以上!?………長すぎるだろ!?」
「流石に怠いのには慣れましたけどね。親に訴えても王妃様の御意向だから、だそうで。単に忘れ去られていました」
「……何ちゅう……」
「子供用ですからボロくなってまして、自分でも色々弄って、トドメに刑罰を与えて命令を下した主……つまり元王妃が亡くなりましたよね。それで外れました」
左足首です、とジルは左足を振って見せた。
未だしつこく撫でて来るジルを押しのけて、反射的にしゃがみ込み、奴のパンツの裾を捲る。
だって、効力が切れたとしても、物理的に締め付けられたままだったんじゃ!?
子供用の枷が嵌まってたなんてただじゃ済まされないだろ!!
「うわ、ユディトに服を捲られるって……積極的ですね」
「いやそんな場合か煩い!!……っ!!」
其処には、予想した通り肉の抉れた傷痕。
……指2本分くらいの、赤黒く引き攣れた痕。……ジルの、我慢してきた痕。
コレが、こんなものが……。
「……」
「そんな辛そうな顔をしないでください。ユディトに手を出した役得みたいなもんです」
「だって、そんな……。いや、普通に治す。明日、ルーニアを呼ぶ」
「まあ痛み止めを飲まずに済まなくなって良かったです。胃は丈夫ですけど、あんまり飲み過ぎるのもね」
「……」
ジルがしゃがみ込んだままの私を引っ張り上げた。でも、ジルの足元から目線を逸らせない。あの傷痕が、目に焼き付いて……。
俯いたままの私の頭に何か乗って来た。お、重い!!痛い!!
「ちょ、何!?重!!」
「頭って重いそうですからね」
「ジル!!」
こ、コイツ頭のせてきやがった!!顎が痛い!!
「正直にお話しますよ、ユディト」
「どういうことだ。……正直じゃなかったって事?」
「まあ、正直ですけど多少脚色してました」
「何 だ と お 前 !!!」
「怖いですよユディト」
ちょっと待て。
コイツ何を言い出すよ。さっきまでの雰囲気が見事に消え失せたぞ。
「正直、俺は先祖返り気味で天才なので、半減されても一般人位には過ごせてました」
殴りたい話になって来たぞオイ。
私も正直親がアレでジルに迷惑かけてるから、ジルでなきゃ殴りたいぞ。
「だから、子供の頃から優秀な俺は王家と関わり合いとかになりたくねーなと認識してました」
「オイ……腹立つな」
その通りだけどさ。
だったら何でジルは私にその、えーと……。い、言い辛い。
コイツ、私にそもそも惚れてるのか?其処から怪しくなって来た。
「でもまあ、あの時のユディトはちびっこながらに病んでましたし……。俺が好きで好きでたまらないようですから。丁度いい、色々劣情をぶつけて俺の思うが儘に権力を握ろうかなって思ったんです。
若気の至りで」
「お前ええええ!!若気の至りで済ませない発言だぞ、許さん!!」
この野郎、軽い口調で体重を掛けてくるな!!
重いし腹立つし!!
「だから白状したでしょう。でも、あの王妃がユディトを突き落とすとはね……。仮にも人の父親を母から寝取っておいて、そりゃ無いだろうと思いましたよ。それで目が覚めました」
いやもう、ウチのドクズ母が根本的に悪いんだけど……ジルの家も大概だよな。親世代は大体こんなもんだと思ってるけど!!
いやでもジルも!!ジルも酷くない!?いや間違いなく酷い!!
「お前ホント最悪だよ!!」
「それでユディトは性格変わってるでしょ……。まあ、あのままちょっと病んだ無邪気なユディトも良かったんですが、こんな男らしくなるとは……」
「いい加減沈めるぞ!!」
もう嫌だコイツうううううう!!!ぶん殴っていいよな!?いいよな!?
でも何ていうか、何て言うか手が出ない!!悔しい!!
そんな好きでたまらないみたいな目で見て来るからああああああ!!
「な、何で言い出さなかったのよ。ひ、ひとの事を弄んだ訳!?」
「いえ?今のユディトに言ったら絶対ハキ湖に沈められますから言い出し辛かっただけです。機嫌のいい時に言おうと思っては居たんですけど、結構経ってしまいましたね」
「ふざけんな!!ホントふざけんなジル!!」
「でも、俺はユディト以外で発散してないですし、一応この歳迄操を立てて来たんですから許してください。俺、天才では有りますが情緒も性癖も普通の野郎なんですよ?」
「……」
うん?
ちょっと待て。私以外で発散してないって、どういうことだ!?身に覚えが全く無いぞ!!
……まさか、コイツ……。
「……おいジル」
「はい、ユディト」
何そのその真剣なツラ。マジ叩いてやりたい。
「その、お前……」
「ユディトって夜寝るとホント寝汚いですよね」
この野郎!!
て言うか、寝汚いってなんだよ!!何でお前そんな事知って……知って……。
……いや、でも……王女の私の不寝番は居ないだろ?まさか。
「お前、まさか……人の部屋に忍び込んでたの!?」
「元王妃の取り巻き共がユディトの寝所に忍び込もうとしてたので、撃退はしてました。そのついでに」
「ついでにじゃねーよ!!知らせろよ!!」
「番の安全に配慮するのは獣人として当然なので、職務外業務です。追加給は結構ですよ」
「………」
いやコイツホント何してくれてんの?私がおかしいみたいなノリで何言ってんの?
さっきまで優し気に見えてる紅茶色の瞳の奥が滅茶苦茶怖くなって来た。聞けねえと言うか聞きたくねえよ。
……獣人だと思ってなかったから、その。
いきなり獣人らしくなってねえ?おかしいだろ!?まさか獣人らしさも半減してたの!?
……あの刑罰、碌でも無いな!!さ、再考しなおさないと。
いやでもジルみたいに10日を10年以上つけっぱなしって自体がおかしいんだけど!!
「……………この国の獣人はガキの頃からロクデナシしかおらんの!?」
「さあ。余所の国の獣人のウサギ姫も大概でしたね」
「……獣人自体が碌でもねーのか……」
「失礼な。それならマトモを気取るユディトは無理矢理手篭めにされたとは聞かないんですか?当時大人しかったと言いましたよ?」
……そういや、そう言う可能性も有るのか。
でも、結構とんでもないことを聞かされたが……腹は立つが、ジルと関係が有ったと言われても嫌じゃない。
寧ろ両想いだったのかという変な感情すら浮かんでくる。
おかしい。被害者っぽいのにおかしい。いや、同意の上なら、被害者じゃないんだが。
ジルだからとんでもない過去を聞かされても嫌じゃない。おかしい。他人事ならおかしいぞ目を覚ませって事態なのにおかしい。
「こ、言葉巧みに丸め込まれたかもしれんが、無理矢理じゃないだろ」
「……丸め込まれた自覚は覚えてるんですか?」
「いや?だって、今私はジルが普通に……」
「普通に?」
「……」
何を言わせたいんだコイツは。
距離感がおかしい!!
「ユディト、まさか俺を選ばないとこの期に及んで言いませんよね?」
「いやだから」
「物理的な懸念の材料なら俺が払拭してあげます。同年代に俺の正体をバラしたら味方になってくれるでしょう。特に、諮問議会に入るのは面倒ですが」
「いや、だからな」
「だから、ユディト。存分に俺に愛を囁いて下さい」
……いや、だから……。何でそんなグイグイ来るの!?分かるけど、分からない!!
「ま、未だ色々聞いてないだろおおおおお!!」
「大体分かったでしょうが」
「分かったけど分かるかああああああ!!心の準備とかいろいろさせろ馬鹿者ーーーーー!!」
「モダモダまどろっこしい。時間なら10年以上あげたでしょうが」
そ、それでもだ!!私が10年以上悩んでた出来事はスッパリ思い切れないんだよおおおおお!!
ジル、はっちゃけております。
自分で天才と名乗る方はどうやら碌でも無いようですが、碌でもない目に遭っていたようです。