扉と記憶の先に踏み込んで
お読み頂き有り難う御座います。地味に間が空いてしまってすみません。
ジルは何をしてやがるんだろうな。もうちょっとジョゼ卿をシメとくべきだったか?
……ズンズンと、王宮の景色が後ろに流れて行く。……よっぽど夢中で歩いてしまったかしら。
……若干踵が痛い。だけど止められない。
目の前には……豪華と悪趣味紙一重の扉が数枚隣合っている。どれもこれも……若干模様が顔に見えなくもない不気味な造り。いや、欲に狂った奴の好みには合致してるのか?
でも、人通りも少ない此処は、小さい頃に迷い込んで怖くて……手を繋いだ誰かが連れ出してくれて……でも、本人の膝も笑ってて……結局貴方も怖かったのね、有難う優しいわって笑って……いや?
小さい頃?……11歳以降の話、だっけ?誰と?
……私、此処が怖かったことが?
うーん、思い出せん。
……誰が?
「ジル、居んの?」
黄金の餐宴の間。この幾つかある派手な扉の中でも……ド派手だな。
一応良いものかつ、そこはかとなく悪趣味……。マトモな感性の人間なら少し躊躇うような。
まあ、躊躇う奴はこの取っ手握らないけど。
……何回か来たけど、私が躊躇う必要は無い筈なのに、握りにくい。
「おりますよ、どうしてこんな怖い所へ来てしまったんですか?ユディト」
淡く響く、高い声がする。昔、その声のひとに手を引かれて、つんのめりながらも歩いて……。
手を?
誰に。
……!?ジル?
うん!?今、小さい男の子の声がした気がしたんだけど!!
や、止めろよな?
まさかのまさか、オバケが急に見えるようになった!?いやいやいや!!此処、大人の処刑場だから!!子供は子供で処刑場有るから!!まあ、滅多に使われないけど、偶に使う事もある。
……子供は子供で救えないのも居るからな。……でも、あれは?
……?さっきから何なんだよ、ちょくちょく頭が……。寝不足のせいか?
って、そうじゃない。いや、そっちも国策としては重要だけど。
……処刑の云々を考える為に此処に来たんじゃない。
扉は普通、閉まっている筈。
だけど……黄金の取っ手を取ると、あっけなく開いた。
其処には……。中身は知ってる。ド派手な見せかけだけの調度品が並び、偶に本物が混じっている……処刑人同様キンキラした部屋。
ガリガリカリカリ、と紙をひっ掻く音。
バサバサ、ガサガサ……って紙が積み重なっては雪崩を起こしている。
………。
……………?
な、雪崩?何で?
何だよこの紙の山は!?
ちょ、確かにこの黄金の餐宴の間は……食事を使うから、大きな晩餐用のテーブルが有る。
……書き物に使われてんの、見た事無い。
私が修羅場の時並みに紙が山積み……。ど、何処から持ってきた!?何この量!?
「ちょ、ジル!?」
「何ですかユディト」
見回したら、山と積まれた紙の中にジルが居る。まさか、昨日からずっと!?何でこんな所に……。一応暖炉に火は入ってるけど、長居しないから防寒に優れた部屋じゃないし、寒いだろ!
狼狽える私を余所に、ジルは見た事ない位紙に埋もれてる。……お前、書類仕事そんなに好きじゃ無いよな!?何これ!?
何処に人が居んのって位、散らかってるぞ!?
誰が片付けるんだよこの量を!!何をこんなに書き散らす!?
「て言うか何でこんな紙だらけに!?オバケ居るより吃驚したわ!!」
「………ユディトはルディ様じゃないんですから、オバケが見えないでしょう?」
「いや見えないけど!!突然見えるようになったりとか!!」
「新たな能力に目覚める歳でも無いでしょう。子供でも無いのに非常識な……」
何なんだコイツは!!ホントにブン殴りてえ!!私が温厚な王女で命拾いしたな、と怒鳴りそうになって、異変に気付く。
珍しくというか見た事ない位、ガリガリガリガリ……私と話しながら手は動かしたまま。懐かしい。
待てよ、ジルが、書き物してるのが何で懐かしい?
「ユディトは俺のことをどれだけ知ってますか?」
「ハア?ジルの?」
何を言ってるのコイツ。死ぬほど側に居るんだから、結構知ってるわよ。と、返そうと思ったら……強い視線にぶつかって、言いかけた言葉が消えた。
何を?何を言わせたいの?
「ジルは、フランジール・ノイエンドーヌ」
「はい」
「ノイエンドーヌ子爵の長男で私の近衛騎士。幼馴染み……口が悪い、怠け者、腹立つ」
「………散々ですね」
「この上なく正当な評価だよな!?」
「他には」
「他?」
「ユディトは俺の種族を知ってる筈です」
種族?
種族は……確か……種族?
普通に、人だよな。え、何なのこの喉の引っ掛かり。私は何を思い出せない?
「俺は獣人です」
「………………んん!?」
人が悩んでるっつーのにジルがとんでもないことを言い放った。
じゅ、獣人!?
え、何処が!?ジルが?獣人!?
………目を凝らしても、分からない。何時もの見慣れたジルだ。噛み犬や子犬ちゃんみたいに、特徴は無いよな。
……黒猫卿やギー卿みたいな完全に変身できる奴は、なの?
み、見たこと無いぞ!?
「んんんんん!?」
「正しくは、先日まで枷を嵌められていた獣人です」
「枷!?は、何処に!?」
え、ずっと側に居たのに、枷!?何処に!?気付かなかった!!
誰が枷なんて嵌めた!?一体何処の誰だよ!!私のジルに何てことするの処刑………いや、私のジルってなんだよ。落ち着け私。話を聞いてからじゃないといかん。ジルに枷なんて嵌めた馬鹿野郎の処刑は確定だがな!
「て言うか、獣人って、何の!?」
「知りたいんですか?」
「お前、此処まで焦らしといて話さないなら捻るぞ!?」
「………知りたいから教えて?って可愛く言えばいいのに」
何なのその仕方ないなあ?みたいな顔は!!ちょっと絆されるだろ!!
があっ!!怒鳴りたい!!
其処眉間に手を当てて溜め息吐く場所じゃ無いだろ!!
「ユディトは見た目に拠らず読書家ですが、本に入りたいと思ったことは有りますか?」
何なんだよ!!
一々引っ掛かるし意味が分からんし!!
「は?それとこれとどういう関係が」
「俺の先祖は思いました。好きな本に囲まれて暮らしたい。いっそのこと本と一緒になりたい。伴侶にしたい。そんな夢物語を」
「…………」
ま、まあ、偶に居るよな。本に限らずそう言う特殊の……。
全く同意しかねるけど、別に面倒かけなきゃ好きにしてくれとしか。
「俺の先祖は天才でイカれてた」
「……つまり、本に……?えー……」
先祖に天才が居たって……?でも自慢してる口調じゃないな。
と、特殊だけど……。それ聞かされて私にどうしろってんだコイツは。この美貌にして仕事が出来る王女の私を以てしても全く理解が及ばんぞ?
「………と言うか、そんな特殊性癖を子孫に伝えなくてもよくないか。そっとしといてやれよ」
「そっと出来ないんです。形にしてしまったんですよ」
んん?
形に?
ど、どういうことだ?
形にって……?本を?
………………?
「……………いや、ちょっと待ってくれない?」
「何ですか」
「獣人は……生きとし生けるものから生まれる可能性が有るんだよな?」
「そうですよ」
「本は、生きてない」
「そうですね。生かしたんです」
「………いや、そんな狩った獲物をペットにするみたいなノリで何を言ってるんだ。…………本だろ?」
獣人の派生も訳解らんが、本が人間に派生する筈がない。
だってアレは人が拵えた物で、生きてない。
命がない物は、生き物になれない………筈だろ?
「………昔々あるところに」
「今度は何よ!?」
何でこの期に及んで昔話!?ジルでなきゃ話をぶった切ってブン殴る流れよこれ!!いや、今から殴る対象にしてもいいか!?良いよな!?ああでも、続きは気になる!!珍しく真面目な顔してるし……
「不死を望むイカれた王がいました」
「………まあ、珍しくは無いな」
……無いけどな不死なんてもんは。
王族に限らんが、自分が世界で一番最高であり、絶対だと思い込んでるアホが居る。
大体そういう奴が欲しがるんだよな。王族でも偶に見る。無害なら放っとくけど有害なら夢を潰して現実を見せた事もある……。
「イカれた王がイカれた人間を住まわせた『巻き戻しの塔』と呼ばれる所を造らせたんです」
「…………巻き………戻し?」
聞き慣れない単語だな。
巻いて戻す?巻くってことは紐か何か?
戸惑う私に、ジルはゆっくりと話し始めた。
童話でも読み聞かせられてる気分だ。話が荒唐無稽過ぎる。
「長い人生をグルグル巻いて、また始めから戻す。
そんな研究が行われていた実験塔です。其処では様々なイカれた奴が住んで居ました」
……………不死の研究………。無駄で暇な事をさせてんだな。つか、何時の時代の話だ?
今、そんな物騒な物は近隣で聞いたこと無い……。
「昔の話だ、よな?………それとジルの獣人に何の関係が」
「生き物の命を巻いては戻し、劣化させる。極悪非道ですよね」
「………」
決して強い口調じゃなくて、ジルの声は優しくて柔らかい。こっちの話を聞けよ、と強く言えない。
「イカれた奴等は、やがて何の実りの無い実験に見切りをつけ、飽きました。閉鎖的な彼等は、益々閉じ籠り……喚く外の人間に興味を無くしました」
「………それで本に入りたいと?よく解らんが……」
流石に無理だろ。いやまあ、そういう幻覚に浸るなら可能だろうが……。
「俺の先祖は本を愛しました。それも、自分のありとあらゆる研究を記した本です」
「…………」
自己愛の強い奴だな。いや、良いけど。
ただ、とても………聞いたことがある?柔らかな、高い男の子の声で語られた事がある?
何で?
「生きてない物を愛した先祖は、生きていないなら生き物と混ぜればいい、と決断しました」
命を操ってきた奴等の決断。
それは……恐らく碌でもない、続きが………。
「魔道具と言うのをご存知ですか?命ある道具。死霊がとり憑いたとも言われる道具ですね」
「………おい、オバケの話に戻るのか!?」
「ご安心を。最早、失われた技術です。オバケは今、関係在りません」
今は関係ない。嘗ては関係有った。だから………いや、だから何だよ。何でちょくちょく、知識、いや記憶がフラッと入ってくるの?
「………」
「巻き戻しの塔が魔道具を生みました。イカれた奴等の花嫁としてね」
……………。
喉がカラカラで引き攣る。
知ってる?いや、分からない。
私はこの先の話を、忘れている?
「ご安心を。俺は本にはなれません。子孫は知りませんが」
「………いや、ちょっと待って。あっ!!」
私が動いたせいで、ジルの周りに重ねていた紙が舞い散る。舞い落ちる。バサバサ、ハラハラと。ひらひらと。
びっしり細かい字の紙が落ちる様は………前と同じ。
前と?
何時の話?
「俺の種族は魔道具『記録帳』。目に写る現在を書き記し続ける種族です」
「現在を……?
ルディとは逆だ。いや、同じ?でも書き記した時点で、過去となる……?記録は、過去?」
「思い出して来ましたね。俺が貴女に教えたことは、完全に失われていない」
「…………何が有ったの」
私は何を忘れたんだ?何故今、口から色々知らないことが出てくるの?
「10歳のあの日、貴女が俺に記帳して、誓ったんですよ」
………いや、記帳って何。意味が分からん。
ジルの紅茶のような赤い目に、首を傾げる私が写っている。
目が、囚われる。
「ユディト。お前はその手で俺の花嫁だと、俺に。あの日、書き記したんだ」
はなよめ。
花嫁?
前に、聞いたことがある?言われた?
…………顔に血が昇る。じわじわと、血が昇る。声は違う。でも前と、同じ?目が、あの目の色が同じ?
『おれに書いて、ユディト。消えちゃうけど、書いて』
白い腕に、名前を書いてと。珍しい柔らかく丸く削られた先のペンを差し出してきた、あの目が。目の前に有る。
………いや、思い出したこともない話が浮かんでくるのは何!?妄想!?
だ、だけど………。やけに、現実的だ。
「嘘だ、ジルは私に……私は婿を探して。でもジルは長男だし、ジルとは結婚出来なくて」
「そんなのどうでもいい」
…………!?
いや、ええ!?ホントにジルの科白なの?
どうでも良かねえだろ!?跡継ぎが、私達は跡継ぎ同士で……。
「枷に阻まれて、言えませんでしたが」
紙は全て床に落ち、絨毯を白く覆い隠している。
ジルは私の手を取った。
何時も嵌めてる手袋を、していない。
………ペンだこと、剣だこが出来た固い手。
前はペンだこだけだった。
前は?
ジルの手を握ったことは………有ったか?
「獣人は番を違えないし、俺の記録はもう間違わない」
ばさり、と紙の落ちる音が聞こえた。
あの時と同じ口付けが、私にも落ちた。
やっと、恋愛パートぽくなってきました。
次はユディトとジルの過去話で御座います。