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暗黒魔術師、六条くん。  作者: よしふみ
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第四話     暗黒魔術師、六条くん。

幕間劇    六条日暮の日記。



 ―――ヒトのことをとやかく言える立場じゃないが。そいつの兄妹関係ってのも、中々ユニークだった。まずは、血がつながっていない。一目瞭然。白人とのハーフの妹と、アジア系にしか見えないそいつ。そいつらが兄妹やってたら、ちょっとは察するものがあるだろう?……そう、義理の兄妹さ。うちとは違ってね。

 そいつの父親と、あの子の母親が再婚したのさ。それで、ふたりは兄妹になった。同学年だけど、そいつの方が二ヶ月早く生まれたから、兄貴にされた。その新しい家族はそれなりに幸せだったんだよ。親たちの仲は良かった。そいつらも仲良かったんだろ?じゃなきゃ……こんなことにはならないわけだしね。

 父親が交通事故で死んじまった―――それが悪い運命の始まりだったんだ。彼のことを愛していた妻は、心を大きく病んでしまう。暴力を振るう前の夫とは違い、彼はとても優しかったのさ。その彼を失った絶望は大きく、彼女は心を蝕んでしまった。

 壊れた彼女は『グラン・グラール』の仕掛けにハマった。そのときのアイツは、新興宗教の形態を模写していた。彼女に宗教家として近づいて、観察したのだろう。そして、彼女の絶望と愛の深さに感づいてしまったようだ。だから、彼女はアイツの分身の一体に取り憑かれた。ヒドいもんさ、彼女はけっきょく歪んだ愛を実践してしまう。

 旦那の連れ子を溺愛した。いろいろな意味での溺愛だ。おぞましいが、彼女にはそれが正義だった。旦那を失ったのなら彼を作り直せばいい。そいつのことを彼女は旦那の名前で呼び、風呂にも一緒、寝るのも一緒……そいつを愛と言う名の虐待にさらした。

 夫を『復活』させようとしたのさ。当たり前だが夫に似ているそいつのことを、夫に見立てた?……いや、それ以上だ。夫の魂をそいつに入れようとしたんだよ。たしかに、『復活』と言えなくもない。いつもの通り、『明らかに間違った復活』だがな。

 悪魔は常に代償を求める。そうした方が人間がしっかりと自分の言いなりになるからだろう。悪事を働かせばいい。罪悪感で縛るのさ。なにせ、ヒトは己の罪を許して欲しがる動物だ……オレにはそれが痛いほど分かる。『グラン・グラール』は彼女に、自分の産んだ娘を殺せと命じていた。その子を『生け贄』にすれば、夫の魂を作り直せると騙してな……いや、アイツなら実際にそれもやれたのかもしれないが……。

 愛ゆえに、彼女は暴走した。壊れすぎていた心は、そのころには自分の娘のことを邪魔モノだと思うようになっていたようだ。娘のことが、夫であるそいつとの二人っきりの生活を邪魔する女にしか見えなかったのさ。そして、厄介なことに、あの子はそいつに惚れてたんだよ。同い年の男の子だ、そういうこともあるだろう。

 虐待に晒される兄妹は、お互いを求めていた。子供じみた範囲でな。おそらく、母親は、その兄妹たちがキスをするのを見ちまった。多分だが、妹の方からしたんだろう。兄はいつでも自分を庇ってくれる存在で、ヒーローだった。

 恋愛の萌芽か?それとも信頼の証?……どうあれ、母親にとっては、愛する男を奪う魔女の口づけでしかなかったのさ。

 怒りと嫉妬に狂った彼女は、愛娘を生け贄にすることを選んだ。心を揺さぶられちまったことで、本格的に壊れちまったんだろう。彼女は人格の全てを『グラン・グラール』に取り込まれてしまったんだよ……ヤツの悲しい実験動物と成り果てていた。

 妹は殺されそうになったんだ。母親が彼女を包丁で刺したから、何度も何度も。致命傷だったはずだ。傷の深さは十分に動脈に達していたはず。でも、兄は彼女を助けようとした。母親ともみ合いになった。そのまま、もつれて転けたのさ。

 そいつは母親の手から包丁を奪い取ろうとしていただけなんだ。それだけだ。ヒトを傷つけられるタイプの子じゃない。母親の悲しみも絶望も、そいつは理解していた。いい子なのさ。本当に。偶然さ、もみあって転んで、その包丁が彼女の腹に突き刺さったことなんてのは……だいたい、子供の力じゃあそこまで刺さらない。

 でも、そいつが血にまみれた包丁を握っている姿を見てしまったあの子は、大きなショックを受けたのさ。大きなショックだ。大好きな兄が、母親を殺してしまったように思えてしまったのだろう。失血の影響も大きいだろうし、『グラン・グラール』の力も働いていたんだろうね?その女の子もヤツの実験動物だったんだ。

 度重なる心身のショックの果てに、女の子の心は、そのとき死んでしまった。それから先は何にも反応を示さなくなってしまった―――痛まし過ぎる記憶ごと、自分を封じてしまったのだ。哀れな娘だよ。

 自我を壊した小さな女の子と、それを見て絶望する男の子。死の間際に、自分の夫と子供たちの名前を口にした女……オレがたどり着いたのは、そのときだ。オレたちはいつだって遅れるんだよな、アン。オレたちで『グラン・グラール』の分身体を処分した。事象の変換が発生する。悪魔のしたことは、なくなり、結果のために原因が歪む。

 ……今回のはサイアクだった。ただの被害者でしかない小学生の男の子が、母親を殺したということになってしまった。『母親殺し』。ヒドすぎる罪だ。

 オレとアンで政府に掛け合った。『グラン・グラール』対策に負われるあの無能どもは、オレのご機嫌を取るのに必死だった。オレが諸悪の根源でもあるが、オレしか世界を救える男もいないからな。

 国民にバレる前に、ヤツを倒して欲しかったんだろうが―――まあ、それはいい。

 オレとアンでそいつを引き取ることにしたのさ。魔術で認識を弄ろうとしてみたんだが……まったく、上手く行かなかった。そいつには暗黒魔術師の……あらゆる魔術師の霊長という素質があったからだ。『グラン・グラール』に操られることもなく、悲惨すぎる現実に心が壊れてしまうこともなく、あらゆるまやかしも歪みも、あの瞳は見抜いていたんだよ。だから、オレとアンはその強さに託すことにした。『誓約魔術』だ。まあ、大きな代償を用いることで、願いを叶える『魔法』を振るうのさ。

 そいつが願ったのはさ、妹の記憶の封印。暗く悲しい過去を、全て忘れさせてくれと祈った。妹だけじゃ足りないから、できるだけ多くの……より広範囲の認識を歪めてくれとな。それえだけの改変は、魔術ではムリ……『魔法』を使うしかなかった。

 オレとアンとそいつで、『魔法』を使った。その代償は?……そいつの『存在』そのものだった。そいつは世界からいなくなってしまう。いた事実が消えてしまうという、とんでもない代償だ。オレには、そんなこと、とても出来そうにない。オレにだって、一応功績とかあるんだ。執筆した書籍もある。オレだけが間違っていたんじゃないって、証明するために必死で書き続けた言い訳だってあるんだぞ。それらが消えるのは辛い。

 でも、小学生のそいつは迷うことなく、『魔法』を実行したのさ。

 妹のためにだ。そこまでやれるシスコン、見たことねえよ。それをしちまったらよ、その妹にさえも忘れられてしまうんだぞ?自分の存在がさ?……それなのに、そいつは選んだんだよ。迷うことなく、自分という『存在』を差し出して、妹を救った。

 世界は書き換えられたのさ。もろもろの悲しい物語は焼却されて、なかったことになった。妹は元気になった。自分の過去さえ忘れている。用意された新たな過去は、孤児院で育ち、今のやさしい両親に引き取られたという記憶に変わった。彼女は、幸せな人生を取り戻してみせた。奇跡だとアンは言った。オレも、反論しなかったな。

 この力は、もっと研究して『グラン・グラール』に使う予定だったが……驚くことに、オレの『弟子』みたいなモンが先に実現させた。覚悟を見せてもらった。『アンサング・ヒーロー/謳われぬ英雄』……その真の力と重さを、あの目つきの悪いガキは、このオレに……天才外科医にして今じゃ暗黒魔術師の、六条日暮さまに見せつけたのさ。

 気に入ったから。そいつに名前をくれてやった。そいつは本当の名前さまも失ってしまっていたからな。な?『存在が消える』ってのは、怖いことだろ?……そいつは自分の親がつけてくれた名前さえも、もう永遠に思い出せやしないのさ―――。

 それでも、これで良かったと、ほざきやがった!!

 くくく。スゲーよ。コイツはさ、いつかアンを引き継ぐだろう。もしも、オレが『グラン・グラール』に敗北しちまっても、コイツがいれば代わりに世界を救うだろう。

 だから、六条の名をくれてやるぞ、名無しのバカめ。

 それはオレとアンの名字だよ、つまり、オレの家族にしてやるぞ、目つきの悪い貴様をな。名前の方は、アンが決めちまった。オレの方がもっとカッコいい名前を考えつけるはずだ、知能指数はオレのが高かったんだから。

 でも、なんでかその冴えない名前を気に入っていやがったな。なんつーか、あんなに気に入られちまっていたら、取り上げられるかよ。二度も、ガキから自分の名前を奪うなんて悪行……オレには出来んわ。だからよ、お前の名前は『六条律』だ。覚えておけ、こいつだけは二度と忘れるんじゃねえぞ。

 へへへ。オレたちみたいな危険な連中の『家族』になっちまったんだ。覚悟しとけ。お前は可愛らしい生き方なんざ出来ねえ。三つ子の魂なんとやらだ。お前は、オレたちがいつかお前に託す力で、他人のために命を削るような戦いをするようになる。

 お前はそんなヤツだ、律。

 世界を律する、法則となれ……悪魔を仕留めて、世界を正せ。

 お前が悪魔のせいで悲しむ者たちを見捨てておけないのなら、オレが創って、アンが託す『アンサング・ヒーロー』の力で、どうにかしてみやがれ。

 そして、いつかオレにはなれなかった本物のヒーローになってみせろ。大切な者のピンチには遅れず駆けつけてやれ。ヒーローは、いつも出遅れちまうけど、本当に大事な時には、空も飛んでいいから駆けつけてやるんだ。

 オレの予感じゃよ……神さまって不確定な存在のヤロウはよう。時々、ヒトに奇跡ってものをくれてやるもんだ。お前ぐらいバカな滅私奉公人間にはよ、オレと違って神さまがサービスのひとつやふたつくれてやるに違いねえさ。

 だから、もしものときは急げよ、六条律。

 世界は、救わなくていい。そっちは、オレがどうにかしておくから。

 だから。お前は、お前の物語を完成させちまえ!!

 お前なら、絶対にどうにか出来るさ。

 いいか、これは、お前の物語だ。

 誰でもない、お前だけの物語!!

 六条律の物語だ!!



第4話    『暗黒魔術師、六条くん。』



 オレの名前は六条律。でも、それは本当の名前じゃない。本当の両親につけられた名前は覚えていない。今、オレにあるのは日暮のヤツがくれた、六条という名字と、アンがつけてくれた律という名前だけ。

 記憶も虫食い状態だ。七瀬のことを『妹』と認識することは、まだ完全には出来ない。知識で理解しているだけに過ぎない。記憶はほとんどない。オレの記憶を、アンに捧げて、『魔法』を使ったはずだから―――だからこそ、詳しくは覚えていないのだが。

 ……そうだ。オレは七瀬を『妹』とは思えない。失ってしまった記憶や、自分という希薄な存在……それがオレを不安定にする。オレの戦い方は破滅的らしい。たしかに、そうなのかもしれない。

 過去が希薄なオレは、オレ自身をそんなに価値ある存在と思えないのだろう。

 オレは、誰だろう?六条律だ。だが、六条律とは誰で、何なのだ?……暗黒魔術師か?六条日暮の継承者?それとも、『母親殺しの少年E』か?……それらはどれも正しいはずだ。全てがオレのはず。理解していることは、そこそこあるんだ。

 でも、それでも。オレにはずっと何かが足りない気がしていた。それを求めて、学校へ行くのをおろそかにしてでも、街を徘徊し、誰かに絡まれながらも、悪魔を探し出し、仕留めてきた。あれは、悪魔という己のアイデンティティに忠実なバケモノを狩ることで、オレそのものが何なのか定義したかっただけなのかもしれない。ヤツらへの怒りだけは、オレの本性だと確信が持てるからなのかもな。

 オレは、けっきょくのところ自分を理解してはいないのだろう。

 ……だが。それでも、すべきことだけは分かる。なぜだか悪魔を許せない気持ちがわいてくるのだ。アンと同じだ。許せない悪魔を見つけて処理する。それが、オレの役目だ。他には、何にもない。それをしなければ、オレは誰でも無くなってしまう……。

 オレはかなり本を読む。たくさんの本を読んできた。なぜか?オレが誰なのかを考えるためだ。たくさんの本を読んで、たくさんの物語に触れた。でも、オレはその本たちの中には存在していなかった。現実にさえ存在しないオレは、空想の世界にも移入できる存在を見つけられないままだった。

 ―――いつしか、オレはあきらめていた。ただ戦うための存在になろうと願うようになった。戦闘術を鍛えあげ、悪魔との戦いに夢中になる。アンが学校へ行けと何度も言ってくれていたが、オレはどこか拒否して戦いを求めた。

 戦い続けるのは、楽だ。自分を感じられるから。オレは痛みや苦しみや、怒りをあらわにすることでしか自分を認識できない。オレのアイデンティティはナイフと同じ。戦いのためにある。そこで消費されていき、いつか折れて消えるのだ―――日暮のように。

 それでいいと思っていた。

 ……でも。今のオレは、そうなりたいと願ってはいない。

 少しだけオレの人生は変わった。悪魔と戦いつづける日々だが、それだけじゃなくなっていた。七瀬はいつもオレのことを追いかけてくれた。犬みたいだと思った。『妹』としての感情が、そうさせるのだろう。でも、ウザいとは思えない。むしろ、心地良さを感じる。オレが『兄』だからか?そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

 よく分からないが。オレは今とてつもなく彼女に会いたい。そして、彼女と一緒に食べに行くはずだった『たこ焼き』を食べたくてたまらないのだ。好物だったのか?自分でも、忘れていた。きっと、七瀬といっしょに食べると、何倍もおいしいだろう。

 出会いと言えば、一番坂という面白い男にも出会った。オレが『母親殺しの少年E』だと知っても、まったく態度を変えない男だ。拒絶するどころか、オレに興味を抱いている。あいつはバカで間抜けだが、それだけにまっすぐで、とてもいい人間なんだ。

 この二週間で、オレの人生は変わり続けている。まるで、フツーの学生みたいじゃないか?学校に通い、テストを受け、教師に叱られ、七瀬や一番坂といっしょにメシを食べた。なぜだか、それを思い出すと、オレは自分を少しだけ好きになれる。

 オレは変わり続けている。

 今日も、変な女に出会った。星光魔術師の千堂と、オレに『吸血鬼』の能力をくれた『緒方八幡月媛』だ。暗黒魔術師という存在の深さに、オレは触れた気がしている。

 ……千堂は土下座して謝ってきた。彼女が言うには、彼女の霊獣『白尾千百』が『聖杯因子』に触れて狂わされたのが今回の原因らしい。妹の治療のために『白尾千百』と一緒に『聖杯因子』を探し続けていた千堂……因子をコレクションしていったその過程で、いつの間にか『白尾千百』は制御された霊獣ではなく、『復元』の悪魔として力と性質を蘇らせていったようだ。

 そして、おそらくヤツは悪魔に戻ってしまった。悪魔として活動しはじめ、千堂の心に催眠をかけて操り、千堂の妹を宿主に選んだ。そのあげくオレたちを襲って七瀬を奪っていったというわけらしい。ヤツは、七瀬に刻まれた日暮の術を読み解くことで、『聖杯因子』の回収率を上げるつもりだろう……七瀬が心配だ。

 千堂は泣いていた。そうだ。彼女にとって、『白尾千百』も操られている妹も大切な存在だ。オレは、自分とアンと七瀬を連想せずにはいられなかった。兄としての記憶が希薄なオレでさえ、これだけ胸が苦しいのだ。彼女の苦しみは、計り知れない。だから、オレは彼女を責める必要を見つけられない。

 ―――そうさ。「一緒に戦えばいい」。「取り戻すぞ」。オレの言葉に、アンも一番坂も千堂も、うなずいてくれたのだ。それが答えでいいのだ。

 ああ。オレが誰だとか、そんなことは関係ない。そんなものは知ったことじゃない。

 やらねばならないと心が叫ぶことがある。ならば、それをするだけだ。

 オレの名前は、六条律。

 これは、オレの物語だ。



『飛行制御装置順調……現世の方が観測機器が正常に作動する分、飛びやすいわね』

 アンの声がそう告げる。『シャルトエン』をまとったオレは、東京の上空300メートルを飛行中だ。『栄養』を補給したオレは、魔界を出て現世に戻った。そして、そこで『シャルトエン』を装着し、翼を広げて飛んでいるというわけだ。

 目的地は、『HUDヘッド・アップ・ディスプレイ』に表示されている。千堂家のビルだ。そこが千堂の家であり、『白尾千百』の巣だった。つまり七瀬はそこにいる。

「……急ぐぞ」

『早すぎてもダメよ。月媛の影響で律の身体能力も上がっているし、『食事』のおかげで元気になれたみたいだけど、仲間たちと連携するのが今度のミッションの要点よ』

『―――食事って言うんじゃねえよ、この悪魔。あれは、オレさまにとって悲しい思い出なんだからな?まったく、男に襲われるなんて……屈辱すぎるわ……っ。こんな緊急事態じゃなけりゃよ。三週間ぐらいは引きずったハズの大事件だからな!?』

「ふふ。すまなかったな。だから、追試のサポートはする」

『おう。それは当然の慰謝料だ。オレさまを押し倒して襲いやがった罰だぜ』

「……しかし。あれは、なかなか美味かったぞ」

『やめれ!ゾッとするわ。二度と吸うな!?……吸うなら、委員長のにしてやれ』

『そ、そんな!?破廉恥ですよ、一番坂さん!?』

「そうだぞ、虎。女性を襲えとか言うなんて、ヒドい話だ」

『ホントよね。鬼畜の思想よ。この女の敵!!外道!!変態!!』

『ボロクソ言いすぎだろ!?……てか、おい、お前。オレさまのこと虎って?』

「ダメか?」

『ククク。いやいいぜ、『律』。好きに呼びな』

「ああ。お前とは、深い仲になってしまったからな」

『BL……BLっ』

『タンデムシートの千堂さん?通信オープン回線だから聞こえてるぞ?』

『わ、わあ!すみません!いいと思います、それはそれでアリですよ!?』

『いや、ねーから。はあ、魔術師の女は、どいつもこいつも変わってやがるな』

「……緊張感にかけるな。だが、不思議だ。それが心地よくもある」

『自分たちのペースでいいのよ。このメンツのペースはコレなのよ。律、イイ感じにバイタル安定してきているわ。戦いの前に、これだけ貴方の心が静かなのは、初めてのこと。きっと、いい変化よ?今の貴方は鋼の強さと、疾風のしなやかさを併せ持つ』

「……なるほど。体現してみせる」

『うーし。目的地が見えてきたぜ?魔界と現世ってのは、リンクしてるんだな?』

「そこそこな」

『まあ、攪乱ぐらいにはなるんだろ?……千堂サン。魔界とはいえ、自分ち爆破するのは気が引けるかもしれないが……いっちょ、大砲決めてくれねえ?』

『ラジャーです!!いいですか、六条さん。対象物を破壊すれば、現世のビルは『隠蔽』の防衛術式が展開します。そうなれば、どれだけ暴れても、世間様に感づかれることはなくなるでしょう。遠慮なく、上から攻めて下さい。白尾は、最上フロアにいるはず。あそこが彼女の魔力が最も高まる場所だから』

『つまり、強くなっているのね?全盛期から比べて、どれぐらいかしら?』

『月媛から回収した『聖杯因子』が、どれだけ『グラン・グラール』やあの子と互換性があったかにもよるでしょう。でも、私の試算では、95%~120%と予測していた』

『全盛期より2割増しで強いってのか?……あー、そっち行きたかったなあ』

『ほんと、戦闘狂よね?なぜ、その熱意が勉学に向かないのかしら?残念な子ね』

『うるせえ。オレさまが学問まで優秀だったら嫌味すぎるだろ!?』

「おもしろい男だな、虎は」

『……まあな。惚れんなよ?』

「さあ。どうかな?」

『だあ!もう、からかうなって!?鳥肌立っちまっただろうが!?……いいか?今度もセコいことしやがる敵なんだぞ?罠には気をつけろよ?絶対に何かあるだろ?』

『千堂の娘。心当たりは?』

『……うーん。ありすぎて……魔術武器の宝庫ですよ。2年前は最前線基地でしたし』

「最も危険な兵装は?」

『核兵器―――いや。でも、あれは起動スイッチが政府に没収されて』

『……あれ?オレさま、変なコトバ聞いた気がするんですけど?』

『え?ああ、そうですね、一般のご家庭にはありませんよね。まあ、ウチに保管されているモノだって、別に戦略核とかじゃなくて、カバンに入るぐらいの小型核兵器で』

『ほうほう、そいつは家庭的だ……って、ならねえからな!?』

『なるほど、『グラン・グラール』用の決戦兵器ね……魔術が施された特別版のはず。魔術師が参加していない現状の政府や自衛隊じゃ、持て余すのは必至ね』

『……隣のクラスの地味系女子が、そんなハードなお家のヒトだなんて』

「人生の出会いに感謝だな。見識が広がる」

『広がり過ぎてガバガバだ。もう宇宙人とか見ても、オレさま驚かねえよ』

『面白そうね。吸血鬼とも会えたわけだし。『フラれ王伝説』、次の展開は宇宙人と吸血鬼少年との三角関係ね。王の道って、険しいのねえ。キャハハ!』

『この悪魔め!?オレさまの青春が変な方に転がったのを喜んでるんじゃねえって!あと、後ろの座席のヒト?小さい声で。BL、BLブツクサ言うのやめれ』

『すみません!つい……あ。ここで止まってください!!いい場所です!!GPSによれば、私の家の変電施設がある場所ですね。ここから現世に向けて術砲を撃てば、秘密裏に設備を壊せます……そこが壊れれば、我が家は自動的に『隠蔽結界』が作動する。そうなれば、大暴れ出来ますよ』

『……千堂家というか『鎮目』の東京支部とは一切の通信が取れないままね。千堂の娘からの連絡もシャットアウトしているということは、おそらく所属の魔術師全員が『白尾千百』のコントロールに置かれていると見ていい』

『魔術師ってのは、抵抗力?が強いんじゃ?』

『フツーはそうよ。でも、星光魔術師たちは、ヤツの力を借りている魔術師たち。むしろ洗脳されやすいはずよ。まあ、個々の精神操作の度合いはどうあれ、敵対行動ぐらいはしてくるはず。彼らとの戦闘は避けられないでしょうね』

『ですが、彼らは操られているだけ。落ち度はありません。だから、私と一番坂さんで陽動をしかけます。そして、武器庫に立て籠もる。あそこは千堂家の者しか開けられませんし、どこよりも頑丈です。それに、核兵器だけは確保しておきたいですし』

『……核兵器って、近寄っても大丈夫なのかよ?放射能とかで被曝とかしねえ?』

『はい。大丈夫ですよ、想像以上に小さなモノですから。封印もされていますし』

『何事も経験よ』

『核兵器のある武器庫に立て籠もる?……どんな高校生活だっつーの?でも、まあ、こっちは任せろ。核兵器と、警備の魔術師たちは、オレさまたちが引きつける』

「ああ。おびき寄せてくれ。無意味な戦いはしたくない。だが……ヤツは仕留める」

『そう。『白尾千百』だけは別よ。あいつとは決着をつけてやるわ。千堂桃華。最悪の場合、『白尾千百』は完全焼却するからね』

『……はい。あの子は、それだけの罪を犯していますから。ですが、可能な限り『聖杯因子』の排除と…………いえ。どうか、『妹』の救出だけは、お願いします』

「もちろんだ。オレにも、『妹』みたいなヤツがいるからな……」

 そうだ。助けてやるぞ、七瀬も。千堂千早も。

『……では。ロケットランチャーで撃ち抜きます!!5、4、3、2……発射、今!』

 ドガシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンンンッッ!!

 巨大な爆発音が無線越しに響く。そして、次の瞬間、その音にリンクして、現世の千堂ビルも停電する。直後、けたたましいサイレン音が響き、千堂の言葉のとおりに、『隠蔽魔術』が展開されていく。

 襲撃の事実さえも隠すのか?……秘密結社らしい思想かもしれないな。

 いや……魔術師の存在と地位が社会的に消滅した今、自衛的な措置なのかもしれない。今の人間社会は、魔術師を受け入れられないだろうから。

 かつても迫害されてはいたが、その『かつて』よりも、今ははるかに人間社会とのつながりが希薄になってしまっている。もしも、魔術師という『脅威』を人間社会に気づかれたならば?……迫害どころか、殺戮の対象にされてしまうかもしれない。

 安全保障という意味で考えれば、オレたち魔術師は社会にとって大きな脅威ではある。たとえば、千堂の術砲やオレの『オーバー・イフリータ』だ。人口密集地帯でそれらを使えば?即座に数百人単位でヒトを殺せてしまうからな。

 この隠蔽の霧は……ヒトと魔術師のあいだにある壁だった。

 たしかに、お互いを知らなければ、平和でいられるのかもしれない……それが最善なのかは分からないが、現状では、その関係性と距離感がベターではあるのだ。

『フフフ。敵さんに動きがあるわよ。拳銃どころか、アサルトライフルまで持ち出してきている。重武装すぎるわ。たぶん、『白尾千百』の仕込みね』

「ふたりとも、気をつけろ。サポートがいれば呼べ」

『だいじょうぶです!短期間なら、私の術でも銃弾ぐらいなら防げます。その間に』

『バイクで武器庫にド派手に移動!!目立ってやるぜ!!空から見てな!!あとで、編集して寄越せよ?オレさまのバイクスタント・シーン!?』

『わかってるわよ。ほんと、アホな子ね』

 ヘルメット内のHUDにアンがハッキングした千堂家の監視カメラの映像が表示される。変電施設を映すそのアングルに、唐突な歪みが生じる。金色の紋章が生じて、現世と魔界の境界が崩れていた。空間の裂け目から虎のバイクが爆音を上げながら飛び出してくる。大型のバイクだ。まったく。虎め、なんて楽しそうに笑っているんだ?

『ハハハ!!こいつら、映画で見たメキシカン・マフィアみてえだぜ!!ガンガン撃って来やがるぞ!!ここは、マジでジャパンかよ!!ハハハハハッ!!』

 操られている魔術師たちは短気だった。玄関ホールだけじゃない、二階の窓や非常階段からも飛び降りて、虎と千堂の乗るバイクに殺到する。けたたましい銃撃戦の音が聞こえるが、不安を感じることはない。

 たしかに、あんなモノでは千堂のバリアを破ることは出来ないからだ。銃弾の全ては彼女の魔力に完全に受け止められる。素晴らしい術者だな。守りに関しては、暗黒魔術師のオレよりも、彼女のほうがずっと優れているだろう。虎は無敵のバリアを気に入っているのか、警備の魔術師たちのあいだをあざ笑うように走り抜ける。

『おー。撃たれるってこんななのなぁ。これ、バリア無かったら百回ぐらい殺されてそうだわ!しかし容赦ねえぞ、千堂ん家のガードマン、ちょっと派手すぎるんじゃね?』

『彼ら、操られているだけじゃないのよ。おそらく、興奮剤とかも盛られている』

『おいおい、ドーピング兵士ってか?……まったく、ガチで日本離れしているぜ』

「セックス観につづき、見識が広がったな」

『へ、変なこと言うんじゃねえよ、律……うわあ、思い出して首筋痒くなってくるわ』

『BL……って、一番坂さん!あれです!あそこの建物です!!』

『お。あれかよ。うーし。任せろ。こんなもん、楽なミッションだってーの!!』

 虎たちのバイクが倉庫のような四角い施設に向かう。そこが武器庫か。たしかに頑丈そうだな。あそこに立てこもれれば、安心だろう。上から観察する限り、警備兵たちの知性は薬物で低下しているように見えた。猟犬みたいに一斉に、虎たちのバイクに向かっている。おかげで、敵を引きつけるという作戦は大成功だ。

「あちらの経過は順調そうだ。アン。そっちはどうだ?」

『はいはい。こっちも順調よ。各階のシャッターを下ろして、敵を孤立させているところよ。電気も非常灯しかついていないから、迅速な動きは取れないはず。これで、ヤツらの連携はバラバラよ』

「……大勢じゃなければ、魔術で対応できそうだ。それで、七瀬の居所は?」

『掴めたわ。やはり、最上層フロアの真ん中……あそこが千堂千早の私室ね。そこに多くの電源や配線が注がれるように配置されている……フフ。治療してくれていたみたいね……いのりんの魔力を感じるわ。命に別状はなさそう。今のところはね。ただし』

「……そばに、『白尾千百』がいるのか。どの角度で突っ込めばいい?」

『HUDに表示する。誘導の通りに動いてみて。空中で旋回。速度と、角度を作りあげて、『ワイバーン・ストライク』でビルに風穴開けてやるわよ』

「大技だな?」

『あの建物、強度が半端ないの。巡航ミサイルぶつけられても余裕で建っているでしょうね。『グラン・グラール』戦における最後の砦だったというのは本当よ。でも、私たちなら貫けるわ。なんだか浮気された気持ちだけど、月媛にも感謝ね?』

 浮気?他の悪魔……いや、月媛は暗黒魔術師?いや、それとも、吸血鬼か?……まあ、他の存在の力を借りたことに、アンはイラついているのだろうか?

「……アンには、いつも感謝している」

『え?あ、ああ。うん、それは当然のことよね』

「そうだ。いつも一緒にいてくれて、ありがとう」

『……な、なにそれ、どーしたの?』

「オレにはアンがいてくれた。だから孤独じゃなかった。アンが学校に行けと言ってくれたから、そこに通っていた。おかげで、オレには『仲間』が出来た。ヒトとのつながりに、価値を感じられるようになった」

『……律』

「オレは、オレの物語をこれからも続けていきたい。何も無かったオレだけど、これからは、きっと、そうじゃないんだ」

『うん。そうね。じゃあ、コレがすんだら、どーしたいのかしら?』

「たこ焼きだ」

『え?』

「いのりを取り返したら、みんなで、たこ焼きを食べてみたいんだ」

『うふふ。ヒーローらしくないわね。なんだか、フツーの高校生みたいよ?』

「ダメか?」

『ううん。とってもいい目標じゃないかしら?……ねえ、律。ヒトとの絆を想うと、力がわいてくるでしょう?……ヒトにはね、きっと、『魔法』なんて必要ないんだわ。そんなの無くても、大切なヒトを幸せに出来る生きものなのよ』

「……そうだな」

『じゃ。行きましょう。さあ、律!空に軌跡を描きなさいな!!私たちこそが最強だってこと、『白尾千百』のバカに、教え込みに行くわよ!!』

「……了解!!」

 オレは翼に命じて、夜空のなかを踊るように飛翔する。音速を超える。『シャルトエン』越しに相当な重圧を感じる。だが、オレの肉体は今までよりもはるかに頑丈だ。月媛の力もあるが……心構えの効果もある。アンの言葉をオレは実践していたからだ。鋼の強さと、疾風の速さを併せ持つ。翼で奏でる風切りの音が、鋭くなった。鋭角的な動きのはずなのに、かかるGが減少する。

 加速しながら角度を変えた。世界が何度かぐるぐる回る。それでもオレはHUDに表示された進入角度を見失わない。空に描いた軌跡が、魔術へと変貌していく。紅蓮に輝く『アンサング・ヒーロー』の紋章の筆跡だ。

 最後に翼を羽ばたかせ、オレは夜空の高い場所に君臨する。空に紅く煌めく紋章の道が作られている。それらはオレを加速させる発射台だった。

『魔力充填完了!!行くわよ、律!ぶち抜きなさい!!』

「―――必殺、『ワイバーン・ストライク』ゥウウウウウウウウウッッ!!」

 翼を爆発させるように炎を噴き出しながら、オレとアンは加速していた。紋章の魔力に歪められた斥力が、オレたちを加速させるための電磁の道に化ける。加速する。音速に迫り、超え、マッハ2に近づき、それを抜き去り、紅い衝撃波を夜空に響かせながら、オレたちの『蹴り』は、『ワイバーン・ストライク』は千堂家のビルに突き刺さる!!

 ドガシャアアアアアアアアアアアアンンンッッ!!

 破壊の音楽とその振動を前進に浴びながら、オレたちはビルのやたらと強固な外壁を穿ち、その内部へと侵入を果たしていた。

 広いホールだった。いや、さすがにこれは広すぎる。東京ドームぐらいの広さはあるのか?『シャルトエン』のHUDにこの空間の直径が230メートルだということが表示される。ビルの内部じゃ、ありえない。これもまた魔界だ。悪魔の魔力により編まれた、現世の裏側にあたる異世界だ。

「……誘い込まれてしまったか」

 多少の疲れを感じるオレたちは、その場へと着地した。

『―――まったく。すさまじい硬さだったわね。コンクリートじゃなかった。魔術で空間を幾重にも折り曲げて、そこに何枚も鉄板を仕込んでいたのね……脚部装甲、限界よ。覚えておいてね、赤熱を帯びた蹴りは、放てそうにない』

「手足は他に三本ある」

『上等。その覚悟で行きましょう……さて。魔界に誘われてしまったけれど、どこに潜んでいるのかしらね……あら。お客さんよ?』

「だいじょうぶだ。気づいていた」

 そうだ。気づいている。オレたちに影のように迫り来る二人の魔術師。白いスーツを着た、ヤクザのようにも見える厳つい千堂家のガードマンたちが、オレたち目掛けて背後から襲いかろうとしていた。

「……『縛』」

 オレは魔術を口にする。紅い紋章が床に広がり、そこから闇が獲物に伸びる。闇はガードマンたちの体に巻き付き、彼らのことを縛り上げてしまう。

『はいはい。こっちを見なさいな』

 アンに誘われてガードマンたちはオレたちを見る。見てしまう。オレたちの紅く輝く瞳を見てしまったせいで、呪われてしまうのだ。彼らの心にオレは君臨する。心の玉座に居座ったオレは、王さまのように命じていた。

「―――『夢へと堕ちろ』」

 暗黒魔術の言霊が、彼らの心をまたたく間に侵食していく。彼らは素直だった。安らかな微笑みになりながら、オレの描いた黒くて広い闇の世界に堕ちていく。そこは虚無の夢だ。意志の炎は冷えて消え去り。お前たちは、力を失い、ただ眠る……。

『いい手際だったわ。でも―――』

「『侵入者アアアアアアアアアアアアア!!』」

「『殺スウウウウウウウウウウウウウウ!!』」

 究極にまで使命感を『復元』されたガードマンたちが、前方の扉を開きながら飛び出してきた。いや、使命感ではなく忠誠心や従属性か?

 大人とは思えぬほどの純心で迷いの無い心に『復元』された幼気なガードマンたちは、使命感と正義感に充たされた表情のまま、オレたちに向けて容赦なく殺意をふるう。アサルトライフルの弾丸の嵐が、オレたちを肉片にしてしまうような勢いで降り注いでくる。だが、舐めるな。この鎧は『シャルトエン』なんだぞ。

『ダメージ無しよ。あんな軽い弾丸では、律の成長により強化された『シャルトエン』の装甲は貫けないわ―――決めなさい、律。彼らにも用はないでしょう?』

「了解―――『凍りつけ』」

 暗示の呪いを口にする。オレの言霊が彼らの心に乗り移る。彼らが感じたのは寒さだっただろう。ガタガタと震え、数秒後には、その心の動きは完全に凍結していた。生命維持には問題ないだろうが、意志の熱量は全て魔術が奪い去る。脳という思考のためのエンジンは凍りつき、ただただ呆然と虚空を見つめる男たちがそこにいた。

「すまない。今は寝ていろ。雑魚に用はないんだ」

 オレはガードマンたちが飛び出してきたドアを蹴破る。そして、その決戦の場所に入って行く。そして、オレは見つけるのだ。その部屋の中央で泣いている栗色の髪の少女のことを。オレはその小さな女の子に―――千堂千早に訊いていた。

「……君は、何を願ってしまったんだ?」

 千堂千早は、ガタガタと震えながらも答えてくれる。

「……死にたくなかったんです。『聖杯病』で死ぬのが、怖かった……だから、白尾に泣きついたの。そしたら……白尾は、私に白尾を『復元』するように願えと言った。だから、私は……白尾に、そうお願いしたの……ゴメンなさい」

『……謝ることではないわ。生きていたいと願うのは、生きものの当然の願いよ。『白尾千百』も間違ってはないなかった―――制御された悪魔……霊獣という存在から、邪悪な本性の悪魔に戻ってしまうとしても、かつての力を求めたのね。『復元』の悪魔・『白尾千百』に戻り、『復元』の『魔法』へと至るつもりだったのかしら?』

「……その『魔法』で、この子を助けるつもりだったのか?」

「……私だけじゃないよ。白尾はね、『聖杯病』がまだ体に残っている魔術師たち全ての体を、健康体に『復元』しようとしていたの……でも。白尾は、狂ってしまった。おかしくなっちゃった、魔術で、みんなやお姉ちゃんまで操って……こわいよう。わ、私の、私のせいなのかな……?」

 オレは千堂千早の頭に手を置いた。『シャルトエン』越しだから、硬かったかもしれない。彼女は怯えたようにビクリと身を許したが、それも一瞬だけだった。

「君のせいじゃない」

 その言葉が通じてくれただろうか?……そうだとすれば、ありがたい。

「……お兄ちゃん、誰?」

「暗黒魔術師、六条律だ」

「……律お兄ちゃん」

「千早。『白尾千百』は、あの青い扉の奥にいるんだね?」

「……うん。あ、あの……白尾を、あまりいじめないで……?」

「……努力はする」

『ここで待ってなさい。すぐに終わらせるわ』

「……うん……っ」

 ゴホゴホと、千堂千早は咳き込んだ。その小さく弱々しい口からは、血がこぼれていた。『聖杯病』は進んでいる。『グラン・グラール』が生んだ病だ。『復活』を研究するために、あいつは対極にある『死』とは何かを知りたがったようだ。そして、たくさんの『復活』を試すためにも、『死』が蔓延してくれなくてはいけなかったらしい。

 あいつは多くを奪った。

 多くのヒトを殺した。

 オレたちの人生をメチャクチャに壊した。

 オレにある最も古くて強い記憶は、怒りだ。『グラン・グラール』に何かを奪われたという実感だけが残存し、オレの心を苦しめ、戦いに導いてきた。

「……律お兄ちゃん、気をつけてね……」

「ああ。安心してくれ。オレが、どうにかしてやる」

 約束をしてしまう。どういう結末になるのか、まったく分からないというのに。オレは、今度はどれだけ救えるのだろう?全ての不幸を砕けるだろうか、オレとアンの牙で?オレには……千堂千早が救われる方法が、見えなかった。

 決戦の地へと向かう。膨大な魔力が起動するのが分かった。アンは言葉ではなく、HUDに予測を示してくれた。

 ―――敵の魔術構成を検知……敵予測完了。敵、『同型機』、『シャルトエン2号』。インターフェイスAI『謎』。操縦者の魔力を感知―――照合結果、『七瀬いのり』。

「……まいったな」

 オレはその扉を開いた。

 そこは『闘技場』だった。古代ローマの見世物か。オレたちは剣闘士ではないが、魔術師と魔術師、悪魔と悪魔、『シャルトエン』と『シャルトエン』……条件は同じかもしれない。これは正々堂々とした対決なのか?

 そんなわけは無い。

 オレは、闘技場の中央でステップを踏む純白の『シャルトエン』をにらんだ。

「……悪趣味なことをする。また人質か?」

 『シャルトエン2号』は準備体操を止めて、オレたちに視線を向ける。

『そういうことだよ、六条お兄ちゃん。アタシ、記憶見ちゃった。『復元』しちゃった……彼女のなかの虫食いの記憶を、アタシ、そこそこ見れちゃった。七瀬ちゃんもね』

「……七瀬が?」

『―――六条くん……?そこに、いるの?』

 今度は七瀬の声が聞こえた。オレは心に得体の知れない衝動を抱いた。七瀬に逢いたいと願望する。オレは一歩だけ前進し、彼女の言葉に応えていた。

「ああ。遅くなったけど、来たぞ」

『―――そっか。うれしいな……あ、あのね……思い出しちゃったことがあるの』

 その言葉に、オレは怯えてしまう。彼女は何を思い出したのだろうか?……いつのことをだ?どんなことをだ?……オレが、お前の母親を殺してしまったことか?もしも、そうだとすれば、どうすれば良いのだろう……ッ。

『―――ふぁ、ふぁーすと・きす……』

「……ん?」

『―――だ、だから。そ、そのオデコとかじゃなくて、ちゃんと唇と唇でするヤツがあるじゃない?』

「いったい、何のハナシだ?」

『―――だ、だから。子供のころにさ、私……お兄ちゃんとしちゃったよね?』

 ……七瀬は、何を言っているんだろう?兄妹同士でそんなことするか?……いや、血はつながっていないから、別にいいのか。

『―――リアクション遅いんですけど?……もしかして、覚えてない?』

「……すまない。昔の記憶は、かなり忘れているんだ」

『―――だよね。私のために……私を守るために、あなたは、自分の存在を差し出したんだったよね……』

「なぜ、そんなことを覚えている?」

『―――ブラックジャックが言っていたことを思い出したのよ』

「誰だ、それ?」

『―――知らない?顔に大きな傷があるオジサンよ。ブラックジャックという名前だって言っていたわ。昔は天才外科医だったって』

 天才外科医?そんな自称をする恥ずかしい思考回路のオッサンなんて、オレにある心当たりは一人だけだった。そいつの名は、六条日暮。オレの義理の父親みたいな存在だ。

「日暮と出会っていたのか?」

『―――うん。たぶん、『魔法』をかけてもらった時だね。あのオジサンは心が壊れてしまった私に説明してくれていた。私のために、自分の全てを差し出すヒーローがいるんだと。今は忘れてしまってもいいから、いつかまた出会ってやれって?……だって、そのヒーローが、私のファースト・キスの相手だから』

「何を吹き込んでいるんだ、日暮のヤツは」

『―――えへへ。でも、出会えたよね、お兄ちゃん』

「……オレは、記憶が……」

『―――いいよ。私が教えてあげればいいんだもの。覚えている。私、お兄ちゃんが、たこ焼き大好きだったこと。かけっこが速かったことも……いつも、一緒にいてくれたことも。ずっと、守っていてくれていたことも、思い出したよ』

「……いのり」

 いのり。なぜだか自然に彼女のことをそう呼んでしまうことがある。そう呼ぶのが当然のように思えて、思わず口がその名を語る。彼女のことをほとんど思い出せもしないオレが、そんな風に呼んでいい資格があるのだろうか?そうは思えない。

『―――だからね。私ね、お兄ちゃんのことが大好きなんだよ』

「……え」

『―――大好き。転校して来て、また出逢ったそのときから、好きになってました』

「……いのり」

 またそう呼んでしまう。そう呼びながら、オレは彼女に手を伸ばそうとする。

『―――だからね。だからね、六条くん……っ。もう、私のこと守らないでいいから、私は、十分に守ってもらってきたんだから、だから!だから、もう私のことを守ろうとしないで!!』

「どうした!?」

『―――お願いだよ。私が、六条くんを殺しちゃう前に、私のことを、殺してよ』

「……出来るか、そんなこと!!オレは、お前を助けにここまで来たんだ!!」

『あははは!!そうだよねえ!だから、七瀬いのりと一緒になったアタシのことを、アンタは殺せやしねえだろう!?六条律お兄ちゃんよう!?』

 白い『シャルトエン』が襲いかかってくる。オレはバックステップでその一撃を躱す。躱した……はずなのに。装甲がガリガリと削られてしまうッ!?

『なによ、あの『シャルトエン』!!こっちよりも、出力が上なの!?』

『だって、2号機だから!スペック、ちょっとだけ上なんだよね!!』

『いや。避けたはず!?魔力の圏外まで、躱していたはずよ!?』

『鈍ってるのさ、疲れでねえ!!それに、アンタら、魔力使いすぎさ!!どうやってこんなに早くここまで来れたのか知らねえけど!!月媛と戦ったあげく、アタシに撃たれた!!そのうえ、さっきは高出力の必殺技と来たもんだ!!死んでねえのが、不思議すぎるだろうが!!』

 白い『シャルトエン』が体術を使う。蹴りとパンチと肘撃ちのコンビネーションだ。これは、どう考えても七瀬の動きなんかじゃない。

「……アン。あいつは七瀬に取り憑けなかったんだ。『白尾千百』が取り憑いているのは『シャルトエン』の方だ。避けたのに切れたのは、『シャルトエン』の能力じゃない」

『そうか。『白尾千百』の固有の力なのね?……ふーん。見えない刃の魔術?地味だけど、なかなか実用的じゃないの?』

『ふふふ!まったく、いい目をしているねえ。そうだよ、どっちも正解さ!!この娘は『アンサング・ヒーロー』の第二契約者さまだからね?……なかなかセキュリティ硬くて、入れなかった。でも、この『シャルトエン』に閉じ込めてしまえば?人質にもなるし、『シャルトエン』は勝手にコイツの魔力を吸って動力にするし、一石二鳥も三鳥もって具合さ!!しかも、アタシの術と、『シャルトエン2号』の相性は抜群さ!!元々、アンタらみたく、アタシらはコンビ組まされる計画だったからねえ!!』

「なるほど。アンやオレの認識を超える技や術を持っているのは、『そのため』か。お前は、オレたちへの刺客だったんだな、最初っから」

『つまり、『2号』って意味は……私たちの助っ人じゃなくて、私たちを始末して、入れ替わる2番目の『アンサング・ヒーロー』ってこと?』

『大当たりさ!!『鎮目』は、アンタらのことなんて嫌いでねえ!!そりゃそうだろ?魔術師たちにとっちゃ裏切り者だ!!アンタらは、世界を救ってみせたのに、魔術師の仲間たちは大勢を見殺しにした!!大を助け、小を見捨てたのさ!!』

『それは―――ッ』

『正しい行いかもしれない。でもなあ、アタシは、アンタらを許さねえよ!!殺してやるよ、刻んでやるよ!!お前らは、アタシの主人たちを奪っておいて!!犠牲にさせたくせに!!千早のことも、助けちゃいねえだろうがあッ!!』

「くそっ!!速いぞ、コイツ!!」

『千早を助けるためにはなあ、『聖杯因子』を解読するしかねえだろ!?他に手段はねえんだよ!!それしかねえんだよ!!『グラン・グラール』の大バカ野郎が『復活』して、世界が滅ぶかもしれねえ!?んなもの、上等だよ。千早を助けられない世界なんて、どいつもこいつも罰せられたらいいんだッ!!』

 『シャルトエン2号』の攻撃に畳みかけられてしまう。反撃できないこともあり、防戦一方だ。コレを殴れば中の七瀬も傷つけてしまう。絶対に、殴れん。

『ハハハ!いい子だ!防戦一方だなあ!!だよなあ、妹ちゃん、こん中に乗ってるもんなあ!?でもよう、これだけ動かせば、それだけで体バラバラになっちまうかもなあ!女の子の体じゃよう。こんな動き、ムリがあるもんなあ!!』

 ヤツが調子に乗ってアクロバティックな攻撃を連発してくる。それをオレたちは躱すことが出来ず。どんどん『シャルトエン』の装甲が破壊されていく。だが、おかしい、さっきの体術は動きが甘い。『見えない刃』もアンの魔術予測による対策も打っているはずだ。アレを躱せないはずがない。おかしい、どうなっている?

『……マズい。これ、ジャミングされているわ。観測装置を弄られている』

「……機械の予測があてに出来ない?それに、魔術装甲のダメージコントロールが効かないから、これだけ容易く壊されるのか……いや、視界情報も狂わされている」

『ハハ!いいね、勘がいいじゃない!!その通りさ、この2号はアンタらだけを殺すためにデザインされているからねえ、アンタらを無効化する手段はいくらでもあるんだよ。それでどうする?一つや二つのネタに気づけたからって、どうするってんだ?その古い『シャルトエン』じゃ、アタシに勝てやしなってことは、絶対に変わらないんだよ!!』

「……アン。『シャルトエン』をパージしろ。ムダな戦いはしない」

『……了解。任せたわ』

 そして、オレたちの変身が解除される。闇の装甲が解けて、傷だらけの狼へと変貌する。オレは、生身になる。そして、眼鏡を投げ捨てた。

『バカじゃないの?自殺願望!?まあ、いい!!お前らをバラして、『聖杯因子』を吸い上げてやるつもりだったんだ!!邪魔モノが入らないうちに、決めてやるよ!!』

「―――そう上手くいくかな?」

 オレは体を脱力しながら、首を振り、腰を柔らかく沈める。

「さあ、来てみろ。武術を教えてやるぞ」

『アタシを舐めんな!!人間ごときがッッ!!』

 白銀色のストレートがオレの顔に迫る。『シャルトエン』の肉体強化まで解除された今では、その動きは今までの何倍にも速く見えた。だが、忘れてはいけない。タイミングさえ読めばいいんだ。魔術師の戦いとは、そういうものだろう?

 オレは動く。ゆらめきながらも前進し、ヤツの打撃を横に回り込みながら躱してみせる。虎とのケンカに使った技の完成版だ。相手の打撃の影に忍び込むテクニックだ。拳術版の『影抜き』だ。ヤツの大振りを躱してそのまま背後を取りに行く。そして、オレは2号を羽交い締めに取った。

『はは!やるじゃないのさ!!けど、力じゃパワードスーツと勝負にならんだろ!?』

「力じゃ勝負しない。技術と、暗黒魔術さ」

『……『緒方八幡』……ッ!?』

 古株悪魔は知恵が利く。『白尾千百』はオレの瞳が満月のような金色に変わったことに気づいていた。それは、吸血鬼の魔力の顕現だ。ヤツは恐怖を抱いたようだ。吸血鬼と密着するなんて、あまりにも愚かすぎる行為だからな。

 ガプリ。

 オレは2号の首筋に噛みついていた。金属の味がする。マズいが、関係ない。これは魔術だ。血が吸えなくても『儀式』として機能する。吸血鬼の歯を獲物の首筋に当てられたら?吸血鬼はその獲物の魔力のほとんどを吸い尽くせるチャンスだ。月媛は、オレにそう教えた。あの淫猥な悪夢のなかで。

『ぐうううううううううううッ!?な、なんだああ!!す、すわれるうう!?ふざけるな。悪魔であるアタシの魔力が、こんな勢いで、喰われて、たまるかああ!!』

『キャハハ!!律、やっちゃいなさい!!その女、吸い殺してやれ!!』

『ふ、ふざけるなあ……ッ』

 獲物が膝から崩れ落ちる。吸血鬼の力を使っているオレは、少し乱暴に、獲物を仰向けにさせる。月媛から教わった技術?だ。脱力してしまっている2号の両腕を手で押さえつけながら、オレは再び食事に取りかかる。ガプリ。

『うぐうううう!?す、すわれるうう!?ま、まりょくが、ぜ、ぜんぶ、もって、ひはれひゃふううう!?』

『いいざま!!そのまま吸い殺せ!!』

『そ、そうだ。七瀬いのりだ!!あいつの魔力で!!この鎧は、あいつの魔力を吸い出せるはず―――』

「『シャルトエン』に詳しいのは、お前だけじゃない。オレは、その鎧で二年戦った」

『う、うごかない……?な、なにを……え?ナイフ?』

 そうだ。オレは魔術で呼んだナイフを2号の腰裏にある端子接続部に挿入していた。このナイフに宿っていたのは、アンだ。オレは2号にアンを注入したのだ。

『古いアンタじゃねえ、電子戦のテクニックなんて、ないわよねえ!!コントロール掌握完了!!『シャルトエン2号』、全装備、解除ッッ!!』

 白い光の輝きに変貌した『シャルトエン2号』が、七瀬いのりから切り離されていく。パーツごとに別れた鎧は周囲に光りの破片となって飛び散って、少女のことを解放していく。オレの腕の下に、七瀬いのりは帰って来た。あのルビー色に輝く紅い瞳を涙でうるませながら、全裸の七瀬いのりは―――ん?全裸?

「お兄ちゃん……ッ!!たすけて、くれた!!また、たすけてくれたんだ!!」

「……その。なんていうか?いのり……よく聞いてくれ」

「あれ?真剣な瞳で私を見て……ハッ!こ、これ、愛の告白タイム、キター……っ」

「そうじゃない。なんで、全裸なんだ?」

「……え?あ、あれ!?ど、どーして!?どーして!?六条くん、み、見た!?見ちゃっていたよね、じいっと!?……ていうか、今も、な、なんか、見てて!?」

「……えーと。キレイだぞ」

「六条くんのエッチ……っ」

「じわっと泣くな。罪悪感が来る。その、オレの上着を貸してやるから」

 オレは泣きじゃくっている七瀬に上着を貸してやる。下は……貸すとオレが変態だ。

「……もう。あー、六条くん以外の男の子と、結婚できなくなっちゃったよう」

『あら。なんだか古風な哲学ね』

「……大和撫子なの。だから、もう六条くんだけの女の子なんだけど?」

「……それで、アン。ヤツはどうした?」

「……むー。ハナシそらしてない?私に対する責任問題への結論は?」

「あとにしろ。ここは戦場だぞ」

『……あいつにはウイルスぶち込んでやった。すぐに自壊するわよ……』

 オレたちの足下には白く小さなキツネがいた。子狐だ。弱った『白尾千百』はアン特製の電子の毒で死に向かっている。そのさまは、オレの目にはあまりにも悲しく映る。

 コイツは『聖杯因子』に狂わされて悪魔に戻ったものの、元々は魔術師たちに忠実な霊獣であり、仲間の魔術師たちの肉体を『復元』してやるつもりだったんだろうに。この結末は、オレが望んでいたものだろうか?……わからない。だが、オレの心に今、ひとかけらだって喜びは存在していないぞ……。

『ぐががああ……か、かった……つもりかあ……?ひ、ひひひ、おまえは……おまえらは――――……いつも、『私』を舐めていないか?』

 背筋に寒気が走った。その声を、オレは覚えている。忘れるはずがない。それは『グラン・グラール』の声だった!!オレはいのりを背中にかくまう。守らなくては、こいつを二度と『グラン・グラール』に傷つけさせられてたまるかッ!!

『まずい!!『聖杯因子』が集まり過ぎていたの!?『復活』が始まる!?』

『くくく。いやあ、あせるなよ、アン。残念だ。ギリギリだ。ギリギリで足りない……さすがは『白尾千百』だな。『私』と似た力、『復元』の持ち主……『私』への耐性もあるという自信は確かなものだった……さて不完全だが、『復活』の実験を始めよう』

「やめろ!!」

『やめないさ、日暮の継承者。『私』は、生命の探求者だぞ?……ほうら、『白尾千百』よ!『私』が支えてあげよう、力を貸してやる。かつての君を、取り戻したまえ!』

『引くわよ、律、いのりん!!白尾のバカが、九尾に化ける!!』

「きゅ、九尾!?なんか、すごそうなんですけど?」

『大悪魔よ。それを大昔の『鎮目』たちが調伏して、霊獣に改造した!!怪物よ!!今の装備じゃ勝てやしないわ!!『シャルトエン』は連戦つづきのあげく半壊で、消耗しきっている。まともに動けない』

「―――いや。あるぞ」

「……っ!そうね、あるわ、六条くん!!」

『……え?そうか、『2号』は四散させただけで、まだその機能は健在なまま!!行けるわ、まだ戦える!『グラン・グラール』を、『復活』させたりはしない!!』

「アン!プログラムを再構築だ!!」

『わかったわ!60秒ちょうだい!』

「いのり!」

「はい!どうすればいいかな!?」

「血を吸わせてくれないか?」

「……え?あ、あれ?……なんで、そんなこと、するの?」

「お前の力を借りたい。キツい戦いになりそうなんだ。だから、お前の力と一緒に戦いたいんだ。ダメか?」

「そ、その訊き方、ズルいんだから……う、うん。いいけど?これで、いいかな?」

 いのりはオレのために首筋を差し出す。吸血鬼としの本能か、それともオレ自身の衝動なのかは分からない。だが、オレは彼女といっしょに戦いたいと願望する。オレはやさしくいのりの首筋に歯を立てていた。

「……痛っ」

「だいじょうぶか?キツければ、やめるけど」

「いいの!ザクって、やって……私、六条くんのためなら、がんばれるもん」

 いのりの許可が出た。だから、オレは彼女の白い肌に牙を挿入していく。やわらかな肉を牙が裂いて、いのりの温かい血があふれてくる。オレは舐めて、すすった。いのりのことが、欲しくなる―――吸血鬼の衝動と、性欲が混ざっていく。このままじゃ、恐ろしいことをしでかしてしまいそうだ。

 だから、十分だ。今は、世界を救う時間だ。彼女から牙を離す。いもりは痛かったのか、泣いていた。でも、吸血鬼の魔力が作用して、いのりの首筋の傷口がまたたく間にふさがっていく。

「……六条くん。おなか、いっぱいかな?」

「足りないさ。つづきは、また今度な」

「う、うん……六条くんの、エッチ……私、ここで見てるね!あなたのカッコいいところ!!だから、さっさと、あいつぶっ飛ばしてきて!!六条くん!!」

「了解だ」

 オレは呻きながら巨大化していく『白尾と聖杯因子の混ざったバケモノ/グラール・フォックス』へと向かう。狼モードのアンがオレの側について歩いた。いつかの日暮とアンみたいに?……いや、ちがうさ、これはオレたちの物語だ。

『準備はすんだの?』

「ああ。万全だ。プログラムは?」

『あら?愚問ね。完璧以上よ』

「さすがだ」

『うん。じゃあ』

「行くぞ。合体だッ!!」

『了解ッ!!』

 アンが闇に化けて、オレの体に取り憑いてくる。『シャルトエン2』のスペックがHUDに表示されていく。全体的に能力が向上されている。これはいい。こんなものを、『鎮目』はオレたち対策に用意していたとはな。そのうち、仕置きがいるぞ。オレを、誰だと思っているんだ?あらゆる魔術師たちの霊長、暗黒魔術師、六条律だぞ!

『変身完了!!』

「いや!白い鎧は、オレたちに相応しくない!!」

『わがままね!!でも、その通り!!暗黒魔術師は、ダークカラーよねッ!!』

 白かった鎧がまたたく間にオレたちの色へと変貌していく。紅い翼と紅いマフラーをオレは魔術で産み出した。吸血鬼としての魔力があふれる、『シャルトエン2』は金色の瞳に輝く、悪鬼の貌だ!!

『グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンンンッッ!!』

 『グラール・フォックス』が完成した!ヤツは『復活』を喜ぶ、それとも『復元』したのか?……関係ないね。オレたちなら負けない。仕留めてしまえば、問題ない!!

「先手必勝だ。『ブリジット・ファング』ッッ!!」

 右腕に紅蓮の炎を呼び寄せる。いい性能だ。チャージに一秒もいらない。この炎の牙で、刻んでやるぞ、『グラール・フォックス』ッ!!

 ズシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!

『ぎゃぐふうううう!?』

 『復活』早々の『グラール・フォックス』の頭部を、オレの放った炎の牙が真っ二つに斬り裂いていた。だが、ヤツは笑う。このぐらいじゃ効かないとでも?

『ぎゃははは!!それぐらいでえ、『私』が―――』

「―――からの、『ブリジット・ストライク』ぅううううううッッ!!」

 左腕にため込んでいた劫火の正拳を、『グラール・フォックス』に叩き込む!劫火の爆撃で、ヤツの腹が吹き飛び、炎が背骨を砕いて背中を貫き爆ぜる!!

『ぐはあああああああああああああああッッ!!やる、ねえ!!』

 空中に飛んだ『グラール・フォックス』がその九つの尻尾を揺らして、それぞれから雷を放ってくる。避けられない。だから、覚悟して。受ける。とてつもない衝撃がオレたちの肉体を駆け抜ける。体が焦げてしまいそうだ。

 だが、新しい鎧はそれなりに頑丈。今まで以上のムチャは出来る。雷撃に焼かれながらも、オレたちは新たな両腕に魔力を込めていく。

『ほう?焼かれながらも、耐えて、動く?ムダなあがきだぞ?』

「……ムダなことはしない。オレたちを、舐めるな!!」

『煉獄解放!!行けるわよッッ!!』

「『オーバー・イフリータ』ぁああああああああああああああッッ!!」

 今まで以上の火力で、オレたちの両腕が爆発した。世界の全てを紅く塗りつぶす煉獄の炎の激流が、オレたちを狙う雷撃すらも呑み込みながら、『グラール・フォックス』を焼き払っていく!!

『ぐぬううううううッッ!!いい火力だッッ!!だが、負けないぞ、私もな!!』

 炎の嵐で焼き払われるのを、ヤツもまたムシしやがった。ヤツは九つの尻尾を伸ばしてくる。鋭角的で幾何学的な軌道で、それらはオレたちに迫る。だから?だから、オレたちは笑うのさ。

 長く伸びた白い尾がオレたちの『幻影』を八つ裂きにしていく。揺らぐ炎の幻だ。『シャルトエン』に装備されている『アクティブ・ソナー/探査装置』をリリースし、そいつをオレたちに見せかけるテクニックだ。

 『グラール・フォックス』が目を見開く。この戦い方は、日暮もしたことないだろう。だから、お前じゃ対応できやしないさ。炎の激流を停止し、オレたちは空に飛ぶ。紅い翼を軋ませて、オレたちは力尽くの鋭角飛行を実践する。九尾がさまざまな角度から迫り来るが、この動きはオレたちに通じない。何万回、頭のなかで避けてきたと思う?

『バカな?これだけの手数で、圧倒できない?』

『―――お前が、『グラン・グラール』に近づくほどに。私たちには通じなくなる』

『なにぃ?』

「オレたちは、何度も負けた。日暮もアンも負けた。オレもたくさん負けた。でも。戦いながら、お前を倒すことだけを考えてきた。どれだけの執念だと思う?悪魔よ?」

『私たちの戦いの履歴は、すべてお前を倒すためだけにある。一日千秋?その言葉よりも、はるかに深く重く長く、私たちは、お前を殺す悪夢のなかでもがいたッッ!!』

『なるほど、いい執念だ!!』

「この軌道は、雷の紋章!!『ワイバーン・ストライク』ゥウウウウッ!!」

 迫り来る尻尾を全て撃ち抜きながら、紅蓮の蹴りが『グラール・フォックス』の背中を穿つ。今度は、ここからだ!!オレたちはヤツの背骨を砕いたままの姿勢で、左右の拳で『ブリジット・ストライク』をヤツの首目掛けて乱発していく。ストライクの衝撃に負けて、ヤツは床に叩き落とされていた。

『ぎゃふふおおおおおおうううぐうううッッ!?』

「―――魂まで、焼却してやる。『復活』?『復元』?下らん」

『そうよ。そんな魔術のプログラムなんて、焼き潰して消滅させてやるわ!!』

『……くく。いいねえ……やはり、六条日暮は『復活』したああ。いいよ、君、本当にすばらしいよお!!』

「バカを言え。オレの名前は六条律。日暮の十倍は強い男だ。行くぞ、アン!!」

『ええ!『魔法』……ッ!!発動ッッ!!』

 『シャルトエン2』の右腕に魔力を解放していく。それは、漆黒の球体。破壊衝動にうごめく闇の暴力ッ!!世界を殴って書き換える、オレたちの『魔法』ッッ!!

『……バカな。そんな出力を、なぜ、魔術を乱打した後で使える!?』

『言ったでしょ?あのときより、この私も十倍は強くなってるのよ!!全力全霊見せつけたら、『魔法』の十や二十、いくらでも使えんのよッッ!!行くわよ、律!このクソ雑魚!!もう一度、地獄の底まで叩き返すわよッッ!!』

「了解だ!!必殺!!『フェンリル―――』」

『『―――ブレイカー』ぁあああああああああああああああッッ!!』

 オレたちの全霊を捧げた破壊の一撃がキツネ野郎の顔面を粉砕する!!闇色の衝撃が世界を伝い、全てを粉微塵に粉砕しながら吹き飛ばしていく!!キツネだけじゃない、白尾が創ったこの魔界じみた空間の魔術構造さえも消滅させていく!!これが、完全焼却!!オレたちの、真の必殺技だッッ!!

 断末魔さえ残す暇もなく、『聖杯因子』は砕け散り、消滅していた……。



 ―――気づけば現世に戻っていた。調度品が壊れて散乱する地獄のような惨状のなかで、変身が解けたオレは眠りこけていた。見上げれば、七瀬の顔がすぐ近くにあった。そうか、七瀬が膝枕してくれている……服?……あれ、着てるな。現世に戻ったら、そこらに転がっていたのかな……そうか、着たのか。もったいない……はあ。

「……七瀬。疲れた」

「……うん。おつかれさまです、六条くん」

『よくやったわ。『聖杯因子』は消し飛ばしたわよ……ついでに、あのキツネもね』

「うわあああああああああん!!うわあああああああんん!!」

 女の子の泣き声が聞こえた。オレは、何かを思い出しそうになる。そうだ、いのりだ。いつもママに泣かされていた。だらか、オレが守ってやらなくちゃ。オレは、血はつながっていないけれど、あいつのお兄ちゃんだから。

 オレは立ち上がり、よろつきながらも歩く。七瀬が支えてくれた。オレは、千堂千早のもとへと向かった。虎と千堂が、困った顔で千堂千早のそばにいた。状況は解決したらしい。彼らも無事だったようだ。そうか。けっきょく―――オレは誰も失わなかったけれど、また守れなかったんだ。

「……ごめんよ。千早ちゃん」

 オレは謝る。でも、千早ちゃんにはオレの言葉は届いていないようだ。オレなんかのことよりも、自分の手のなかで消えていこうとしている小さなキツネを見つめつづけている。大粒の涙が、この世から消滅しようとしていく霊獣に注がれた。でも、その涙たちはキツネの体をすりぬけ、少女の小さな手に落ちていく。世界から『白尾千百』が消えようとしているのだ。だから、千早ちゃんは泣き止まない。

 キツネは小さな声で小さな主に話しかけた。

『―――泣くんじゃないわよ……悪いのは、弱いアタシなんだから』

「ちがうよう。わるくないよう。よわいことなんて、わるくないよう!!」

『……そう?……そうなのかしら?……でも、そう言われると、うれしいなあ。アタシ……わるくないのかなあ……』

「わるくないもん!しらおは、ぜったい、わるくないもん!!あばれちゃったけど、わたしのこと、なおそうとしてくれたもん……う……ぅう、ぐうっ!!」

 そして、少女は吐血する。涙だけでなく、赤い雨を小さく弱いキツネは浴びた。キツネの表情を読める自信はないのだが、そのときの『白尾千百』は、己の無力さに絶望しているようにしか見えなかった。キツネは、謝るのだ。

『ごめん……ごめんねえ、千早ぁ……叫ばせて、苦しませて……ごめん、ごめんね』

 謝るキツネの声が、体が震えていた。少女はもう何も言わなかった。ただ、そのキツネを愛おしそうに手で抱きしめていた。

「……なんか、事情はよく知らんけどよ……かわいそうだよなあ」

「……虎」

 虎が泣いていた。そうだろうな。コイツは、やさしい男だ。

「……すみません。私が、白尾を御し切れていれば、こんなことには……っ」

 千堂が手で顔を押さえながら、嗚咽する。彼女にとって、この結末は救いでも何でもなかった。彼女の妹に刻まれた『聖杯病』は消えないのだ。見れば分かる。千早ちゃんの命は、長くなんてない。そして、その子供の命を救おうとしていた霊獣、『白尾千百』も、この世界から消滅してしまうのだ……。

「……」

 七瀬は、ただ無言でオレのそばにいてくれた。それが、オレには救いになっている。オレは……暗黒魔術師というモノは、この程度のことしか出来ないのか?たしかに、世界を滅ぼす可能性のある『聖杯因子』は、ぶっ壊せた。

 だが。それだけだ。敵を殺すことしか、オレは出来ていないじゃないか?

 ……オレは、ずいぶんと欲張りになっている。

 敵を、脅威を排除できたのだ。それでいいじゃないか。悲しいことは多く残ったが、それでもムダな戦いではなかった。オレはヒーローじゃない……これで限界だ。


 ―――後輩よ。暗黒魔術師は、魔術師の霊長ぞ。不可能なことなど、ないわ。


 叱りつけるような冷たい言葉が、オレの血のなかで囁かれていた。月媛の魔力だ。オレに力をくれた彼女は、今のオレに失望しているのだろうか……そうだ。オレは、暗黒魔術師じゃないか?……あらゆる悪魔を統べる、邪悪の権化だ。ならば?……ならば、この消えゆくキツネの魔術構造を、オレの力で一瞬でもいい。強化できないだろうか?

 身に覚えがある。あれほど簡単に『グラール・フォックス』を圧倒出来たのは、オレたちだけの力じゃなかった。『白尾千百』の血を吸ったとき、彼女から大量の魔力を奪い取り、オレの力に組み込んだことも大きい。いのりの力もあるけれど、霊獣のそれの方がはるかに濃密な魔力だった。

 その魔力をオレは自在に扱えたのだ……つまり、互換性があるんじゃないか?吸血鬼になってしまったオレの魔力なら、霊獣のそれと力や意志を重ねられないだろうか?

 ……可能性は、どれぐらいだ―――いや。いい。そうじゃない。やるか、やらないかだというのなら。考えるまでもないことだ。

「―――『白尾千百』」

『暗黒魔術師か……迷惑かけたわね……でも、アタシの仲間は、呪わないでね……』

「そんなことはしない」

『……まっすぐな目ね……それで、何か用かしら……このみじめな負け犬に』

「オレが、お前を『魔法』に変える」

『……え?……何を、言っているの?』

「絶対とは言わない。それでも試す価値はあるだろう。お前はどうする?……選べ。このまま消えるのか?それとも千堂千早の霊獣としての誇りに、最後の一瞬まで命を捧げるのか?」

『……『魔法』になれれば……『復元』できるかしら?千早の体を』

「―――出来る。してみせるぞ、オレと、お前の『魔法』で!」

『……暗黒魔術師……うん。わかった。アタシ、もう一度、試してみる。ううん、ちがう。今度こそだ。今度こそ、アタシが助けてあげるわ、千早!!』

「……しらおぉ……っ」

『見ていて。さあ、六条律……アタシをアンタの手のなかに……』

「了解だ」

 オレは千堂千早からキツネを受け取る。『白尾千百』を手のなかに抱く。そして、吸血鬼としての力を解放する。オレの瞳は、満月の輝きを帯びたはずだ。力がみなぎっている。しかし、長くはもたないだろう。白尾もそうだ。急がなくちゃならない。

 魔力を白尾に与えていく。白尾の壊れそうな体が、光に満ちていく。

「……さあ、出来るだけ喰うんだ。オレの魔力を。吸血鬼になったオレの魔力なら、お前たち霊獣にも届くのだろう?」

『うん……スゴい力だよ。昔みたいだ……これだけ強ければ、きっと……アタシは『魔法』になれる……助けるよ……助けてみせる―――ねえ、千早』

「……なあに、白尾……」

『……アタシの名前を、覚えていてね?アタシの名前は、『白尾千百』。あなたのことが大好きな、弱くて強い、キツネさんよ―――』

 白くてちいさなキツネは最期にそう言いながら微笑んで、オレの手のなかで光に還った。千早ちゃんが泣いた。キツネの名前を叫ぶ。ちがうよ、千早ちゃん。コイツはね、まだ負けてなんかいないんだ。

 オレがいる。

 オレが、コイツを支えてやる。さあ、もっていけ、オレの全部!オレの魔力を一つ残らず吸い取れ!!……お前は、『魔法』。お前の名前は、『全てを癒やす大いなる物語/ホワイト・テイル』―――。

 白い光が強くかがやく。オレの魔力の全てを受け取って、そいつは大好きな女の子のそばに駆けていく。そいつが、鳴くんだ。もう、大丈夫だよって。

『くううーん♪』

 オレは―――その場に倒れそうになる。いのりが支えてくれた。いい妹だ。でも、どうだ?いのり。オレは、妹の期待に応えられる、カッコいいお兄ちゃんだろう?

 意識が薄らいでいく。限界なんてとっくの昔に超えている。今日は、もうムリだ。

「あはは。くすぐったい。くすぐったいよ、白尾!」

 ―――消えていく意識の向こう側で。

 オレは白いキツネと遊ぶ女の子の幻を見た気がするんだ……。

 


 オレの名前は、六条律。

 悪名高い暗黒魔術師だ。

 これは、オレたちの物語。



エピローグ



「おわったああああああああああああああああああああッ!!」

 一番坂くんが叫んでいる。校庭に集まっていた私たちは、彼の雄叫びの解釈に困る。

『どういう意味かしら?貴方の学生生活に終止符が打たれたってこと?』

「ちがうっつーの!鬼か、お前!!追試が終わったってことだよ?いや、そのつまり、採点はまだだけど、そこそこ手応えあったというか?」

「そーなんですね、よくがんばっていましたもんね!!」

 千堂さんがほめてあげている。姉か。姉属性?……包容力?私に足りないのはそれか?保健室へのお姫さま抱っこで輸送とか、病院での同じベッドにインとか、悪魔に囚われた私を勇者のごとく助けてくれたあげくの、全裸見られーの、エッチな吸血されちゃったーの。これだけのイベントを経てなお、六条くんと恋人関係になれていないのは、私の包容力の問題なのかしら?

 料理は研究中だ。近日、発表できる。春休み明けには、六条くんにお弁当攻勢を仕掛けられるはずだ。うむ。胃袋を掴む作戦。お料理学校には明日から通うから、うん。大丈夫なはず。私、要領はいい方だから、お弁当ぐらい作れるはずだよね?

『どうしたの、いのりん?』

「え?ああ、何でもないよ。ちょっと考え事」

「けけけ。どーせ、恋愛系の策略だろうよ?」

「はあ!?」

「図星ですねえ、この反応」

『単純な女よね。同性としてこの分かりやすさはどうかと思うわ』

「まったく、さかってんじゃねえよ?お前も注意してやってくれ、律っん?」

「『りっつん』は止めろ。なんだか恥ずかしい」

 六条くんは眼鏡を人差し指で持ち上げながらそう言った。あれ、照れてる時の動作なのかな。うーん。またひとつ、六条くんのこと分かっちゃったなあ。これ、ハートをゲットするの、遠い未来じゃなさそうだよぅ。

「……それより。そろそろ行かないか?」

「あはは。六条くん。さっきからワクワクしっぱなしだね?やっぱり、そんなに好きなの?たこ焼き?」

「……ああ。好きだぞ」

 ―――なにそれ、私への愛の告白デスカ?……うわ!ヤバイ!今、鼻血出そうになった。危ない。危ないわ。心臓爆発しそう。

「やわらかい生地の中にある、あの茹でたタコの食感が、たまらなく、好きだ」

「う、うん。そーだよね。好きだよ。うん、私も好きです」

『……たこ焼きのこと言っているのかしら?』

「そうなんじゃね?まあ、いいや。行こうぜ、腹減ってきたわ。頭使うと、カロリー消費しちまうんだよなあ?」

「虎。お前、バイクじゃないのか?」

「ん。おー、ぶっ壊れたんだよ。千堂家の怖いSPのオッサンどもに、マシンガンで八の巣にされちまってな……かわいそうに……」

「そ、その節は、本当に申し訳ございませんでしたあ!!」

「いや。いいよ、別に……ただ、弁償さえしてもらえれば、オレさま問題ないし」

『ケチな男ね?いいじゃない、バイクの一台や二台』

「二台目は、壊させねえぞ!?……フリじゃねえからな?そこんとこ、頼むぞ?」

「うん。わかったよ」

「そうですね、わかりました」

「まかせろ」

『オッケー』

「……なにこれ?スゲー嘘くさいんですけど?」

「万物は皆滅びるものだ」

「おお。六条さん、インテリっぽいお言葉」

「うんうん。眼鏡がいいよね、眼鏡が」

『そうね。眼鏡男子はいいもんよ。虎っちぃ。貴方も挑戦してみる?』

「はあ。オレさまいいよ。なんか挟まれてるカンジがして、しんどい。あと、視力が動物並みにいいんだよ」

「ふーん。じゃあさ、あそこの遠くにある白い看板、読める?」

「『ヤマモト歯科医院』電話番号は――――」

「ウソでしょ!?……え?ちょっと、引くわ」

「おま、やらせといて引くんじゃねえよ……っ」

「ドンマイ」

「はげますな!」

「はあ。でも、そろそろ春ですねえ。新学期になれば、二年生ですねー」

『千堂。その話題はダメよ?ナイーブな子がいるんだから?』

「あ。す、すみません!私としたことが、軽率でした!」

「うるせえっつーの。いじり過ぎだ。これで留年とかしたら、毎日お前らのクラスに遠征しに行ってやるからな?」

「それは面白そうだな」

「おもしろがるな!?……ああ、やべえ。想像すると不安になってきたぞ」

『そういうときは、気にしない。もう、どうすることも出来ないし。賽は投げられてしまったのよ?あとは運命を受け入れいるのみでしょ?いいじゃない。一年生を二回やるぐらい?律なんて、十字架見るとイライラするなんていうアホな症状出ているんだから』

「なにそれ、おもしれえ!?」

「一番坂くん。ヒトの不幸を笑うなんてヒドい!だいじょうぶだよ、六条くん!私、六条くんが神さまに嫌われたって、いつでも一緒だもん……っ」

「わ、私も!私、クリスチャンじゃないから、問題ないですし」

「……六条ハーレムが建設されつつあるぜ……」

『良かったわね、モテる男を近くで見ることで、いい研究になるわよ?』

「あれは魔術師とか悪魔限定にモテてるだけじゃないのか……?」

『あら?魔術師でも悪魔でもいいでしょ?モテているのよ?勝者じゃない?』

「……否定は出来ん。クソ、ああ、オレさまも茜とヨリ戻してえ」

「なんだか、ダメな男のヒトみたいよ、一番坂くん」

「ヒモみたいですよね」

「魔術師の女子ども、オレさまに冷たすぎね?」

「オレは虎のことが好きだぞ?」

「BLっ!?」

「うわあ!ちょっと、大丈夫!?鼻血出たの!?なんで!?」

『……春だからよ』

「……さて。そろそろ行かないか?」

「え。うん。そーだね。ここで喋ってても、たこ焼きに近づかないもんね」

「おうよ!んじゃあ、行くとしようぜ、たこ焼き屋♪」

「はい。楽しみですね!」

『ああ。たこ焼きか。私も久しぶりに食べたくなってきたなぁ』

「じゃあ、化ければいい」

「ちょっと、六条くん!?犬はちょっと……ヒモはいるけど、犬用のヒモはなくて」

「アレはヒモじゃなくてリードっつーんだよ、委員長。あと、ヒモなどいない」

『……バカにされてる気がしてきたわね?律。スマホのカメラで千堂を撮りなさい』

「了解、千堂。必殺技の構えだ」

「え?な、なんですか、そ、それ?え、えーと、こう、ですか―――」

 六条くんは千堂さんの必殺技の構えが完成する寸前に写真を撮っていた。意地悪。でも、ズルい。私もだ!挙手します!

「次、私!はい、必殺技」

 可愛い顔を作って、大好きな人をじっと見つめてみる女の子……っ。

「これが、女子の必殺技だよ!」

「そ、そうか!そっちが正解なんですね!!ああ、私、なんかのビーム出す姿を……」

『ええ?いのりんかあ。モデルとしては、ちょっと胸が小さいのよね?』

「私は小さくありません。フツーぐらいです」

『まあ、いいか。はいはい。へんしーん♪』

 ぼしゃん!不可思議な音と煙が出現した。そして、次の瞬間には、黒髪ロングの美少女が、六条くんの隣に立っていた。私たちは口をポカンと開けてしまう。

「どういうことだコレっ!?だれ、この美少女!?ま、まさか……っ」

「え、えーと、もしかして、アンさんなんですかあ?」

「ウソでしょ?なにそれ、ズルい!?」

『どう?みのりんの制服をコピーしたの。やっぱり、胸は小さめね。私のバストと制服が適合していないわ』

「……ヒトにも、化けれたの、アンちゃん?」

「そうだ。アンは、狼とこっちの二つの姿だ。家では、よくこの姿でいるぞ」

「危ない!!それ、危ないよ!!」

 私級の美少女が、一つ屋根の下とか、危ないよ、六条くん!!寝取られる。寝取られてしまう。ダメだ。もっと、積極的にならないと!!悪魔だからといって、安心できない。だって、六条くんなんて暗黒魔術師で吸血鬼で、なんか最近は霊獣使いだし?

「どうした、七瀬?」

「い、いそごう!!たこ焼きが、逃げちゃうよ!?」

 ここは強行策だ。私は六条くんの手を引っ張り、半ば無理矢理に走り始めていた。

 


 これは。私たちみんなで、初めてたこ焼きを食べに行っただけの日の物語。



                                   【二時限目】につづく。

 

変身ヒーローVS敵に操られた同型機の2号。書いててホント楽しかったですね。


やっぱり、特撮ヒーローものは、ベタなほどワクワクしてしまうものです。んん、楽しかった。まあ、残念ながら格闘することはなく、基本、主人公側の方が防戦一方でしたけど、六条くんの七瀬さんへの感情を表現できたのではないでしょうか?彼は、そういう男の子です。女の子/『妹』を守ろうという本能が強くあるのですよ、記憶を失ったとしてもね。


第四話は六条くんの主観でした。こう言っては元も子もないですが、主役の主観で進めるのが一番テンポ良く書けるカンジはありますよね。でも、六条くんと七瀬さんの認識の違いとか出せるので、これはこれで良かったよーな気もするんですよね。んー、研究しなくちゃ。


まとめ。


七瀬さんの主観はヒロインらしく、恋愛&六条崇拝ですね。ブラコンなんですよ。ラブコメ視点を目指しました。六条くんが好きすぎるという部分が強化されていきましたが、まあ、彼女にとっては恋愛対象だわ、兄だわと、いろいろ依存しちゃうヒトですよね、六条くんは。六条くんが彼女を『いのり』と呼ぶときは、『妹』あるいは大切な女の子として見ているというシーンですな。六条くんも完璧には記憶を失ってはいないし、七瀬さんに対して恋愛感情もあるのかもしれませんね。


アンの視点はクールに状況を分析&六条日暮やら世界観をまとめる係でしたね。六条くんに仲間をつくろうといろいろと小細工していたり、六条くんを溺愛しています。物語が始まる前の世界での『主役』の一人ですね。彼女は物語に時間的な厚みを出してもらい、世界観および歴史を語る英雄なんですね。六条クンが好きすぎる感じはありますが、その溺愛ぶりも書いてて楽しい。六条くんを殺すつもりなのかと千堂さんにブチ切れする彼女には、普段のクールさも知性もなくて良かった。


一番坂くんは武侠すぎる世界観でした。高校生らしくはありませんが、六条くんとはちがって、一身にコメディ・リリーフも果たしてくれるいいキャラです。彼の主観は難しい。たくましすぎるんですが、彼は『強さ』を体現する役目もあるので、まあ、あんなカンジで良かったんですかね。彼だけ魔術師じゃありませんが、彼はそれでも魔術師たちと同格です。それぐらいの天才。バカだけど。マガジンとかのラブコメで主役人格とかやれそうかなあと、不良が主役のラブコメとかなら、こういうので行けなくもないかな?まあ、武侠すぎる要素はカットしないといけませんが。


千堂さん。天然でボケでオタクっぽいと、非常にあつかいやすい主観です。マジメで自己犠牲も厭わない善良な性格です。押しが弱いのが弱点で、自己評価も低いと。でも、術砲は書いてて楽しいのです。破壊力抜群の必殺技って、いいですよね。ゲームでも大砲とかって、ワクワクもんです。世界に『聖杯病』なるものがあったと教えてくれるキャラでした。物語を加速させたキーマンですね、功労者です。ドジとは便利なアイテムですね、勘違いやすれ違いや情報漏洩と、いろいろ楽しませながら世界観を紹介できるのでいい子ですわ。


『グラール・フォックス』対『シャルトエン2』。ほんと書くの楽しかったです。いやあ、奪った新型機に乗り換えるとか、王道ですよねえ……うふふ。楽しい。ロボ系アニメ見たくなってきます。『シャルトエン2』の強さも覚醒イベントっぽくて、私は満足です。六条くんと並んであるくアンとの会話は好きですね。六条くんがかつて見た、六条日暮とアンの姿に、自分を重ねながらも、それを超えるのだという意志を示すシーンです。六条くんのコトバは可能な限り短く、それでも印象に残るような力強さを目指して書いております。


しかし、必殺技ラッシュもいいもんですよねえ。とはいえ、『グラール・フォックス』はテンポよく倒せ過ぎたかもとは思います。もっと粘っても良かったのかなあ。でも、あまり個性残しても、あくまでも今回のラスボスは白尾のほうなので、彼女の活躍も目減りしない程度にはコントロール出来たのかなとも思います。スポットライトの当て方って、むずかしい。


なんだか、楽しくなったので、これ、続編も書いてみます。それでは、また。

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