表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗黒魔術師、六条くん。  作者: よしふみ
3/4

第三話     悪魔と世界の改変と……大砲女!?

第三話    悪魔と世界の改変と……大砲女!?



 一年生最後のテストが返って来た。私は前回同様の順位をキープしていたし、六条くんはアンちゃんに個人事業受けているだけはあって、おどろくことに上位だった。スゴいな。転校して直後だし、授業もあれだけ寝ていたのに……逆に、アンちゃんの個人授業がキツすぎるせいで、学校で寝るしかなかったんじゃいのかしら?

 どうでもいいけれど、一番坂くんはいつも通りの成績だったそうな。



「―――頼む!委員長!そして、六条!!オレさまに勉強を教えてくれ!!」

 下校しようとしていた私たちを捕まえた一番坂くん。彼は半ば強引に私たちを図書室に連れて行くと、そこで大声で頼み込んできた。この人、いつものことなんだけど、声が大きくてうるさい……。

「……まあ、私は二人っきりとかにならないのなら、いいんだけど?」

「なにそれ、自意識過剰だから。オレさま好きなの、茜だけだし?」

「六条くんは?」

「ああ。かまわない」

「おお!!そっか、助かるぜ!ハハハ!いやー、このままオレさまだけ二度目の一年生やるとか、さすがに恥ずかしいもんなあ……?」

「ウソ?留年かかってるレベルなの!?グレてる場合じゃないでしょ!?」

「う、うるせえ。もうグレてません。ケンカとかもしてねえし?」

「……で。どの科目がダメなんだ?」

「ダメって言うなよ、六条。ちょっと傷つくだろうが……えーと、英語と」

「英語と?」

「数学と現代文」

「うん。なかなかの惨状ね」

「……あと、古典と生物……だけ」

 沈黙が訪れる。人気の少ない図書室だから、その静寂は耐えがたいほど無音だった。

『―――あきらめたら?』

 我々三人のスマホが同時に悪魔の結論を口にしていた。バカの一番坂くんが叫ぶ。

「そこを、なんとか!?……茜のヤツ、テストはギリギリでパスしやがってさ、このままじゃ先輩になっちまうんだよ!これ以上、気まずい要素増やしたくねえ!!」

「三崎さんスゴい。あんなことがあったのに。それに幸村くんのお葬式にも出てたよね」

「それにはオレさまも出てました」

「彼女とは話せたのか?」

「おい六条、お前には話したって電話で言ったはずだけど?ん?忘れてる?」

「そうなんだ。へー、良かったじゃない。そのカンジだと、そのうち復縁できるわよ。それじゃあ、帰ろうよ、六条くん!おいしいたこ焼きのお店情報ゲットしたんだ」

 私のたこ焼き情報に、六条くんの眼鏡の下の瞳がキラリとかがやく。むふふ。食いついてくれた。こないだ、思い出したもん。昔、たこ焼き大好きだったもんね。

「興味深いな。帰りに寄ろう。それじゃあ、一番坂、健闘を祈る」

「おう―――って、待てっつーの!!オレさまの、勉強は?」

『5教科もあるんでしょう?あきらめて、一年生をもう一度やればいいじゃない?人生には遠回りすることで、得られることもあるはずよ?』

「いやいや、5教科だ。たったの5教科だ!!片手で数えられるほどだって!!」

「ギリギリだがな」

「うん。よくもそこまで前向きに言えるものだよ」

 すぐにでも両手で数えなきゃいけない量だし。はあ。正直、どうにかなるものかしら?スケジュール詳しくないけど、およそ一週間後とかだよね、追試って?

「状況を説明してくれ。深刻さは?」

「あ。そうだね、まったく見込みがないってほどじゃない教科もあるわけよね?」

「……へへ。どれも、合格ラインからは遠い、かな」

 金髪不良の天才空手バカは、静かにそう語る。私と六条くんは閉口してしまった。ああ、社交性が邪魔をする。ヒトに備わった慈悲の心が邪魔をして、本音を言うに言えない……でも、悪魔はやっぱりひと味違った。

『もういいじゃない。あきらめなさいな。三崎茜とはいつでも会えるわよ。階が違ったとしても、校舎は同じなわけだから?』

「あきらめたくねえっつーの!……ぶっちゃけ、グレてた頃はよ、もー学校なんて辞めてプロの格闘家にでもなろうかって思ってた……だってよ?『世界のトップ』とか?ぶっちゃけ、オレさまのレベルならよ、『そんなもんでいいのなら取るのなんて簡単そう』だし……空手じゃ金になりそーにもねえから、ボクサーやるのもありかー、とかよ?」

『まあ、あんたバケモノだから、その道もあるわよね。じゃあ、がんばって』

「うん、応援しているよ。格闘技とか見ないけど」

「デビュー戦のチケットを郵送してくれ」

「だから、そのコントやめろっつーの!!オレさまは、まだ学校生活に未練があるんだって!?そもそも、テメーらの『用心棒』が近くにいないと、マズくね?」

『いいえ、社会人の協力者がいたほうが楽よ』

「え?」

『いつもみたいに、律に街を徘徊させて悪魔の気配探させるよりは、貴方が昼間から街をあちこち徘徊してくれた方が、悪魔の気配を見つけやすいし?』

「へー、そんな風に探しているんだ。刑事みたいに『足』で探すのね」

『そうよ。私がいるスマホが悪魔の気配に近づけばヒットするの!これが一番確実ね』

 なるほど。だから深夜徘徊させたりしていたから寝不足だったんだろうな。六条くんの深夜パトロールか……んー、色んなヒトに絡まれちゃいそうだ。社交術、弱いもん。

「苦労していたんだねえ、六条くん」

「それほどでもない。アンがいたからな。それに、他の手段もある」

「他の?」

『たとえば、私の開発したアプリとかを、他人のスマホに『感染』させたりして、センサー代わりにも出来るのよん?これだと確実性は薄いけど、気配じみた情報は集まるの』

「……えー。それって、アプリっていうかウイルスなんじゃないかしら?」

『あら?情報収集してる怪しげなアプリなんて世の中にあふれているでしょ?私のアプリもそんなものよ?だいたい、人類に貢献してあげているんだから、許されるわよ』

「……そういえばよ、悠斗のときはどうやったんだ?」

 一番坂くんが首をかしげてる。何か疑問があるのだろう。

「お前のアプリなんて怪しげなモン、オレさまスマホに入れてなかったぞ?」

『あのときは、まずネットワーク上で貴方のウワサ話を回収したのよ』

「え?アンちゃん、それって『フラれ王伝説』の?」

『そう。『フラれ王伝説』のことよ』

「ちょ!フラれ王……って、オレさま、そんな風に呼ばれてんのかよ……っ」

 一番坂くんが落ち込む。自分の評判なんて検索するタイプじゃなかったのね。悪いコトをした気もするけれど、自分の評価を知るいい機会かもしれないし。

「……そう、一番坂くん。あなたのあのマンガじみた悲しい恋は、みんなにいじられまくっているのよ!!」

「なにそれ、みんな鬼畜過ぎねぇか!?」

『ちなみに尾ひれもついてるわ。貴方、宇宙人とか、吸血鬼の姫とか、翼の生えた天界人とか、ヤクザの組長のひとり娘とかに……次々とフラれていることになっているわね』

「はあああ!?いくらんでもマンガすぎんだろ!?死ぬほどハチャメチャに生きたとしても、そのラインナップじゃ、組長の娘ぐらいにしか会えねえし!?」

『会ったの?』

「会ってるわけねえだろぉおおお!?」

「……はあ。ウワサって、怖いわね。どんどん面白いことになっていくもの」

 知らないほうが幸せだったかもしれない。ああ、一番坂くん落ち込んじゃってる。でも、一番坂くん強いから大丈夫だよね。基本的に凡人の言うこと気にする性格じゃないもん。それに、六条くんがフォローしてあげてるし!やっぱり、やさしいなあ……っ。

「一番坂、ドンマイだ」

「……お、おお。見事に気休めにしかならねえ言葉をアリガトよ……クソ。いいさ、ネットのウワサなんかに負けねえぜ!……で!!『フラれ王伝説』を調べたからって、どうなるってんだよ!?オレさまの恥以外に何が分かるってんだ!?」

『悪魔が絡んだ話題はね、私には気配で分かるのよ。いわば、特有の『臭い』を感じるのよね、あくまで感覚的に言えばだけど』

「ネットの文字って、そもそも数字の列なのよね?……それの『違い』が分かるの?」

『ええ。悪魔が絡んだ話題はね、すでにそれ自体が悪魔を構成するプログラムのひとつとして機能しているから―――』

「……ちょ、ちょっと待て!悪魔が絡んだ話題って、オレさまの『フラれ王伝説』のことだよな?そいつが、悪魔を構成している?どういうこった!?」

『悪魔はこの世界からすれば不明瞭な存在なのよ。だから、自分のアイデンティティを保つためにも、人間たちから観測してもらった方が安定する。人間に認識してもらってこそ、悪魔というプログラムは効率よく機能するように出来ているのね』

「あー、クソ。言ってることについていけねえ……っ!!」

 たしかによく分からない。でも、六条くんの悪魔退治を手伝うと決めたんだ。もっと、知識を蓄えておかなくちゃ。私は考える。『ヒトに観測してもらった方が安定する』。アンちゃんの言葉の意味を……そう、あのとき『ラブ・オー・ラブ』は『フィードバックする』って言っていたよね……?

 なんのために?

 目的を果たすためだ。目的……『恋愛』の『魔法』に至るため―――。

「……ねえ、『ラブ・オー・ラブ』は『恋愛』の悪魔だったのよね?」

「ああ。認めたくねえが、ヤツはそー言っていたぜ……?」

「つまり、あの悪魔の『アイデンティティ』は『恋愛』を叶えること……?」

『そうね』

「じゃあ、ある意味で自分の『作品』である一番坂くんの『フラれ王伝説』が話題になるほど、彼は力を得ていたの?……なんていうか、話題っていうか、『情報そのもの』が、悪魔の力になっているのかな?一種の……『糧』にしているっていうか……?」

『そうよ。悪魔はね、研究家なのよ。自分の背負わされた『テーマ』に対して、貪欲に情報を収集し、己の内部プログラムを更新しつづけるの。アレは自分が作った『フラれ王伝説』を人間たちが見て、どんなリアクションを取るのか見張っていたわ』

「見張る?」

『ええ。虎っちぃのストーリーに同情したり、あざけて笑ったり、悲しんであげたり、バカにしたり。ヒトのそういう『反応』を見て、悪魔『ラブ・オー・ラブ』は自身のアイデンティティある『恋愛』というテーマを研究していたのよ。自分のアクションを観測され評価されることで……己の行動の成否を判断する。そうやって、『恋愛』の『作り方』を研鑽していたのよね』

「そうすることで、悪魔は……自分を強くして、『魔法』に近づく?」

『そうよ。これは悪魔の基本的な行動方針/アルゴリズムね。テーマに沿ったアクションをして、その結果を観測する。良さそうなら、その行動を強化するし、ダメそうなら行動を変えるの』

「情報を『還元/フィードバック』しながら、自己進化してるってこと……?」

『そうよ、いのりん。悪魔はね、そういうライフスタイルをしているの。ヒトを利用して……『餌』にして、どんどん強くなっていくのよ』

 『餌』。その言葉を聞くと背中に冷たいものが走っていた。これが悪寒というやつに違いない。自分でヒトを『糧』にしていると口にしたときよりも、まさに悪魔であるアンちゃん自身から、ヒトを『餌』にしている……と聞いたときの方が、心の深い場所に突き刺さった。怖いな。悪魔って、怖いや。でも、このハナシに矛盾を私は感じている。

「……あのさ。『ラブ・オー・ラブ』は、『恋愛』を『叶えたかったハズ』だよね?でも、おかしいんじゃないかしら?」

『どこがかしら?』

「だ、だって。一番坂くんたちに起きたことは、そんな甘い言葉で表現していいモノじゃなかったわ。むしろ、その対極にあるような……大きな悲劇でしかなかったもの。それは、『恋愛』の研究をする対象としては、間違っていないかしら……?」

 だって、誰も幸せになれていないよ。一番坂くんも、三崎茜さんも、亡くなった幸村悠斗くんも。みんなが後味の悪いままだ……これを、『恋愛』と呼んでいいのかな……?少なくとも、私はそう呼べない。呼びたくないよ、これを恋愛だなんて。

 当事者である一番坂くんが、口を開いた。

「―――決まっているさ。オレさまたちを、あんのクソ野郎はまさに『餌』としやがったんだ。いいかよ、委員長。あえて『失敗』させた方が、学べるんだよ」

「……え」

「成功を分析するってのは難しいんだとよ?たとえば、どんな冴えない二流の野球選手でもよ、たまたま満塁ホームラン打つ日だってあるだろ?成功した理由?たまたまだ。他に理由はない。成功ってのは分析しようがねえ。なんだって、たまには上手く行くこともあるしな。でも、そいつが二流であることを説明するのは簡単だろ?……だって、たくさん、しくじっている。間違いを数えた方が、評価ってのは正確なのさ」

『そうよ。悪魔が願いの叶え方を失敗する最大の理由はね、故意に失敗させるからよ』

「そ、そんな……なんて、残酷なの……っ」

 幸村悠斗くんも三崎茜さんも、命を賭けた願ったのに……そんな必死の願いを、わざと失敗させた?その方が、自分が成長できるからって……?

『―――悪魔は『いつだって間違った願いの叶え方をする』。そして、それをウワサ話にすればね、『ギャラリー/観衆』がネットで評価をしてくれるのよ。どう間違ったのかを分析してね?そして、それらを『餌』にして、悪魔は成長方針を選んでいくの』

「ひ、ひどい……そ、そんなのって、いくらなんでも、ひどすぎるよ……っ」

「……だから、オレたちで倒す」

 恐怖と怒りで震えていた私に、六条くんの声が届いた。ああ、なんだろう。心が、あったかくなるよ。まっすぐに、私を見つめてくれる力強い瞳……それが、とても心強い。彼の強さが、彼の決意が、私にも乗り移ってくるみたいだ。そうか、これ、『勇気』だ。

 私の紅い瞳に強さが戻る。

 私は、彼の強さを真似るのだ。

「うん。そうだよね。了解だよ、六条くん!」



『でも?虎っちぃ?貴方、悪魔の行動方針を感性で悟っていたのね?』

「あ?まあ、な。戦った相手の考えとかは、だいたい読めるからな」

「テストとは戦っていないの?」

『知性の鋭さは存在している。ただし、まったく勉学には向いていないのね。残念』

「コラ、残念とか言うんじゃねえよ」

「ドンマイだ」

「ドンマイ言うな、六条!!」

「悪魔がウルトラ悪党さんってことは分かったし、闘志も湧いて来たけれど。そういえばアンちゃん、悪魔が関わっていないウワサ話の方が無数にネット上にあるんだと思うけど、どうやって悪魔関係と選り分けているの?このハナシ、途中だったよね?」

『私たちがいわゆるプログラムに似た存在ってことは分かってもらえているかしら?魔術で組まれたプログラムとは言え、電子情報としてネットワークを徘徊すれば、足跡を残すのよ。悪魔がネット上で『餌』たちを観測していれば、私が感づくことも出来る』

「悪魔に特有のネット閲覧方法……みたいなのがあるってこと……?」

『そんな理解でいいわね。私ならそれを読み解ける。でも、悪魔は好奇心の塊。『ラブ・オー・ラブ』は、ヒトのコメントが無いサイトも見てたわよ。エロ動画サイトとか』

「え、え、エロ……?なにそれ、サイアク」

「……」

「……」

『あら?男子たちは、なんで沈黙なのかしら?』

「うるせえよ。気にすんなよ」

「スルーしてくれ」

 男の子ってしょうがないんだから。でも、爆発して死んじゃうよりはマシか……。

『基本的に悪魔の『狩り場』はSNSね。自分のアクションについての反響を見られるから。そこで、自分のアクションに熱心に書き込んだり閲覧してくれる『いい獲物』を見つければ追跡していきたくなるのよ……一種のマーキングみたいなものね。『これ/この人間』は、おいしい『餌』だって、印をつけるのよ。お気に入りの『餌』だから、情報を回収しやすいようにするのね』

「その印をアンが見るんだ」

「なるほど。んー、ブックマークみたいなことかよ?オレさまのお気にに登録しているスポーツニュースサイトみてえなカンジ?毎日チェック!」

「私、動画投稿サイトのほうをイメージしちゃった。まあ、同じようなものよね?『お気に入りの情報』を、逃さないように追いかけてる……」

『じつは、もう私がぶっ潰したんだけど、『ラブ・オー・ラブ』が運営してるサイトも複数あったわ。笑える動画も投稿していたしね?……あと、あいつ、人生相談や恋愛相談のサイトも開設していたわ。とても人気だったみたいよ』

「ウソだろ!?だって、お前……悪魔だぜ、あいつ!?」

「……そっか。悪魔だなんて、誰も思わないのね。多少、おかしなところがあったとしても、そういう『変わり者』と判断するか、ふざけてるぐらいにしか思えないもの」

『そう。ネットほど悪魔にとって理想的な心理実験の場はないわね。『悪魔/自分』の行いを評価してもらい、ときには指示を仰ぐ。または、おいしそうな『餌』のなかから……『宿主』を選ぶオーディション会場にもなるのよ?』

「……悠斗のことかよ?……そういや、くわしいハナシを訊かせてもらってねえわ。ハナシ脱線しちまったしな。なんか総論みたいなコトになってるケド、オレさまが一番聞きたいのは、あの事件についてだぜ。なあ、アン、テメー、わざとはぐらかしてねえか?」

『あら。バカなのに鋭いこと。でも、聞きたいの?楽しい気持ちにはなれないと思うけど?……そんなに知りたいなら教えてあげてもいいけれど、ちゃんと考えなさいな?』

「教えやがれ」

 一番坂くんは即答した。こういうところは強さを感じるな。私だったら、迷うと思う。だから、一番坂くんは悪魔と戦えたのかしら?……それをやれた理由って、空手家で不良だから、ケンカになれているってことだけじゃないのだと思う。心の強さがあるからだ。私は新米だけど魔術師で、炎だって呼べるのに、戦えもしなかったし。

『―――そう。わかったわ。まず、ことの始まりから順を追って話してあげる。最初のキッカケは、幸村悠斗が『ラブ・オー・ラブ』の作った人生相談サイトに引っかかったこと。彼は死の病に怯えていたからね。誰かに相談したかったのよ』

「……チッ。オレさまには、言えなかったくせによ」

『他人にこそ出来る質問もあるのよ』

「そうかよ……」

『まあ、彼から相談してきたことで、『ラブ・オー・ラブ』は、幸村悠斗が近く死ぬことを知った。ヤツは、とっても親身になって幸村悠斗の相談に乗り、信頼関係を築いていく。スマホに入り込んで追跡し、彼のあらゆる情報を集め、彼の心を掴むように振る舞ったことでしょうね』

「……そうか。あいつもアンちゃんみたいにスマホに乗り移れたんだ」

『そして、『ラブ・オー・ラブ』は知ったのよ。幸村悠斗が三崎茜という親友のカノジョへの想いを強く抱いていることを。『ラブ・オー・ラブ』は、喜んだはずよ。悲劇を作れる。いい実験を行えるって。そして、ヤツは彼と契約を交わしたのよ』

「……悠斗め、負けやがって」

『ヤツは魔術でふたりを操り、三崎茜に虎っちいをフラせたのよ。そして、ふたりをくっつけた。それから先は、私よりも貴方の方が詳しいはずよ』

「ああ。誰よりも当事者だかんな……クソ!」

「元気出せ」

 六条くんが一番坂くんを励ましてあげている。短い言葉。でも、その目はまっすぐ一番坂くんを見ている。彼のそういう瞳と、まっすぐな言葉は心を届けるのだ。

「……おうよ。わかってら。知りたかったこと、だいぶ分かったぜ。それで、なんでテメーら、あの日、オレさまにケンカ売ってきたんだよ?」

「まず、ネットを漂っていたアンが、『ラブ・オー・ラブ』の痕跡を見つけた」

『ええ。SNSで語られていた『フラれ王伝説』に、ヤツの足跡を見つけたのよ。私はヤツの契約者と居所を特定しようと考えた。で、『フラれ王伝説』をじっくり読んでみれば、王の恋人を寝取った、もうすぐ死んじゃう悲劇の少年がいるってことを知ったの。情報を精査したところ、どうやら実在しているという確証を得たわ。なら、そんなおいしい『餌』を悪魔が放っておくワケがないと判断したのよ』

「だから、手っ取り早く『当事者』の一番坂に訊いてみることにした」

「……なるほど。納得だわ」

『荒っぽいことになってしまったけれど、情報はゲット出来たわね』

 ……やっぱ、あのときのアレって、ケンカしてたんだ。六条くん、よくこんな厳つくて乱暴そうで金髪の不良なんかにケンカ売れるよね?悪魔と戦うぐらいだから、もう不良ぐらいじゃ怖さとか感じないのかな……勇気のかたまりだぁ。

「だいたい、こんな流れでオレとアンは悪魔を見つけていく」

「……そっか。ていうか。お前、毎度いきなり怪しい奴にケンカ売ったりしてたの?」

「今まではな。ときおり、荒っぽいヤツには殴られそうにもなった」

「ハア、交渉力とか低そうだもんなあ……なんつーか、ちょいクールさに欠けるぞ?」

『ええ。今後は、ヤンキー相手は貴方の出番ね』

「おう。まかせろ、そういうの得意。ヤツらはオレさまの前では素直だぜェ!!」

「クールさに欠けそうだな」

 六条くんがチクッと皮肉を言って反撃してる。かわいい。

 でも。いい勉強になった気がするよ。悪魔のこと、だいぶ分かってきた。なんか、想像していた以上に現代的な生態であることにはビックリだけど。ものすごく性格の悪い人工知能……?まるで、そんな感じだよね。

 でも、あらためて怖い存在だと思った。

 だって、私が見ているサイトが、もしかしたら悪魔により運営されている……ってことも、ありえるのよね?それって、なんだか、怖いハナシだよ。気づかない内に、悪魔の『餌』にされているなんて―――ゾッとする。

 今度、アンちゃんにチェックしてもらおうかな、お気にのサイト……。

『まあ、さっきも言ったけれど、悪魔の探知方法は『足』でもいいの。ネットにある膨大な情報を精査していくのは、さすがの私でも時間がかかるしね?でも、私の『悪魔探知アプリ』や、私の分身が宿ったスマホを持ったヒトが悪魔の『巣』に近づけば、即座に反応があるんだから!手っ取り早さは、そっちのアナログ式の方があるのよ』

「……そっか。なるほど、ネットで広く浅く捜索する。『足』でもピンポイントだけど直接探せる……どちらにせよ、悪魔退治は、まず情報収集が大切ってことなんだね!」

『そういうことよ、いのりん』

「んー。ネットを探るのは、私たちじゃムリだよね?そんな技術ないし。だいたい、悪魔と関係ないウワサ話のが多いだろうし?仮にそれを見ても、分からないしね……」

「オレさまも絶対ムリ……頭脳労働とか向いてねえって」

『でしょうね。神さまは公平ね、体力と知力のどちらかだけを貴方に与えたのね』

「うるせー」

「でも。アンちゃんのアプリを入れたスマホを持って、街中を歩き回れば、私たちでも情報収集できちゃうってことよね?」

『そうよ。だから、それを律にやらせてきたのよ、今までは』

「そっか。それでもいいのかぁ。じゃあさ、六条くん。今度の土曜日いっしょに……」

「今度の土曜日とか日曜日は、オレさまの勉強を見てくれませんかねッッ!?」

「えー……」

 私はデートの計画が邪魔されてしまい、思わず不機嫌そうな声が出てしまう。せっかく自然な流れでデートの約束出来そうだったのに?なに、この不良。サイアク……。

「ハナシ脱線しちまってたぜ!!えらく頭を使う会話で、悪魔について詳しくなれたんだけどよ!有意義な時間だったワケだけどよ!そもそも、オレさま危機的状況なの!!今は、どこにいるか分からん悪魔よりも、目前に迫ってる危機があるんだって!!」

「あきらめたらいいのに」

「う。この問題を解決してくれる力が最もありそうな委員長の目が、熱意を失い冷たくなっていやがるじゃねえか……!ええい、こっち来い、お嬢。いいものをくれてやる」

 一番坂くんに呼ばれて、私は六条くんから離れる。いいですか?彼のパーソナルスペースから離れると、エネルギーがダウンしちゃうんですけど?私は、ほほをふくらます。

「で。何か用ですか?私、ハイパー不機嫌なんですけど?」

「ククク。分かってるって、この恋愛脳。テメー、六条とデートしたいんだろう?まったく、さかりやがって」

「そうだけど……恋愛脳ってやめてくれない?あと、さかるとかもヒドいから」

「そんな恋する乙女のテメーに、ほーら、水族館のチケットだぞお?しかも、ペアだ」

「え?なにそれ、くれるの?」

 私は目の前でヒラヒラ揺らされているチケットに反応する。一番坂くんからゲットしようと手を伸ばすけれど、天才空手家め、私の手を容易そうに回避してくれる……っ。

「欲しいか?ククク!……ああ、くれてやるとも。お前の協力次第ではなァ」

 うぬぬ。こ、この男に屈するのは腹立たしい。反撃だ!

「わ、私、そんなチョロい子じゃないんだからね?」

「そーか?まあ、コイツがダメならよォ、映画の試写会とか、アミューズメントパークのタダ券とか、いろいろと手配できるんだぞ?」

「な、なによそれ、バリエーションが豊富。一体、どういうルートで?」

「うちは道場の他に商売もやっていてな。そういうチケットの類が結構回ってくるってワケよ。オレさまは茜や悠斗と、ガキん頃からそういうチケットで色んなところに遊びに行けてたのさ。そしたら、どうなった?」

「ちょっとした都市伝説級の、『泥沼三角関係』に―――」

「そうじゃない。いや、結果はそうだったけど、オレさまと茜はちゃんと付き合えてました!つまり、この魔法のチケットたちがあればだ、お前と六条は?」

「む、結ばれると!?」

「え?あ、う、うん……あんま先走るなよ。がっついてると、六条に引かれるぞ」

「引かれるって言わないでよ……こないだだって、進展したし、大丈夫だし」

「ベッドに入ってったアレのこと?」

「な、なんで、知ってるのよ!?」

「だから、カーテンの一枚向こう側に誰がいたと思っていやがる?」

「聞いてたの!い、いやらしい!」

「いや、テメーが場所を考えんからだろうが?……まあ、ともかく勉強を教えてくれ。そうすれば、オレさまが各種ペアチケットを授けよう。こいつなら、気楽に誘いやすかろう?あのね、六条くん、タダ券もらっちゃたんだけどお……ってなカンジよ?」

「落第生のくせに、策士だわ」

「うっ。委員長、けっこー毒吐くよなあ。まあ、今はいいぜ。とにかく、こういうチケットをさ、自分で用意する勇気があるのかよ?委員長みたいな恋愛経験ゼロ子ちゃんによう?ちょっとハードル上がるだろ?自分で用意したチケットで誘うってのは?」

「く。悪魔的取り引きを……ッ。でも、あなたの協力なんて無くても、六条くんを狙うライバルなんて、今のところいないし―――」

「―――きゃっ!!」

「危ない!」

「え?」

 私は物音と悲鳴がした方向を見た。たくさんの本を持って歩いていた女の子が、転けそうになっていた。本があたりに散乱していくなか、彼女のことを六条くんが抱きしめるように受け止めていた。

「大丈夫か?」

「あ、あわわ!す、すみません!た、助かりましたぁ!」

「ケガがないのなら良かった。立てるか?」

「は、はい。なんとか……って、痛いっ」

 足を挫いたのだろうか?女の子は立ち上がろうとしていたが、足が痛かったせいで転けそうになる。また、六条くんが受け止める。

「わ、わわ。ご、ごめんなさい……また、助けてもらっちゃいましたぁ」

「かまわない。それより、足を挫いたのか?」

「う、うん。そうみたいです……私、ドジですね」

「そんなことはない。ケガをしただけだ。保健室に運ぶぞ」

「え。ひゃ、ひゃあ……っ」

 六条くんがその茶色い髪の女子をお姫さま抱っこで抱える。彼女はパニック気味だけど、拒絶する様子はない。

「あ、あ、あ、あの……だ、だいじょうぶですから」

「気にするな。七瀬、一番坂。ちょっと、彼女を保健室に連れていく。落ちた本を拾っておいてくれないか?」

「おー。がんばんな、ヒーロー」

「う、うん。私も手伝おうか?」

「いや、一番坂の勉強を見てやれ。そいつを後輩にはしたくない」

 そう言って、六条くんはその女を運んでいく。茶色い髪の、私より胸の大きな子は、赤いふちの眼鏡の下の大きな瞳で、六条くんを熱っぽい視線で見ているような気がした。

「……このパターン」

「ん?どうした、委員長」

「私も、このパターンで保健室に運んでもらって、仲良くなったら魔界に落ちた」

「……変な恋愛してやがんなあ。とくに後半が斬新すぎるだろ?」

「でも、だいじょうぶかな?……寝取られないよね?私、いろいろと積極的だし」

「ハア?そりゃどうかな?逆によ、チョロい女と思われてんじゃね?」

「ちょ、チョロくなんてないもん!」

「いやよう、委員長ってさ、男からすると『いつでも簡単に落とせる安い女』と思われちまってて、浮気されまくるタイプなんじゃねえの?」

「はい!?」

「ククク。いやさ、六条ん中ではよ、『あいつ、犬みたいにさー、呼べばいつでも尻尾振ってくるチョロい女なんすよー』って、カテゴリーに入ってたりするかもよ?」

「私のことを何だと思っているのかしら、一番坂くん?」

「まあ。カノジョ取られたことがある身としては、恋愛ってのは自分がどう思っているかじゃなくてよ、相手が自分のことどう思っているのかって考えるのも大事じゃね?」

 む、むかつく。

 バカのくせに大人ぶって!なんだか、一番坂くんごときに負けている気がしていけない。そうか、これは劣等感だわ。私は、まだ正式な恋人がいたことないもの。でも、一番坂くんはみじめにフラれちゃったけど、かつては、ちゃんと恋人がいたんだもん。

 私は、この金髪ピアスの不良の空手家なバカのヒトに、遅れを取っている……っ?

「……なんか、オレさまのことバカにする目で見てねえか?」

「ううん。そんなことないわ。被害妄想よ」

「んー。それなら、いいんだけどよ……でも、そんな気になるんなら行ってこいよ?」

『いえ。いのりんだけじゃなく、虎っちいも行くのよ』

「どうしてオレさままで?てか、『虎っちい』はやめれ。いいか?オレさまはさあ、忙しいんだっつーの?落第回避のためには、一分一秒もムダにしてられねえんだぞ?」

『……言ったでしょ?いのりんのときは、魔界に落とされたのよ』

「どういうこと?また、六条くんが魔界に落とされるって言いたいの?」

「……つーか。あの女が『罠』かもってことかよ?……あいつ、魔術師なのか?」

『そうよ。鋭いのに、バカなのね。残念だわ』

「褒めた直後にボロクソ言うんじゃねえよ。でも、それなら、用心棒の出番だなァ!報酬は、『解答用紙』のデータぶっこ抜いて来てくれるってんでどーだ!?なあ、ハッカー・デビル!!」

『いいわよ。解答用紙のデータって、解答欄が白紙なヤツばかりでしょうから』

「ちがっ!間違えた!?そーじゃねえって、問題用紙のほーだァアアッ!!」

『正義の悪魔として、そういう小さな悪事は働かないわよ。虎っちい、コレがすんだら勉強ぐらい教えてやるわよ?死ぬ気で詰め込めば、バカでも進級ぐらい出来るわ』



 ―――す、すごい。私のよーな地味女子が、男の子にお姫さま抱っこで運んでもらっています。ネクタイの色を見て、分かる。同じ学年のヒトだぁ……っ。細身に見えるのに、なんかガッシリしてて、とっても安心できちゃうよ。

「ん?どうかしたのか?」

「い、いえ。な、なんでもありません。あ、あの。私、重たくないでしょうか?最近、ちょっと、太っちゃって……」

「そんなことはない。それに、あまり痩せていても不健康だ」

「は、はい。あ、ありがとうございます」

「ん?なんで礼を言う?」

「えーと……そ、その。保健室まで運んでくれているから」

「気にしなくていい。なれてる」

「え?保健委員とかなんですか?」

「そんなところだ」

「なるほど!ベテラン保健委員さん。だから、この安定感のある運び方なんですね!?」

「そんなところだ」

 えへへ。このヒト、あまりしゃべらないけど、なんだか面白いな。表情も豊かじゃなくて、なんだか、くーるって感じですけど。目元だって鋭いけれど、でも、やさしい。

「あー。もしかして。弟さんとか、妹さんとかいますか?」

「どうしてだ?」

「いえいえ。なんだか、お兄ちゃんっぽいからです!」

「……鋭いな。妹みたいなものがいる」

「へー、よく抱っこしてあげてたんですか」

「昔は背負ったりすることが多かった。泣き虫だったし、よく走って転けたりしていた」

「あはは。私もよく転びます」

「そうだな。さっきも転けてた」

「う、うん。ちょっと多く持ち過ぎちゃって……本」

「気をつけた方がいい」

「は、はい。そうします……」

 うう。なんだか墓穴を掘っちゃった気がします。カッコ悪いところをアピールしちゃったような。でも、いい人だな。このヒト。

 とても静かで、やさしくて。ちょっと背が高くて……なんだか、守ってくれそうで。不思議です。どこかで見たことがあるような気がします……どこかで。

 んー……あれれ?

 ……ほんとーに、どこかで見たことあるよーな気がします。なんですか、これ?も、もしかして、私たちって前世で恋人でしったけ!?

 ……ああ。そんな考えが浮かんだせいで、む、胸がドキドキしてきましたよ。なんでしょうか、これ。一目惚れ?……でも、彼のこと、なんだか見たことがあるよーな……。

「……え、え、えーと、そ、そそ、そういえば、お名前!」

「ん?」

「お、お名前を聞いていませんでした。あ、あの。私の名前は、千堂桃華です!」

「そうか。オレの名前は、六条。六条律だ」

「六条さん……やはり、どこかで聞いたことのあるよーな……?」

「ついたぞ」

「え?あ……保健室。ありがとうございました。ここまで来たら、大丈夫です」

「いや、いいさ。ベッドまで運ぶよ」

「そ、そこまでは……っ」

「なれてる。こないだも七瀬でしたから」

「……そ、そーですか……っ」

 七瀬さん?あー、そうだ。知っています。あの秀才で、むちゃくちゃ美人さんの。明るい銀髪?ですよね。白い金髪なのかもしれませんが。ロシア系のハーフとか?……顔もすごく可愛いし、手足も長くてスタイルいいし、お人形さんみたいですよね。

 ああ。さっきも、図書室にいたような気がしますね。それじゃあ、七瀬さんと仲良いのかな、六条さん。うふふ。そりゃ、仲良いですよね?だって、ベッドに運ぶ仲―――って、ええ!?そ、それって!?

「ろ、ろ、六条さん!だ、ダメですよ、私たちは、まだ高校生ですから!?」

「ん?行儀が悪いか。でも、手がふさがっているから見逃してくれ」

 そう言うと、六条さんは足を使って保健室のドアを開けた。ああ、たしかにそれは、お行儀悪いです。でも、私の伝えたいコトじゃなかったんですけど?ううん……伝わらなくて良かったよーな気がします。

 そうですよ。だって、余計なお世話じゃないですか?たとえ、六条さんが七瀬さんをベッドに運んでいたとしても。そ、それから後で、な、何が起きていたとしても。べつに私は、文句を言う立場じゃないじゃないですか?

 私は恥ずかしくなって目を閉じます。

 何を考えているのでしょうか?ほんと、余計なお世話です、自意識過剰です。

 ―――わかっていますよ。

 ―――理解しています。お二人のことを詮索するなんて、ぶしつけなことです。ダメですよ、悪い子ですね。桃華は、本当におバカさんです……っ。

 でも。それでも。

 なぜだか心が痛みます。ズキリ、ズキリと。

 七瀬さんと六条さんの関係を考えていくと、胸が痛くなる。だったら、考えなければいいのに?……なぜだか、思考が止まってくれません。ナイトのように私を抱えてくれているこの人は……私のモノじゃないというのに……。

 六条さん。あなたが本当に守っているヒトは、七瀬さんなんですか?……だとすれば、私なんかじゃ、勝ち目とか無いじゃないですか。

 私はため息を吐きながら、目を開けます。

 そして……そして、気がつけば、私たちは『魔界』にいたんです。

「……あれ?」

「……どういうことだ?」

 世界が黒く沈んでいた。白が基調であるはずの保健室のはずなのに、そこはまっ黒の床だった。それに、ベッドのシーツまで黒い。

「安岡先生、模様替えしたのか。ロックだな」

「え!?」

 なんて器の大きさなのかしら?六条さんは、気づいていない!?この異常な状況にも、まったく怯えることもないなんて……スゴい。スゴいけど、ちょっと鈍感すぎるような?

「まあ、いいか。さて」

「え?あ、はい」

 私は六条さんに黒いベッドの上に座らされる。うう。このベッドの感触、なんか生暖かい。生き血みたいな……六条さんは、スゴいな。こんな魔界に迷い込んでも、動じないんだ。六条さんは、保健室の備品を漁ろうとしている。

 でも。戸棚を開けようとして、開かない。そうか安岡先生がいないから、鍵がかかっているんだ。魔界に引き込まれても、鍵がかかっているという事実は変貌しなかった。

「まいったな。包帯はここにあるはずなんだが……」

「え?い、いいですよ、無いなら、無いで……それよりも―――」

「仕方ない。開けるか」

「え?」

 それは素早いものだった。六条さんが懐から細い針金みたいなモノを取り出していた。そして、それを戸棚の鍵穴に差し込んで、ガチャガチャっと動かした。すると、鍵が開いてしまう。早業だった。六条さんは包帯を取り出して、私の方にやって来る。

「い、今の、どーやったんですか?」

「ピッキングだな」

「はい?」

 なんだっけ?たしか……そう。鍵を使わない鍵開けのこと?え、ドロボウさん?

「怖がらなくていい。自衛隊に教えてもらったことがあるだけだ」

「なるほど。え?六条さんは自衛隊に行ってたんですか?」

「いや。あいつに……保護者のせいで、三年前の夏のときに一瞬だけ入らされた」

「そ、そーなんですね……?」

 スゴいご家族だ。ヒトさまのことをとやかく言える家庭じゃありませんけど、それにしたって、夏休みに自衛隊へ体験入隊??三年前って、中学一年生?えーと……なにそれ、なんだか戦闘型の魔術師みたいです。うーん、六条さんって謎の人物ですね。

「上履きと靴下脱がすぞ」

「え?ひゃ、ひゃー」

 私はあっという間に上履きと靴下を取られていた。六条さんはとっても慣れた手つきで素早く包帯を巻いてくれる。ほー、スゴい。さすがはベテラン保健委員。またたく間に捻挫の固定は完了する。

「わー。ありがとうございました!」

「……しばらく、ここで休んでおけ。安岡先生を見つけてくる」

「え?ちょ、ちょっと、待って下さい!今、ここはフツーの―――」

 彼、歩くの速いよう。あっという間に黒い保健室のドアから外に出ちゃう。ああ、私は急いでベッドから降りる。足を突く。でも、痛みがほとんどない。そうか、しっかりと固定されている感じ。これなら、魔術を使えば一瞬で治る―――かも。

 私は足首に手を当てて、呪文を唱えた。

「『白尾千百よ、我が魔力を捧げる……願いを、叶えたまえ』」

 白キツネの霊獣・『白尾千百/しらおせんびゃく』の力が発動し、若草色の光が私の足首に集まっていく。『治癒』の魔術だ。さすがに、『グラン・グラール』みたいな『復活』の力には及ばなくても、霊獣の力はなかなかスゴい。

 私の捻挫は、ほとんど治った。ほとんどというのが、私の限界だ。力の多くを失ってしまった星光魔術師としては、もう捻挫さえも完全に治す力はない。

『くーん』

 白尾が私の足下に顕現する。白くて小さなキツネ。本来は、もっと強大な力にあふれていた霊獣のはずだけれど、父さまと母さまがお亡くなりになったとき、その力の半分以上を奪われてしまった……。

 白尾はすまなさそうに、私の足首を舐めてくれる。

「いいんだよ。大丈夫だから。白尾は悪くないのよ」

『くー……っ』

 ああ、この子のプライドを傷つけてしまったかもしれない。『白尾千百』は日本の魔術師たちが所有してきた『霊獣』のなかでも、最も強い魔力を持つ一柱だった。自分の魔術の出来に納得できなかった上に、私なんかに励まされたのが悲しいのかも?

 ……うん。今日も私、この子から下に見られてるわ。べつに、いいけれど……。

「はっ!そ、それより、白尾。たいへんだよう!六条さんを追いかけないと……このままじゃ、ここにいる『緒方八幡』に……殺されちゃう」

 私は覚悟を決めた。

「行こう。変身ですよ、白尾!おいで!」

『くーん!!』

 白尾が白い光に化けて、私を包みながら一つになっていく。

 星光魔術師らしく、白い星のかがやきを宿したローブ。そして、魔術師の象徴たる大きな三角帽子です!身体能力の増強は少ないですけれど、この『魔粧・白尾』は防御力だけは、とっても高いのです!

「フフフ。これなら、魔界を探索したってケガしませんから!さあ、行きますよ白尾!六条さんを助け―――」

 ガラガラガラ。

 意気揚々と保健室から脱出しようとしていた私の目の前で、保健室のドアが開いていました。そこにいたのは、銀髪美少女と金髪の不良。七瀬さんと一番坂くんです。一年の有名人二人が、スクールカーストの頂点にいるヒトたちが、いきなり目の前に!劣等感ゆえなのか、私は思わずかしこまってしまう。でも、彼女たちは私以上にビックリしているようだった……。

「あ、あの……あなた、その格好……『コスプレ』……?」

「え?」

「テメーさ……保健室でコスプレとかするのか?てかよ。なにそれ、魔法少女?」

「そ、そーじゃなくてですね!?」

 ふたりが引いています。た、たしかに、『魔粧・白尾』はマンガやアニメでお馴染みな魔法少女キャラみたいな格好ですけど、そういうのじゃなくてですね!?

「こ、これは、『星光魔術師』としては正装でして!?決して、私の趣味が反映されているとかじゃなくて、組織としての制服みたいなものでして!?」

「う、うん。いいと思う!」

「そだな。ヒトそれぞれだもんな」

「あうう。なんだか、腫れ物扱いされてますよう」

 イタい子あつかいされるの、ちょっと辛いです。私、学校の保健室でコスプレとかしている認識になってしまっていますよ!ちがうんですう、私、そんな子じゃありません。マンガとか好きですよ!?コミケ?とっても興味ありますけど!?そ、そりゃ、コスプレとかも、してみたい気持ちゼロじゃないですけれど……っ。

「ちがうんですうう!!信じて下さいぃ!!」

 私は涙を流しながら七瀬さんに訴えてみた。彼女はやさしげに微笑みながら、視線をそらす。ああ、なんでしょう。嫌われているのでしょうか?……そ、そうか。変態。私、学校の保健室でコスプレしちゃう変態さんだって思われてる!?

 ああ。魂が口から抜け出しちゃいそうですう。落ち込みすぎて、世界が真っ白になっていくよーな感じです。うう。星光魔術師の伝統的衣装なだけなのに……むしろ、アニメとかのが私たちの方に寄って来たんですってばぁ……っ。

『ぐるるるるうう!!』

 落ち込む私は警戒がおろそかになっていたのだろう。でも、白尾はそうじゃない。白尾ほどの霊獣となれば、悪魔の気配に敏感だ。

「うおおお?なんだ、尖った帽子が唸ったぜ!?犬?犬が入っているのか!?」

「そーじゃないです!これ、ピンチで危険なんです!?」

「ピンチで危険……どういうことかしら、星光魔術師さん?」

 七瀬さんが私をじっとにらみつけながら言った。ど、どうして?

「どうして、私が星光魔術師だと!?」

「いや、さっき自分で言ってたじゃない?」

「はわわわあ!!ホントです、私、自分で言ってましたあ!?……重要機密なのに」

 私はその場にしゃがみ込む。帽子を深くかぶる。白尾が暴れる。でもいいや。今、誰にも顔とか見られたくないです。きっと、耳まで真っ赤ですし……。

「ん?お、おおおおおおおお!?」

「どうしたの、一番坂くん。うるさいんですけど?」

「あ、あれ!!スゲー!!あいつ、バカみたいにデケえぞ!?」

「え?」

 私は帽子から顔を出して、一番坂くんを見た。どうやら彼は保健室の窓の外を見ている。そして、驚いて……でも、楽しそうに、笑ってる?

「ちょ!なによ、アレ!?大きすぎるでしょ!?」

「……あれは」

 『校庭』には、特大サイズの下級悪魔『影鬼』がいた。ヒトの怨念で編まれた、弱く知能も低いはずの下級悪魔だ。姿形はのっぺりとした影そのもの。影人間と言ったヒトもいる。とにかく、身長3メートル近くはある影鬼が、校庭をのそのそと歩いていた。

 いや、歩いているだけじゃない。こっちに近づいている。白尾は、それを教えてくれていたのね……ああ、あの悪魔、口を開いて、ヨダレを垂らしている……食堂の辺りをうろついていたということは、十中八九、『食欲』の下級悪魔。さしずめ、『餓鬼』といったところでしょうか。

 あの目から感じる思念は、やはり『食欲』です……私たちを、捕食するつもりだ!!

「しっかし。いるもんだなあ、あんなデケえヤツがよ……ヨーロッパのヒトか?」

「……ちがいます。アレは、下級悪魔です」

「……あれを悪魔と呼んだ。それじゃあ、やっぱり貴女は……」

「私は、対魔機関『鎮目』所属、星光魔術師・千堂桃華です!……お二人とも、下がってください!!私が、お守りしますから!!……白尾、お願い!!」

 私は魔術を使って、白尾の力で『ロケットランチャー』を精製します。

「何それ!?」

「エグい!?大砲かよ!?」

「ふたりとも、伏せて!!先手必勝ぉおおお!!4、3、2……ファイヤー!!」

 シュボ!!『ロケットランチャー』から砲弾が解き放たれます!白い蒸気が保健室を覆い尽くしながら、飛翔した砲弾はガラス窓を貫いて、こちらに駆け寄ろうとしていた『餓鬼』の巨人にぶつかり、高さ十メートル近くの爆炎が生まれ、下級悪魔を一瞬の元で焼き尽くす!一瞬の後に、熱風と爆音が私たちの耳に届いていた。

「……やりました!ふたりとも、大丈夫ですか!?」

「お、おー。鼓膜がキーンとしてっけどな」

「どうなってるの……それも、魔術?」

「はい!私の魔術は、重火器を錬成して、それをぶっ放せるんですよ!……って、ダメですよう!!魔術師以外には、重要機密なんですからあ!!」

「だいじょうぶよ、私も、新米だけど魔術師だから」

「え?」

 戸惑う私の前で、七瀬さんは空間に紅い紋章を発生させる。私は呆気に取られて口を大きく開けてしまう。そんな私に見せつけるように、彼女は魔力を働かせ、紋章から強烈な火炎の放射を放ってみせた……スゴい。『バード・ケイジ/補助装具』も無しに、魔術をこのレベルで使えるなんて……。

「おー。やっぱり委員長も魔術師か。まあ、あいつの『妹』だもんな」

「妹じゃないわ。でも、魔術師なのは、ホント。それで、千堂桃華さん」

「は、はい!?な、なんでしょうか!?」

「……六条くんは、どこかしら?」

 七瀬さんのルビー色の瞳に、ものすごい迫力と魔力を感じる。この人、怒っている?

「ろ、六条さんは、ここが魔界だということに気づかなかったみたいで、安岡先生を探すって、ひとりでどこかに出てっちゃいましたあ!?」

「……そう。まったく。個人行動が多いんだから……それで。貴女なの?」

「え?なにが、でしょうか?」

「魔術師なら、魔界にヒトを引きずり込めるのよね?……私たちや六条くんを引きずり込んだのは、貴女なのかしら?」

「そ、そんなこと、しませんよう!!……星光魔術師は、『鎮目』は、人類のために組織されたマジメな集団でして。昔はちゃんと親方日の丸な公儀隠密で……とにかく、悪さをしない魔術師なんです、私は!!」

「……『私は』ってことはよ、そーじゃないヤツがいるってことかよ?」

 一番坂くんが私を見下ろしている。うおおお、不良。怖い、お膝がガクガクブルブルしちゃってる。七瀬さんも冷たい瞳だ。おふたりとも、保健室でコスプレしてる変態な魔術師なんて、認めてないんだあ。助けてー、六条さーん!!

「教えてくれないかしら?貴女以外に『敵』がいるのなら、ね?」

「私は敵じゃありませんよう!!い、いますよ……わ、悪い魔術師は!!た、たとえば『暗黒魔術師』です!!彼らは魔術師の組合を破滅に導く、悪い人たちなんです!?」

「……あら?どういう意味かしらね?」

 七瀬さん、なぜだかマジギレしてません?うう、怖いよう……っ。

「ま、魔術師には、たくさん系統がありますけど……『暗黒魔術師』は、ヒトの心や知識を操る悪い子さんなんですよう……二年前だって、あんなことがあったじゃないですかぁ?七瀬さんが魔術師なら、覚えてるはずですよね……」

「……私が魔術師になったは二週間前よ。魔術師同士の詳しい事情は知らないわ」

「え?……そ、そうなんですか……それならば、『暗黒魔術師』の所業が、いつに罪深いモノだったか、覚えていないのも当然ですね」

「『覚えていないのが当然』って、どーいう意味だよ?オレさま、ノーマル。テメーらみたいな魔法少女サンたちと違うんでー、ひとっつもハナシ分からねえんだが?」

「……そうでしょう。それこそが、『魔法』・『アンサング・ヒーロー』の痕跡……世界に噛みついた『フェンリル・バイト』による、『世界改変』の結果なのですから」

「世界、改変……なんじゃ、そりゃ。大げさ過ぎるだろうが?それじゃあ、まるで、世界そのものに『アンサング・ヒーロー』が情報操作でもしたっていうのかよ?」

「え?その通りですけれど?あれ?やっぱり、一番坂さんも知っておられる?は!ま、まさか、あなたが邪悪な『暗黒魔術師』なんですか!?」

「いや。オレさまは違うんだけどよ……って?マジか?……えーと、世界を、改変?」

「……んー、魔力もないし。魔術師じゃないみたいですね。ふう、そうですね。では、お話します。まず、お二人は『聖杯病』という言葉に聞き覚えはありますか?」

「……ねえぞ?」

「うん。私もないわ……」

「なるほど。『聖杯病』とは、およそ十年ほど前に世界へ出現した病気です。それに罹れば、ヒトは95%の確率で死に至る、恐ろしい病……」

「それ、ほとんど死ぬじゃねえかよ?」

「はい。でも、そんな致死率の病はいくつかあった。ただし、『聖杯病』が特殊だったのは、ネットワーク経由で感染していく、魔術型のウイルスだったことです」

「……え?」

「はあ?つまり、パソコンとかスマホ見てたら、病気になっちまうってのか?」

「はい。そうですけど?あれ?やっぱり、このひと、『暗黒魔術師』なんじゃ……」

「ちげーっての!」

「それより、『聖杯病』について教えてくれる、千堂桃華さん?……貴女は私たちにとって、とても衝撃的なことを言っているわよ。私たちが、いくら子供の頃の病気だとしても、ネット経由で感染する死に病なんて、覚えていないはずがないわ。だって、それが本当なら、一体、どれだけのヒトが死んじゃうか―――」

「―――『聖杯病』での死者は、6億人です」

 七瀬さんと一番坂くんの表情が凍りついてしまう。そうか。この反応。ふたりは知らなかったんだ。少なくとも、二年前の『フェンリル・バイト』の時には、まだ魔術師じゃなかったんですね……。

「……魔術師になったのなら、七瀬さんも知るべきことですね。『聖杯病』を作ったのは『魔王』と呼ばれた究極の悪魔、『グラン・グラール』……その製作に関わってしまったのが、私たち『鎮目』の裏切り者と……『暗黒魔術師』、六条日暮」

「……六条……日暮っ」

「そう。憎き怨敵の名です。忘れるはずもない。世界で最も邪悪な魔術師の名です。でも、たしかに、彼は功績も大きいです……なぜなら『アンサング・ヒーロー』を製作し、それを『魔法』にまで至らしめたのも彼なのですから―――」

 ……でも。それを成すために、あの男は……多くの魔術師たちを、騙した……ッ!!

「……何が、あったというの?その、六条……日暮は、何をしたの?」

「―――彼は、『グラン・グラール』を創ってしまった。その『グラン・グラール』が世界を滅ぼす『聖杯病』をバラまいたんです。私たちが気づいた時には、全人類は『聖杯病』に罹患していました。例外はほぼ無い。つまり、私も、七瀬さんも、一番坂さんも……『聖杯病』に感染していたのです。お二人が生きているのは、『聖杯病』が発病するまでの潜伏期間が大きかったから。それは個人差が大きくて、一日のヒトもいれば、七年のヒトもいる。お二人は、運が良かったのです―――」

 お二人の表情が凍りつく。そうだろう。記憶を失った彼らにとっては、この情報はあまりにも衝撃的過ぎるかもしれない。でも、それが、『忘れ去られた真実』だ。

「私たちは戦いました。魔術師だけでなく、軍隊も国家も科学者も。全力で事態を解決するために動きました……ですが、『グラン・グラール』の打倒は果たせず、人類はどんどん病に倒れていく……私たちは、『代償』を支払い……六条日暮と、『アンサング・ヒーロー』に賭けるしかなかった」

「……アンは何をしたんだよ?」

『―――日暮といっしょに世界を救ったのよ』

「だ、誰!?」

 保健室のスピーカーから、強い魔力を帯びた声が聞こえる!白尾がうなる!

「もしや、あなたが『暗黒魔術師』、『緒方八幡』!?」

『……え?い、いえ。ぜんぜん違うんだけど。そもそも、緒方って誰よ?』

 ちがったー!!

「は、はわわ!す、すみません!初対面のヒトに、私、間違えちゃって!?」

『いいのよ』

「あ、ありがとうございますうう……っ。すみません、ほんと、私ドジでしてえ」

「それはいいから、何が起きたのか、話してよ!!」

『いいわ。つづきは当事者の私から話す。日暮と『アンサング・ヒーロー』は、2年前に『グラン・グラール』に挑んだ。激しい戦いだったけれど、どうにか勝てたのよ』

「へえ?ハッピーエンドじゃねえか?」

『ううん。そうでもないわ。少なくとも、一部の魔術師にとっては、そうじゃない。だって、『アンサング・ヒーロー』は『魔法も悪魔も滅ぼす力』なのよ?そのやり方はね、人々の記憶とネットや文献……いいえ、この世界そのものから、『グラン・グラール』にまつわる情報を削除することだったの』

「情報を、削除?」

「……そうです。『グラン・グラール』を倒した『消滅魔法』……『フェンリル・バイト』は、全人類の肉体に潜んだ『聖杯病』の魔術的プログラムを破壊すると同時に、全人類から『グラン・グラール』とそれにまつわる記憶をも根こそぎ奪い、世界の在り方そのものを変えてしまったのです」

「……それが、世界改変ってヤツか?……そりゃ、確かにガチでワールドワイドだな」

「だから、私も他の人たちも、『聖杯病』のことを全く覚えていないのね。世界から、その記憶も消えてなくなってしまったのだから……」

『そうよ。人々の記憶からも『聖杯病』や『グラン・グラール』の情報を奪う必要があったわ。それを残せば、誰かが六条日暮や『鎮目』やこの国の政府がしたように、再び『グラン・グラール』を製造しかねないからよ。その結果として、全人類の記憶は改ざんされてしまったわ。耐性能力のある魔術師たちを除いてね』

「……じゃあ。アンちゃんのおかげで人類は滅びずにすんだのね?そして、私たちのようなフツーの人々は、『聖杯病』のことをキレイさっぱり忘れてた……」

「んー。それってよう。やっぱり、ハッピーエンドじゃね?」

「ちがいます!そんな単純なことじゃありません!!だって、世界は、私たち魔術師のことさえ忘却してしまった!!私たちが築いた功績も……私たちが手にしていた力も。多くを失ってしまった……耐えられないほどに、その存在は軽んじられた……誰にも、私たちの戦いや、犠牲が、覚えてもらっていない!!私たちだって、戦いましたよ!世界を救うために戦った!お父さまも、お母さまも、みんな、命を捧げて、『フェンリル・バイト』を実行した!!でも……みんな、忘れ去られて……いなかったことに……」

「千堂さん……」

『……貴女のご両親は、まだ『聖杯病』に?』

「え?アン……ちゃん?」

「おいおい、待てよ?世界から消えたんだろーが、『聖杯病』ってのは?」

『ほとんどね。でも、『グラン・グラール』に傷を負わされた魔術師たちは別よ。彼らにはよくも悪くも『魔法』への耐性があった。『聖杯病』の原因が消えたとしても、記憶の大半は残り、本来は治癒されるべき『聖杯病』の症状までもが残ってしまったの』

 そうだ。世界の改変で救われたのは、普通の人々だけだ。改変前の世界では、私たちを迫害し、私たちに希望も託してくれたけれど、戦いもせずに逃げていた人たちだけ。最前列で戦って来た魔術師たちは、『聖杯病』の苦しみだけを残された。名誉も奪われた。誰も、私たちの戦いも犠牲も、全て忘れて、ただ呑気に暮らしているだけ……ッ。

「……両親は、亡くなりました。わずらっているのは、おじいちゃんと妹です」

『……そう。千堂家の正統な魔術師も、貴女でラストなのね』

「はい。だから、私は……この封印の地で、『暗黒魔術師の怨霊体/緒方八幡』を仕留め、『グラール・ファクター/聖杯因子』を……回収するんです!!」

『……ッ!?『聖杯因子』ッ!?まさか、それで―――』

「―――治療法を見つけます!!この子なら、『白尾千百』ならば、かならず、『聖杯病』を治癒する術を見つけてくれるはずですから!!」

『リスクを分かっているのかしら!?『グラン・グラール』の情報を再編しようだなんて!!あれは『復活』の悪魔なのよ!?その再生能力を甘く見ないで!!あれが復活すれば、今度こそ、世界は滅ぼされるかもしれないわ!!』

「『白尾千百』なら、治癒の構造だけを解読できるはず。そんなことにはならない!」

『ダメよ!認められない!あれは人知を超えている存在よ!!リスクは取れない!!』

「―――妹が、死にそうなんです」

『……ッ!!』

「……私は姉です。あの子のことを絶対に守ると心に誓いました。どれほど困難なことでも、達成してみせます。だから、邪魔をしないでください!!『アンサング・ヒーロー』ぉおおおおおお!!」

 私はその声の主をようやく思い出していた。彼女は『アンサング・ヒーロー』だ。お父さまやお母さまと会議をしていたことがある。世界を救う、最後の希望。一族の仲間たちは、彼女のことをそう呼んでいた。私も、会ったことがある。六条日暮と一緒にいたあなたを覚えている。私、あなたにお願いしたはずよ。みんなを助けてって!!

 それなのに―――。

 それなのに―――お前は!!

「白尾!!最大火力!!」

『クーンッ!!』

 私の殺気に呼応して、『白尾千百』がバズーカ砲に姿を変える。魔力がみなぎっている。ほとばしる紫色の電流が、そのバズーカ砲の表面を走り抜けるほどに。私は、躊躇することなく、あいつの声のするスピーカーに狙いを定めた。

『な、ちょ、ちょっと!?危ないでしょ、こんな狭い部屋で、そんな重火器を!!この子、本気ね……ちょっと!いのりん、虎っちぃ!!逃げなさい!!全力で!!』

「お、おお!!ガチでやばそうだ。逃げるぞ、委員長!!」

「う、うん!!」

「……忘れっぽい私だけど、忘れない!たしかに、あなたと六条日暮は世界を救ったかもしれない。けれど、私の家族は、救ってくれなかったもの!!」

『……来なさい。それで、貴女の心が晴れるのならね』

「うるさい!!私の目の前で、善人ぶったりしないでッッ!!」

 殺意を込めて、恨みを込めて、私は引き金を絞ります。『アンサング・ヒーロー』が取り憑いていたスピーカーがはめ込まれた壁に砲弾は直撃した。深紅の爆炎が世界を灼熱の色に塗りつぶしながら、その衝撃波があらゆるものを砕いて消し飛ばす!!私の魔術は、校舎の半分近くを破壊してしまっていた。

 頭上からパラパラと瓦礫の破片が落ちてくる。だから、私はバリアを展開する。金色に輝く五芒星が私の周りを走り抜け、絶対不可侵の光の防壁を創り出す。ホコリも瓦礫も、これで防げるようになった……そうだ、防御にも使える。あいつが反撃して来ても、一度ぐらいなら耐えられるはず。

 ―――それに耐えたら、今度はもっと重たい一撃をぶち込んでやりますよ。

「……さあ。出てきなさい、『アンサング・ヒーロー』。あなたは世界を救ったのだから、これぐらいで倒されるような悪魔ではないはず」

『……さすがは伝統ある一族の継承者といったところかしらね?スゴい威力。でも、実体が希薄な私に、その攻撃では止めを刺すことなんて出来ないわよ?』

 『アンサング・ヒーロー』の声が、四方八方から聞こえてくる。スピーカの配線を伝ってどこかに逃げた?……いや、この魔界の校舎そのものに取り憑いたのかもしれない。やっぱり、さすがに最強の悪魔の一体……その実力たるや、神のようだ……ッ。

『キャハハ!かゆい攻撃よね。で、癇癪は収まったかしら?……しょせん、貴女程度の力じゃ、私を滅することなんて不可能よ、不可能!!』

「……そうでしょうね。でも、あなたの宿主を倒せば?」

『なに?』

「あなたの存在が希薄で倒せないというのなら、宿主さえ封じればいいと思います。そうすれば、あなたを活動停止に追い込めるんじゃないでしょうか?」

 宿主。そうだ、見当はついていますよ。きっと、七瀬さんですね!彼女の使った炎の魔術がその証拠です。彼女はまだ魔術師になって二週間とか?……ふふふ。楽勝です。

 勝利を確信して、思わずニンマリしてしまった私の耳が、冷たい音を捕らえた。

『―――おい。貴様ァ』

「え?」

『私の律を……私の律を、『殺す』と言ったのか、この小娘ェ……ッ!!』

 それは、ゾッとするほどの殺意が込められた声だった。私は、その迫力に圧されてしまう。そ、そもそも、なんだか誤解されちゃっている。

「こ、殺したりなんてするわけないじゃないですか!?逮捕されちゃいますよう!た、ただ、邪魔をしないで欲しいだけですよ!!封じるって、言ったじゃないですか!?」

『ん?……あら……そう。ごめんなさいね。私、ときどき律には過保護になるのよ』

「い、いえ。私も妹がいるから、分からなくもないよーな……」

『……千堂の娘。貴女は、その子のために、『聖杯因子』を探しているのね?』

「―――はい。だから、邪魔しないで」

 私はバズーカ砲に魔力の砲弾を充填していく。譲るつもりはない。『アンサング・ヒーロー』が私の目的を邪魔するというのなら、なんであれ必ず排除してみせます。

『ふふ。私たちのあいだには誤解が多かったかもしれないわ』

「……誤解?」

『そうよ。私の宿主は代々シスコンなのよ。だから、妹を助けたいというあなたの願いを、絶対に拒絶したりしないわよ』

「……あなたの宿主……?」

 そっか。七瀬さんにも、妹さんが……?

『ええ。そうよ。私と、私の宿主なら、貴女に協力だって出来るはずだわ』

「……そ、それは―――」

『ぐるる!!』

 白尾が心に語りかけてくる。いつになく荒々しい言葉づかいで。

 ―――気をつけろ。『アンサング・ヒーロー』も六条日暮も、絶対に『グラン・グラール』の存在を許さない。そして、『その憎悪を継ぐ者でしか、『アンサング・ヒーロー』とは契約できないはずなのだ』!!

『だから、もう私と貴女が戦う必要なんてないのよ?その物騒なものを置きなさい』

 ―――いいか!術砲を離すな!コイツに心を許すな、惑わされるな!『聖杯因子』を奪われて、消滅させられるぞ!そうすれば、妹もジジイも助けられないだろうが!!

 『白尾千百』は私が惑わされたりしないように事実を告げる。そうだ。この子の言葉はいつでも正しい。『アンサング・ヒーロー』とその継承者は、『聖杯因子』さえも根絶しようとするはずだ。だから、私は揺らぐワケにはいかない。『聖杯因子』が無ければ、千早もおじいさまも助けられないじゃない!!

『……ねえ?ちゃんと話してくれないかしら?貴女がどういった計画を立てているのかを?それを詳しく教えてくれるのなら……おそらく私たちは―――って、バカ!!避けなさい、千堂の娘ッ!!』

「ふえ?」

 ……ああ。私は、本当に間抜けだ。『本命』の気配を、察知できなかった。『アンサング・ヒーロー』と戦っている場合なんかじゃなかったんです。『緒方八幡』は、壊れた校舎の瓦礫に混じり、私の足下近くに這い寄っていたというのに!?

「ど、ドジっちゃいましたああああッ!?」

『ギシャシャシャシャシャシャァアアッッ!!』

 闇色の大きな腕が、私をガツンと打撃してしまいます。バリアが砕け散る。そして、魔術衣越しにですが、私のお腹に当たって、そのまま私は校庭目掛けて吹っ飛ばされてしまう。さすがは白尾の術衣。これが無ければ内臓破裂は確実、即死でした。でも、空にいます。ああ、怖い。脚がつかない。高い。怖い……このままじゃ。このままじゃ、私、地面に叩きつけられて―――けっきょく死んじゃう!!

『律!!あの女を受け止めてみせなさい!!』

「……任せろ!!」

 そして。私は彼に受け止められる。黒い髪で、眼鏡の向こう側にあるのは黒い瞳。あの見た目以上にガッシリとした、たくましい腕にまた救われる。地面に叩きつけられそうだった私は、その寸前で彼の腕に受け止められていました。

 また。お姫さま抱っこだ……っ。やばい。鼻血でそう……っ。

「だいじょうぶか?」

「は、はい。私は、大丈夫です!……で、でも、六条さんが」

 彼はケガだらけだ。ああ、やっぱり、彼は襲われていたんだ。ここの悪魔たちに……星光魔術師としての責務を果たせなかった。私、がんばって彼を守るべきだったのに。

「ご、ごめんなさい。そんなにケガをさせてしまって……」

「あやまる必要はないさ。このケガは、なぜかここの住人に襲われてだ。オレは、ここの連中に嫌われているらしいな。それより……千堂、立てるのか?」

「は、はい!大丈夫です」

 お姫さま抱っこの時間が終わる。私は、二本の足で地面に立った。足首は痛くない。白尾の魔術のおかげと、六条さんの巻いてくれた包帯のおかげです!

「……六条さん。ここから先は、私が戦います!だって、私は、あの悪魔を倒すためだけに、この学校に来ていたんですからッ!!」

 魔術で『ロケットランチャー』を召喚します。狙いを定めるのは、校庭で暴れる、あまりにも巨大な黒い影……さっきの『餓鬼』を三倍にしたような巨体です。黒く、ゆらぐ巨人。そう。その肉体は輪郭がぼやけていました―――不安定な、というか、暴走しているような感覚ですね。力が強すぎて、上手く顕現できないようです。

「千堂。アレは、一体なんなんだ?ここにいる他の影鬼と、あまりにも違う」

「……アレは『暗黒魔術師』のなれの果て」

「なれの果て?」

「はい。かつて、明治政府と敵対したという『緒方八幡』。あれは吸血姫の血族……『聖杯』の血族として、ほとんど不死の力を持っていた魔術師。その怨霊です」

「……幽霊なのか?」

「そんな感じです。でも、魔術で編まれた分身といった方が近いのかもしれません。百年以上も昔に、『緒方八幡』は自分を悪魔に改造して、魔界に残存しつづける生き方を望んだようです。その不死性を、かつて六条日暮は『グラン・グラール』を製造するときに参考にしましたから……」

「なるほど。つまり、『グラン・グラール』のオリジナル・マトリクスの一つか」

「はい。その通りですね。でも。六条さんってば、フツーのヒトなのに、お詳しいですね……ん?あれ……?」

「どうかしたか?」

「えーと、六条……?六条?六条日暮……そして、六条さん……」

 あれ。て、ことは、つまり、このヒトは……いや、このヒトが……ッ。

「危ない!!」

 六条さんに抱きつかれた。私は悲鳴をあげそうになるが、声が出なかった。体が熱っぽくなって、動かない。

 彼にされるがままになる。彼は、私を庇ってくれていたのだ。私を押し倒してくれたおかげで、『緒方八幡』が放っていた黒い腕の一撃は、私を打撃することなく空振りしていました―――。

「ま、また、助けられちゃいましたぁ……ホント、すみません……情けないですう」

「いいさ。油断するな。前衛は、オレがつとめる」

「は、はい」

 六条さんに手を引っ張られて、私は再び立ち上がる。今度は、集中力を維持しよう。そうじゃなければ、彼にも迷惑をかけてしまう。彼は、私を助けるための今の動作で、背中に傷を負ったみたい。制服が切れている。痛そうだ。浅くない傷を背中に負った。

 私のせいだ!これ以上、迷惑はかけられない!今は、彼が誰でも構わない!今は、『緒方八幡』を仕留めるのが先なのです!!

「……来るぞ!避けろ!!」

「はい!」

 『緒方八幡』が奇声を上げながら私たちに迫ってくる!その動きは大きい……けれど、雑なのです!魔術師として強化された肉体ならば、回避できないはずがない!

 ズガシャアアアアアアンン!!

 『緒方八幡』の拳が、校庭の地面をうがつ!すごい威力です!こ、怖い。怖くなる。でも。でも、六条さんは、叫びながらその大き過ぎる巨人に飛びかかっていました。

「ハアアアア!!こいつを、喰らえ!!」

 銀の煌めきが『緒方八幡』の腕を切り裂いた!巨人の体から悲鳴と出血があふれていた。六条さんがどこからか取り出したナイフで、切り裂いたんです。彼は容赦ない。歴戦の戦闘魔術師そのものの動きでした。痛みに腕を引いた『緒方八幡』に対して、左右の手に持っていたナイフを連続で投げつける。

『ぎゃうううううううう!?』

 胸にナイフを突き立てられた『緒方八幡』は、痛みか屈辱のためか唸りました。あのナイフは魔術で編まれた高密度高出力の魔力のカタマリです。現実のナイフが刺さったよりも、その威力は強い。黒き雷のような破壊の呪いが生まれて、悪魔の肉体を深く静かに壊しているはずです……。

 六条さんは、風のように速かった。ダメージに呻く敵に対して畳みかける。魔術で新たな刃を両手に召喚しながら、『緒方八幡』に正面から襲いかかったのです!

 それは、まるでお父さまのような動きでした。『緒方八幡』のふところに飛び込んだ彼は、踊るような軽やかさで、刃を舞わせてみせた。『緒方八幡』の溶けて地面に一体化しつつある腹を彼のナイフたちが切り裂いていく。回転しながら三度、四度と斬りつけたあとで、彼はバックステップをしながら間合いを取りつつもスピンした。その回転をしながらも、左右のナイフを投げつけたんだ。

 なんていう、攻撃的なコンビネーション!攻撃と回避と追撃が、一体となっている!

 呪いの刃でさんざん切り裂かれ、呪殺のナイフを投げつけられた巨人は、その深い痛みに激昂する。六条さんに向けて巨大な拳を振り下ろしいた。けれど、六条さんは軽業師のような俊敏さでバク転し、その打撃を華麗に躱してみせた。

 理解させられてしまいます。彼は、ある種の『天才』なのです。

 戦いの経験が豊富なだけではないでしょう。敵の動きを予測する力……戦闘型魔術師には必須とされるその眼力が、彼には備わっているのです。そして、読んだ敵の動きに対応しきる身体能力も持ち合わせている……どちらも、私には、無かった才能でした。

 ……いえ、ちがう。

 そうじゃない。彼は才能だけではありません。

 傷を負うことさえ恐れないからの動きなんだと思います。ギリギリで躱した?……でも、完全ではないのです。それだけじゃ、足りませんよ。だって、『緒方八幡』ほどの強い魔力が相手では、空振りしてもその魔力の影響圏からは逃れられないはず。

 事実、彼はさっきの動きでも傷を負っている。制服のあちこちが焼け焦げてしまっている。一体化している白尾の力で、私には分かります。手にも脚にも、彼は戦いながら小さくないケガを負っていました。

 つまり、彼は己の命を削らせながらも、攻撃へ投資しているのです。最小限のダメージなら許容しているんだ……むしろ、その『コスト』を支払うことで、攻撃のための時間を捻出している。

 大きく避けたら、攻撃しているヒマがないから、最小限のケガを受け入れているわけです。ああ、なんていう戦い方を。身を粉にするとはまさにこれです。傷つくことも恐れない勇敢さと、鋼のような意志の強さが要求される……そんな戦い方ですよ。

 彼の戦いの履歴が分かってしまう。彼は『破滅的』とも呼べるこのスタイルで、限界以上の強さを引き出してきのです。おそらく、ただ悪魔を狩るためだけに―――。

 恐ろしいまでの執念。それを感じずにはいられない。

 怒り?それとも、憎しみ?彼は悪魔へ対するそれらの負の衝動に身を任せて、修羅の道を歩んできたのでしょうか……体を限界以上に酷使しながら。

『ギャアアアアアアアアアアアアアアアオオオオオウウウウウウ!!』

 『緒方八幡』が暴れます。六条さんは挑発するように笑い、再び魔術で刃を召喚する。でも。ナイフを召喚しながら、一瞬だけ、私の方を見てくれた……?

 ……そ、そうだ。何をやっていたのでしょう。彼は前衛をやると言ってくれたじゃないですか?後衛は、私。私と組んで戦う、彼は、そう言ってくれたじゃないですか!

 だから、もしも彼がケガをしたとするのなら、私のせいだ!

 それって、つまりサポートが足りていないだけじゃないですか!!

 ダメですよ、私!もう六条さんにケガなんて、これ以上させたりしません!!

 魔力を込める。砲弾にありったけの力を注ぎ込むんですよ!!白尾、全力です……いえ、全力を超えて、力を集めますよ!!決めてみせます、千堂の術砲は、いつの代であっても、『一・撃・必・殺』ッ!!

「充填完了です!!六条さん!伏せて下さい!!」

「―――了解だ」

 六条さんが全力の逃避を行う。魔術で補強された彼の脚力が、真の力を見せる。まるで空を飛ぶ黒い鳥みたいだった。一瞬で十数メートルも離れて、そのまま彼は飛び込むように地面に転がった。爆風対策もバッチリですね!さすが自衛隊!!

「喰らいなさい『緒方八幡』!!千堂家奥義!!―――『流星火弾』ですッ!!」

 カウント無視して、引き金を絞る!!白尾と私のありったけの魔力を込めた『ロケットランチャー』が弾頭を発射します!!六条さんに挑発され、彼を追いかけることだけに囚われていた『緒方八幡』はその特大弾頭『流星火弾』の接近に気がつかなかった。

 そうだ。私がボーッとしているあいだも、六条さんは私を信じて、私を策の一つに組み込んで戦っていたんだ。囮になっていた。この一撃を、悪魔に食らわせるために。

 ドガシャアアアアアアアアアアアアアンンッッ!!

 狙っていたトコにドンピシャ命中です!!二十メートル近くの巨大な火球が生まれて、校庭を爆ぜた熱風が焼き払っていきます!!その爆心地である黒い巨人は、炎に包まれて燃えていく……。

「や、やった……あの『緒方八幡』を、仕留められた……っ」

 気合いが解けて、私はその場にへたり込む。限界以上の魔力を消費したことで、術砲を維持できなくなり『ロケットランチャー』が星の光になりながら、消え去っていく。はあ、スゴい……人生で一番、疲れた魔術だった。でも、最高の魔術でしたよ。

「……やったな、千堂。見事な一撃だった」

 六条さんが私のそばにやって来てくれていた。静かに微笑む。うわぁ、このヒト、こんな風に笑うのか。なんだか、とてもやさしげです。あんなに激しくシビアな戦いをしちゃうヒトなのに。

「は、はい。がんばれました!」

「ああ。ほら」

 六条さんに手を引かれ、私はふらつきながらも立ち上がる。あれ?六条さん、右手を上げてます?……えーと?……ああ、そっか、ハイタッチ、ですね!こういうことするの、初めてです。私、とっても笑顔になりながら、初ハイタッチします!

「やーり、まーしたー!」

「ああ。よくやったぞ、千堂」

 私たちの手と手が空中でパチンとぶつかりました。ああ、なんだろ。これ、楽しい。友達……っていいますか、そんなレベル通り越して『仲間』って感じですよ。私たちは、思わずお互いの顔を見て、笑い合っちゃいます!!

「えへへ。六条さんのおかげです。私だけでは、『緒方八幡』を倒せなかった」

「そうか。千堂は、あの悪魔だか魔術師を倒したかったのか」

「はい。私の……したいことのためには、倒さなくちゃダメだったんです」

「……千堂?」

 ……ああ。ダメだ。私、また拒絶しちゃってます。顔をうつむけてしまう。悪い癖ですよ、こういうの良くないはず。だから友達とか出来ないんだよ……。

 でも、言えないかもしれない。七瀬さんじゃなかった。きっと、六条さんこそが、六条日暮と『アンサング・ヒーロー』の継承者なのです。だって、名字同じだし。だとすれば、私が『緒方八幡』の構成データでしようとしているコトがバレたら……っ。

『クーン』

 白尾が忠告してくれる。

 ―――黙っていろ。しゃべるな。暗黒魔術師が相手では、情報焼却される恐れもあるぞ……そうなれば、『私』は元に戻れないではないか、小娘よ……。

「……わかっていますよ、白尾」

「……六条くーん!!」

「おー、派手にやったなあ、大砲女」

「あ。七瀬さんに、一番坂さん……さ、先ほどは、ホントーに失礼いたしました。お二人を爆発に巻き込んでしまうところでした……っ」

 私はお二人に謝罪します。ペコリと頭を下げました。さっきの行いは、ダメですよね。それに、『アンサング・ヒーロー』に攻撃しようとしたのも、悪いコトです。八つ当たりでした。だって、まだ邪魔されてませんし……そりゃ、これから邪魔されるかもしれませんけど……っ!?

 それに気づけたのは、ただの偶然。私のいた位置だけが、それを目撃することが出来たからに過ぎない。それだけのこと。でも、ありがとうございます、神さま。私は、そのおかげで、ヒトを護ることが出来ました―――。

「……『壁よ』!!」

 ただ、ひたすらに魔力を振り絞る。私たち四人を包む光の壁を召喚する。魔力で編んだ、光の壁が私たちを護る。『緒方八幡』が化けた、漆黒の津波から……くっ!重たい。結界が四方から締めつけられてくる。疲弊した私の力では、耐えられないよ!このままじゃ、みんな……死んじゃうよう。

「なによ、これ!?」

「……フン。あのデカブツめ、生きていやがったのかよ」

「すまない、千堂。ムチャをさせる」

「……えへへ。すみませんが、六条さん。そのふたりのことを頼みますね」

「え……」

 六条さんの顔が凍りつく。やっぱり、六条さんが暗黒魔術師さんです。さすがは『アンサング・ヒーロー』の継承者。私が何をしようとしているのか、一瞬で理解してくれたみたい。だから、あんなに悲しい顔をしてくれる。止めようと、私に手を伸ばしてくれる。うれしい。だから、私は、へっちゃらです!!

「やめろ、千堂!!」

「―――『災いよ、我に集まれ』!」

 そのとき、結界の一部が砕け、そこから黒い津波がなだれ込む。これは、『災難』の因果律を弄くる魔術です。夜空の星を追いかけてきた、星光魔術師の得意技。私たちが、最も誇りに思う魔術なんですよ?

 どうしても、回避できそうにない災いがあるとき。

 私たちは仲間や大切なヒトたちのために、コレを使ってきました。災い降りかかる大切なヒトたちの代わりに、私たち星光魔術師は、その身を犠牲にしてでも災いを己に集中させるのです―――。

 この秘術があったから、私たちの一族は『鎮目』の幹部になれた。誰よりも組織のために命を捧げてきた誇りがあったから。だから、これは私の誇りです。

 『緒方八幡』の黒い闇の津波が私を呑み込んでいく。私の身体はその激流に押されてどこか遠くへと流されていく。ああ。みんなから、離れていく―――えへへ。やりましたよ、私の術。失敗じゃありませんでしたよ。

 お父さま。お母さま。

 お二人も『鎮目』や『グラン・グラール』打倒のために、この魔術を使われました。呪いを我が身に集めて、仲間を、ヒトを救いました。私は、その行いがとても悲しいモノのように思っていました。

 でも、それは間違いのようです。そうじゃありません。誰かを救うということは、とても誇らしいことなのです。だって、私は、闇に包まれているというのに、笑顔なんですから。

 頭が、腕が胴体が脚が。締められていく。闇が、私を補食しながら形を成していく。『緒方八幡』が、私を『依り代』にして、再構成されていきます。『彼女』と融け合っているから、私には分かる……『私』の身体は、とても大きくなった。

 『私』はまるで大きな怪球。満月みたいに大きな球体。そんな『私』は空に向かって咆吼します。月の表面をガッツリと割って、その大きな口で、世界に威張り散らすのだ。

『―――ついに生き返ったゾ!聞くがイイ。我ノ名ハ、『緒方八幡月媛』ェエエ!!よう来た若輩者どもヨ、わざわざ何度も誘い来んでやった甲斐があったゾ!!』

「……コイツが、私たちを魔界に引きずり込んだ魔術師だったのね……っ」

 七瀬さんの声が聞こえる。怯えている姿が見える。でも、彼女は六条さんの背中を見て、勇気をもらったのだ。勇気を充電したあとで彼女は『私』のことを、じっとにらみあげた。ああ、彼女は、六条さんのことが、とっても好きなんだ。やっぱりね。

『コレは明治時代の大魔術師、『月媛』の残骸ね……ッ。私としたことが、忘れていたわ。情けない。これも自分で使った『フェンリル・バイト』の影響か……『グラン・グラール』関連のライブラリは、私のまでもが虫食い状態なのね』

 『アンサング・ヒーロー』が『真の姿』に顕現している。昔、見たとおり黒い紫色の狼サンだ。彼女は六条さんの側にいる。やっぱり、正解だ。彼こそが六条日暮の継承者なんだ。よかった、『アンサング・ヒーロー』。彼を護ってあげてね?

「……で。どーやったら、大砲女を助けられるんだ?用心棒のオレさま張り切るぜ?」

 ええ?一番坂くん。スゴく楽しそうですよう。怖いとか、思わないヒトなんですね。で、でも、ムリですよ。上級悪魔に取り込まれてしまったんだもの―――助かりません。ごめんね、白尾。あなたまで、巻き込んじゃいました……。

「―――簡単なことだ。正面からぶっ壊して、千堂を引きずり出すぞ」

『え?ろ、六条さん?なにを言っているんですか?』

「うわ!?デカいのが大砲女の声でしゃべったぞッ!?」

『……なるほど。コレは所詮、『月媛』の影でしかないんだわ。魔力こそ大きいけれど、その意識構成は薄弱にして空虚。コレ、思いのほかに木偶の坊ね。行けるわ。表面破壊したら、引きずり出せるわよ。律、いのりん。男と女の『合体技』よ!!』

「りょ、了解っ。千堂さーん!!ちょっと熱いかもしれないけど、ガマンしてね!!」

『あ、熱いって?え?ちょ、ま、まさか―――』

「やるぞ!七瀬!魔力をタメまくれ!!」

「了解だよ、六条くん!!限界まで、タメてみせるんだから!!」

 六条さんと七瀬さんが、同時に『アンサング・ヒーロー』の紅蓮紋章を展開していく!あれ?二つ同時にありますよ!?ど、どういうことです?七瀬さんまで、『アンサング・ヒーロー』の力を?

 ……おかしいですよ?だって、七瀬さんが『グラン・グラール』のことを忘れているのなら―――憎めないはずですよね?『アンサング・ヒーロー』を、それじゃあ継承できないじゃないですか!?

『ウオオオオ!敵ノ魔力の……増大を感知シタ……回避ー。回避ー』

「おいおい、大砲女のヤツが、おかしなことしゃべり始めたけど?」

『―――こ、これは月媛の自律プログラムがしゃべっただけですから!?』

『ふーん、なるほど。これは脆そうね。ずいぶんと月媛の再現率は低い……時間の経過で摩耗したの?……それとも、私の『フェンリル・バイト』の影響なのかしら……?』

『反撃ぃ、開始っ!イケイケ、おもちゃの兵隊サーン♪』

 『私』は大きく口を開く。そこからオモチャの兵隊さんがたくさん出てくる―――兵隊っていうか、これ『餓鬼』だよ、低級悪魔のコスプレ兵士だー……ッ。

『しくしく。『私』、なんてもの口から吐いちゃったのかしら……お嫁に行けません』

「ククク!いや。いいぜ、大砲女!オレさまの、いい感じの出番キターッッ!!」

 一番坂さんが上着を脱ぎ捨て、走り始めます。『私』が吐いたオモチャの兵隊さんたちを次から次に殴り倒していく―――って!?

『うそでしょ!?魔力もないのに、なんで、素手で悪魔を祓っているんですか!?』

「ああん?知らねえよ。こんなクソ雑魚どもをぶっ潰すなんざあよう、拳一つあれば十分過ぎるに決まってるからだろうがあッ!!」

 大振りのパンチでまた一体の下級悪魔を仕留めてしまう。それだけでは飽き足らず、敵の群れのなかへと飛び込んでいき、次から次に倒しまくってる……ッ?

 虎だ。虎がいた。俊敏にして巨大。そして、鋭い牙と爪と圧倒的な力で、獲物を楽しむように仕留めていく―――その姿は虎を彷彿とさせる。

 そ、そうか、『私』、勘違いしていました。強烈な意志は魔力を帯びる。ならば、一番坂さんの武術は、あるいみで強烈な意志の表現です。悪魔を構成するプログラムさえにも響いて、届く……っ。

 心を込めて殴れば、そう。悪魔をも倒せるのです……って、思うしか無いです。フツーありえません。単純な強さで、悪魔よりはるかに強いって、どーなってるんですか!?

『バカみたいに強イ、これ人間デナイ。ごりら。ごりら。ごりらバカ。バカ金髪』

「うるせえ!バカっていうヤツが、バカなんだよッ!!ボロ機械!!」

 ……あうう!なんだか、『私』が悪口言われたみたいで、悲しいですう。

『いえ。虎っちぃ。貴方は、それなりにちゃんとした馬鹿よ!!』

「うっせーわ!!ちょくちょくディスってんじゃねーよ、この悪魔!!うぐ!?く、くそ、バカ魔術師どもは、どーしやがった!?いつまでかかってやがる!さすがに多対一が過ぎるんで、いくらオレさまでも、けっこー殴られてっぞーッ!!」

 ああ。そうですよね。いくらなんでも悪魔の群れを一人で相手にするなんて、人間業じゃないもの。魔術師として、一般人……?……と、とにかく、一番坂さんだけに負担を負わせるなんてダメですよう!六条さん、七瀬さん、早く―――このままでは、一番坂さんが殺されちゃいますってえええ!!

「……もっと、こう。なんというか、熱く?……つながれそーな感じがするんだよね」

 あれあれ?な、七瀬さーん。六条さんにくっつぎ過ぎじゃないですか?肩とか当ててますけど?顔真っ赤ですけど。今、一番坂さんは命の危険にさらさているんですけど?

「もっと、お互いにさ……身体とか、密着しあったほうが、魔力も重ねられるよーな」

『あ、あのー。そんなことしなくても、その紋章を重ねるだけで魔力のリンクは十分なはずなんですけどー?』

「え?そ、そうなんだ……へ、へー。気づかなかったなあ」

 白々しい。七瀬さん、六条さんとくっつきたいだけなんじゃないですかね!?そ、そりゃ、私が同じ立場だったら、六条さんとくっつきたいですけど……。

「いつまでやってんだあ!!いい加減、オレさまの体力も限界なんだっつーの!!」

 『餓鬼』たちに脚を掴まれたまま、一番坂さんは暴れ回っている。『餓鬼』を引きずり回しながら、殴って蹴って頭突きして……もう何十体倒したのか分からない。でも、『私』は再び大きく口を開いていた。

『バカ強い!バカ強い!オカワリー、オカワリー!!』

 ボトボトボト。ああ、ホントはしたないッ。『私』、また口から『餓鬼』の兵士たちを吐いちゃいましたぁ。うう。みっともない。泣けてきちゃいますよう……っ。

「……よし。十分だ。いくぞ、いのり!!」

「うん。了解だよ、お兄ちゃん!!」

 ふたりが魔術を唱えます。

「……『アンサング・ヒーロー』、主幹術式内・第三地獄解放―――」

「―――合体術式展開率100%……準備完了。『変身』、いつでもいけるよ!」

『さあて?久しぶりの、本気よ!!律!!」

「了解ッ!!来い、『アンサング・ヒーロー』ッッ!!」

『ガルルルルルルルルルルウウウウウウウッッ!!』

 狼が咆吼しながら走り、闇へと変貌した。その闇が六条さんに絡みついていきます。それは全彼の身を覆いながら、魔道科学の傑作パワードスーツ―――『鎮目』と科学者たちが開発した『対悪魔決戦装甲シャルトエン』へと化ける。

 それこそ『アンサング・ヒーロー』の戦闘形態だ。SF特撮番組に出れそうなその姿……『グラン・グラール』に追い詰められた人類が抱いた、『世界を救ってくれるヒーロー』の形だ。その想いが、六条さんの身体とひとつになって戦士に化ける。

 『アンサング・ヒーロー』が、ふたたび世界に顕現する。漆黒の装甲に全身を覆われた、史上最強の暗黒魔術師……それは、まさに六条日暮の再現だった。

『―――ハアッ!!』

 『アンサング・ヒーロー』が『刃』の魔術を撃ち放った。影のように大地を這う漆黒の刃が、一番坂さんを取り囲んでいた『餓鬼』の兵士たちを、またたく間に切り裂いていた。何十体もの敵を、一瞬で―――すごい。これが、『アンサング・ヒーロー』。

『……待たせたな、一番坂』

「ククク。ようやく出たな、ヒーロー!テメー、いつも、ちょっと遅えぞ!!」

『ああ、すまない。だが、ここから先は、オレに任せてくれ』

 六条さんが『私』をにらみつける。『私』たちは震えてしまった。彼に期待する千堂桃華としての感情と、彼にどこまでも恐怖する『緒方八幡月媛』としての感情が、震えていたのです。

『オオオオオオオ!!暗黒ノ波動ダアアアアアア!!いかんぞ、ソレハ駄目ダア!!』

「さあ、六条くん!紋章と合体して!!私の愛―――炎を、受け取って!!」

『了解だ』

 六条さんが紅蓮紋章の二重体へと飛び込んだ。チャージされていた炎の魔力が『シャルトエン』に取り憑いていく。それは、紅いマフラーと、紅い翼。そして、バイザーの下で深紅に煌めく瞳の光となった。

 そうだ。アレはまだ完成してなかった。魔術師ひとりの力では足りない。真の『シャルトエン』をまとうためには、二段階に分けてじゃないと装着者の肉体が保たないのだ。それほどに、あの装甲魔術は強く、負担が大きすぎるのよ……っ。

『うぐ!う、うおおおおおお!!』

「ろ、六条くん……っ。が、がんばって!!」

 暴走しかねいほどの魔力を無理矢理に取り込んだ六条さんが、苦しそうに叫んでいた。ああ、なんてことを!!体中の魔力構造が軋みをあげて激痛となっている……それでも、その制御をまかなうために生命力そのものが消費されていくッ!!ああ、そうだ。この何も顧みない恐るべき力こそが、この装術の本質っ!!

 『グラン・グラール』を倒すためだけに創られた、すべてを犠牲にしても厭わない禁断の術式……それが、魔術の歴史上、最も苛烈な諸刃の剣!!『シャルトエン』!!

 ああ、こ、こんなの痛ましくて見ていられません!!あんなの、とてつもなく苦しいはず。死んじゃいそうなぐらい、ツラくてキツいはずですよ……ッ。

 そんなの、命を削るような変身じゃないですか?……なんて、あなたらしいんですか……っ。でも。でも……なんで、あなたは、そこまでして―――。

『―――今、助けてやるぞ、千堂!!』

『……っ!!六条、さん……っ!!――――ガガ!?う、動けネエッッ!?』

 ……そうだ。動いてなんてやりませんッッ!!あのひとは、六条さんは、私を助けるために、あんなムチャな魔術を使っているんですからッ!!

『キャハハ!やるわね、千堂の娘!!精神力で、中からあのデカブツの動きを止めたわ!!チャンスよ、律!!一撃で、全部決めちゃいなさいなッッ!!』

『了解だ。魔粧『炎獄』、展開……っ!!』

 『シャルトエン』の両の腕の構造が変化する。それは術砲の一種。古来からある実弾式の模倣魔術ではなくて、ただ純粋かつ膨大な魔力を放つための射出口。SF的なビーム砲の一種なのです!!

 炎の翼が、マフラーが、その腕に絡みついてエネルギーへと変換していく。ああ、本当になんて容赦のない出力、すさまじいエネルギー。なんていう魔力のほとばしりなのでしょうか。『私』は、畏怖の感情に呑み込まれてしまう―――。

『や、ヤメロオオ!!暗黒魔術師ィイイ!!間違っているゾオオオオ!!ソウジャナイ!!お前ノ『敵』は、私デハナイというのにぃいいいいいい……ッ!!』

『フン。問答無用よ!!悪魔は、倒す!!……虎っちぃ!!全力退避!!』

「おう!!ぶちかましてやれ!!」

 一番坂さんが『餓鬼』の群れを蹴散らして、はるか彼方に走っていく。彼は魔術師でなくても、野生の勘でわかるのですね?……この一撃の有効範囲までもが。

『この、愚か者めエエエエエエエエエ!!―――あうう?だめ、制御が、取り替えされちゃう!!六条さん!!早く、攻撃してください!!私を……私を、撃って!!』

『……ああ。絶対に助けてみせるぞ!いくぞ、アン!煉獄解放!!『オーバー・イフリーター』あああああああああああああああッッ!!』

『GHAAAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHッッ!!』

 獣が咆吼し、『シャルトエン』の煉獄の双腕から、地獄の炎が噴き出した!!爆発するような深紅の奔流でした。世界の天も地もあらゆる場所を熱量が覆い尽くし、すべてを融かしてしまうほどの業火が暴れて回る!!

 炎の大津波?激流!?これが、煉獄……悪しきものを魂ごと焼却する究極の火炎魔術!!『餓鬼』の兵士たちは一瞬で蒸発し、地面が沸騰してゴボゴボと弾ける。夜空が紅く焦げていき、『私』の―――月媛の全力が展開していた『障壁』の魔術は容易くクズされてしまった。

 割れて崩れたバリアのすき間から、深紅の業火が『私』に襲いかかる!!なんていう圧力なのでしょう!!月媛の外部装甲が一瞬のうちにはぎ取れていく!砕かれ、削がれ、融かされ、弾けて……あらゆるものが、『私』のすべてが……コワレテイク。


 ―――……フフフ。『月媛』が堕ちた。いいね、『私』の邪魔者が、消えたよ。


 ……え?聞いたことのない声を、私の心が察知する。どこから発せられたのか、分からない。一瞬だけのことだったから。それに、『私』の……月媛の叫びが、思考を途絶させてしまう。

『ウオオオオオオオ!!や、ヤメロオオオッッ!!』

 炎の嵐が終わる……そう。月媛は、薄らいだその紅蓮の果てに、彼を見たのだ。深紅の翼を広げて、空に君臨する、漆黒の騎士『シャルトエン』。その右の腕には収束された煉獄の炎。まるで、深紅の剣のようだ。空のなかで『シャルトエン』は大きく腕を振りかぶる。そして、その全ての力を解き放ちながら、世界を切り裂く刃を放った!

『……『ブリジット・ファング』ッ!!』

 紅く煌めく一閃が、空ごと『私』を切断する。牙のように曲がった軌跡を描きながら、その重く鋭く激しい一撃が、焼けて砕けた『私』の装甲を真っ二つに切り裂いた。

 『私』……ううん、私は、空を見た。切り裂かれた月媛の機械的なボディ。その大きく深い裂け目の果てに、空にいる『シャルトエン』を……いえ。六条さんを、見た。

 ほとんどの魔力を喪失してしまった月媛が、浮上することが出来なくなり落下を開始する。やだよ。このまま、地面に叩きつけられて死ぬなんて、いやだ。私は、コードに絡み取られた腕を、必死になって彼へと伸ばす。

「んぐぐうう!!ろ、六条さん!六条さーんッ!!」

『必ず、助けてみせる!!』

 漆黒の騎士が空を飛翔し、力ずくで月媛の傷痕へ潜り込む。暴れて、無理矢理進んでくる。装甲が割れる。魔力を使い切ろうとしているから、もろくなってるんだ……。それでも、彼があきらめるわけがない。六条さんは、ヒトを助けるためなら、どんなムチャでもしてしまえるのだから!

 だから、私もあきらめない。死にたくないです!生きていたい!そう心が強く願うんです!!必死に身体をひねり、外へと逃げだそうともがいた。六条さんが伸ばしてくれる腕に向かって、私も必死に手を伸ばします!!

「……と、とど……いたっ!」

 私たちの手が結ばれる。強く、引きずり出されていく。ま、また、六条さんに抱きしめられてしまいました。ヤバイです。本当にヤバイです……まちがいないです。これ、もう否定できません。私、惚れちゃいました。私、彼のこと大好き。

『……よし。このまま掴まっていろ。離脱する!!』

「は、はい!!お願いします!!」

 『シャルトエン』の翼が羽ばたいて、私たちは墜落寸前の月媛からどうにか飛び出した。私たちが脱出した直後、月媛の機械的な肉体が地面に叩きつけられて、完全に壊れてしまう。

 ドガシャアアアアアアアアアンン!!

 月媛の断末魔のようにも聞こえる。『私』としてひとつになっていたとき、アレはそんなに怖いモノには思えなかった。闇の力を感じたけれど。それは、六条さんと、よく似ていたのですから―――そのせいか、少しさみしく思えてしまう。

『……く。飛ぶには、もう力が、足りない……着陸するぞ』

 『シャルトエン』の翼がほとんど消失していた。私をお姫さま抱っこにしたまま、六条さんは魔界の校庭に着地する……私は、慌てて彼の腕から降りた。彼は、あまりにも疲れ切っているじゃないですか?

「六条さん!!だ、だいじょうぶですか!?」

『……ああ。だいじょうぶだ。変身も……もう限界だ。間に合って、良かった」

 漆黒の騎士装甲が闇へと還る。その鎧の中から現れたのは、眼鏡をかけた黒髪の、ちょっと背の高い少年だった。六条さんだ。私は、彼が微笑むのを見て、再確認する。まちがいないです。この心臓のドキドキする感じ……私、彼に惚れちゃっていますよう。

「……ちょっと、いいかしら?」

「ひいッ!?」

 六条さんに見とれていると、七瀬さんの声が背後から聞こえました。私は心臓が止まりそうになって、思わずその場でピョンと跳ねていた。う、うう。とっても可愛らしく微笑む美少女の七瀬さんがそこにいます。

 はい、とっても笑顔なんです。とびっきりの笑顔ですよ?……でも、女の勘が反応しています。激おこデス……彼女、とんでもなく怒っている気がするんですけど!?

「六条くん、千堂さん。だいじょうぶだった?」

「は、はい……おかげさまで、だいじょうぶです」

「そう。よかったわ」

「ど、どうもデス……っ」

 蛇に睨まれたカエルとは、こんな感情に陥るものなのでしょうか?膝が、ガクガクブルブルと震えてしまいます。不思議な現象です。人形みたいな完璧な造りの顔をしている七瀬さんが全力で微笑むと、恐ろしいまでのかわいさです。それなのに、その顔を見ていると、女の勘が告げるのです。七瀬さんが、ものすごい怒りを発しているぞと。

 ちょ、調子に乗ったからだ!!私みたいな、スクールカースト下位の地味な眼鏡女ごときが、保健室でコスプレするような変態魔術師ふぜいが、学年一の美少女の前で、六条さんにお姫さま抱っことかされて、調子に乗っていたからに違いありません。

 王者とは……スクールカーストの最上位者とは、私のような底い身分の女が調子に乗ることを快く思わない生きものなのに違いありません。

「す、すみません!すみませんでした、七瀬さん!!」

「あら?どうして謝るの?謝らないといけないことをしたのかしら?」

「な、なにも!!なにもやましいことはしておりませんであります!!」

「うふふ。おかしな千堂さん。それで、六条くんは?だいじょうぶだった?」

「ああ。問題ない」

 スゴい!六条さん、全力で可愛い光線?出している七瀬さんを見ても、冷静だ!さすが、『アンサング・ヒーロー』の継承者です。スクールカーストの最上位身分の可愛さぐらいには怯まないですよね?だって、それぐらい強くないと―――。


 パン、パン、パン!


 乾いた音が三つだけなった。

 最初に感じたのは痛みよりも先に熱さだった。お腹が、熱いと思った。何か熱いものが突き刺さったみたい―――でも、それよりも、気がかりなのは……さっきの『音』。私はアレを戦闘訓練で聴いたことがある。知っている音だ。そう、アレは『拳銃』の発砲音。魔術の弾丸ではなく、これは……実物の弾丸に撃たれた痛み。

「……いのり!!」

 七瀬さんがバタリと倒れそうになる。それを六条さんが支えた。七瀬さんの顔が青い。そっか、魔術師になって日が浅い。致命傷を負わされたことなんて、彼女はきっと無かった。だから、その痛みの強さに、心が耐えられない。

「……痛い。痛いよう……なに、これ……お腹いたい……たすけて、たすけて、おにいちゃん……っ」

 痛みに耐えられない彼女は大粒の涙を流しながら、六条さんに抱きつこうとする。六条さんも彼女のことを必死に抱きしめる。でも、彼も多くのことは出来ない。彼だって、お腹を撃たれているから―――。

『動かないで!律!いのりん!私が魔力を送る!大丈夫よ!これぐらいで、死にはしないわ!!』

 『アンサング・ヒーロー』が必死だ。月媛との戦いで相当に彼女も疲弊しているはずだ。私を殺すのではなく、救う戦い方をしたから。それは、彼女にも六条さんにも、とてつもない消耗をもたらしたはず……私の、私のせいです。だって、こんなことをしたのは……ッ!!

「白尾ォオオオオオオオオオオ!!なんで、なんで、こんなことを……ッ!!」

 私たちの目の前に、その『少女』がやって来ていた。見覚えがある。当たり前だ、それは私の『妹』の姿だ。千早の姿だ。12才になったばかりの、背の低い女の子。茶色い髪を肩まで伸ばした、私の可愛い妹だ。今はベッドに寝込んでいるはずのあの子が、こんな魔界に現れた。理由は分からない。分かるのは、アレが『白尾千百』に乗っ取られた私の『妹』だということだけです!!

「『アハハハ!これはチャンスだったんだよ!アタシが『復元』の『魔法』に戻れるねえ!!だから、利用したのさ。ロクに『聖杯因子』を集められやしない、ノロマの桃華ちゃんのことをなあ!!』」

「り、利用……それは、どういう……うぐッ」

 治癒の術をかけているのに、血がなかなか止まってくれない。これ、ただの銃弾じゃない。そうか、呪術の刻印された特殊弾だ……ッ。千堂家の武器庫から、色んな危ないモノを持ち出したのね、この子……ッ。

『コイツ……殺してやるッ!!殺してやるぞッッ!!』

「『ダメよ、『アンサング・ヒーロー』。いくらアンタでも、それだけ疲弊すれば、アタシと戦いながら、ご主人さまたちを癒やすことなんてえ……ムリでしょー♪』」

『くっ!!』

「『悪魔退治用の弾丸だからさー、アンタも相当キテるでしょう?……暴れたら、アンタも死んじゃうわよ?……アンタが護っている主人たちの命もね』」

『……なにが目的?』

「『その銀髪の小娘よ』」

「……いのりを?」

「『あはは。そう睨まないでよ暗黒魔術師。アンタとも戦うつもりはないんだって。アタシ、その子の中にある『記憶』が欲しいだけ。『グラン・グラール』の魔術を破った『記憶』をねえ』」

「え?『グラン・グラール』の魔術を、破った……?」

 そんなこと出来るわけがない。出来るわけが……いや、出来たヒトがいる。『アンサング・ヒーロー』と共に在ったときの、六条日暮ならば、あるいは……っ。彼女には六条日暮の魔術で、『グラン・グラール』の魔術を破ったときの体内魔術構造の変異の履歴があるということ……?ま、まって、そうだというのなら……ッ!?

「『その子を渡してくれたら、みんな助けてあげるわ。その子も死んでもらっちゃ困るわけだしね。今夜は救うわ、『悪魔』として……ね?約束は守るけど?』」

「いのりは、お前なんかに渡さない」

 六条さんが七瀬さんを支えたまま、『白尾千百』を威嚇する。ナイフを出そうとするが、その力さえも今の彼には残されていない……っ。

「『そう?……じゃあ、みんなで死のうか?死体からでも、『グラン・グラール』の情報は回収できなくもない……『緒方八幡』から回収した『聖杯因子』と併せれば、アタシの『復元』は完璧よ?……真の『白尾千百』に戻れたら、どいつもこいつも、みーんな『復元』してあげるってーの?イイ話じゃん?』」

『バカな……『復活』の魔術データを観測して、自分の『復元』を補おうというの?そんなことしても、あなたみたいなまがい物が、気高い『白尾千百』には戻れないわ』

「まがい物……?」

 私も知らなかった事実が、『アンサング・ヒーロー』から語られる。人造悪魔である彼女には分かるのだろう。同じ、悪魔から創られた『霊獣』……いえ、人造悪魔・『白尾千百』の真実が。

「『……言ってくれるね、まがい物?……情報を大きく失っただけよ!でも、『聖杯因子』がこれだけ揃っているのなら、アタシだって、元に戻れるわ!!』」

『……哀れな子ね。そこまで壊れてしまえば、もう別物なのよ。過去とは決別し、新たな自分を探しなさいな』

「『イヤだね。アタシは、アンタよりもずっと威厳と歴史のある悪魔だ。『復元』の悪魔、『白尾千百』サマだ!!全てを治す!!アタシ自身さえもね!!……状況分かっているの?アンタたち、死ぬほど不利でしょ?』」

「……お前こそ、状況を分かっているのか?」

 六条さんが青い顔で挑発する。『白尾千百』が、はあ?と怪訝そうな顔をする。それはハッタリでも挑発でもなかった。ここに、虎が来たことを告げる言葉だった。

「……なーんか。大ピンチそうだなあ?六条?」

「『フン。あの武術家か?』」

「こいつは、用心棒チャンスだな。あの変なガキ捕まえれば良いってカンジか?」

「そうだ。頼む。拳銃を持っているから気をつけろ」

 気をつけろって、そんなのムチャですよ、六条さん……っ。

「おう。当たらんぐらいに速く動けばいいんだろ?ラクショーよ」

「『アハハ!バカか、お前!拳銃持ってるアタシに、あんたごときが―――』」

 虎は、とてつもなく速かった。一瞬前までにやけ顔だった。それは囮だった。彼は瞬時に加速して、『白尾千百』の間合いに飛び込んでいた。白尾が後方に飛びながら、拳銃を撃つ。何度も。虎は、躱す。右に左に身をスライドさせながら、躱している。ウソでしょ?マンガじゃあるまし、このヒト、どーなっているんですか!?

「くくく!さーて、あと何発だよ?小娘ぇ、そんな『オモチャ』でよ、オレさまが、どーにかなるとでも思っているのかよ?」

「『この銃は本物だ!!ば、バケモノめえええ!!く、こ、これならどーだ!!』」

「……くっ!!」

 一番坂さんが止まる。一瞬遅ければ、白尾は打撃されていたはずだ。彼が止まった理由。それは、白尾が自分の……ううん、寄生している千早の頭に銃口を当てたからだ。あの子は千早を人質にして、一番坂さんを止めた。

「『……はは。甘ちゃんだなあ、モンスター。さすがに罪もないガキの命は見捨てられんか?子供らしい正義感だねえ。助かっちゃった、アタシ。さあ、離れな!!』」

「……チッ。すまん、ドジったわ」

「すみません……『妹』のために……っ」

「『さて。このまま時間潰しでもしようかしら?怒りで血圧が上がったんでしょう?暗黒魔術師……アンタ、腎臓近くに当たってるし、月媛との戦いで、かなり消耗してた。もうすぐ死ぬかもね?……さあ。選べよ、『アンサング・ヒーロー』。お前だけじゃ全員を助けられない。誰を見捨てるんだ?』」

『……くっ!!』

「……六条くん。アンちゃん……私を、あいつに差し出して」

「何を言うんだ!?」

 七瀬さんが青い顔で言った。彼女は、冷静だ。最善の策を選ぼうとしている。でも、それは……六条さんが、いちばん苦しむ方法じゃないですか……っ。

「いい?六条くん……このままじゃ、みんな死ぬ……あいつは、私の『記憶』が要るんでしょ?……なら、殺さないでしょ……それなら……あとで、助けに来てくれればいいだけじゃない?」

「そんな……ダメだ……そんなことは」

「できるよ。私のお兄ちゃんにはね、出来ないことなんて……ないんだよ?」

 慈愛に満ちた微笑みで、七瀬さんはそう言った。私たちには他に選べる手段はなかった。白尾が笑う。笑って、魔術を唱えた。七瀬さんと『白尾/千早』が消えていく……。

「……すぐに、助けるからな」

 六条さんは腕のなかで消えていく七瀬さんと約束する。七瀬さんの唇が動く。でも、声は私たちには届かなかった。二人が消える。ああ、なんてことに……。

『……律?……律!?ちょ、ちょっと待ちなさい!!こら!動くな!動いちゃダメ!!虎!その子を止めなさい!!止めて!!動けば、死ぬわ!!』

 『アンサング・ヒーロー』が叫んでいた。一番坂さんが歩きつづける彼を止めようとする。でも、彼は己にかかる腕をふりほどき、獣のような強さを秘めた瞳で前進をつづけようとする―――でも、それだからこそ、肉体の限界は訪れた……。

 六条さんがゴホリと咳き込む。吐血していた。そして、血圧が減少し……彼の身体はゆっくりと魔界の大地に倒れ込んでいた……っ。

 みんなで叫んだ。みんなで彼のことを叫ぶ。壊れたような音で、絶望に染まった声で。私たちは、失いたくなかったんです……各々が大切にしている、六条さんのことを。

 私の名前は、星光魔術師・千堂桃華。

 これは私と、六条さんの物語……ッ。

 


 ―――やれやれ。だから、『敵』は違うと言うたのに。ヒトの言葉を聞かぬから、このようなことになるのじゃぞ。

 ……ほう?誰ぞ、と問うか。さきほど、お前に殺されかけた者だぞ?

 ……ふふふ。そうだ、正解だ。我の名は、『緒方八幡月媛』だ。さて暗黒魔術師の後輩よ。悪魔という概念にさえ高められた、この偉大なる魔術師の霊長に願いはあるか?

 ……そうかそうか。ふむふむ。『力』が欲しいのか?欲張りめ。すでに『狼』を背負っておるのにのう。まあ、今のままでは、たしかに足りんなあ。まともな回復を待てば、七瀬いのりを救助するまで時間がかかり過ぎる。悪魔の約束など、信じられるものではないからのう。アレを解剖して、『聖杯因子』を回収するかもしれん。

「……ああ。だから、力を、くれ……オレには、今いるんだ。なんでもいい、どんなことでもする。くれ!いるんだ、現状を打破するための、新しい、力が……ッ!!」

 いい子じゃのう、六条律ぅ。素直な子供を我は好きじゃて。同じ力を持つ者として、お前を跡継ぎにするために呼んだのじゃ。我に混じった『聖杯因子』。あれのせいで正気を失ってしもうていてのう……お前がアレを除去してくれたなら、血を吸ってやってもいいと思っていた。我とも契約するか、六条律。吸血鬼の姫、『緒方八幡月媛』と?

「ああ。なんでもいい、さっさと吸え……身体から、血が尽きかけているんだぞ……」

 いい子じゃ。ほら、横になれ。血の吸い方をれくちゃーしながら、お前を我の牙と呪いにかけてやろう。くくく。せっくす、みたいなもんじゃ。気持ち良くしとれ?なあに、悪い夢での出来事じゃ、秘密にしておいてやるとも、『我/月』の継承者よ。

 ……くくく。いいか、この世界を盗み見している人間。お前じゃ、お前。よく聞け。

 我こそは、偉大なる魔術師の霊長、『緒方八幡月媛』。

 これは我と、我の跡継ぎである六条律の物語じゃ。

 


 術のおかげで出血は止まった。六条さんの手当に向かわなくちゃ。私は痛む身体を引きずって、彼の元へと歩いた。今、彼の身体の中では『アンサング・ヒーロー』が全力で治癒に当たっている。だから、腎臓を損傷しても命は助かるはずだ……ううん。ちがう!私が助けてみせます!中からは悪魔の力で、外からは私の力で―――って!?

 ドクンッッ!!

 とんでもなく大きな心音が聞こえた。いや、今のは異質な魔術?……感じたことのない力の流れでした。なんですか?『アンサング・ヒーロー』も一番坂さんも気づいていない。どういうこと?……今のは、『緒方八幡』の……気配?

 ぐわっ!!

 六条さんの目が急に見開いた。心配そうにのぞき込んでいた一番坂さんが驚いて跳び退く。そ、そりゃそうです。なんですか、今の気迫。死にかけている人には思えない。

「お、おお。ろ、六条……お前、大丈夫かよ?顔色、悪いぞ。それに、息も荒いし?」

「……立たせてくれ」

『ちょ、だ、ダメよ。まだ……って、あれ?傷が、治りかけてる……?』

「いい仕事すんじゃんか、さすが世界を救ったことのある女だなあ、アン」

『え?そりゃ、そうだけど……おかしいわね?』

「まあ、こんな場所で倒れてるなんてダメだろ?とりあえず、あの偽保健室に運んでやるよ。さあて、起きられるか?……なんなら、お前の得意技のお姫さま抱っこで運んでやるけど?……ん?手?手を貸せってのか?……たく、強がるねえ、ヒーロー。いいぜ、ほらよっと!」

 なんでだろう。とても悪い予感がしていました。私は集中して六条さんの動きを見張ってしまう。一番坂さんに抱えられるようにして起き上がった彼が、何かを言いました。声は出ていません。でも、私には分かりました。すまない。彼は謝っていたんです。

 そして、『事件』は起きてしまいました。

 がぷり!

 金色に瞳を輝かせた六条さんが、一番坂さんの首筋に噛みついていたのです。

「え?え?なに、これ?なにしてんの、お前?……あれ?力抜けてる……っ」

 一番坂さんの巨体が地面に倒れてしまう。六条さんはそれでも首筋に喰らいついたままだ。一番坂さんを押し倒すようにして、その首筋への『責め』を継続する。

『え?……あれ?どーしたの、律?おーい。男の子だぞ、それ?』

「うわあ……た、たすけて……オレさまのなかで、歯が、う、動いてるんだけど?た、たすけて、茜……オレさま、好きなの、お前だけだ……いや、六条も嫌いじゃないけど、それ友情だし?……や、やめろ……オレさまを穢すんじゃねえ、六条律ぅうう」

 BL!?六条さんが主導権を握っている方だった!?そんなバカなことを浮かべながら、私は、貴重な血液を鼻から垂らしてしまっていました……っ。私、ダメな子です。




世界観を説明するような回でありました。会話ではなく、もっと体験的に世界観を表現できたら良かったかな、とも思います。


バトルはそれなりに書いていて楽しかったですね。緒方八幡月媛、巨人モードと大きな怪球モードがあります。巨人モードは単調なモノでしたが、怪球モード対六条&『アンサング・ヒーロー』は楽しく書けました。変身ヒーローと巨大怪球みたいなね。もっと長く書いても楽しめたよーな気がしますが、その後の展開もあるので、さくさくなペースで処理してしまった。もっと、ガッツリやっても良かったかな。


重力操るとか、雷落としてくるとか。ミサイル乱射もあったなあ……。


んー、昨日、アベンジャーズ見てきたからか、心残りがありますなあ。


では、次で一区切りです。それでは、また。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ