第一話 六条くんと七瀬さん。初めての魔界探検!?
序章 『アンサング・ヒーロー』
―――五郷慎一は帰って来た。約束通りに?ちがう。そうじゃない。あいつは棺桶に入って中東から送り返されてきた。日本の法律上ではいちゃいけない『戦死者』だからね。誰にも気づかれないように、色気のないコンテナに詰められての帰国だった。
どうにもヒドい任務だったらしい。そうなる運命だとも分かっていたらしいけれど、あいつはそれを受けたようだ。日本人が関わってはならない任務、それに参加する代償は存在の末梢さ―――もう日本に五郷慎一がいた記録はどこにも残っちゃいない。
あらゆる公式な記録からは抹消され、かつて五郷慎一だった人物には偽りの人生が用意された。彼は高校卒業後、自衛隊じゃなく窓ガラスの製造を請け負う企業に入社し、およそ一年で退社。そのあとは無職になり、生活保護を受けるようになったが、三年前に失踪。今年の六月に富士の樹海で白骨化して見つかり、鬼籍に入ったらしい。
カバーストーリーだ。五郷慎一を日本から抹消するために、自衛隊だかお役所サマが用意したウソのお話さ。五郷慎一の真の物語は、ウソに上書き/カバーされて、お日様が当たる場所から消え去ったというわけだ。
樹海の白骨化遺体についてかい……?ああ、それは誰かも分からなかった身元不明の死体だろうね。フツーの日本人の骨には名前もIDも刻まれちゃいないから。
歯科診療記録と照らし合わせようにも、歯槽膿漏などの病気や、自力あるいは他力での抜歯……そういうものが関わることで、追跡不能になることは少なくない。調べようがなかった誰かの白骨は、日本政府の関わる秘密のお仕事のために消費されてしまったようだ。民主主義の観点からすれば、非常に重大な悪事さ。
ああ。なんていう孤独な戦いだろう?あいつには家族がいないから、こんなことになったのかな?世界から消えてしまうことが怖くなかった理由の一つに、生来の孤独があったとすれば?彼はその生い立ちを誰かに利用されてしまっているように思えるね。
……いや、けっきょくのところ、『魔道医学』に携わってしまった者として、強い野心があったからだろうか?それが、彼におかしな道を選ばせたのかな?
あいつは野心深かった。好奇心の塊でもいい。正義感も強かったな。うん、そうさ。野心、好奇心、正義感、責任感、そして単純に実務能力……それらの全てが強すぎたのさ。ヒーローになれる素材だった。だからだろう、ムチャしやがってよ。
『―――自分が死んだら、アレの『素体』に選んでくれ。手術は、お前がしろよ?』
……ああ、そうさ。これって約束だ。僕の数少ない友たちとの約束なんだよ。だから、僕も断れなかった。こんな怪しい仕事をさ。
なぜかって?……僕以外に、こんなオペを成功できる天才的な外科医が存在しているとは思えないからだよ。技術だけじゃないさ、異端である魔術への知識と理解がいる。こういった分野の概念を理解するには、なかなかコツがいるからね。現代的な理屈だけでは、どうしたって追いつかない。
あとは、医者や科学者として倫理に触れる行いをする悪辣さもか?
……政府の悪事に荷担する覚悟とかも?
うん。そうだ、色々と必要だね。ほんと、リスクが多い仕事だよ。
でも。僕はそこそこ非常識だから、こう思うのさ。医者として恥ずべき外道に落ちたとしても、お前の死をムダにしてしまうよりはマシなんだろうってね?
―――五郷慎一。お前は『ヒーロー』になりたかったんだろう?たしかに、お前は死んじまったよ。でも、終わったわけじゃない。少なくとも僕の協力があれば、君はまだヒーローになれるだろ?そう。あくまでも君はね……罪深い僕は、そうじゃないけどさ。
これから僕がすることが、どれだけの法律に抵触するのか、分かっているか?
五郷よ。君が気楽に指名してくれたせいで、僕は医師免許も研究者としての地位も剥奪されかねない悪事に手を染めることになっているんだぞ。
君の遺体に、日本帝国時代から暗躍してきたっていうオカルト機関、『鎮目』がコレクションしてきた『悪魔』の臓器と、最先端の医療ガジェットを積むのさ。それらを接続するのが僕の外科手術。まったく、マンガみたいなハナシだな?君は、サイボーグとフランケンシュタインを混ぜたような存在にされるんだよ。僕の執刀によってね。
酷い話さ、さすがの僕だって昨日の昼まで、想像したこともなかったよ、こんなムチャクチャな計画に、本当に参加させられるなんてね……?僕たちがしていたのは、あくまでも理論の研究で、実践することになるとは思ってもいなかったよ。
お前との約束だって冗談だと思っていた。まさか、お前が『戦死』するなんて?……それに、僕の理論が、ここまで評価されているとは―――もちろん、間違った理論を展開したつもりは一度としてないけれど。それでも、正しいからといって異端的な研究が評価されるなんてことは、通常あり得ないさ?コペルニクスだって、そうだったんだぜ?僕の研究は、彼のよりずっと理解されにくく、複雑にして怪奇だよ。
……まったく。おそろしいもんさ。政府の高官だとか、総理大臣経験者だとか、『鎮目』とか、怪しげな魔術師集団だとか、ヨーロッパの科学者集団とか。そんな奇妙で奇天烈なチームに合流させられるなんてな?どれだけの書類にサインを書かされたと思う……?自分でも、ほとんど把握しちゃいないよ。
断れないからね。
これ、僕じゃなくちゃ、ダメな手術だもん。
そうさ。分かっているだろうけれど、僕らは君を『悪魔』にするんだよ。日本で六番目に製作された『人造悪魔』に変えてしまうんだ。中東で魔術師に殺されたことで、魔術構造が焼き付けを起こした君の肉体。その『理想的な死体』を改造することでね?
プロジェクト名は、かつて君が考えた通りのものだよ。彼らにだって君をリスペクトする気持ちぐらいあるってことだな。そう、この計画の名は『グラン・グラール/大いなる聖杯』プロジェクトさ。僕たちは、聖書の事象を再現しようと企んでいる。
ああ、『復活』という奇跡についてだけだよ。
我々は宗教家じゃないから、イエス・キリストの『復活』を神の思し召しだとか考えたりしない。神は観測されていないままだからね?僕ら人類が観測しえたのは、未だに悪魔の方だけ。それに神と違って、悪魔は制御できる。つまりは科学の範疇さ。
かつて、『復活』という『魔法』に至った悪魔がいたんじゃないか?
……それが僕たちの仮説だよね。イエスがそいつに『復活』させられたとまでは考えちゃいないよ。でも、聖書やキリスト教がそのテーマを扱ってくれている時点で、『復活』の悪魔はアイデンティティを持てる。そして、その情報は集積されていたはずだ。
僕らは悪魔が蓄積してきたはずの『復活』の情報を、君にインストールしようとしているんだ。情報工学と魔術と外科手術によって、君を『器』にして情報を回収するのさ。『器』には、いつものように名前とアイデンティティを与える。だから、『大いなる聖杯』さ。不死の命を与えてくれるマジック・アイテムってことだ。君をそれに改造する。
『グラン・グラール』。じつにバカな名前だと思うけど、分かりやすくていいだろう?『人造悪魔』はそういうモノのほうがいいって論文、君も書いていたよな。イメージしやすい名前でいいのさ。ヒトの意思を集めるためには、単調なモノの方が好ましい。
つまり、君はヒーローになれるんだよ?
人造悪魔『グラン・グラール』として『蘇る』。そうなれば?……君はモルモットにされるだろう。かつての人造悪魔たちが例外なくそうであったように。悪魔は、兵器利用するには危険すぎるからね、使い方は制限されるんだ。
医学利用さ。
残酷と謳われた先輩諸兄たちと同じように、僕らも君に過酷な実験を強いることになるよ。『復活』の方程式を観測するために、蘇った君に多くの病魔を植え付ける。それを君が駆逐していく様をモニターして、『病気の治し方』ってものを発見していくという寸法さ。
ガン、白血病、エイズにエボラ、昔ながらの狂犬病や新種の感染症。あらゆる病魔と君は戦うことになるだろう。埋め込まれた無数の観測装置が、君の戦いと、いつか訪れる勝利をレコードしていく。僕たちは、君が病に打ち勝つ様子を見て、学ぶ。
そのおかげで、どんな病気の治し方も分かってしまうのさ。死ねない君の苦しみは永遠につづくかもしれないが、君が果たす医学的な貢献は計り知れない―――。
なあ?中学生のとき、ふたりしてヒーラー細胞に感動したことを覚えているかい?
31才という若さでガンにより亡くなった、アメリカの平凡な主婦の細胞さ。彼女は亡くなってしまったけれど、彼女のガン細胞は今でもずっと生きている。培養され、6000トン以上にまで膨れあがった彼女のガン細胞が、医学研究を支えてきたんだよ。
君は、そういった存在になる。大いなる自己犠牲を払ってね……君は『ヒーロー』と呼ばれるべき道を歩くことになるだろう。
君は、多くの子供を救うよ。悲しい運命に弄ばれて、幼くして死んでいく罪なき命を、きっと救ってしまうだろう―――世界中のどんな医者よりも、君は多くを救うはずだ。無限に『復活』しつづけ、病魔と闘い続けるという地獄を味わうことで……その残酷な戦いを勝ち抜く姿を、僕たち人類に還元してくれることで。
僕は、君を地獄に落とす。
世紀の大悪党になるのさ。
いつか罪を裁かれる日が来るかもしれない。政府は保証してくれると言っているが、自分たちに危険が及べば見捨てるだろう、一研究者なんてさ?でも、君をヒーローにしてやるために。君との約束のために、僕は邪悪な執刀を行うよ……。
手のなかに、うごめく『悪魔』の臓器を手にする。魔術師でもない僕でさえ、理解できる。この邪悪な気配。これがこの世の理の外にあるモノだって、直感できてしまう。こんな醜い臓器は知らない。腐敗寸前にまで痛んでいるくせに、動いている。『鎮目』に回収されたのは明治の終わりだぞ?どんな生命力なんだ……ッ。
君の開かれた腹を見下ろす。僕は、『これ』を君に入れるのかよ?……戸惑いながらも、熟練は機能する。プランの通りに僕の指は動いた。完璧だ。アドリブはなし。腎臓を切り取り、そこに、この奇妙な生物の破片を差し込む。神経と血管を芸術的な緻密さで縫い合わせていく。すごいな、縫合したばかりの傷口が、またたく間に癒合する。
悪魔の臓器に、君の解凍された血が回り始めた。生命が、君のなかで動いている。心臓はまだ動いていない。別の内臓が先に動く。そうさ、死者に命を積んでいく形だよ。
同時並行して、科学スタッフの手により観測機械が君に詰め込まれていく……モニター用の機械だ。君の戦いの履歴を残し、医学の未来を開くためのレコーダーさ。
時間がない。急ごうか。『鎮目』のコレクションを、僕は五郷につないていく。悪魔の臓器とヒトをくっつけるのさ。神経たちを縫いつなぎ、血管を結ぶ。足りない場所を機械で補いながら……ああ、なんて罪深いことをしているのだろう?罪悪感で吐き気がしそうだ!こんな感覚は、今まで味わったことがない!
狂気じみたその空間のなかで、それでも僕たちは黙々と作業をこなす。そして、五郷の心臓が134時間ぶりに拍動した。感動の声をあげたヤツがいる。死者が動いたから?……そうだね。それはスゴいことだよね。
でも、僕はあまり嬉しくはなかった。
『怪物』を創り出している―――その予感が、その実感が、僕の心を苦しめている。
ああ、僕が最も罪深い。だって、僕じゃなければ、こんなスピードでヒトとバケモノと機械をひとつにつなげなかったんだ。僕じゃなければ、拒絶反応で暴れるその死体に、冷静な対応なんて出来なかっただろ?
五郷が暴れた。スタッフの何人かを撥ね飛ばしながら。まるで、生き返されたことを怒っているみたいだ。本当に、あいつはこうなることを望んでいたのか?……あの遺書は、偽造されてはいなかったのだろうか?……分からない。でも、仕事はこなすさ。
「『鎮目』の用意していた薬を全部注入!!」
「は、はい!すぐに……先生!う、打ちました!!」
「離れろ!すぐに、電圧を上げろ!限界まで高くして、落ち着かせるんだ!!」
薬物と電気ショック。拘束帯で制御して、僕らは悪魔を組み立てていったのさ―――。
気がつけば。研究所が燃えてしまっていた。
どういうことだろう?
ああ、頭が痛いぞ。たしか、仮眠を取っていたはずだ。腕時計をにらんだ。オペ終了から6時間は経過している……クソ。記憶が飛んでいるな。しかし、これはどういうことだろう。爆撃でもされたのか?悪魔を警戒しているキリスト教徒であるアメリカ軍とか、良識ある魔術師のヤツらとかに……?
「クソどもめ……っ」
僕たちが、どんな偉大なことを成し遂げたと思う?
邪魔はさせないぞ。僕らなんて、死んでもいいが……『グラン・グラール』だけは、守るんだ。あいつは、ヒーローになる男だ。その覚悟と、痛みを背負って、バケモノに堕ちることさえ許容したんだよ。
痛む体を引きずって……僕は地下に作られたこの秘密めいた医療施設を歩いて行く。狭い廊下が、揺れている。どこかが爆発したのかもしれない。いいさ。どうせ『グラン・グラール』は死なない。あいつは、生きて……世界を救う存在になるんだ。
「……五郷。たのむよ―――世界を救ってくれ……僕じゃ救えなかった子供たちや、他の医者でも救えない子供たちにも、未来を創ってくれよ……『グラン・グラール』っ」
天井が爆裂する。瓦礫が大量にくずれてくる。僕は死を覚悟する。ああ、なんてこった。数十トンの重さはあるだろう!僕はその重みを連想しながら、鉄骨やら何やらの混ざった瓦礫に、上から押しつぶされる……肺が潰れたのかもしれない。それとも折れた肋骨が刺さりやがったのか、口から血が出てしまう。どっちにしろ、致命傷だ。
「サイテーだ……こんなになっても、頭だけは無事かよ」
動けやしない。体中の骨が砕けたかもしれないが、頭は無事で、意識は明瞭だ。ちくしょうめ、死ぬなら、ひと思いに死にたかったぞ。誰かに爆撃されているのなら、助けが来る可能性はない……それに、これだけの重傷を負っては、そもそも助からない。
「おいおい。ゆっくり、苦しんで死ねってか……悪党には、いい罰だな、神さま」
未だ観測のされていない存在に、僕は不平をぶつけてやった。いいさ。神さまに嫌われたって構わない。僕は邪悪だったかもしれないけれど、大きなことをやってのけただろう?そうだろう、僕の友よ?……五郷。君は、長いこと死ねないかもしれないが……いつか地獄で会えたなら……今度は、もっと楽しげな悪だくみをしようぜ―――。
―――命をあきらめたとき。死を受け入れいたとき。
僕を押しつぶそうとしていた瓦礫が吹っ飛ばされるのを感じる。重量が軽くなった。死んだのか?そう願望する。死が安らぎに満ちていたとすれば、どんなに嬉しいことか。でも、そうじゃない。僕は生きている。
そして、目の前には五郷慎一がいた。いや、正確には彼だったモノがいた。つぎはぎだらけの醜い肉体。薬物導入用の無数の管が刺さって垂れていた。観測機械もはみ出していやがる。なんて、不格好な英雄だろう。
『グラン・グラール』は、笑う。僕を見下ろしながら、笑ったのだ。
それは、友好の兆しなんかじゃなかった。理解する。封じられているはずの本能が、目覚めてしまっている。誰が……抜いた?あの制御棒を、脳幹から抜いたバカがいるのか!?ふざけるな……それじゃ、コイツは、自由じゃないか!?悪魔の本能のままに、ただ、欲求を満たすぞ、誤ったやり方で!!……ヤツは語った。
『―――生キタイ、デしょウ?願イヲ、叶えサセて、ヤロウ……六条?』
……僕の名前は、六条日暮。
邪悪だけど天才外科医さ。
これは、僕と『グラン・グラール』の物語だ……。
第一話 六条くんと七瀬さん。初めての『魔界』探検!?
―――ヒトにはそれぞれの生き方があって、可能な限りその個人の意志を尊重するべきだ。そんな考え方には賛成できるし、誰にも迷惑をかけていない生き方をしているのなら文句を言うことはない。
だから、私は六条くんのだらしなさを認めなくちゃならない……のかな?
彼が転校してきたのは2月の始めだった。彼の『デビュー』だけは衝撃的だったかもしれない。なにせ、転校初日から遅刻して来たのだから。五時限目になった頃、あきれ顔の長門先生に連れられて、無口な彼はやって来た。
黒髪に眼鏡、背はやや高くて、眼鏡をかけている。眼鏡の下にある瞳は細くて、鋭さがあった。まあ、見た目は『フツーの少年だ』―――ただし、口元に青いアザがあったのは、かなり印象が深かったのだけれど。
自己紹介も簡潔だった。黒板に書かれた名前は『六条 律』。『ろくじょう りつ』。そう読むのだろうと思ったし、まさにそうだった。彼は自分の名前だけを語ると、それで自己紹介は終わりだった。
遅刻してきたことに、まるでケンカでもして殴られたようなアザ。それらを見て私たちは彼のことを、いわゆる不良だと感じてしまったのだろう。
だから、六条くんは転校生であるにも関わらず、周りの生徒に質問攻めにされることはなかった。社交性の強い何人かが質問しても、彼は短い言葉で簡潔にしか答えてくれないようだし、無視されることも多かったみたい。
彼のことを、みんなほとんど何も聞き出せなかったのだけれど、その冷たい態度から、彼が私たちと仲良くなりたくないのだということだけは理解できた。
次の日、六条くんは二時間目から登校していた。さっそくの遅刻癖。
そして、その次の日は朝からいたけど、ほとんどの授業で居眠りしていた。
……そう言えば体育もサボっていたらしい。
休み時間は誰とも話さず眠っているか、本を読んでいる。ぼーっとした表情で空を見ていることもある。何を考えているのか、よく分からないヒトだよ。
昼休みはどこかに消えた。消えたまま午後の授業にも現れないことがあった。
放課後もさっさと帰る。掃除当番はマジメにこなしたらしいけれど……。
そんなことばかりしているものだから、彼は一週間もしないうちに孤立していた。いったい、彼は何を考えているのだろうか?……もしかしたら、学校が嫌いなのかもしれない。引きこもりなんて珍しくもない世の中だし。そういうのに比べれば、学校に来てくれるだけマシなのかな……?
気にしなければいい。
彼は孤独をなんとも思っていないように見える。たくましいというか図々しいというか……誰にも興味がないようなのだ。そういうヒトだって、いるのだろう。べつに、いたっていいと思うし。
なにより、クラスの全員がすでに六条くんから距離を取り始めていた。嫌っているわけじゃない。気にしなくなっていたのだ。六条くんの行いに対して極めて無関心になっただけ。でも。それは、少しだけ不思議なことに感じる。六条くんが遅刻して来たとしても、みんなはまったく驚きもしないし、授業中の居眠りは教師にさえ見過ごされている。
おかしくない?そんなに気にならないものかしら?
……私たちは、そこまで好奇心を欠いた存在だっただろうか?たしかに、彼は派手に目立つことはしていない。でも、明らかにフツーではないのに?遅刻の常習性なんて褒められたものじゃないよ?居眠りだって。でも、どうして、みんなはそれを『受け入れている』のだろう?……先生たちだって、もっと怒ってもいいような気がするのに。
―――遅刻しました、すみません。
―――わかった。次からは気をつけるように。
その会話のやりとりだけで六条くんは三時限目からでも違和感なくクラスに合流してしまう。私以外の誰もが、それを疑問に思いもしないまま。六条くんは、ある意味ではクラスに適応している。でも、私にはそれがどうしても不思議だった。
……もうすぐテストが近いから、みんな他人に構っている場合じゃない?だから、みんな無口で無愛想な六条くんに関心がわかないのかな……?
それとも、自分に興味を持っていないヒトのことを考えたとしても、得るものは少ないからかな……?
そういう考え方を、私も否定はできない。だって、私も彼に話しかけることはないのだから。きっと、六条くんは私にも興味を持ってはいないと思う。クラスの他の生徒とか、先生たちと同じように。
もしも、話しかけて無視されたら?そう思うと、怖くて話しかけられないもの。孤独を望むヒトとは、距離を取って過ごすべきなのかもしれない。そんなヒトに近寄とうとしたところで、自分が傷つけられるだけの気がするから―――。
そうだ。
これでいいのだ。なにもしなくていい。
私は考えすぎていたのかもしれない。クラス委員なんて、引き受けるんじゃなかったよ。変な責任感から、クラスの『変わり者』を気にしているのだ。ひとりぼっちの彼をどうにかしてあげなければならない気がしたけど……孤独を選んだ彼には、余計なお世話だもん……。
ああ、もう。私だって、そろそろ勉強に集中しなくちゃいけないのに?六条くんのことを考えている場合じゃないんだ!
テストは気になるもん。だって、うちは成績の順位を廊下に貼り出されてしまうんだから!ヒドいよね、あの仕組み!だから、あまり恥ずかしい成績は取りたくないよ。
―――うん。六条くんのことなんて、考えなければいいんだ。
そうだよ。それがいい。
だって、私には関係ないことだし。
私と彼は、『他人』なのだから。
そうだもん……っ。
だから―――……。
「―――……あれ?」
一瞬そこがどこか分からなかった。白いカーテンと、白いシーツ。そこは私が知らない場所に思えた。でも、次の瞬間、カーテンが開かれて、保健室の安岡先生が目に入った。丸い顔をしたやさしい声の先生だ。ヒトを安心させることに長けた愛嬌のあるその顔は、私をホッとさせると同時に、ここがどこかを理解させてくれる。
「先生……ここ、保健室ですか?」
「うん。そうよ。保健室でーす」
「……そっか。でも、どうして?」
「えっとね、七瀬さん。あなたは急に倒れたみたいよ?授業中に。たぶん、貧血でしょうね。まあ、ストレスやら勉強疲れも多い時期だもん。いちおう、熱も計ってくれるかな?」
「……はい」
差し出された体温計を私は受け取る。ブレザーは脱がされていたから、胸元のボタンを外して、それを使う。しばらく脇にそれをはさんだままにしていると、ピピっと鳴った。
「はい。ちょーだい。そして、どーぞ」
「……ありがとうございます」
安岡先生がココアをいれてくれていたみたい。先生からカップを受け取り、交換に体温計を取られてしまう。保健室の先生って、生徒の自己申告を信じないよね。仮病を使われるかも知れないからかな。
ココアを一口飲む。温かくて甘い。ふー。心が楽になった気がするよ。
「ねえ、七瀬さん。風邪気味だったとかある?」
「いえ。大丈夫です……それに、熱も、なかったと思います」
「うん。今も6度3分ね。ほんと平熱だわ。悩みでもある?」
「その……考え事をしていたんです。それで、疲れちゃったのかも?」
「まあ、いろいろあるわよね、思春期の学生にはさ……さーて。授業も終わっちゃってるし、今日はもう家に帰ればいいんじゃいかしら?部活のあるなしに関係なく、テスト前は図書室と自習室以外の居残りは禁止だしね!」
「……そっか。じゃあ、結衣も瑞樹ちゃんたちも、帰っちゃってるだろうな」
「ああ。忘れるところだった。七瀬さん、その子も連れて行きなさい」
「え?」
先生がカーテンを動かす。私はビックリして変な声をあげていた。だって、となりのベッドに寝ていたのは六条くんだったから。
「ど、どうしてこんなところに?」
「あら冷たいわね、彼があなたを運んできてくれたのよ?」
「ろ、六条くんが!?」
「そうよ。彼氏なの?」
「ち、ちがいますよう!!」
「そうなの。ふーん……」
「な、なんですか、ふーんて?」
「お姫さま抱っこで運んで来てくれたのに」
「は、はあああああああッ!?」
「まあ。仲良くやりなさい。ていうか、ほらほら、起きな、少年!そこは君専用のベッドじゃないんだからね!」
安岡先生は六条くんの肩をぽんぽん叩いて彼を起こした。彼は、あくびをしながらゆっくりと起き上がる。あれだけ寝ていて寝足りないとか、うーん、どれだけ睡眠欲旺盛なのよ、六条くんってば……。
「……起きたか、七瀬」
ええ……まさかそんなセリフを居眠りの第一人者に言われるなんて。私はなんだか釈然としない気持ちになる。ほほを膨らませて抗議したい気持ち。いや、でも、ツッコミとかは入れちゃダメだ!だって、六条くんとは距離のある同級生でしかないし。それに、私は彼に運んでもらった恩があるんだから。その、お、お姫さま抱っこで……っ。
「あの、六条くん……あ、ありがとう。運んでくれたんだよね、私のこと?」
「ああ。保健室に行くついでにな」
へー。ここに寝に来る予定だったのか。うん。なんか納得してしまう。ていうか、私は保健室でのサボりのダシにされたのだろうか?それだと、ちょっと腹が立つかも。
「……七瀬さんクラス委員だっけ?ちょっと、その少年に注意しといてくれない?彼、ちょくちょくここに来て寝てるのよね。授業サボるために」
安岡先生はそのことを気にしているようだ。他の先生たちは気にしていないのに。いや、安岡先生の態度こそフツーだと思う!サボりなんてよくないよね、やっぱり。
私は同志を見つけた気持ちになって勇気がわいてくる。クラス委員としての自信を高めながら、私は六条くんに注意するのだ。
「……もう。六条くん。保健室は急病のヒトとかのためにある場所なんですから、そういう使い方しちゃダメだよ?」
「……了解」
あれ?意外と素直にそう言ってくれた。
もしかして、不良じゃなくて、たんにだらしないだけのヒトなのかな、六条くんって……いや、だらしないってだけで相当ダメなんだけど。でも、言いたいこと言えたな。そうだよ、サボりとか遅刻とか居眠りとか、ダメ!
満足感にひたる私の背後から、安岡先生の声が聞こえた。
「さあ、ココアも飲んじゃったのなら、さっさと帰れ帰れ。私も帰りたいのよ?あんたたちに居座られたら、帰れないじゃない!」
「は、はい。それじゃあ、行こうか、六条くん」
六条くんは無言でうなずいてくれた。あー、また了解って言うかなと思ったけど、期待が外れたよ。彼の声は静かだけど、嫌いじゃないんだけどな。なんだか、やさしくて、誰かを思い出しそうになる……誰だっけ?まあ、いいや。
私は六条くんといっしょに教室に向かう。放課後はヒトが少ないものだけど、今日は本当に誰もいない。5時半だけど、外はいつもより暗いよ……曇っているからかな。ほんと、なんだか怖いや。六条くんがいっしょにいてくれて、良かったかも?
「……あのさ、六条くん」
「どうした?」
「学校にはさ、なれたかな?」
「ぼちぼちだ」
「そう。あのね、うちの学校、楽しい?」
「フツーかな。イヤじゃない」
「へー、そうなんだ」
これも意外な答えだ。私は少し嬉しくなる。なんでだろう?彼はこの学校が嫌いじゃなかったことが、どうして嬉しくなるのかな。
「……七瀬は変わっているな」
「え?そう、かしら……?」
「フツー、オレに興味を抱かないはずだが」
「んー?それ、どういうことかな?」
「……オレは地味で無口で、無愛想だから。興味がわかないだろ、そんな奴に」
「そういう自覚があるなら、改めればいいのに」
「……イヤだな、めんどくさい」
「えー。他人に興味のないフリすると、ほんとに友だち出来ないよ?」
「べつに、かまわないさ」
「嘘だよね」
「え?」
「だって、私の名前を覚えてくれているもの。『他人』に興味がなければ、わざわざ私の名前なんて覚えたりしていないでしょ?」
「……『他人』か」
「……あのさ。変なこと聞いていいかな?」
六条くんは返事してくれなかった。でも、拒否の言葉を聞いていない。だから、質問してみよう。私は、なぜ六条くんに興味があるのかが話していて分かった気がするから。確かめなくちゃならない。この不思議なほどの『懐かしさ』の理由を。
「……私たちって、どこかでさ、会ったことないかな?」
「いや。ないな」
即答される。まあ、当然か。
「そ、そう?うん。そだよねー……ゴメンね、変なこと聞いちゃって」
「かまわない」
そして。沈黙が訪れる。ああ。どうしよう、なんだか気まずいぞ。こういうときって、どうするものなのかな……そうか、世間話だよ!
「て、テスト勉強してる?」
「そこそこ」
「へー、そうなんだ」
テストにも興味あったのか。発見だ。あんなに授業中テキトーなのに。
「あんまり悪い点だと、教師に目をつけられるからな」
「えーと、授業中の居眠りとかの方が、成績が悪いより怒られるべきことだけどね!」
「……お前、なんで、オレが寝てることまで覚えている?」
「へ?……え?い、いや、フツー、気になるでしょ?……あんなに寝てたら」
「……変わっているな。そんな奴のことなんて、気にしなければいいのに」
「気になるよ」
「どうしてだ?」
―――あれ?どうしてだろう?自分でもよく分かっていないのだ、説明を求められても困ってしまう。私は腕を組む。うーん。分からないな。
「変な奴だ」
「へ、変じゃないですし!?」
そして、また沈黙が訪れる。ああ、ダメだよ気まずい。何か話さなくちゃ。何かあったかな、世間話……そういえば、六条くんは何に興味があるのかな?んー。ああ、いつも本を読んでたか!よーし、見つけたぞ、会話の糸口!
「あのさ、どんな本が好きなの?」
「唐突だな」
「そう?別にいいじゃない?ねえ、いつも本読んでるよね、六条くんてさ?」
「……あれはホラー小説だ。トランシルヴァニアの吸血鬼の本だった」
「へー。そういうのが好きなのね」
「たまたまだ。いつも適当に選ぶ。ジャンルを問わず、本は好きだ」
「そっか。でも、ホラーね。ふーん。あ、そういえばさ、知ってる?」
「そういう訊き方はずるいな。知ってるよって断れない訊き方だ」
「えへへ。そうだね。意地悪だよね、この聞き方。実はさ、この学校って、放課後になったら『吸血鬼』が出るんだってさ?……七不思議だよねー」
「吸血鬼?ふむ。日本には相応しくない怪談だな」
「そ、そうだね。ちょっと欧米風すぎるよね?でも、たしかに荒唐無稽だけど……まあ、七不思議とか都市伝説とかって、そんなものじゃないかな?それに、変にリアルで生々しい噂より、罪作りじゃないし」
「……七瀬は、変な噂でも流されてるのか?」
六条くんは私を心配してくれたのかな。おお、発見。彼は意外といいヒトだ。ああ、意外とかダメだ。失礼だよ。六条くんは眼鏡の下のあの鋭い瞳で私を見つめている。どうやら彼は心配してくれているみたい。えへへ、照れるよ。
「う、ううん。だいじょうぶ。私はそんなことされてないよ」
「……お前の友だちか」
「……うん。そんなところ。そんなに仲が良いってわけじゃないけど、隣のクラスの三崎さんって子のこと……あの子、二股かけてるって。浮気女とか……他にもヒドい噂流されてて……学校に最近来ないんだよ」
「ヒドい話だな」
「……うん。そうなの。六条くん、心配してくれてありがとう。いいヒトだね」
「どうかな。悪人にはなりたくないが、いつも正しいことが出来ているとも思えない」
「うふふ。そんな言葉が出てくるのも、必死に正しいことをしようとしている証に違いないよ!私のアドバイスとしては、やっぱり遅刻とサボりはいけません!」
「……ごもっともだ」
うん。いいぞ、私。今の私はとってもクラス委員しちゃってる!
そうだ。いい機会だもん。この調子で色んなこと聞いてみよう。お昼ご飯はどうしているのかとか、前の学校はどんな感じだったのか、『まだ朝寝坊さんなのか』とか、転校して来た日にケガしてたのはどうしてだとか。
そう、知りたかったことを聞かなくちゃいけない。今なら、きっと聞けるはずだし。
「―――ついたぞ」
「え?あ。ホントだ……残念……じゃなかった。じゃ、じゃあ、ちょっと荷物取ってくるから……ていうか、六条くんも荷物あるよね?」
「いや。七瀬を保健室に連れて行くときに、オレは持っていってる」
ドヤ顔したのかな。彼は通学バッグを見せつけてくる。用意周到……ていうか。
「……うわあ、完全に帰宅モードだったのね。おかしいですよね、私を運んでくれたあとで授業に戻る気なさすぎですよね?……もう。じゃあ、待ってて。すぐ取ってくる」
「了解」
やった。了解、ゲットだ。私は扉を開けて教室に入る。ああ、まっくらだ。怖い。普段はヒトがたくさんいる場所だからかな?この静かさは異様だよね。いつも誰かがいて、何かを楽しそうに話している場所なのに。
なんか時間の流れがゆっくりになっているみたい。寒いから空気も固まっている。無音は世界を広く感じさせて、孤独を強めてしまうのだ。さっきまで、とても居心地のいい場所にいたから、その反動も大きいのかも?
……私は、さっさとこの場から離れたくなる。自分の机に行くと、引っこ抜くようなスピードでバッグを回収した。机のなかにはノートとか教科書とか入っているけど、いいや。今は、すぐにでもこの場所を離れたい。ここはさみしすぎるもの。
でも、テスト勉強……っ。
ううん!いいや、今日は、別の教科の勉強すればいいし!だって、まだ水曜日だから、週明けのテストまで余裕あるし!いいんだ、今はもうここから出たいよ!!
だって、こんなに月が紅くて怖いんだから―――。
「―――……え?」
私は教室の窓から夜空を見上げる。そこには紅い色をした月があった。いや、月が赤っぽく見えるときだってあるのは知っているけど。不気味だけど、たまにはある。でも、コレは、そういうのじゃない。色よりもっとおかしなところが二つもあるよ。
まず、月がとても大きかった。ありえないほど大きい。満月だとしても、こんなに大きく見えたりはしないし。距離感が、変だ。だって、体育館よりも大きく見えているもの。まるで、中庭の上に50メートルぐらいの紅い月が浮いているみたい……。
もうひとつおかしいところは、月の模様。クレーターで描かれたはずのウサギさんがいない。ウサギじゃなくて、まるで骸骨みたいな模様が浮かんでいる。両目のくぼみと、横に裂けた大きな口みたいに……私は怖くなる。だって、おかしいもの。こんなものは、現実にはあり得ることじゃないもん!……なんだか、悪夢のなかに迷い込んだみたいで、心が不安でいっぱいになってしまう。
私は逃げ出していた。
六条くんのそばに戻りたい。『お兄ちゃん』のそばに戻りたい。そこなら安心だもん。いつだって、どんな怖いときでも、抱きしめて、守ってくれるんだから。
「六条くんッッ!!」
私はドアを開けて廊下に出た。六条くんが待っていてくれているはずの廊下に。でも、そうじゃなかった。そこに六条くんはいなかった。
それに、そこは廊下でもない。『階段』だった。非常階段だ。錆びかけた鉄製の無機質な螺旋が、私の目の前には存在している。なにこれ?意味が分からないよ。うちの学校の非常階段はこんな形じゃないもの。それにこんな錆びてもいないし!
だいたい、教室からつながっているわけがないもん!廊下とかどこに消えたのよ!
背後を振り返る。教室を……見たはずだった。でも、ちがった。そこは教室なんかじゃなくなってしまっていた。
まっくらな場所だ。
すべてが黒く塗りつぶされた光景がそこにある。机もイスも見えない。そこに、たくさんあるはずなのに。さっきまで、あったのに。
私が認識出来たのは、窓と、そこからこちらを覗くような存在感を放つ、ムダに大きくてドクロが笑っている紅い月。そして、天井から吊されたロープと……それで首を吊っている『誰か』だった。
「う、うそ!……そ、そんな!?」
助けなきゃ。反射的に私はそう思う。ここがどこかは分からないし、あれが誰かも知らないけれど。とにかく、あの首を吊っているヒトを助けないといけない。だって、ここには私しかいないから!私は勇気を出そうとした。勇気を出して、あのヒトを助けようと一歩踏み出そうとした。
でも。次の瞬間、首を吊っているあのヒトの体がドロリと溶けてしまう。私は驚き、反射的に体の動きが止まっていた。
「え?そ、そんな……ッ」
闇色の液体に化けた誰かの『体』は、そのまま重力に従うように床に落ちて、水たまりのように広がっていく。私は凍りついたようにそこで立ち止まり、その不思議な現象を見守ってしまっていた。
首を吊っていたヒトが、水になった?ありえないけど、そう見えた……そして、その水たまりも、すぐに闇と同化してしまう。まさか蒸発したの?それとも、床の下に浸透してしまった?……今では、黒い床だけが見えている。もう、そのどこにあのヒトが溶けていったのかも、分からなくなっちゃう。ロープもなくなっていることに気がついた。
「そ、そんな……ヒトが、溶けて、消えちゃったの……っ!?」
吐き気がする。変に甘い香りを私の鼻は感じ取っていたから。
想像力が悪い方に働いてしまう。も、もしかして。これ、『ヒトが溶けた臭い』なのかな!?……もし、そうだとすると、か、嗅ぎたくない。絶対に、こんなの吸い込みたくない。私は踵を返した。ここにだけはいたくないよ。
非常階段に戻った私は、一心不乱にその階段を降りつづけた。どれぐらい降りてからだろう。この階段に終わりがないことに気がついたのは。
「ありえない……ッ」
理性がそれを否定しようとする。ありえないもの、そんなこと。でも、感情と感覚が私の目の前にある事実を教えてくる。
おかしい。あれだけ降りたのに、ちっとも下につかないなんて。だって、私たちの校舎は四階までしかないのに?……私は立ち止まる。心臓が痛い。走りすぎて疲れてしまっているのだ。心臓が爆発しそうなほどに早いリズムで拍動していた。
勇気を振り絞り、非常階段の手すりから身を乗り出して『下』を確認しようとする。紅く錆びた螺旋はつづいている。どこまでも。何十階あるのか分からないほどだ。そして、地上と表現すべき場所には、誰かがたくさんいるみたい……。
そうだ。さっきの教室で見た、まっ黒な人影が、うじゃうじゃいる!数十人?数百人?分からない。闇色の人間たちが、右へ左へとウロウロしていた。私は彼らに見つからない内に、非常階段の手すりから身を乗り出すのをやめる。見つかるのは良策じゃない気がしたからだ。だって、さっきみたいに、消えてくれるとは限らないもの。
「……どうなってるのよ」
不安なあまりに涙があふれそうになった。そんなとき、風をほほに感じる。ビュウビュウ唸る、とても強い風だった。その風は知らないにおいがする。それに誘われるようにして、私は視線をあげる。そして、見てしまった。
「うそだよ……こんなことって……ッ」
私の視界の先に広がっていたのは見果てぬ荒野だった。校舎の周りにはいつものコンクリートのビルの群れがあるわけじゃない。『なにもない』。そこにあるのは紅い月の光を浴びて、紅に染まる乾いた大地だけ。
乾いた寂しい荒野が終わることなく広がっている。そして、その風景のなかにも彼らがいた。そう、闇人間たちが、ウロウロとあてもなくさまよっているのだろう。ぽつんとした黒い影が動いているのが見えた。この建物の下ほどじゃなくて、まばらだけど、彼らは荒野にもいるみたい。というか、人間サイズじゃなくて、もっと大きなモノもいる……っ。
ありえない。
おかしいよ。
……東京に、こんな場所はないもん!!ううん、東京どころか日本にもないはずだ、あんな荒野なんて。それに、闇人間たちだって、いるわけない……。
「ど、どこなの、ここ……!?……ろ、六条くんのバカっ……なんで、いないのよ」
私はパニックになった。涙をこぼしながら錆びた非常階段にしゃがみ込む。デパートで迷子になった子供みたいだ。終わらない螺旋に囚われたまま、私は六条くんに八つ当たりしてしまう。わかってる、きっと彼は悪くなんてないのだ。
でも、ひどいよ。
六条くんは、了解って言ってくれたのに。待っててくれるはずなのに!どこにもいないじゃない。『また』、勝手にどこかにいなくなるなんて、ヒドいよう……ッ。
♪♪♪
「え?」
不意にスマホの着信音が鳴った。私はあわてて上着からスマホを取り出す。画面には『お兄ちゃん』という文字が浮かんでいる。私には、七瀬いのりには兄なんていないはずだ。一人っ子だもの。でも。私はそれに出ていた。迷いなく、その言葉を口にする。
「助けて、お兄ちゃん!!」
『……フフフ。まーた、頼りっぱなし?今度も、あの子に助けてもらっちゃうの?』
それはお兄ちゃんの声じゃなかった。だいたい男のヒトの声でもない。私と同じぐらいの女の子の声だ。猫をかぶったような、甘ったるく、いやな感じの女の声。
「だ、だれですか!?」
『ヒトの願いを叶えるぅ、『悪魔』ちゃんでーす!』
「あ、悪魔?……悪魔って、あの、バケモノの!?」
『あら。ヒドい。バケモノなんかじゃないわよ?私はね、人類の願いを叶えるための『魔法』のひな形ってヤツ。つ・ま・り、ホントは、いい子ちゃん』
「『魔法』のひな形?……なによ、それ」
『そのままの意味よ。私はね、いつか人類の願いの一つを叶えてあげる、偉大な存在なのよ。でも……まあ、自分で言うのも恥ずかしいけれど、残念なことに現状では『未完成』なんだけどね?だから、『悪魔』のままなの』
「……なによそれ、ワケ分かんない」
『ああ、気にしなくていいわよ。こちらの事情だから。魔術師じゃない子には、ぜんぜん関係ないことだし?……さて、本題。これからどうするの、いのりん?』
「だれが、いのりんですか!?」
『いのりんは、どうしたい?ここから出たいの?それとも、六条律に逢いたいの?』
「え……六条くんも、ここにいるの!?」
『へえ。いのりんは、律に逢いたいんだね?』
―――私の知らない女の子が、六条くんのことを名前で呼ぶ。律って、親しそうに。なんだか、それに腹が立ってしまう。ほんと、六条くんの何なのかな、このひとって!?……負けられないよ。
「そ、そうよ。私、六条くんに逢いたいよ!!」
『キャハハ。可愛い。うん。いいよ、いのりんがそう願望するのなら、私も教えないつもりはないし……でもねえ、悪魔との取り引きって、『代償』がいるのよね』
「……彼の居場所を教えてもらう代わりに、私に何かしろってこと?」
『そう。私って、まーだ悪魔のままなんだけど……このままじゃイヤなのよ。完成したいの。ちゃんとした『魔法』に至って、今度こそ、六条律の物語に決着をつけてあげたいのよね』
「また、私に分からないことを言って……」
『わかんなくていいのよ。いのりん、貴女はね、意志を示せばそれでいいのよ』
「私の意志を、示す?」
『そうよ、ただ選ぶだけ。貴女は、もう16才でしょ。大人みたいなものよね?それでも、まだ、『お兄ちゃん』に甘えて、ぜんぶ守ってもらうだけなのかしら?』
「え?」
『……今の貴女はね、本当にヒドい女なのよ?とてつもなく大きな苦しみを、『彼』に、ぜーんぶ肩代わりしてもらっておいて、自分だけは何も知らずに幸せに生きているの』
「ヒドい。わ、私、そんなことしてない……知らないよ!」
『フフフ。ほんと、ムカつく子。ねえ、いのりん。貴女もそろそろ大人の女の仲間入りをしてもいい年ごろよね?……だから、せめて自分で選びなさいな』
「……なにを、選べばいいの?」
『かんたんなことよ。『逃げる』か、それとも『戦う』かってことだけ』
「逃げるか、戦う……?」
『そうよ。子供のときみたいに、また辛い運命から逃げるのかしら?忘れたままにして、平気な顔で生きていくのかしらね?』
「な、なによ!……それ。私、そ、そんなことしてな―――」
『―――それとも、今度は戦う覚悟があるっていうの?』
悪魔は私の言葉を遮るように言った。ちょっと強めの口調で。私は射竦められるように、閉口してしまう。悪魔の勢いに呑まれて、考えてしまう。私、もしかして本当に何かを忘れているのだろうか……?
『七瀬いのり。貴女はいい加減に選ばなくちゃならないわ。自身も大きな運命をちゃんと背負って、『彼』といっしょに『戦う』のか、また『逃げる』のかをね』
「ちょ、ちょっと待ってよ!わからない!わからないよ、そんなこと!?」
『わからなくてもいいわ。選ぶだけでいいの。そんなに怖ければ、逃げると言いなさい!私と『お兄ちゃん』で守ってあげるわよ、今までそうしてきた通りにね!さあ、七瀬いのり。貴女は、逃げるの?戦うの?……どっち?さっさと選びなさいな』
―――ほんと、理解が追いつかない。
この自称・悪魔の言うことは、まったくワケがわからないから。私は日本にいるフツーの女子高生だ。誰かに苦しみを肩代わりしてもらったとか、そんなことは身に覚えがない。そんなハードな人生を送ってはいないはずだから。
だいたい、『兄』もいないし。私、ひとりっ子だもん。
……でも。
もしも、この悪魔の言葉が真実なら?……じつは私は、誰かに『大きな苦しみ』を肩代わりしてもらって、そのおかげで日常を平和に過ごせてこれたってことになるかな。しかも、そのことに気づきもしないまま?
……たしかに、それってヒドい女の子だよ。
それに。私が『大きな苦しみ』を肩代わりしてもらっているヒトって『誰』なの?……ううん。悪魔は知らせてくれているんだ。だって、私とこの悪魔をつないでいる人物は、ひとりだけだもの。
「……ねえ、私を守ってくれてるヒトって、六条くんってことなの?」
『そうよ。貴女の背負うべき苦しみは、すべて律が背負ったわ。ひとりで抱えて、今でもずっと苦しんでいる。ねえ、律に守られてる自覚はあるかしら?』
「……ううん。ないよ」
『―――だからこそ、貴女は罪深いのよ』
悪魔の声が冷たさを増した。この子は私を嫌っている。いや、軽蔑しているんだ。私は悪魔の言い分を理解できてはいない。だけど、不思議なことに彼女がウソをついていないと直感している。
だって、この悪魔が六条くんを大切にしているからだ。今だって、この子は六条くんのために怒ったんだもの―――大切なことじゃないと、怒れたりはしないよ。
落ち着いて、考えてみよう。
きっと、これはそうすべき価値のある問いかけなのだ。
冷静に情報を整理しよう。
……まず、六条くんが私を守ってくれているかもってハナシは、率直に嬉しい。でも、守られている私が、そのことさえ知らないままでいるなんてのは、ダメだよ。
そんなの卑怯すぎるもん。
それに。
それだと、六条くんはひとりぼっちで苦しんでるみたいだ。だって、一人で戦わせているってこと?『私の苦しみ』というのを、私の知らないところで背負って?
私を守ってくれているのなら、ちゃんと事情を知りたい。その事情を知って、ありがとうって言いたいよ。ううん、言わなくちゃいけない。じゃないと、また、『お兄ちゃん』をひとりぼっちにしちゃう―――。
『ねえ?……どうするの?このまま、一人だけ帰るのもいいのよ?そしたら、記憶も、また改ざんしてもらえるはずだし』
「記憶の改ざん?」
『そうよ。『暗黒魔術師』の得意技。ヒトの心や認識、それに記憶も書き換えられる』
「『また』って。じゃあ、私が『それ』をされているっていうのね?……そっか。それで私は覚えていないの?」
『正解よ。貴女はね、悲惨な物語をそれで忘れさせてもらっているの』
「……そう、なの……?ごめんなさい。そう指摘されても、何も思い出せないよ」
『でしょうね。でも、そうなるために、かつて魔術は使われたのよ。そのおかげで、貴女は幸せになれたはず。死ぬほど苦しんだり、悩んだりすることもないまま、いのりんは幸せな日々を送れてきたはずよ?……そして、それはね、六条律の願いでもあったの』
「六条くんの、願い……?」
『苦しむヒトを増やしたいとか、そういう残酷なことを思ったりしない子なんだもの。むしろ逆ね。いつも戦ってる。悪魔に苦しめられるヒトを放ってけなくて、戦ってるのよ?……どこまでもお人良しってわけじゃないけど……『妹』のためなら、彼は自分の人生や命だって惜しまない。自分を犠牲にしてでも、いのりんを守ろうとするわよ』
「……お兄ちゃん」
心からあふれてしまうその言葉の意味が、どうしても分からない。だって、自分には兄なんていないはずだ。それなのに、何でだろう。その言葉と、彼がつながってしまう。六条律と、自分のあいだに忘れてしまっている何かがあるような気がする。
心のなかに穴があるのだ。
大きくて深い穴だ。
それが記憶をえぐってしまっているみたい。えぐられた部分を、私は喪失してしまったらしい。だから、思い出そうとしても、分からないまま。その穴が埋まらなければ、私は大切なことを忘れたままなんだ。
ほんと、ムチャクチャなハナシだよ。自覚できない記憶のことで、スマホ越しに悪魔から責められるなんて?……こんなのは異常だ。理解できるわけないよ。
……でも、理解できなくても、理屈がわからなくてもいいんだ。
私は、自分の意志を示すことぐらいは出来るから―――そうだよ。心が叫んでいる。私を守ってくれているヒトがいるのなら、そのヒトのことを忘れていていいはずがない!
「悪魔さん。私ね、あなたの言葉をほとんど理解できてない。でも、私が何かとても苦しくて、でも、とても大切なことを忘れてしまっているというのなら、それから逃げたくないよ!……忘れてること、思い出したい!怖いことなのかもしれないけど、私のせいで、六条くんだけが苦しむなんて、イヤだもん!!」
『……いい子ね。それじゃあ、あなたも魔術の一部になりましょうね?』
「魔術の一部……?」
『そう。私、悪魔である『アンサング・ヒーロー/謳われぬ英雄』の力を担う魔術師のひとりになるのよ。貴女は選んだ。もう後戻りは許さない。最初は、痛いわよ?』
「え?痛い?」
『うん。でも、だいじょうぶ。なれちゃうわよ』
イヤな予感がした。次の瞬間。私のスマホが熱くなる。あまりに熱いので、それを離そうとしたけれど、離れない。スマホの画面から這い出て来た『茨』に、私の右手が絡み取られている。痛い。やだよ、血が出てる!
「な、なにこれ!?いたい、いたいよ!!」
『だいじょうぶ。一瞬よ、一瞬……この痛みが終われば、あなたも魔術師よ!』
「そ、そんな、でも、痛い!痛いッ!!」
『キャハハハ!可愛い声で啼くんだ!!ゾクゾクしちゃうわ!!律としちゃう時も、そんな声で啼いてあげたら、喜んでくれるかもよん!?』
「や、やだ!もう、やめてよう……ッ」
熱い茨が右手に絡み、私の手からは血がボタボタと落ちていく。手がガタガタと震える。みじめにその場にしゃがみ込んでしまう。ああ、勇気が出ない!痛みの前に、覚悟が壊れそうになっちゃう!!辛い。怖い。助けて!助けて、お兄ちゃん……っ。
……ッ。
……ッ。
―――どれぐらい、その痛みに耐えたのだろうか。
気がつけば、茨は消えていた。
私は、恐る恐るスマホから指を離す。スマホが非常階段の錆びた鉄板にぶつかり、甲高い音を周囲に響かせていた。私は血だらけになった右手をじっと見つめる。ああ、真っ赤だよ。ヒドいケガ。もしかして、皮膚が裂けてるのかも……?でも、不思議なことが起こる。私の目の前で、どんどん血が消えていくのだ。
そう。真っ赤だったはずなのに。血はまるで蒸発していくみたいに消え去って、いつもの自分の手に戻る。傷一つなかった。何度もまばたきをして、確かめるように凝視する。でも、手のひらにも手の甲にも傷一つない。痛みがそこに残ってもいなかった。
「……よかった」
『そうそう。痛いのも、癖になっちゃうタイプなのよね?』
「そういう意味で言ってませんから!……ていうか、まだスマホしゃべってる」
『あら?そんなに嫌わないでよ。私たち、仲間になったのだから』
「仲間?……そっか、魔術師とかなんとか?」
『そうよ。貴女は私と契約して魔術師になったの』
「んー?……これといって、実感ないよ?」
『でしょうね。魔術についてはそのうち説明してあげるわ。それより、ほら、拾って』
スマホがピョンと跳びはねた。私は驚いて転げそうになる。
「う、動いた!?そ、そんな機能ないでしょ!?」
『うふふ。悪魔はモノになら何でも取り憑けるのよ。だから、こんな風に動けるの』
うわあ。私のスマホが生きものみたいに動く。猫型のスマホケースの耳が、ピコピコ動くのは可愛らしいけど・でも、なんか悪い夢みたいだよ。
「お願い。動かないで。中身壊れそうだし」
『失礼ね。壊したりしないわよ。私、精密機械に強いんだから!』
「え?悪魔ってそういうものなの?」
『まったく。悪魔にどんなイメージ持ってるのよ?……スマホに取り憑いてネットに接続して情報収集。知的生命体なら、基本的な行動でしょ?おかしかないわよ』
「へー。悪魔も現代社会に適応しようと必死なんだね……」
『さあ、無駄話はこれまで。拾いなさい。こんな『魔界』に個人情報満載のJKスマホ置いていったりしたら、どんな邪悪なモンに呪われるか知れたもんじゃないわよ?』
……自称・悪魔『アンサング・ヒーロー』は、しれっとここを『魔界』と呼んだ。どうしよう、気にした方がいいかな?……たしかに、紅くて大きなドクロの月とか、見果てぬ荒野とか、うろつく闇色人間の群れとか―――言われて見れば魔界らしさ全開だけど。ああ、やめておこう。くわしく知っちゃうと、怖くて動けなくなりそうだもん。
「えっと。六条くんがどこにいるか、これで教えてくれるのよね?」
『ええ。ここから七階分降りて、そこのドアを開けたらまっすぐに走るの。いい?止まっちゃダメよ。下級の悪魔に狙われるかもしれない。まだ、いのりんはロクな魔術も使えないんだから危険よ……さあ、急ぎなさい。私、先に律のところに行ってるからね』
……そして、スマホはしゃべらなくなった。悪魔は去ったようだ。多分、六条くんのところに向かったのだろう。
私は、『アンサング・ヒーロー』の助言の通りにスマホを回収する。『魔界に自分の個人情報を晒す』?……うん。意味こそ分からないが、たしかに、とても怖い響きがあるよ。もしかして『魔王』みたいな存在から架空請求とか、特殊詐欺の電話がかかってくるとか?……なにそれ、スケール感が怖い。
「……よ、よし!とにかく、行こう!六条くんのところに行こう!だって、ひとりで魔界とかイヤすぎるんだもの!!」
私は走る。カンカンカンカンと階段がうるさい音で鳴り響く。
『うおおおお……』
うう、おかしな音まで聞こえてくるんですけど?ああ、これ、あの子が言ってた下級悪魔?たぶんだけど、闇人間たちのことよね……やだなあ、もうこれ以上、変なのと遭いたくない。逢いたいのは、六条くんだけなんだってば!私は聞こえてくるうめき声を無視して、七階分ほど非常階段を降りていく。
ドアがあった。私はそのドアノブを回す!ドアが開くと、飛び込むようにそこへと入った。扉を閉めると、うめき声が聞こえなくなる。良かった。どうにか、やりすごせたみたいだよ……っ。
「ふう。ほんと、おかしな場所。えーと、六条くんは……この先なんだよね」
そこは廊下だった。うん、私の知っている十神高校の廊下にそっくりだ。窓から入ってくる光は紅くて不気味だけど、それを除けばいつもの校舎みたい。廊下を走るな。子供の頃から言われたことだけど、今日は特別!
急ごう!とにかく、六条くんと合流するんだ!
私は走った。その長すぎる廊下を走る。ああ。そうだね、いつもと違うのは廊下の長さもだ。そんなに異常なほど脚が速いってわけじゃないけど、いくらなんでも数十秒もかからず駆け抜けられるハズなのに?
……ぜんぜん、終わりが見えないんですけど。十神高校の廊下がこんなに長いわけないもの。ああ、もう。何百クラスあるんだろ、魔界の学校って?
でも。好奇心って怖いや。走りながらだけど、私は教室の方をチラ見する。スライド式のドアにはめられたガラスがないことに気がついた。割られてるの?ちがう、そもそもデザインとして無いのか。ていうか……なんか、そこから『出てる』んですけど……。
アレ、生物かしら?……不気味なナマコみたいなブヨブヨが、本来ならドアのガラスがはめられている部分からニョキリと飛び出していた。うう。う、動いてる。グロい!生きてるのかもしれないけど、地球にはいないはずの生物だと思う!魔界、怖い!
あー、もう!よそ見するのやめておこう。
好奇心のせいで、トラウマものの光景とか見ちゃうとかバカげてるもん。どうせ、魔界なんかに素敵なモノなんてあるわけないし!
私は走った。けっこう長く。息が上がり始める。たぶん、300メートルは走ったんじゃないかな?それだけ走るとようやく、暗い廊下のずっと先に、人影が見えてくる。
ああ、六条くんだ!
私はよろこびのあまりに叫びそうになった。
でも、六条くんは私じゃない方をにらんでいる。あれ、教室のなかを覗いているの?いや、ダメだよ、六条くん……そんなとこ、見ない方がいい―――ッ!?
教室のドアが吹き飛んでいた。爆発したみたいに。そして、そのドアの向こうから、何か黒く大きな影が飛び出してきた!
それは、ヒトの形をした何かだ。闇人間よりも、なんだか力強くて活発な動き。もしかして、あれが悪魔?……なのかもしれない。
とにかく、『それ』が六条くんを押し倒して、彼に馬乗りになる。そして、そのまま何度も、何度も六条くんのことを殴りつけていた。六条くんは腕を使って顔を守っているみたいだけど、悪魔はそうしているあいだにも大きくなっていく!
「や、やめてええ!!お兄ちゃんを、傷つけないでッッ!!」
私は叫んでいた。ああ、六条くんが傷つけられている光景を見ているだけで、心が張り裂けそうになる!!そして、同時に右手が痛む。『アンサング・ヒーロー』に傷つけられたその場所が、炎みたいに熱く……って、ええ?なにこれ、ウソでしょ!?私の手、燃えちゃってるんですけど!?
「ええ!?わわわわ!?う、うそ、焼け死んじゃうよ……ッ!?」
『安心なさい、それは貴女の魔術の炎よ!』
スマホから『アンサング・ヒーロー』の声が聞こえた。魔術の炎?言われてみれば、そうなのかも。だって、これおかしい。熱さが感じないんだ。
『フフフ。まさか、こんなに早く顕現させるなんて!いいじゃない。貴女、かなり才能あるかも!さあ、それで、あの悪魔を焼き払うのよ!!』
スマホが叫んでいた。キャハハ!焼き払うのよー!……うう、この子、テンション高い!でも、毎度ながらの説明不足よ、この悪魔ぁ!!
「で!ど、どうするの!?どうやったら、六条くんを助けられるの!?」
『燃えろ!って叫ぶの!あの悪魔に、その炎が乗り移るように念じるのよ!!』
「りょ、了解っ!!燃えちゃえ、悪魔ぁああああ!!」
炎の魔術が発動する。私の右手が紅く光り、次の瞬間、六条くんを殴りつづけていた悪魔の背中が炎に包まれる!やった。私の魔術、成功したっぽい!イメージどおりに燃えてくれている!悪魔が六条くんを殴るのを止める。悪魔は背中の炎を消したいらしい。腕を背中に回してはたいているけど、どうにも消せないみたいだ。
『いいわ、律!チャンスよ!ザクっと、決めちゃいなさいなッッ!!』
「……了解だ!!」
六条くんが自分にのし掛かっていた悪魔に向かって左手を伸ばす。紅い紋章?が彼の手の周りに浮かび上がる。そして、次の瞬間、紋章から剣?が飛び出していた。剣というよりは、『刃』だろう。紋章から恐ろしく大きくて長い刃が飛び出していき、私に燃やされていた悪魔の胴体を貫き、その胴体を引き裂いていた。
怖くなって私は目をつむってしまう。悪魔が断末魔の叫びをあげる。ああ、お兄ちゃんが悪魔を殺したんだ―――あれ……こんなこと、前にもあったような……。
―――小さな女の子が泣いている。
紅い世界で……紅く染まった世界のどこかで。
わんわん泣きつづける女の子のとなりに、少年がいた。
黒い髪の少年は、かなしそうに微笑んで―――そして……?
……そして、どう……なった、のかな……?
「―――……七瀬。おい、そろそろ起きてくれないか?」
「……ふえ?」
気がつけば私は校舎の中庭にあるベンチに座らされていた。六条くんが隣に座っている。そして、彼の手が私の肩を前後に揺さぶっていた。うわ、顔が近いって、照れる。
「うわわ?……あれ?なに……どうして、ここに?」
「貧血だろう。お前、廊下でまた倒れたんだよ」
「え?そ、そうなんだ……あの。六条くん……悪魔は?」
「なんだ、それ?」
六条くんは首をかしげる。その瞬間、自分がバカなことを聞いてしまった気持ちになって顔が赤くなってしまう。そっか。あれ、全部、夢だったのか。そうだよ、悪魔とか魔界とか、ありえないもん―――。
私は空を見上げる。二月の夜空だ、とても寒い。寒いけど、空に浮かぶ月は三日月で、いつものとおり白っぽくて、薄ぼんやりと輝いていた。そうだ、これが見慣れた月だった。
「疲れているんだな」
六条くんもそう言ってくれる。うん、そうかもしれない。私は色々と考え過ぎてしまっているんだ。そして、私は気がつく。六条くんに肩を抱きしめられてしまっている。ああ、そうか、そのおかげで、ちょっとだけ寒くないのか……。
恥ずかしい。
でも、どうしてだろうか。こうされていると安心する。
中学校の途中ぐらいから思っていたけど、男子って、大きくて、力が強くて、がさつで……ちょっと怖かった。子供とはもう違う。大人の男のヒトになろうとしているんだ。だから、私には怖く感じたのかもしれない。でも、六条くんは、ぜんぜん怖くない。温かくて、守ってくれてるみたいだ。
「……私、怖い夢を、見ていたからかな?」
だから、私は安心しているのだろうか。六条くんの体温とか、腕とか気配とかに。怯えているから、彼のやさしさが心に響いちゃうのかもしれない……でも、もしも怯えていなくても、こうされていたら、素直に甘えてしまったような気がする。
……そうだ。
うん。認めよう。
私が、六条くんを気になっていたのは、だらしないヒトを放っておけなかったからじゃない。まちがいありません。これ、恋愛感情だ。自分でも知らなかったけど、こういうヒトがタイプだったんだよ……っ。
背がちょっと高くて、声がやさしいの。
眼鏡の下の目はするどいけど、誰かを心配したりするときのそれは、強さに変わる。誰かを守ろうとしているんだから。カッコいい。苦しんでいるヒトのことを考えると、心が辛くなっているのかも?……六条くんは、やさしくて、強いんだよ。
だらしないとこを好きになったわけじゃない。静かだけど、何事にも興味なさそうだけど……それでも、どこかさみしそうで、やさしいし。だって、倒れた私を保健室に運んでくれたしね。今も、こうして守ってくれてるし……。
「……ねえ。いつもさ、誰かのために悪魔と戦ってくれているのかな?」
六条くんに訊いてみる。それは私が見た怖い夢のハナシだ。ワケが分からなくて、彼は困ってしまうだろう。でも、いいや。後から謝ろう。変な夢を見ていたせいだって話せば、きっと許してくれると思う。だから、今は訊いておきたい。
「ねえ。私のこと、また守ろうとしてくれたの、お兄ちゃん―――」
記憶にない兄のことを、私は転校生のクラスメイトに問いかける。支離滅裂な問いだろう。六条くんにはまったく意味が通じないはずだ。まちがいなく困らせてしまう。でも、なぜだかこのとき、それを訊いておかなくちゃいけないと心が叫んでいた。
確かめたかった。
覚えていない何かを、忘れてしまった気がする何かを。
この問いかけをすることで確かめられる気がしたんだ。それが自分にとって、どれだけ大切なことか。それを忘れていることが、どれだけ、お兄ちゃんに失礼なことなのか……少しは分かるような予感がするの。
だって、六条くんなら、知っている気がするから。
だから。私は変な子と思われるのも覚悟して、こんなワケの分からない質問を―――。
「……忘れるんだ。怖いのは全部、夢だから」
「……え」
額に温かいものを感じる。一瞬、それがどういうことなのか理解できなかったけど。何秒か固まっている内に把握できた。そ、そうだ。それは、き、キスだった!……六条くんが、私の髪をかき分けて、額にキスしてくれている!?
「え、あ、あの……これ……っ」
混乱する私の前で、六条くんは魔術を使う。『アンサング・ヒーロー』の気配を感じる。六条くんの手に、あの紅い紋章が浮かんでいた。
「……アン。いのりに術はかかったか?」
『うん。かかってるはずよ、特別なのが』
六条くんの制服がしゃべって。いや、内ポケットにあるスマホだ。
『だいじょうぶ、その子、もう怖がってはいないわよ』
「そうか。それじゃあ、行くぞ、七瀬」
「え?は、はい……」
私はボーっとなったまま、差し出された六条くんの手を握る。ああ、手が大きいな。力強いし。でも、いい。これがいい。
六条くんに連れられて歩いて行く。下駄箱にたどり着く、ボーッとした私の前で、六条くんが私の靴を出してくれる。私は、言われるがままに靴を履き替える。上履きを、六条くんがしまってくれる。
なんだか申し訳ない。でも、すみません。頭がボーっとなっていて、なんか思考とか動きとかが、上手いこと機能してくれないんですって……。
「ほら。転けるなよ。手を引いてやるから」
「りょ、了解」
ああ、子供の兄妹みたいだ。ていうか、そうじゃない。たぶん、これいちゃついてるカップルでしかないぞ。そうだ。うん、いや、いい!それでいい!!
私は六条くんに手を引かれるまま歩いた。温かい。うおお、カップルって冬にこんなことしているのか!……そ、それは、人目もはばからず、つないじゃうよね。これ、ムチャクチャ楽しいんですけど?
手をつないだまま電車に乗る。混んでた。だから、守ってもらえる。私のために六条くんが腕と体でスペースを作ってくれた。守られている実感がスゴい。なるほど、これもいい。たまらなく、いいです……っ。
「……ほら。七瀬んとこの駅って、ここだろ?降りるぞ」
「りょ、りょーかいッ」
どうにも軍人みたいな口調が抜けない。緊張がヒドすぎるんだ。駅を降りる。六条くんに道をたずねられる。私の家はどっちか?
「こ、こここっち」
「そうか。なんだか術が効きすぎてるな……いいか、足下には気をつけてくれ?」
「は、はいであります」
そう言いながら私は手を差し出す。催促してしまっている。まずい、はしたない子だ、私は。六条くんに呆れられるかもしれないと不安がよぎるが、彼ってばやさしい。私の手を取り、また歩き始めてくれる。
ああ、近所のヒトに見られたらどうしよう。いや、いいよ。いいもん!
「あ、こ、このマンションです、私の家」
「そうか」
ど、どうしよう!?……まさか、このまま部屋まで送ってもらえるのかな?部屋はキレイにしておいたけ?う、うん。そこまで汚れてないはず。お、お父さんもいないし。たぶん、今日は遅いし……え。ど、ど、どうしよう!?こ、このまま大人の階段を上ってしまうことになるかも―――ッ!?
「……それじゃあ、さよならだ」
「ふえ?」
「ん。まだ、術が効きすぎているのか?だから、ここ七瀬の家。あとは帰れるな?」
私は、コクリコクリと頷いた。そうか。そりゃ、そうだ。十分ですよ、だって、自宅前まで送ってもらったんですから―――残念なこととかなくて。そ、そうだ。でも、お茶とか!ここまで送ってもらったお礼に、お茶を……お茶をッ。
……今日ほど自分が不甲斐ないと思ったことはない。
お茶を出すぐらい、別にやましくもなんでもないじゃない。
だって、六条くんはわざわざ送ってくれたんだよ!?……そりゃ、お父さんいないから二人っきりになるわけだし?でも、別に、そんな……お兄ちゃんだもん、変なことにならないですし?……な、なっても、その……っ。
「……ああーっ!!何してるんだ、私……っ!!」
『……ほんと、冴えない女ね。この大チャンスを活かして、男を部屋に誘うことも出来ないなんて?貴女、やる気あんの?』
スマホがしゃべっている。『アンサング・ヒーロー』の声で。うん、間違いない。私、魔界に行った。悪魔と契約しちゃった。魔術師?になってしまった。そして、たぶん六条くんはガチの魔術師だ。
「……アンちゃん」
『あら?いきなり気安く呼ぶのね』
「……六条くんの魔術?……あれって、記憶を消すとかそんなヤツだったの?」
『正解よ。デコチューのアレ、そういう魔術でーす』
「……効いてないです。ぜんぶ、しっかり、覚えているっす」
『ええ。そりゃそうでしょ?いのりんは私と契約したもの。今度こそ、律といっしょに運命を背負うってね』
「……なにそれ恋人みたい」
『え?あ、う、うん。そういう解釈したいのなら、それでもいいけど』
「……正直、知りたいこととか、分からないこととか多すぎて、頭パンクしそうっていうか、心がドキドキすぎて死んじゃいそうなんですけど?……今は、そ、そうだ……晩ご飯を作って、食べて、お風呂入って、寝よ……テスト勉強は明日からでいいもん」
『あー。術も効いてないことはないのね。それとも、キスされて混乱してるだけかしら』
「キス……そ、そうだ。ねえ、アンちゃん!ちょっと調べモノしていいかな?」
『え?ああ、好きになさい。これ、自分のスマホでしょ?』
「う、うん。そーなんだけど。なんか、勝手に使うの気が引けるっていうか?」
『気にしないの。私も律んとこ戻るわ。電話帳とかに『アンサング・ヒーロー』で登録しておくから、なんかあったら連絡を寄越しなさい。じゃあね、お休み』
「おやすみ……ていうか、すごい。悪魔ってハイテク……?」
好奇心に導かれ、スマホを操作する。おお、ホントだ。電話帳に登録されてるよ、『アンサング・ヒーロー』。電話番号は……うわ、漢字とか見たこともない変な文字とか並んでる。魔界の電話会社のセンスって怖い……あ。アンちゃんが友達に追加されたって……んー。アンちゃんってば、悪魔のくせに現代っぽいな。なんか人工知能……みたい?
「悪魔、よく考えるとスゴく気になるよ……でも、それでも、今はググるのが先!!」
『キス おでこ 意味』
「……え、えっと。性的な意味は少ない―――」
そ、そんな!……私はショックを受ける。い、いや、そうじゃない。ガッカリなんてしてない。あのキスはやさしさにあふれているからで、異性として興味もたれてないとかじゃないはず!そうよ、不安に震える私を慰めてくれるための、やさしいキスなだけ。
「それに……親愛とか、そういう意味もあるし……えへへ!」
♪♪♪
「あれ?んー。あ、アンちゃんから、画像?」
私はそれを確認する。それは、おでこにキスされている私の写真だった。
「ええええ!?なにこれ、盗撮ぅ!?」
『失礼ね。これは中庭の監視カメラが撮影していた画像をぶっこ抜いて来たヤツよ』
「え?それは盗撮じゃないって言い訳になるのかしら?」
自白しているだけのように聞こえてならないや。
「てか、アンちゃん帰ってなかったんだね……でも、すごいや。ハッカーみたい。悪魔ってさ、ホント機械に強いんだ?」
『まあね。ところで、その画像気に入らないの?……いらないのなら、消すけど?』
「……いらないとか言ってないし」
あとで、ちゃんとバックアップも取っとこう。なんか悪戯されそうだよ。
『そう。ほんと、わかりやすい。素直でいい子ね。じゃあ、それ使って一晩中ニヤついたり、一人エッチとかしちゃうといいわ?』
「そ、そんなことしないから!?」
『もう。女同士なんだし、気をつかわなくていいのに?』
「私そんな子じゃないだけですっ。こ、これは、その、ファーストキスの記念に……っ」
『はあ。そんなもんで満足してる内はお子様よね……まあ、いいわ。今夜は早く寝たほうがいいわよ?いのりんは、初めて魔術を使ったんだから。疲れているはず』
「そうなんだ……なんか、あんまり実感無いけど、たしかに体ポカポカしてる?」
『それは貴女が発情してるからじゃない?』
「変なこと言わないでよ!?」
『はあ。真実を指摘するのが悪魔なんだけど……それじゃ、私も忙しいから、またね』
「……もしかしてさ。また、六条くんと魔界に行くの?」
『あら?するどい』
「……私は、どうしたらいいのかな?」
『まずは寝ること。テストも片付けなさい。学生としての本分を全うした後でなら、魔術師としての基礎を教えてあげる。その上で戦力になれるようだったら、使ったげる』
「……なんだか、家庭教師みたいだね、アンちゃん」
『……フフ。お子様なんだか鋭いんだか?いいわね、律を追いかけてもムダよ。律は貴女が記憶を覚えているとは考えていない。もしも、貴女が記憶を失っていないことを知れば、今度こそ本気の術で記憶を操作されるわよ?』
「それって。私を、危ないことに巻き込まないために?」
『……ええ、そうよ。彼は孤独な戦いが好きなの……あの子は誰もね、巻き込みたくないのよ。それが、真の『アンサング・ヒーロー』の契約者の定めでもある。私と律は、いつか砕け散るそのときまで、孤独に戦いつづけるのが使命』
「そんなの、勝手すぎるよ!!……私、守られてるだけじゃイヤだ!!六条くんのこと助けてあげたいよ!!それに、アンちゃんのことだって!!」
『フフ。ありがとうね、いのりん。でも、今日はもうお休みなさい。体力的にはともかく、精神的に舞いあがってて、勉強なんてどうせ手につかないわよ』
「そ、そだね。うん、そんな気はする……じゃあ、お休みなさい」
『うん。お休み』
―――そしてスマホはしゃべらなくなった。そうだろう。だって、アンちゃんの気配を感じないから。いつものフツーの機械のかたまりに戻った。まるで、全てが夢だったみたい。ここだって、いつもの私の部屋だし。多分、月だって元に戻ってるだろう。
でも、おでこにキスされているこの画像が、すべてが真実だったことの証だ。
それに。
「……炎よ」
私の言葉に従って、手のひらの上に小さな火の球が現れる。私はそれを踊らせるイメージを抱く、そして、炎はそのイメージの通りにくるくると動いた。
「……夢じゃない。魔術も、魔界も、ホントにある……それに、たぶん、私は忘れさせられているコトがある……大切な思い出を、忘れてるんだ……」
お兄ちゃん。その言葉が持つ意味を私はまだ知らない―――。
私の名前は、七瀬いのり。
これは、私と六条くんの物語。
「……あのタイミングで魔界に引きずり込まれた。オレたちを近くで見ていたんだ」
『そうね。いるのね、あの学校にも。貴方と同じ魔術師が』
律はさすがに勘がいい。まあ、そうでなくては困る。私の筆頭契約者なのだから。それに『敵』が七瀬いのりを巻き込んだことを怒っている。まったく、兄馬鹿ね。
「あれが噂の吸血鬼かもしれない」
『ええ。『私/アンサング・ヒーロー』の影響をはね除けて、『ウワサ』として存在している。魔術師に関わるウワサの可能性は、否定できないわね』
「……今夜しかけるか?」
『ううん。やめときなさい。いつも言っているけど、テスト期間中はダメ』
「いや。そんなこと気にしている場合なのか?」
『そんなこと?いい?律は学生なんだから、学業優先ってのは当然のことでしょう?私が家庭教師してあげているんだから、悪い点を取るのだけは許さないわよ』
「……だが」
『雑魚なら、今夜にでも狩ればいい。でも、アレはそうじゃないわ。魔術師なのよ。しかも、こちらの記憶にさえアクセスしてしまうような手練れ……流れているでしょう?貴方のウワサが』
「……『母親殺し』か」
『今度の敵は、私たちの記憶ライブラリにさえ侵入してくる魔術師。なかなかの手練れってことよ。しかも、心理戦を展開してくれるような、嫌味なヤツでもある』
「……だからこそ、早く仕留めたい」
『ダメよ。いいかしら?ここのところ連戦だったでしょう?本来なら、もっと休息すべきなのよ?……だから、許可できません。今日は寝なさい。いいわね?』
「……わかったよ」
『ああ、もちろん、寝る前に単語帳のチェックよ!』
「……暗黒魔術師と学生の二重生活ってのは、辛いな」
『それでも学生でいようとしている貴方に、私は希望を託している』
「アン……?」
『魔術師を否定するということはね、フツーの人間でいることにしがみつくということなのよ?いいかしら?貴方の理想を叶えたいというのなら、もっと、『フツーの学生生活』を目指しなさい!以上!』
「……了解」
『……フフ。いい子よ、私の律……』
ああ。本当にこの子はいい子に育っているわよ、六条日暮。アンタの血は一滴も引いていないけれど、志はそっくり。『謳われぬ英雄/アンサング・ヒーロー』の継承者として修羅になろうとしていても、ヒトを想う心を切り捨てられない。
だからこそ、私はこの子に尽くすのだろう。悪魔として完成するという私自身のアイデンティティをねじ曲げてでも、この子に日暮とは違う道を歩ませてやろうと努力している。日暮と律を見ていると、私にも分かったことがある。
ヒトを想う心は無力なんかじゃないわ。
それは『魔法』ほど完璧な奇跡を呼ばないかも知れないけれど。
時には、『魔法』さえも超える奇跡を紡ぐはず。
だって?
七瀬いのりは新米魔術師でしかないのに、暗黒魔術師・六条律の心理操作をはね除けた。あれって、魔術じゃないのよ?ただの恋心。あの子、小さな頃の記憶をすべて失っているはずなのに、また律に一目惚れしてた。ここのところ、ずっと律のことを見ていたもの。
ねえ?それって、奇跡みたいじゃない?たまたま選んだこの学校にあの子がいたことも。あの子が、また律のことを好きになってしまったことも。
それって……『アンサング・ヒーロー』さえも超える奇跡じゃないかしら?
そういうヒトの心が持つ力を、魔術の代わりに携えられたなら……律の人生はもっと幸せになるかもしれない。
一人で戦い抜いた、本物の『謳われぬ英雄』だった六条日暮。『魔王グラン・グラール』を倒し、世界を救ったアンタよりも、もっと大きなことを成し遂げさせてあげたいのよ。アンタみたいに、さみしい終わりにだけはさせたりしないわ。
いいかしら?聞きなさい。
私の名前は、悪魔・『謳われぬ英雄/アンサング・ヒーロー』。
これは、私と律と日暮の物語。
幕間劇 六条くんは不良?
私の名前は長門雪見。32才、独身女だ。悪いか、独身で?ん?男が周りに寄りつかないのは私のせいか?そんなこと……ねえはずだ……ッ。
……昔から勉強ばかりしてきたからなのか、私には夢の種類が少なかった。教育者になろうと思ったのは、学校と塾と道場しか知らなかったからかもしれない。勉強が得意だった。ああ、もちろん運動だって得意なんだが、部活には入らなかったな。友人は多くない……というか、とても少ないぞ。
趣味は読書ぐらいなもので、それって他人と共有できる趣味じゃない。勇気もないし、リーダーシップもガキの頃はなかった。地味でつつましい大和撫子すぎる性格さ。でも、マジメさは自慢できるかもしれないな。つまり、私はいい子で、つまんない子だった。
―――だから、もてねえのか?
そこそこ美人で、プロポーションもエロいってのに?
まあ、私の内面にも、多々問題があるのだとは思う。子供の頃からずっとそうだ。いつも私の世界はとても狭くて、新しい可能性を求めることが怖くて仕方がなかった。人生を振り返ると、恋人を作るチャンスというモノが何度かあったように思える。でも、最後の最後で、いつも選ぶ勇気がなかったのだ。
いつのまにか、私は周りに置いていかれていた。恋人も出来ないまま学生生活を過ごしてしまう。リア充どもを見ていると、自分が本当に大した人間じゃないと思い知らされる。コミュニケーションに自信が持てない私には、いつだって勉強していい成績取るぐらいしか己を表現する方法がなかったのだ。
だから、学力という唯一得意な武器が活かせる道が……『教師』になることが、自分の適性だと思った。そして、それを目指した。もちろん、その選択を私は間違っていたとは思ってはいない。
教師はじつに安定した職業だ。うちのような私立の名門は、そんなに悪さを働く子もいない。まあ、一番坂虎徹とかは例外だが?あれはあれで同情すべき余地があるしな……。
それに、生徒たちの親もそれなりに裕福な層が多いため、公立校ほど貧困家庭の生徒と向き合わなければならないことも少ないのが現実だ……私たちは、生徒に目標を示し、努力させるだけでいい。
世にあまねく教職のなかでも、私の場合は比較的楽な仕事にちがいない。私は本当に恵まれている。未熟な私にも、ここではやれることがあるのだから。
だから、がんばらなくてはいけない!!
来年度は、普通科の担任をやらされるらしい……38人の生徒の、高校二年生という時期を、私はマネジメントしなければならない。なかなか難しいミッションだ。だが、やり甲斐を感じないと言えばウソになる。
そうだ。この私が、彼ら彼女らに青春を満喫させつつも、そこそこ以上にいい大学や就職先を見つけて、彼らの人生が私に関わったことで少しでも良くなって欲しいのだ。
私は……この仕事を愛している。そう、愛しているんだ!!
「だから!!間違いを起こさせたくねえんだああああッッ!!」
私は保健室で叫んでいた。同期の安岡はあのぽっちゃりとした顔を維持するためか、今日も甘そうなココアを飲んでいやがった!!
「私の叫びを聞いているのか、スクール・ドクター安岡!!」
「医者じゃないけど。まあ、聞いているわよ、長門先生。で?どうしたって?」
「聞いてたヒトの返しじゃねえだろ、それ……」
「気のせいよ」
「だから、アレだよ。私のクラスに入って来た六条だ。六条律のハナシだ」
「うんうん。あの居眠りさん」
「そんな可愛い単語で済ますなあ!!遅刻と欠席はなくなったが眠りまくってやがる!!私の授業は辛うじて起きているが、他の先生の授業ではぐーすかぐーすか……ッ」
本当に辛うじてだぞ?あいつ、まぶたピクピクしてやがるんだ。
「でも。他の先生たちから苦情はないんでしょう?」
「そうだ!おかしなことにな!……うう。十神高校の教育スピリッツは死んだのか?」
「大げさな。でも、生徒に熱心な教師を目撃できて、私は心が癒やされるよ」
「お前は癒やす立場だろう?」
「持ちつ持たれつよ。女の子の無垢な寝顔とか見てると、心癒やされるし。私の特製ココアのファンも多いしね。女の子、サイコー」
「……はあ。で、お前に頼みたいのは、女の子を守るミッションについてだ」
「私、軍人じゃないけど?」
「すまない、分かりにくかった。お前の担当である性教育についてだ」
「はあ。性教育ねえ?」
「ピンポイントで言うとアレだが、七瀬いのりにコンドームの使用法を徹底して教えておいてくれないか?」
安岡がドン引きした顔になってしまう。まあ、想定内だ。分かっている。私も自分がアホなこと口走っているような気がしている。そうとも、私だって、高学歴なんだぞ!一般常識ぐらいあるさ!!
「……えーと、聞かなかったことにしたいんだけど」
「待て」
「え。まだ話すの、お互い傷つくだけじゃない?とくに、アンタがさ……」
「生徒の子宮を守れれば、私がどれだけ傷ついたって、かまわん」
「……アンタ妊婦の守護天使か何か?」
「妊婦とかいうな、そうなる可能性を考え、悩んでおるのだ」
なんのこっちゃ。安岡がそんな顔をしてやがる。クソ、表情豊かなカピバラ似の女め!その愉快な表情で婚活を成功させやがったのか、この既婚者めが!!
「安岡よ、まあ聞け。六条の遅刻と欠席が無くなったと言っただろう?」
「うん。いいこっちゃ」
「表面上はな。だが、大きな問題もある」
「はい?」
「……未確認情報ではあるが、六条と七瀬が付き合っているようだ」
「へえ。そうなんだ。うんうん。いいんじゃない?前に彼女が倒れたとき、彼は必死な顔で運んできたんだよ、ここにさ」
「まさか、ここを生殖の現場として提供したというのかッ!?」
「……んなことしてないっすよ。ここラブホじゃないもん」
「保健室もラブホテルもベッドがあって男女がいたら、同じようなことが起きる」
「私も監視してますから、大丈夫でーす」
「そうか。良かった……でも、リスクがあるんだ。あのだらしない六条に、画に描いたような優等生の七瀬だぞ?」
「しっかり者の彼女が出来て、遅刻が減るとかいいハナシじゃない」
「いっしょに登校したり、下校したりしているんだ、優等生の彼女がつきっきりでリードしたら、そら遅刻ぐらい減るわ……だが、六条の生来のだらしなさを憂慮すれば?」
「はい?」
「私も現代を生きる女教師だ。ティーンの恋愛事情や性事情が、年々えげつなさを増していることは知っている」
「はあ。大した恋愛マスターね」
「皮肉はよせ。既婚者に言われると心がズタボロに傷つく……六条のだらしなさを私なりにプロファイルしてみた。フロイト心理学の応用だ」
「……なんでもセックスと結びつける思考ってどうかと思うけど」
「フロイトさまを馬鹿にするな!いいか、私の分析に基づけば、やがて六条は性知識の乏しい七瀬の無垢を利用して、だらしない性行為を求めて来るに違いない!」
「とんでもない言いがかりっぽいけど、可能性は無くはないわね」
「だろうッッ???!!!!」
「うっ!とんでもなく強いわ、同調圧力が……っ!まあ、学生が妊娠しちゃうパターンでよく聞くハナシじゃあるわよね?彼氏がだらしないセックスを求めて来て、けっきょく避妊無しでしちゃうの。断れない子もいるのよね、好きだって感情を逆手に取られて、危ない日でも避妊せずにさせちゃう子」
「そう。それがまさに六条と七瀬のハナシだ」
「……付き合ってるかどうかも未確認なら、気が早すぎるわよ?」
「見ていたら分かる。七瀬が六条にべた惚れなのだ。あの小娘、授業中でもずっと六条を見ていやがるのだ。ていうか、お前、テスト中もだぞ?七瀬じゃなかったらカンニングを疑うレベルの熱視線だ……」
「あはは。そういう視線も、教師目線だとバレバレか」
そうだ。あの子は初日から恋する乙女の顔だった。
フツー、惚れるか?転校初日に遅刻してくるわ、口元に殴られた痕があるような男に!いや、そのワイルドさに惚れてしまったというのか、あの無垢な優等生は……ッ。恋愛の神よ!なぜ、我々、勉強が出来る女にばかり、過酷な恋愛の道を用意しやがるのだッ!!
「えーと……なんで沈黙してんの」
「すまん!ちょっと、神について悩んでいた!」
「何それ怖い」
「フフ。ハナシがそれちまったな」
「一瞬、あんたのほうが心配になったわ」
「いいか?六条と七瀬についてだ。問題なのは七瀬から惚れてしまったということだ。その逆ならば女が主導権も取れるだろう、七瀬も賢い子だからな。知的レベルで劣る男をコントロールすることだってあり得る。だが、七瀬がベタ惚れのパターンでは、そ、そ、その……せ、セックスのさいに、主導権を取るのが、あのだらしない六条ということになるではないのか!?」
「あー……うん。なるほど、たしかに『オレのこと信じてねえのかよ?』とか『好きじゃねえのかよ?』とか言われちゃうと、七瀬さん、けっきょくさせちゃいそうだもんね」
「だろうッッ!!!!!!」
「う。うるせえ……っ!超音波兵器か!!」
「その危機を回避するための、コンドーム布教大作戦なのである!!」
「……そんなに情熱があるなら自分でやればいいじゃん。ホームルームとかで?」
「……お前、私なんぞが避妊の仕方を、今時の女子高生に教えられるとでも?」
「はい?」
「結婚してないどころか恋人もいない私が、避妊の仕方なんて教えても、説得力の欠片もねえだろうがああああああああッッ!!……先生はいつもどうやってるんですか?っていうアドリブかまされたら、私の貧弱な恋愛ロジックがもつとでも思うのか!!ああ、まったく間違った答えを口にしそうだぜ!!……その選択を誤れば、一生、ヤツらにため口きかれるにちがいねえんだぞ……ッッ!!」
「うわ、面倒くさいコンプレックス……」
「お前しかいないのだ、救世主・安岡よ」
「宗教怖い」
「既婚者のお前ならば、私にはない説得力をもって七瀬を説得出来るじゃないか?」
「……うーん。まあ、春休みの前には性教育もしとくべきっちゃそうよね?七瀬さん限定じゃなくて、そこら中にカップルいるわけだし」
「さすがは保健室の先生だな。何度も現行犯を目撃してきただけの経験値を感じる」
「ヒトの職業を何か勘違いしてない?」
「いいや、貴様は救世主に違いない!!よし!任せたぞ、安岡ッッ!!」
「うん。仕事はするさー」
「うむ!私は、六条に釘を刺しておく!!ではな!!」
―――私の名は、長門雪見。
十神高校一年四組、副担任。
これは、私と生徒たちの物語だ!!
「……だってさ。七瀬さん」
私はカーテンを開ける。そこには顔を真っ赤にした七瀬さんがベッドの上にちょこんと正座していた。まったく可愛いわね。明るい銀色の長い髪に、すらりとした手足。整った顔立ちに、白い肌。うーん。美少女って、いいもんですねえ。
「あ、あの。私、そ、その……六条くんとは、ま、まだ、おつきあいしているわけじゃなくて……だ、だから、その、あの……ちがうんですうっ」
―――ふむ。あの独身バカ女の暴走かと思っていたけど、どうやら的外れでもないらしい。この子はたしかにあの六条くんに惚れているようだ。まあ、彼も顔は悪くないからなあ、不良みたいだけど?
……てか、不良のほうが変にモテるとか、今でも若い子たちにあるんかな?優等生って変なの多いもんね、元・優等生の長門雪見さんとか。初恋の相手プロレスラーって。
「……まあ、いいわよ。私は六条くんがそんなに分別のない男の子にも見えないし」
「そ、そーですよ。たしかに遅刻とか寝坊も多いですけど、ぜんぜん悪い人じゃないですもん。やさしくて、電車とか混んでると、ホント……守ってくれるんですぅ」
「……のろけないの。見過ごしにくくなるでしょ」
「え?は、はい。その、すみません……って、のろけとかじゃないですよう!」
はー、初々しい。ガキの恋を見ているとニヤついてしまいそうだぜ。まー、でも。ほんと、この子も恋愛経験ゼロちゃんっぽいし……ガチ目の性教育ってヤツをしといてもいいのかな?……こんだけ可愛いと、男が暴走しちゃうかもしれないし。
「私は、六条くんも七瀬さんも信じているのよ」
「先生……っ!」
「なので、七瀬さんにコレを渡すのは、友人でもある長門先生の指示だから」
「はい?……ん?えーと、これ、なんですか?」
―――乙女は私が差し出した避妊用ゴム製品を、何これ?と聞き返しやがった。これは由々しき事態かもしれない。し、しかし!今時貴重な純情少女め!せ、先生は、ちょっと興奮して来ちゃったじゃないか!!
「どうしたんですか、明後日の方を向いて?」
「いいんだ。先生、なんかツボっただけだから」
「どういうことですか?」
「気にしなくていい。今、君がしなくてはならないのは、とりあえずそのお守りを複数あげるから、カバンとか財布とか制服の内ポケットとかに忍ばせておくことだ。いつ、いかなる状況にも対応したまえ」
「へー、スパイ道具みたいですね。けっきょく何ですか、これ?開けてもいいです?」
「ストップ!今は、そのときではない。開けなくていい……使い方とか、その他もろもろは、今日の放課後に開く私の性教育の会にて伝授してあげるから」
「は、はあ」
「……君らの可憐さが失われん程度に、なおかつ教育委員会がキレない程度には画期的な教育方針をもって、君たちの恋愛と人生、そして学園生活をサポートしてやるからね!!」
「……なんだか、信じてもらえてないよーな気がします……」
「来るなら来るがいい、女を馬鹿にしくさった狭量な保守系政治家よ!!私の生徒は、私の性教育が守ってみせるのだ!!」
―――私の名前は、安岡双葉。
十神高校の『保健室の先生/ビッグ・マム』である。
これは、私と神聖なる女生徒たちの物語だ。
バトル少なめでした。ラブコメみたいなもんも、よしふみガンバって書いてみましたが、どうでしょうか?七瀬さんがもっと可愛く書けないモノかと悩んでおります。次回からはバトルもちゃんとあります。後半に行くほど増えていく予定ですので、バトル好きな人は後半まで読んでくれたら嬉しいですな。
この物語は、各話でメインの主人公が違っております。今回は六条くんに恋する七瀬いのりさんが主人公として、この物語を主観で体験してくれております。幕間劇は、十神高校の教師たちでしたね。バカな教師のコントも楽しい。いつか小説一本それで書いてみたいな。
この物語は、複数のキャラクターの視点から、ひとつの世界を表現するような形となっております。
今回の主人公である七瀬さんは自称・フツーの女子高生なので、この世界へ読者の皆様といっしょになって迷い込んでしまう役として期待しております。勉強は出来る子ですが、基本的に普通の恋する女の子でしかありません。もちろん、秘密は設定されておりますが……。
七瀬さんは移入しやすいキャラクターとしてフツーの女の子を目指しましたが、やや地味になっていないかと心配しております。彼女の主観で描くため、彼女の外見やらを描写する隙がないのです。鏡とか見せて自分の可愛さを確かめるとか……ちょっと自意識過剰ですし、今回は緊急事態連続なので、そんなヒマもなかったですな。
でも、炎使いの魔術師で、じつはとびきりの美少女です。
さて。次回は、いかつい不良少年が主人公として、六条くんの世界を味わいます。六条くんと悪魔『アンサング・ヒーロー』が戦っている悪魔……その邪悪で残酷な本質が明らかになります。バトルもあるよ。読んだって。
それでは、また。