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――長々とつまらん語りに付き合ってくれてありがとう。
これで最後だ。M子ちゃんが話した内容の大まかなところは伝え終わった。
最後に一つ、今現在の俺が、川北の誘いを断らざるを得なくなった理由……というか、そんなあたりを話して仕舞いとしよう。
――彼女は、怪物が俺を狙ってやってくると言った。
「……なんだ。俺は食べられるのか。ペロリンチョと、そんな海のものとも山のものとも、馬の骨かもよく分からん奴らに」
「そんな結果は望ましくないわ。アナタが食べられたとしたら、地球も私たちの世界も、両方滅ぶ」
「……俺は、そいつらに食われたら爆発するのか」
「はい、いいえ。どちらもありうるけど、どっちにしろ滅ぶわ」
……迂遠な言い方をする辺り、こいつの俺に対する爆弾情報はまだ尽きていない様子だった。
まあ、アルコンとやら不思議生物も、己が爆発すると分かっていながら食う訳でもないだろう。
分からないことは聞くに限る。知っているのはM子ちゃん。だから聞いてみる。自分が食われずに済む方法を教えてもらいたいのはもちろんだが、生まれ故郷が星ごとなくなるってのはあまりにも穏やかじゃない。
「なんで」
「奴らがアナタの魔力を取り込み損ねて爆発するかもしれない、っていうのがまず一つ。これが『はい』の方」
「最悪だ。飯の食い方も満足に知らねえのかそいつらは。せめて食うなら粗末にすんなよ、箸の持ち方から躾けてやれ」
「……もう一つの結果。アナタの魔力を取り込んだアルコンが、地球と私たちの世界を滅ぼす。積極的に、執拗に、虫一匹残さぬように。あいつ等は、そういう存在だから」
だから私は、一番確実な方法を取ろうとした。
そう言って、ペットボトルを改めて矯めつ眇めつ眺めた後(キャップの開け方を教えてやった)、M子ちゃんはお茶で口を湿らせた。
つまり、俺はアルコンとやらに捕捉されたらお仕舞いってわけか。ヤな感じ。
「……じゃあ接触しないように頑張るよ。それしかないじゃんか。その為の方法を教えてくれ、あるもんなら」
「アナタほどの魔力痕跡を隠すのは難しいの。既にやってるけど、いずれ見つかるわ。それに……接触したくないから接触しない、じゃ済まないのよ」
「なんでだよ。済ませてくれよ」
だって、とM子ちゃんは言葉を継いだ。
「アイツらは侵略対象の社会に馴染むことができるの。奴らの本体はさして頑強でもないから、この世界の兵器の威力を鑑みて、既にその方針を取っていることでしょうね。この世界の人間のガワを被れば、奴らは魔法を使えなくなる代わりに、こっちからも探知が出来なくなる。奴らが正体を現すのは……アナタが食べられる瞬間だけ。その直前まで、アナタは敵の接触に気づけない」
その言葉を聞いて、顔面から血の気が引いた。
「……もしかして、オイ。冗談じゃねえぞ。最近の行方不明事件ってのは……」
「おそらく、奴らが人間の擬態を開始したんだわ。乗っ取った体の持ち主の記憶が定着するまでは、人目を避けてどこかに隠れているんでしょうね」
「それだけじゃない。俺は、なんだ、食われる寸前まで相手が人間かアルコンかも区別できねえのか。おい、おい。おい! 俺ゃ一体、どうすりゃいいんだ!」
「先手を打って殺すのよ。人の姿をした、怪物を。貴方の手で」
そして彼女は、次のように矢継ぎ早に言葉を放って、口を閉じた。
曰く。
一年間でゲートは閉じる。私たちの手で、二度と開かない様に、永遠にね。
ゲートが閉じれば奴らは消える、この世界で存在できなくなる。アルコンに乗っ取られた人たちも生きたまま解放される。この一年間さえ乗り切ればアンタは自由よ。この世界で現在、魔法を扱える者はいないみたいだし、爆発することもないだろうから。
アンタが天寿を迎えるまでにそういった才能を持つ者が現れることも、今までの発生頻度からしたらきっとないし。
「アルコンと疑わしい者がいたら、殺しなさい。アナタ自身を、アナタの故郷を救いたいのなら。そして願わくば私達の世界を……少しでも救いたいと思ってくれるのなら」
「……なる、ほど」
M子ちゃんの話は、よく分からん。分からんが、重要な事だけは理解した。
悪食な奴らが、俺を食らいにやってくる。
俺の敵は、人間の姿をした何か。人間の姿をしている以上は、魔力だの不思議パワーで攻撃されることもない。
一年間、逃げ切れば俺の勝ち。
敵が……俺がやられる直前まで正体を現すことのない以上、身の安全を図るために、俺は常に先手を取る必要がある。
――つまり、だ。
俺の敵は、少なくとも俺以外の目から見れば、戸籍を持った一般人で。
そして先手を取る必要がある以上、最大の敵は……。
なによりかにより、警察か。
――だから。
証拠を残さないように、M子ちゃんと相談しながら。
新しいクラスの奴らと、親睦を深める暇もないほど勤勉に、綿密に行動し。
川北から秋、夕暮れの教室でカラオケの誘いを受けるまでの半年間に。
四人殺った。