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改めてマイルームに駆け込んでみれば、見た目に合わない正座での金髪少女のお出迎え。
思わず少しときめいた。ちょこんとしたその姿は、今までの暴虐を差し引いても愛らしい。
「……少しは信じてもらえたかしら」
「か……か……」
「か、何?」
「語るに及ばず」
流石にあんなもん見せられちゃあ疑えない。
いや、自分の常識といくら乖離していようが、この目で見たものまで疑っちまったら俺は狂人の仲間入りだ。
手品やそこらでどうにかできる芸当じゃない。こいつは、空に大穴を開けやがった。
「……まあ、あの程度は私個人でも出来るのよ。魔力を使えばね」
「いやいや、謙遜するもんじゃないさ。感服した。ところであれ、大丈夫なのか? なんか周囲に影響とか……」
「大したことないわよ。精々、降雨の予報が少しずれるくらい。……じゃあ、説明を続けていい? なんで私がアナタを殺そうとしたか、その核心について」
「是非もない、続けてくれ。というかな、怖くなってきた。聞いておかないとマズい気がする」
コクリと頷いた女にペットボトルのお茶を差し出しつつ続きを促す。思っていたより大事になりそうだ、取りあえずは真っ当な客人としてもてなすのが危なげない対応だろう。
女は、ペットボトルを上下に何度かひっくり返して覗き込み、傍らに置いて話を続けた。
「魔力については、なんとなくわかったでしょ? つまり、あんなことも簡単に出来る莫大な力よ。当然それ以上のことも」
「うん」
「なんでアナタを殺そうとしたか。それはね、言ってしまえばアナタが魔力の塊だからよ。私たちの世界の人、百や千でも効かないくらいの量を、万集めて絞り出しても得られない程の純度で。それほどの……言ってしまえば大資産を、アナタはその体に保有している」
「……お、おう」
吉橋少年、君は魔力タンクだ。そう言われたのか。言われたのだな。
あんな真似ができるパゥワが俺の体に存在していると。これはテンション上がる……どころか、いやいや怖いよ。なんだそりゃ。
「アナタに魔法をぶつけられないのもその所為よ。正直想定し得ないの、それほどの魔力が暴走したときの被害規模なんて。この星の一つ二つじゃ到底収まらない」
「……ぞっとしないな。なんだ、もしかしてこのままだと俺のその魔力とやらは暴発一直線なのか」
「いいえ。でも、そのリスクはある。例えば、純粋な魔力攻撃を受けたりしたら……間違いなくボン、ね」
「ボン、か」
お前は人間爆弾だと、そう言われたも同然な俺としては、是非ともその結末の回避方法が知りたい。
なので、そのまま続きを促した。女は、一つ頷いて言葉を続ける。
「……ただし、生体の保有する魔力は、その生命活動が維持できなくなると同時に霧散するのよ。当然周囲に拡散はするけど、密度が低下しさえすれば、さしたる脅威とはならない」
「……ああ、成程。だから撲殺か」
「そう、撲殺。でも駄目ね、魔力による保護が強力すぎる。私で駄目なら他の誰でも駄目でしょうね」
「……いや、俺が言うのもなんだがな、鈍器が駄目でも刃物なら通るんじゃないか? いや、別に殺されたくはないが」
一人暮らしではあるが、出来合いの物ばかり食べている自分は、包丁すら特に扱った覚えがない。カッターなどで手を切った覚えも、転んで擦りむいた覚えも物心ついた辺りからない。
だから是も非も言えないが、取りあえずそんな事を聞いてみる。
しかし女の回答はシンプルだった。
「無理よ。私の一撃を食らってかすり傷程度なんだもの。地球上のどんな物質、どんな刃物でも、アナタに致命傷は与え得ない」
「待て待て、予防接種を受けたことがあるぞ俺。注射針だけ例外ってこたぁねえだろ」
「そりゃそうでしょう。アナタは存在自体が魔力掃除機みたいなものだけど、体の表面積が一定程度を超えてから、急激に魔力を取り込むようになったって報告書にあったわ。実際、アナタの魔力が私たちに補足されたのも数か月前からだしね。この魔力自体が少ない世界で、ありえない数値が観測されたって、技師が目を剥いてたわ」
「毒ならどうだ。単純に殺すためだけなら、これが一番手っ取り早い気もするが」
自分の命を損ねるための内容について、俺は何を真面目くさった顔で相談しているんだろう。我ながらおかしく感じるが、女が真面目な表情を崩さないもんだからこっちもつられてそんな事を聞いてしまう。
「例えば、この辺りで簡単に手に入りそうなもので言えば……タバコってあるでしょ? あれ、二本水に溶かした程度でも一般成人は死に至るけれど、アナタなら濃厚なのをお腹が膨らむまで摂取しても死ぬことはないでしょうね」
「んんん」
「魔力の加護を受けているアンタは、一般的な方法では最早致命に至るダメージを負うことがない……穏健派が言っていたのは、あながち間違いじゃなかったのかもね。アナタを殴るまでは半信半疑だったけれど」
確かに、こないだバスにひかれても死ぬどころかケロリとしたもんだった。不死身君ってあだ名がついちまった嫌な思い出だ。
そこら辺の噂を聞きつけた馬鹿共に喧嘩を売られるのがめんどかったから、そいつらは爆竹で追い払ってたんだけど。
「……まあ、ある程度の話は分かったよ。お前が俺に通り魔じみたことを働いた理由も。嘘をついてるわけじゃなさそうだ」
「……素直に聞いてくれるのね。ほんとは、殺害に失敗した時点で反撃されるのを想定してたんだけど。こんなに紳士的に対応してくれるとは思ってなかった」
そう言って女は立ち上がると、スカートを軽く持ち上げた。
おいおい一体何を、と言いかけるが、そこからポトポトと色んな物が落ちてくる。
包丁。
千枚通し。
ドライバー。
カッター。
他にも色々。
いずれも俺の手持ちの、一般的な日用品である。共通点と言えば、凶器になりえるものばかりだという事だ。
「返すわ。爆竹もそうだけど、返り討ちにあいたくなくって……アンタが帰ってくる前に、保身の為に危険物を預かってた。……いえ、言い訳はしない。泥棒をしたわ。ごめんなさい」
あまりにも明け透けな言葉、本来ならぶん殴っても良い所だろう。
だけどその表情から本当に悪いと思っていることが伝わってしまい、こちらの怒りどころを奪う辺りがやはり女だ。無意識に、本能的に狡猾な生き物だ。異世界の女とやらも、こんな所は変わらない。
こっちに出来ることは精々、顔を背けて手をひらひらさせることくらいだった。
そんなこちらの態度を見て、初めて少女は表情を少しだけ緩めた。
その少女の股から。
最後にもう一つ、ポトリと何かが落ちた。
俺の秘蔵のエロ本だった。
少女は、背筋を伸ばしてしっかりと立った姿勢のまま、こちらに目線だけを向けた。
俺は、背中を丸めて胡坐をかいた姿勢のまま、彼女に視線を投げた。
「……こっちの世界の資料になるかなって」
頬を染めたムッツリ女には、厳重に精密にコブラツイストをかけてやった。