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……つまりは、平和な日常を崩されないことが一番大切だって話だ。
ねえ、君。いきなり後ろから殴られたんだ俺は、君に。それだけでも腹いっぱいなのに、今度は家の中、正面切って殴りかかられたんだ。
言ってみれば安楽を得られてしかるべきである場所で、再度の奇襲を受けたわけだ。人間不信にもなるだろうがよ。俺が言いたいのは、つまりそれだ。
ーー世界は割と簡単に非常識な方向に舵を切る。他の人間にとってどうかは知らないが、少なくとも俺にとってはそうだった。
これは堪らんよ。堪らんよこれは。これ、統治法というのだったか。何を治めるというのか。
意味が分からない。ちゃんと勉強しておけばよかった。
いかんせん少女、魔法少女よ、お前、このまま捨て置くこともできない。二度目だぞ。
魔法など使わんでよろしい。法に従え。お前の無体の責任を取るべき監督人は誰だ。親はどこか。
「……」
だんまりか。これはよろしくない。君よ、悪いことをしたならば贖わねばならんよ。いくら子供と言えども、俺でも知っている道理なら君が知らんこともあるまい。
ほら、よく見れば存外賢そうな顔つきじゃないか。話せばわかるというだろう、君もその筋に沿ってはいかが、良い子だからお話しなさい。暴力と、不法侵入。いずれもこのままなら許されざるよ。
「……」
なんとまだ黙るか。中々いい肝の座り具合じゃないか。そんな君の事を気に入る人もきっといるだろう。
……いいかい、改めて言うがね。君は先日俺の頭を殴ったのだ。まだ傷が残っている。未遂であったが今日も再度の凶行に走るに至ったね。その、ほら。俺が今足蹴にしているこの鈍器でだ。
……おっと、返さないよ。まだ返さんよコレは。君がちゃんと事情を話して謝罪して、親御さんに連絡が取れれば返さんこともないよ。
そんな物欲しげな顔をしても駄目さ。責任は取らんといかん。君が悪いことをしたと反省してね、できるなら親御さんに金一封でも包ませてね、返せというならそんな風に誠意を見せてからの話だろう。
……取りあえず、ほら。事情でも連絡先でもお名前でも。言ってごらん。おいちゃん怒らんから。
「……」
「お前な、いい加減にしろよ? こんだけ優しくしてやってんのにそんな態度か。俺の堪忍袋もそろそろスペアがなくなりそうだ」
「……」
「昨日よく回ってただろう、そうだその舌だよ。あっこに落っことしてきちまったのか。代わりに拾ってきてやろうかい……なんだその目。おいおいなんだそれ」
昨日のように、少女、恨み充溢した嫌な目で睨んできやがる。
「……アンタに名乗る名前なんかないわよ」
「おおっと」
おおっと。
「なら名前は良いさ。いっそ知りたくもない。いいとも、ならば親御さんの連絡先だ。むしろそっちが大事なんだよ」
「……いない」
おおっと。
「これは悪いことを聞いたかな。なるほどすまんね、そこは素直に謝ろう。たとえ君が理不尽な暴漢であっても俺は謝ろうじゃないか。どうだ、これだけ譲歩したなら君の後見人くらいは教えなさい」
「いないわ。この次元には両親も知り合いもいないの」
……おおっと。次元と来た。
「その設定まだ続けんのか」
「設定じゃないもん。何よ、この次元のこの国の住人なら、官憲に通報するなりなんなりすればいいじゃない。やってみなさいよ」
官憲とはまた古めかしい。
せっかく人が民事で収めてやろうというのに、態々話を大仰にしたがるなんて。
その後にようやくペッチャクッチャ回り始めた口だが、どうもつまらん事を言っているから聞き流してやる。
どの道こいつは連絡をする気もないし、謝罪的誠意の片鱗も見せやしないらしい。
……面倒くさいことだ。とりあえずもう、こいつとの関わりが切れればそれでいい。
そう思って。
「じゃあもういい。いいから、せめて俺を殴った理由を言ってみろ。俺に本当に落ち度があったってなら改善してやらんでもない」
「それは」
……アンタが、世界を滅ぼす原因だから。