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パルクール・サバイバーRe:System  作者: 桜崎あかり
System5
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ランカー王へのカウントダウン


 5月6日午前9時、この日は快晴という天気なのだが、一部の練習コースやサブサーキット、講習用コース以外はメンテナンスと言う事でレースは出来ない状態になっていた。

メンテナンスに関しては、主に道路の補修や整備がメインである。稀にARシステムのセキュリティ強化やドローンの修理がおこなわれる事もあるのだが、こちらが行われるのはフルメンテの時だけだ。

「メンテナンス自体は早朝に定期メンテナンスを行っているが、ここまでの規模は初のケースだな」

「もうすぐランカー王が始まる。それまでに万全の態勢を整えないといけない」

「その為のメンテナンスと言う事か」

「大変なのはランカー王決定戦からになるだろう」

 コースを整備している特殊車両を見ていたのは、背広姿の男性新聞記者が2人。何かのメモをスマートフォンへ書いているようにも見える。

「整備するのは道路だけらしい。それ以外の場所は営業時間等の関係で、閉店時間や開店前に行うそうだ」

「それは大変だな。コンビニだと24時間営業だから、早朝営業中に行うという話だが」

「意外にもバイト募集は集まるらしい。時給5000円で2時間限定とか、時間設定が多い物ばかりでも定員オーバーもあるようだ」

「定員オーバー? それはすごいが、どんな仕事をするのか」

 その仕事内容を調査する為の取材だったのだが、残念ながらアスファルト整備位しか取材が認められる物はなかった。他の仕事はパルクール・サバイバーのシステム的な仕様で教えられないと言う。

「時給5000円でも、守秘義務ありだったら別の仕事をするような物だが――」

「条件としては年齢制限があるようだ。パルクール・サバイバーに年齢制限は存在しないが、バイトの方は18歳以上とされている。時間帯の関係もあるかもしれないだろう」

「どんな仕事か分からないのに、18歳以上の制限が付くのか。違法の仕事をしているとも感じられそうだな」

「求人広告には【システムメンテナンス】と【ガジェットメンテナンス】の2種類がある。システムはサバイバーのシステムだろう」

 2人の会話は続く。彼らの取材も続くのだが、それとは別に色々な場所で動きはあった。



 同日午前9時30分、薄い黒に近い提督服を着ている花江提督はサバイバー運営ビルの前にいた。彼の目的はガレスに会う事なのだが、受付で話をした所、普通に会わせてくれるとの事らしい。

「提督室ではなく、ここに呼ばれたという事は――」

 彼のいる扉の前には資料室と書かれている。そして、彼は資料室の扉を叩く。特にトラップが仕掛けられている事はなく、ドアも鍵が閉まっている様子はない。

その後に扉を開くと、そこには無数の稼働中サーバーが並んでいる光景が広がっていた。サーバーの数は100以上、冷房完備、サーバーの電源は全て太陽光発電を利用している為、電気代は事実上の0円である。

太陽光が使えない場合、風力発電も使われているとの事だが、該当する風車はサバイバー運営等には置かれている様子はない。

サーバーの配線が見当たらないように見えるのは、特殊なLANサーバーを使用している為らしい。このサーバーは完全に無線で情報のやり取りをする事が可能な夢のサーバーと言える。

ただし、これを実用化しようと言うのであれば電波法等の壁が立ちふさがるだろう。その為、特殊環境内での運用限定と言う制限がかけられているのだろう。

「お前も再び提督を名乗るのか――」

 白銀の提督服を着たガレス提督は、様々な情報を見極めている最中だった。しかし、それでも花江提督がわざわざ出向いてくれたという事もあって、この部屋へ通したという事らしい。

「提督は名乗る。しかし、そちらへは戻らない」

「サバイバーには色々と考える部分があり、改善する必要性もあると言う事か。新規で提督になろうと考える人物もいるようだが、その中から優秀な人材が出てくるかどうかは――」

 ガレスが何かを言おうとしていたのだが、花江提督が呼ばれた理由は別の一件である。その為、茶番は不要とばかりに話を切り出した。

「僕が呼ばれた理由、それは阿賀野菜月の事でしょう。彼女の未来予知がアカシックレコードと同じだと言う事を確かめたい……と」

「確かに阿賀野の未来予知には色々と不自然と言うか疑問を抱く個所がある。パルクールが東京で行われる事になったスポーツの国際イベント辺りで正式種目にするという動きは――」

「ボウリングも名乗り出ているようですが、他にも複数の種目が競技採用の為に動いている。金メダルを狙うのであれば格闘ゲームや音楽ゲームを対象種目にするべきだ」

「それらの動きをけん制するパルクールの正式種目化。そこには超有名アイドルを含めた勢力が暗躍しているという」

「チート勢力も解散、超有名アイドル側も壊滅は時間の問題。そうなると、次に倒すべき勢力は――」

「フジョシやBL勢力、超有名アイドルのブラックファンという所でしょうか」

 花江提督はガレスを試すような発言をするのだが、向こうも織り込み済らしい。秋元が拘束されて数日が経過するのだが、情報が解禁される事はない。それが一番の不安材料とも言える。

それからしばらくして沈黙が続く。10秒程の沈黙後、先に話を始めたのは花江提督の方だった。

「確かに秋元は逮捕され、さまざまな事件に関しても終止符が打たれるでしょう。しかし、それで全てが終わったと思っていると予想外の反撃を受ける事になる」

 そして、懐からスマートフォンを取り出し一人の人物の写真を見せた。写真の人物は男性で、秋元とは違うタイプのアイドルプロデューサーなのは見た目でも分かる。

「その人物ならば、既に調査済みだ。超有名アイドル商法の事件では関係があっても、パルクール・サバイバーとは無縁である事は独自調査でも判明している」

 ガレスの方は彼が超有名アイドル商法に関する過去の事件に関係した事から、サバイバーでも同じような事件を起こす可能性があると考えて数ヶ月前からマークしていたのだ。

「調査はサバイバーのサービス開始前から行っているが、残念ながら大きな情報は出なかった。超有名アイドル商法に関する不正疑惑は浮上したが、コンテンツガーディアンが調査をしても出てこなかった位だ」

 そして、彼に関しては完全にお手上げ状態だとガレスは考えている。それ程に手ごわい相手と言われると賛否両論があるだろう。ネット上でも影の黒幕を彼とする説が浮上している位だ。

「秋元の失策はソロモンを完全放置にしたという事。奴を警戒していれば、その結末は少しでも変化しただろう」

 花江提督の話を聞き、ガレスは笑う。花江提督は何がおかしいと感じたが、特に不機嫌になる事はない。

「そうだな。秋元を含めてあの事務所が壊滅したのは、私を正体に関して調べずに違法ガジェット工場等を教えた事だ」

 ガレスの発言を聞き、花江提督は驚いた。彼はソロモンの正体がガレスと言う事は知らないのだ。実際、正体を知っているのは大塚提督と中村提督を含めたごく少数。種田提督はもちろんだが、阿賀野菜月も正体に気付いていないだろう。

「ソロモンの正体はガレス提督だったという事か」

「そう言う事だ。既に違法ガジェット工場はコンテンツガーディアンが制圧済。違法ガジェットの解析も、時間はかかるがランカー王までには決着するだろう」

「そこまでに決着できればいいが――」

「難しい事はないだろう。ARガジェットはコンテンツガーディアンも使用している物だ。向こうにも解析技術がない訳ではない」

 その後も2人の話は続き、9時50分位までは資料室で話を続けていたと言う。



 同日午前9時50分、あるニュースが報道された事で事態は急展開を迎えた。

『――小菅付近の工場で何者かに襲撃される事件が起きました。現場を呼んでみましょう』

 喫茶店でスマートフォンのテレビモードで番組を見ていたのは、私服姿の阿賀野菜月だった。彼女は別の用事で竹ノ塚へ足を運び、そこで何かを調べる予定だった。

『こちら現場です。現在はパルクール・ガーディアンによる厳重警備の為、半径300メートルへの立ち入りは制限されています――』

 現場の男性記者の話を聞き、阿賀野は耳を疑った。

警備が入るのは分かるのだが、それもパルクール・ガーディアンと報道している。

普通、彼らの名前は出さないのが通例と思われるのだが、何が起こっているのか?



 同刻、小菅の立ち入り制限区域ギリギリの道路付近、そこには私服で何処かへ向かおうとしていた蒼空かなでの姿があった。

彼はこの先にあるアンテナショップへ向かおうと考えていたのだが、通行止めと言う事で引き返そうとも思っている。

しかし、この先に何があるのかにも興味があるのだが、侵入できるような気配は全くない。

道路の通行止め付近には警備専用のランニングガジェットが配置されており、それを見た一般人は野次馬根性を見せるも即座に引き返すという現状だ。ガーディアンに抵抗すれば拘束されるという認識ではないが、触らぬ神にたたりなし……という流れだろう。

「あなたは確か――」

 男性警備兵が蒼空の顔を見ると、無言でライセンスの提示を指示される。一体、これはどういう事なのか?

とりあえず、言う通りにガジェットに組み込まれているライセンスを警備員に提示する。

【この先はテレビの取材をシャットアウトするように指示がされています。あなたになら、あの先に何があるのか確かめる権利はあります】

 しばらくすると、スマートフォンの着信音が鳴ったので確かめる。画面にはショートメッセージが投稿されている事を示すメッセージが表示されていた。

その中身を見る限りでは、マスコミに伝えるべきでないブラックボックスが、この先にあるらしい。

「この先にある物、もしかして――」

 思う所はあるのだが、蒼空は警備兵からホバーボードを借りて移動する事になった。目指す場所は、厳重警戒エリアの中心部である。



 5月6日午前9時55分、小菅の立ち入り制限区域、私服姿の蒼空はホバーボードに乗ってあるエリアへと急行していた。

本来、ホバーボードはARガジェット用のスーツと連動して動くタイプがほとんどだ。しかし、今回の借り物のホバーボートは特殊な物であり、私服でも特に問題なく動かせる。

特に何かが襲ってくる事はなく、逆に静かすぎたのが気になった。立ち入り禁止になっているエリアは無人エリアでもあり、住民が住んでいる訳ではないのだが――。

「この工場か」

 到着したのは、町工場と言うには規模が違いすぎる大きさの建物だった。だからと言って、大手の工場と比べると規模は小さい。中堅所の工場とも言うべきか。

しかし、中堅所のタイプは既にコンテンツガーディアンが制圧済、それを踏まえると―様子がおかしいという感じである。周囲にコンテンツガーディアンの警備が不在な上、既に撤収済みとも取れるような程に静かなのだ。

蒼空が入口を調べると、シャッターは開きっぱなし、そこから見えるのは無数の整理整頓されたダンボール箱、折りたたみ式のテーブル、パイプ椅子も置かれている。

何かの設営をする予定だったのだろうか?

それに加えて、いくつかのテーブルには本が積みっぱなしのままで放置されているスペースもある。これらの本は本屋で流通しているような物ではなく、裏取引の本とも言われそうな雰囲気さえ漂う。

そして、中央に置かれている折りたたみ式テーブルには、1台のパソコンがあったのだが――。



 工場内に入った蒼空は、最初にダンボール箱を調べる。最初に開けた箱は空っぽだったのだが、2番目の箱には1冊の本が入っている。何か罠があるのでは――と思いつつも蒼空は本を手に取った。

本の表紙は有名男性アイドルの本にも見えるのだが、写真ではなくイラスト、コンビニのコピー機でコピーしたような原稿にホッチキスで止めたような簡単な物。その中身を見たとき、彼は何かの違和感に気付く。

「他のダンボール箱にも、同じような物が――?」

 中身を正確に確認する前に別のダンボール箱を調べようとも考えた。しかし、アカシックレコードに繋がる何かが得られると考え、蒼空は手に取った本を黙読する。

本の中身は、男性アイドルグループのBL本――ネット上で言う所の【薄い本】だった。そして、この本はイラストが表紙だけ、残りは全て文章だったのも気になる所。

『これが、超有名アイドルグループが隠したかった、もう一つの闇とも言える世界。本来であれば触れるべきではない世界でもある』

『繰り返してはいけない過ちは、ここに繰り返された。超有名アイドルは、これらを規制し……唯一無二のコンテンツを生み出す流れを作ろうとした』

『彼らが行おうとしているのは……コンテンツを使用した流血を伴わない戦争とも言える。地球上を超有名アイドルファンにすれば全ては平和的に解決すると考えていたのだ』

『現在議論されている案件も、こうした計画を隠す為の隠れ蓑と言われているのだ。それに気付いた勢力を、暗殺以外の手段で消そうとするのが現在の政治家と手を組んだ超有名アイドルのやり方とも言える』

 この声には聞き覚えがない。一体、何処から声が出ているのか。そして、蒼空が置かれていた1台のパソコンを見ると、そこには1人の女性が映し出されている。提督の帽子を深く被り、表情を正確に確認できないが、白銀の提督服には見覚えがある。

「まさか――運営の総責任者?」

『その通りだ。私の名はガレス。これも偽名にすぎないが、パルクール・サバイバーの総責任者を担当している』

「ここは一体、何を――」

『イベントを行おうとしていた場所だ。ここで密かに違法ガジェットの取引が行われているという情報を手に入れ、それを制圧したつもりだったが――実際は違っていた』

 ガレスの表情は確認できないが、ここで発見するはずの物は違法ガジェットのはずだった。しかし、実際にガーディアンが突入した所、男性アイドルグループの薄い本の即売会が行われる所だったのだ。

コンテンツガーディアンが把握する前に制圧したのだが、一部の本は回収できずに残されていたままになっている。

「これらの本とアカシックレコードの関連性は?」

『君は【フジョシ】や【夢小説】という単語を知っているか?』

 ガレスの口から出た単語には聞き覚えがない。ネット上では稀に見かけるのだが、今は一つの単語に集約されている。

「そうした意味を統合した単語、ブラックファンならば知っている」

『コンテンツガーディアンが都合よく生み出した造語だな。確かに夢小説やフジョシが過去の黒歴史となった今では、コンテンツ流通を阻害する存在は全てブラックファンとしてまとめられるのだろう』

「それとアカシックレコードに何の関係が――」

『その本を見て、何かを感じなかったか?』

「しかし、自分には興味のないジャンル。これがコンテンツガーディアンと関係があるとも考えられない」

 ガレスは、先ほど手に取った本の事を唐突に言う。しかし、蒼空にとっては興味のないジャンルではある。

その内容はアカシックレコードに関係があるのでは――とチェックはしたが、あまり関係がありそうな記述はない。

『コンテンツガーディアンはコンテンツ流通に阻害と判断される物を許さない。超有名アイドル商法は独占禁止法にも触れる禁断の商法だった。だからこそ、AI事件等では根絶をしようと動きだす勢力があった位だ』

「自分達の利益にならない物は徹底的に排除する。それも、自分達が生み出したルールで縛ると言う方法を使って」

『そこまで知っていて、君はガーディアンが行っていた事を黙って見ているしかなかった?』

「黙って見ている……どういう事ですか?」

『ガーディアンの行っている事は正義と言えるのか?』

「コンテンツガーディアンは一次創作を守る為に、悪質なブラックファンの締め出しを行っていると――」

 2人の対話は続くのだが、投げられる言葉は上手くキャッチボールを出来ているとは到底思えない。お互いに自分の考えを押しつけているだけの可能性もある。



 同日午前10時、ガレスが時計を確認すると、何かに指示を出すかのようなショートメッセージを提督たちに伝える。

【まもなく、コンテンツガーディアンが来る。大まかの物は回収出来た。残るパソコンは――蒼空、君が持って帰ると良いだろう】

 ガレスからの無茶ぶりである。パソコンに有力情報が残っているのであれば……とパソコンに触れたのだが、パソコン本体を掴めない事に違和感を覚える。

「これは、ARガジェット!?」

 蒼空が掴んだ物、それはタブレット端末位の大きさと薄さで有名な新型ARガジェットである。パソコンのモニターと思われた物は、これだったようだ。

そして、周囲に誰もいない事を確認し、蒼空は裏口からホバーボードを加速させて脱出を図る。ARガジェットを落とすと大変なので、下手にスピードは出せないのだが。



 同日午前10時5分、コンテンツガーディアンと思われるパワードアーマーの集団がイベント会場へやってきた。彼らが来た頃には既に整頓されたダンボール箱、折りたたみ式テーブル、パイプ椅子だけの状態になっている。

「先を越されたのか?」

 ガーディアンの一人が悔しがるのだが、他のガーディアンが発見したダンボール箱の山には男性アイドルグループの薄い本が大量に入っていた。これを見たガーディアンの一人は何かを確信した。

「ここ以外の会場も押さえろ! あの芸能事務所関係者に内容が伝わる前に処分を――」

 ガーディアンがダンボール箱を回収しようとした矢先、姿を見せたのは、オレンジ色のランニングガジェットに類似したロボットである。

その機体を見たガーディアンメンバーは堪らずにARガジェットを起動、ロボットタイプを複数投入し始める。しかし、オレンジ色の機体は先に攻撃を仕掛けるような気配はない。

「なんて事だ! これはダミーだ! 急いで他の会場を押さえろ!」

「周囲にテーブルが置かれている中でARガジェットを動かせば、大変な事になると言う事を向こうが把握しているのか」

 この会場は足立区が管理している物であり、このイベントも足立区へ許可を出した物である。それをガーディアン側も知らない訳ではない。

そう言った事情もあって、渋々と一部のガーディアンが折りたたみテーブルとパイプ椅子を既定の場所へと収納をする。ガジェットを使うとパイプ椅子が壊れる可能性もある為、すべて人力である。

「しかし、ここで行われるはずだったイベントは判明した。これの存在が明らかになれば、超有名アイドルファンが黙ってはいない」

 ガーディアンのリーダーはイベントの詳細を把握したうえで、これが公表されれば超有名アイドルファンを壊滅させる事は可能だと言う事を確信する。



 同日午前10時10分、別のグループが何も設置されていない別の広場を通過して別の公民館へ向かおうとしていた。公民館では超有名アイドルグループの情報交換会が行われる為、そこをガーディアンが押さえようとしているらしい。

『あの機体は―まさか!?』

 ガーディアンのロボットタイプガジェットが攻撃を仕掛ける前に、瞬時で機能停止された事に周囲のガーディアンが驚く。

生身の人間やARガジェットを装備したプレイヤーによる物ではなく、周囲を見てみると複数のランニングガジェットに取り囲まれていたのだ。

「お前達はやり過ぎた。ガーディアンの名のもとにコンテンツを容赦なく切り捨て、自分達の趣味にあった作品以外は排除をしたがる。まるで、数年前のネット炎上事件のように――」

 複数のARガジェット等を引き連れていた人物、それはオレンジ色のランニングガジェットに乗った花江提督だった。彼はコンテンツガーディアンにも所属していた事があったのだが、阿賀野菜月のスカウトで独立勢力に加わった。

そして、花江提督はランニングガジェットを起動して残存兵力に対し、ハンドガンで応戦する。ガーディアン側のガジェットはハンドガン位の火力で致命傷を与える事は不可能と言ってもいい。

しかし、その後のアクションはガーディアン側の想像を超えていたのである。

ハンドガンはけん制として撃った物であり、本命はシールドに収納されたビームダガーである。しかし、このダガーの形状は非常に特殊であり、ビーム展開装置とは別に何かが付いているように見えた。

「コンテンツを青田買いのように独占する企業も悪に該当するかもしれないが、お前達の身勝手で作者が望むシナリオを根底から壊してもよいと言う権利はない」

 ガーディアン側の1機がビームダガーに気付き、それを弾き飛ばそうと考える。しかし、弾き飛ばしたダガーからは拡散粒子に近いビームが放たれた。この不意打ちとも言える攻撃にセンサーを破壊される。

彼が使用したビームダガー、それはスカウトナイフと呼ばれる武器を応用した物で、ビームダガーが敵に弾かれるとダガーが変形して拡散粒子砲から拡散ビームを発射するという仕組みだ。

このビームダガーで不意打ちを受けたコンテンツガーディアンの機体は機能を停止し、一部のメンバーは降伏を始めている。

『我々は悪ではない。企業側がコンテンツを独占し、それを自分達の都合のよい解釈に書きかえる事こそが――』

 花江提督の言葉に反論をするガーディアンの一人だが、機体の方はすでに動かない。その為、ガジェットを乗り捨てて逃亡を開始する。彼は降伏をしないようだ。

「お前達は結局、ノーリスクハイリターンを地で行く。全ての物が無料であり続けるべきと考える……。しかし、それでは成り立たないコンテンツがある事はお前達も知らない訳ではないだろう」

 花江提督の方は表情を変化させることなく、淡々とガーディアンを追い詰めるかのように発言する。そして、それに恐れるガーディアンは残存兵力を集めるように指示を出す。

『――通信が出来ないだと? こちらの周波数はパルクール・ガーディアンでも知らないは……』

 途中でガーディアンは気付いた。花江提督の正体、それは過去にコンテンツガーディアンを作り出した人物の一人。

正確には、彼以外にも元コンテンツガーディアンが存在しているのだが、ネット上にはデマばかりが流れる関係で、正体を掴めないのが現実。

「正しい意味でのコンテンツ流通。それは、イリーガルや政府がゴリ押しで進めようとするものではない。全ての勢力が納得した上での流通が理想だ」

『そんな物は夢物語であり、実現は不可能だ! お前は男性アイドルグループの夢小説を拡散し、ネットを混乱させているような連中も許容すると言うのか?』

「そちらが一方的に定義したブラックファンは必要ない」

『あの夢小説勢がネットを制圧するような事をしなければ、我々はコンテンツ流通を正常化させる事が出来た!』

「それは自分達の行ってきた事を正当化させる理由にはならない……。単純にネットを炎上させて混乱を楽しみ、自己満足をするだけの幼稚な行動に正義を定義するのは、超有名アイドルファンの行動は全て無罪であるという世界を再現する事に他ならない!」

『ネットの偽情報拡散、超有名アイドル勢を物理的に減らす為のARガジェット改造、政治家の財力、別BL勢と協力してのコンテンツ――』

 花江提督とガーディアンの言い争いが続くが、彼の話を途中まで聞いて花江提督は呆れていた。

「結局、アカシックレコードに書かれていた記述は現実になったのか」

 拘束されたガーディアンは偽者であり、実はビジュアル系バンドのブラックファンが男性アイドルグループのCD売り上げを減らそうと画策した物である事が、約1時間後のニュースで報道される事になった。



 同日午前11時、蒼空はネットカフェではなく北千住駅に近いアンテナショップまで移動していた。ネットカフェではARガジェットを置く事が出来るスペースがなかったのが理由の一つである。

「これが、アカシックレコード――」

 蒼空が調べていたタブレット端末、そこにはアカシックレコードと思わしき記述が多数存在していた。しかし、それらの情報は特定サーバーから抜きだされた物ではなかった。

「これって、世界線シリーズの小説じゃない?」

 蒼空のタブレット端末をのぞき見る目的はなかったのだが、見覚えがある文章を発見した赤城が背後にいた。それを見た蒼空は思わず驚いたのだが――。

「世界線……シリーズ?」

 思わず、蒼空も言葉を失う。赤城に手招きされた加賀も見覚えがあると言うのだが、蒼空には見覚えがない文章なのは間違いない。

「世界線シリーズ、それは花澤というハンドルネームの人物が書いた小説のシリーズ。後に異端や中二病とも言われた技術は、現実になった」

 赤城は世界線シリーズを知らない蒼空にざっくりだが説明を始める。

世界線シリーズ、それは花澤提督が小説サイトで書いていた一次創作作品の総称だが、これらの作品はランキングに乗ることがなかった。

それは男性アイドルグループのBL小説や夢小説、某バレー漫画の二次創作がランキング制圧されていたのが原因とされる。しかし、それが真実なのかどうかは明らかではない。

その一方で、世界線シリーズはアカシックレコードとは別物と言われている。しかし、この小説に描かれている技術はこの世界で現実になっている物ばかりだ。

ARガジェット、AR技術を利用した音楽ゲーム、パワードスーツの数々、これらは架空の存在と言われた物が現実化した一例だ。

「世界線、アカシックレコード――新日常系拡張現実――?」

 蒼空は新たな単語の出現に戸惑ったのだが、何かがつながったようにも思えたのだ。



 5月6日午前10時、草加市にある大手のアミューズメントセンターへ姿を見せたのは、私服姿の上条静菜だった。ここにはARゲームも一部が置かれているが、そちらよりも音楽ゲーム等の人気が高い。

「ここでは特に何か動きがある訳でもないか――」

 上条は目的の音楽ゲーム筺体へ向かおうとしたのだが、その途中でARゲーム用のセンターモニターがあったので、そこで足を止める。

【――電撃ロケテスト開催決定。日程は5月7日~5月28日まで】

 スクロール文字が途中の為、何の作品かは不明だがロケテストが行われるらしい。

気になったので同じニュースが流れないか確認しようと考えるが、次のニュースは全く別の物だった。

「ロケテストと言うと機種が気になる所だけど」

 色々と考えるのだが、それよりも優先すべき事はある。それはランカー王が誰になるのか――。



 同日午前10時30分、オレンジ色のランニングガジェットに乗る花江提督は、レーダーに反応があったエリアへと向かう事になった。

その場所は南千住であり、あの時のレース中に襲撃があった場所に近い。

花江提督は気になる事もあったのだが、まずはマップを頼りに該当エリアへ向かう。

スピードはランニングガジェットとしては異例の時速30キロ。ランニングガジェットがレース中以外の車道を走る事は禁止されていないが、輸送や緊急の手段以外では運用されない。

「それは、どういう事だ?」

 移動中に通信が入り、先ほど戦闘を行ったコンテンツガーディアンが偽者だと判明する。

どの勢力かは調査中であるが、コンテンツガーディアンの本物が持っているはずのアレを持っていなかったのが決定的となったらしい。

『こちらでも詳細は調査中だが、先ほどの連中は便乗勢力なのは間違いない。ランカー王を前に何か大きな事件が起きなければいいが――』

 通信の主は大塚提督である。彼も別の用件でアカシックレコードを探っていたのだが、別のニュースを掴んだという形らしい。

花江提督が該当エリアへ向かっている頃、タブレット端末を収納したコンテナをホバーボードに乗せ、蒼空かなでが別の場所へと移動を始めていた。

「コンテナの提供だけでいいのか? 荷物を持って行く事も不可能ではないのだが――」

 途中で立ち寄った小菅付近のアンテナショップの男性店員は心配をしているが、タブレット端末の中身を知られる訳にはいかないので、ARガジェット収納用のコンテナをレンタルする。

「これは、どうしても他人が触るべき物とは思えないので…」

 蒼空の方でも思う節があるのか不明だが、このタブレットだけは本部へ持って行くべきではないとも考えた。



 更に同時刻、組織としては壊滅的なダメージを受ける事になったチート勢力、その残党は秋葉原でコンテンツガーディアンと交戦していたのである。目的は本部襲撃だが、状況は圧倒的に不利となっていた。

「ナイトメアは行方不明となったが、我々にはノブナガ様が残っている! まだ、負けた訳ではない!」

 超有名アイドルやBL勢に属せず、彼らは単独でコンテンツ業界を変える事の出来る力がある――と思いこんでいるようだ。しかも、彼らはノブナガの解体宣言を知らない。

彼らの使用するARガジェットはコンテンツガーディアンを退ける程の能力はあるのだが、その一方で諸刃の剣とも言うべき仕様も存在する。

「違うな。お前達の負けだ――」

 ある人物が何かのスイッチを入れると、周囲に存在したARガジェットが全て機能停止したのである。

どうやら、使用したのはARゲームでも禁じ手とも言えるだろうジャミングシステムだった。

「貴様は――提督だな!」

 ARガジェットを切り離し、何とかコクピットから脱出した戦闘員が見た物、それはパルクール・サバイバー運営の着ている白い提督服である。

しかし、運営が使用している物とは細部が異なり、右腕にはスレイプニールという神話に出てくる獣が描かれている。

それを見た別の人物は、サバイバー運営とは違うある人物を思い出した。

一部の人物は恐怖のあまりに逃亡する人物もいたのだが……。

「阿賀野菜月――だと言うのか?」

 その問いに対し、この提督はこう答えた。『私は阿賀野菜月ではない』と。

では、ここに現れた提督は誰なのか――?



 その後、チート勢力の残党は完全に力を失い、完全消滅する事になる。

ノブナガは自分達の目の前には姿を見せる事はなかった。彼らは、どうやら見捨てられたらしい。

「結局、彼らもイナゴのように集まるだけの存在だったようだ――」

 この状況をスマートフォンで確認していたのは、元ナイトメアことヒデヨシである。彼は背広姿で別の場所へ向かっており、その姿はナイトメアだった面影は感じられない。

「大義名分等を持たず、単純に目立ちたいだけでマスコミやメディアの前に姿を見せる事、それは自らの破滅を意味する」

 過去の超有名アイドル絡みの事件、某漫画の脅迫事件、デスゲームを正当化しようとした数多くのネット炎上、AI事件、グッズの転売事件――。

これらに共通するのは、マスコミやメディアを利用して自分が目立ちたいと主張するだけの人間が起こした、重大な犯罪行為でもあった。

「我々が否定するのはARシステムを使用したデスゲームを世界規模に広げ、地球滅亡の手助けをする事。デスゲームを正当化しようとするような政治家は――」

 ヒデヨシには思う所があった。ARガジェットは軍事利用や類似した案件でもあるデスゲームに利用される事を嫌っている。

しかし、海外ではARガジェットではないが軍事ロボットの実用化も視野に、ARガジェットの技術を手に入れようとしている国もあるらしい。

何としてもARガジェットの軍事転用は避けなくてはならない。戦争の時代は20世紀に終わりを迎えたはず…。



 同日午前10時35分、花江提督が到着した場所、それは南千住にあるパルクール・サバイバーの練習コースだった。一体、このコースで反応を示した物とは何なのか。

『待ちくたびれたよ――』

 目の前に歩いて姿を見せた人物、彼の装着しているガジェットは軽装よりも若干装備を強化した、現在開発中の試作ガジェットである。しかも、バイザーを装備している関係もあって、素顔を見る事は出来ない。

ガジェットの形状は刃の様なシャープな物であり、複数のハードポイントに各種ガジェットを搭載可能、更にはパルクール・サバイバー以外のガジェットにも対応予定という―現状のランニングガジェットとは異質な存在でもあった。

その関係もあって、背中にはARシューティングで使用されるレールガン等で武装している。

パルクール・サバイバー専用と言う訳ではなく、他のARゲームでも転用出来る仕様なのかもしれない。

「試作型ガジェットを持ちだすとは――」

 花江提督も試作型の話自体は聞いた事があるが、ネット上の噂とばかり思っていた。

それだけ、試作型という単語だけが独り歩きしていた証拠だろう。

そして、花江提督がハンドガンで攻撃を仕掛けようと思った矢先、先に相手のガジェットがレールガンを構えて速射、弾丸はガジェットの右腕に直撃、吹き飛ばされはしなかったがしばらくは動かせない。

花江提督は、どう考えても違法ガジェットクラスの機動力を発揮する目の前にいる存在を否定したかった。

【ターゲットロック】

 バイザーの表示を見てから回避するのは不可能に近い―と思われたが、それでも頭部の一部、右腕アーマーの一部を吹き飛ばされても直撃は回避する。

これに関しては、花江提督の反応速度が尋常ではないという事を示す物。

そして、相手の方も若干理解したかのように両腰にマウントされたビームチャクラムを展開、それを思いっきり花江提督の方に向けて投げてきたのだ。

『貴様は阿賀野菜月、それ以上の危険思想を持っている。一体、お前は何を求めている?』

 ノイズ交じりの声、男性だろうか。花江提督は、このガジェットを装着した人物に見覚えがない。それでも、この人物は何とかしなくてはいけない。それは直感で分かった。

「僕が求める物、それは誰にも理解される事はない。生命を軽視するようなデスゲームの存在は放置できない」

『デスゲーム? 小説サイトで見かけるようなVRMMOか?』

「VRMMOのような単純な物で片づけられない。軍事産業、生命を食い物にしようと考えるような政治家――」

『まさか、お前は戦争の根絶でも行おうと言うのか? それこそ、漫画やアニメの世界にすぎない! それを現実に出来ると本気で思っているのか!』

 謎のガジェットの人物は、花江提督の言う事に対して本気で否定をする。軍事産業の否定、更には戦争の根絶――。

「これは本気だ。人の命は誰かが勝手に価値を決めてよい物ではない……」

 花江提督は泣いているようにも見える。全てを語る前に、彼は何かのスイッチを作動させ、その力で瞬時にダメージを修復させた。

「戦争の時代は20世紀で終わりにするべきだ。そして、21世紀は平和の可能性を――別の角度から模索するべき時代なのだ」

 謎のガジェット使いが感じた花江提督の思想、それは阿賀野以上に常人が理解出来るクラスの物ではなかった。

《コンテンツ流通から、世界平和の可能性を見つける。コンテンツ流通には光と闇が存在する。片方だけでは成立しないのは百も承知だ。ネット炎上のような事例も否定しない》

 これはアカシックレコードにも書かれている一文。ARガジェットと言うコンテンツ、それは下手をすれば戦争にも流用できる可能性を持った力でもある事を意味している。

「アカシックレコードが示す可能性、その力で争いのない世界を作り出す! そして、超有名アイドルでは悲劇の連鎖を繰り返すだけだ!」

 花江提督の訴え、それは謎のガジェット使いにとっても理解不能だった。これが分かる人物は、おそらくは阿賀野菜月だけなのかもしれない。



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