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パルクール・サバイバーRe:System  作者: 桜崎あかり
System2
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始まりのファーストレース


 4月6日午前12時30分、昼食を取り終えた蒼空あおぞらかなでが向かった場所は、ショッピングモールに併設されたアンテナショップである。

ここではガジェットのレンタルだけではなくカスタマイズしたガジェットの販売も行っているのだが、その隣に併設されているお店はカジュアルショップと言うのも一見してシュールな光景を思わせる。

「いらっしゃいませ」

 若干不愛想にも見える女性メイド、彼女がこのアンテナショップの店長である。どうやら、アンテナショップによって色々な特色を出そうと考えた結果が、ギャップ萌えの店長という結論に至ったらしい。

当然だが、他のアンテナショップでは「ガジェットの品ぞろえ」や「アフターサービスの充実」、「消耗品パーツの2割引」と言うようなコンセプトを出している実用的なショップも存在し、好評を得ている。

こうしたショップごとの特徴は、パルクール・サバイバルトーナメントにおけるマンネリの打破に貢献をしている。一方で、サービスの統一を要望する声が存在するのも確かだ。地域ごとに商法が変化するのは百も承知しているのだが…。

今回のショップのような「店長のギャップ萌え」は、本当にレアケース。「きぐるみのご当地キャラが店長」や「何故か音楽ゲームが充実している」というパルクールとは関係ないような特色を出している個所も存在するのは事実だ。

このようなショップはネット上でも評判を呼び、聖地巡礼をする観光客が出てきている位だ。



 数分後、店長の応対に戸惑いながらも蒼空は実技に合格したという証明書を提出、ライセンス発行を申請する。その後に持ってきた書類には必要事項欄が存在し、運転免許等でも記入する事のある住所や氏名と言った常識的な物も記入する必要性があるらしい。

その一方で、パルクール・サバイバルトーナメントならではの項目も存在し、その中でも他のユーザーが一番困惑した項目と言うのが―。

「この、運動歴と言うのは?」

 蒼空も困惑しているのは、運動歴と言う物である。一種のランク分けに使用される項目であり、特に意識する必要はないという答えを聞く。

「運動歴は『陸上をしていた』や『県大会に出た事がある』のような簡単な物で問題ありません。プロ野球選手や元プロと言う場合はこちらで履歴を調べますので……」

 店長の方も、このように言っているので、蒼空は気楽に履歴を書くことにした。特に肩の力を入れずに彼が書いたのは、周囲も驚くような事である。

【学校の体育程度】

 蒼空が書いた運動歴を見て、店長は思わず言葉を失った。おそらく、自分が見た運動歴では一番少ない物だろう。

「本当に、この運動歴で実技に合格を?」

 顔が若干ひきつった状態で店長が尋ねる。普通であれば、陸上に所属、駅伝で箱根を走った事がある、プロ野球のテストに受けたという経歴がほとんどである。中にはプロの水泳選手でも実技に不合格になったケースも存在し、それだけ狭き門である事を証明していた。

ランカーの中にはFPSやTPSゲームにおける経歴、サバイバルゲームの経験ありと言う人物もいるのだが……店員がドン引きするような経歴は初めてである。

「何か、おかしなことでも?」

 蒼空も疑問に思う。店長が驚いている事もあって、間違った事を書いたのでは―と考えたりもした。しかし、最近になって論文で不正やゴーストライター等も注目を浴びた事もあって、パルクールのライセンスも本人が書いたもの以外の受理が出来ないようになっている。

「いいえ、偽装のプロフィールでなければ特に問題はありません。運動歴がないという人も合格しているケースが数件存在しますので……」

 店長の発言には何かの含みがあったようにも思えたが、何とか出来あがったので書類を提出する。

書類提出後、ライセンス発行には時間がかかる為、蒼空はショップ内を探索する事にした。ショップ内は、以前にガジェットのレンタルをした場所とは比べ物にならない位に広い印象がある。簡単に例えれば、コンビニと大手スーパー位の差があるだろうか。

「パルクールを始めるのか?」

 品定めをしている蒼空の前に姿を見せたのは花江提督だった。ショップ内は特にアーマーを脱がなくても問題はないのだが、彼は特にアーマーを着ている気配はない。

「貴方は一体…」

 蒼空は花江提督の事を全く知らない為、彼が声をかけてきた理由が分からない。

「パルクールは経済特区としての側面も持っている。それは、過去にソーシャル特区を考えていた時と同じだ」

「経済特区ですか」

「現状の運営は危険視するような行動は見せていない。しかし、周囲の勢力が煽るような行動を取り続ける限り、争いは終わらないだろう」

「そこまで危険視するという事は…自分にパルクールから手を引けと?」

「超有名アイドルを魔女狩りしている勢力がいる現状の運営では、過去の失敗例と同じ道をたどると言う可能性があるという事だ」

「それは、BL勢による某漫画の脅迫事件等を踏まえてですか」

「フジョシのネットワークは脅威と感じられる物だが、それらは規制法案で規制されつつある。下手にネット炎上を誘う発言をすれば……」

「その規制法案って、確か頓挫したという話もネット上で流れていたような――」

 蒼空と花江の会話は続き、最後に蒼空はパルクールを危険視する理由を尋ねる。すると、数秒程の間隔を開けて答えた。

「今のパルクールはアカシックレコードの実験場としての意味合いが強い。運営も上層部はARガジェットの運用に関しては手探りなのだろう。それに、サバイバーの運営は更に別の目的を持っているように見える」

 他にも言いたい事があった気配だが、時間が時間なので別の場所へと向かう事にした。一体、彼は何を伝えようとしたのか。

「それにしても、ここまで装備が充実していたなんて」

 蒼空が驚いたのは、前に訪れたアンテナショップよりも販売されている種類が多い事、それに加えて複数のカラーリングバリエーションを変えたガジェットも販売されている事だろうか。

「どのアイテムを買うべきか―」

 その後、10分ほど考えた末、店員のお勧めセットを勧められる蒼空の姿がそこにはあった。

お勧めセットとは、ランニングガジェットのカスタマイズをショップ側で行った物であり、初心者向けとも言える。あるいは、カスタマイズ不要と言う箇所で体験プレイ向けと言うのもあるのかもしれない。



 午後1時、北千住某所にある高層ビルの前にノブナガは姿を見せていた。

「パルクールビジネスとはよく言った物だ。超有名アイドル商法を否定するような姿勢を取っていながら、似たような商法を展開している。これは、あまりにも皮肉だ―」

 彼は苦笑いを浮かべていた。その笑いはパルクールビジネスが成功しつつある現状に対しての物か、あるいは超有名アイドルを駆逐する事で新たなビジネスチャンスが生まれるという事に対しての物か―それは定かではない。

その後、ノブナガはビルの中へと入って行く。このビルは主にパルクール・サバイバルトーナメント向けのアイテムではなく、別のARゲームに使用するガジェットが売られている。



 同時刻、ノブナガが入ったビルとは正反対にあるアンテナショップではちょっとした確認を行っている人物がいた。

「そのガジェットは非公認ガジェットと言う事で、パルクール・サバイバルトーナメントには使用できません」

 男性スタッフの目の前にいるのは、別のARゲームから参戦したと思われる男性プレイヤーである。自分が使用しているガジェットでパルクール・サバイバルトーナメントへ出場できないか、と言う単純な用件を尋ねるはずが―。

「他のARゲームでは相互利用可能なガジェットが、パルクール・サバイバーでは使用できない。これは明らかに矛盾しているような気がするのだが」

 男性プレイヤーの方も後には引かない気配だ。その後、別の人物が姿を見せて2人の仲裁を図る。この人物は過去に色々なARゲームでランカーと呼ばれていた上条静菜だった。

「パルクール・サバイバーではARゲームの汎用ガジェットは使用できないのは事実だが、ここはスタッフに従った方がいいと思う。他のARゲームプレイヤーが同じような人物と思われたくなければ、ここは―」

 上条が忠告をするのだが、男性プレイヤーは忠告を途中で無視する形でアンテナショップを出て行った。強行出場でも考えているようであれば運営に密告する事も可能だが、そこまでして彼のプライドをズタズタにするのも違うので、それはさすがに止める。

「あなたも参加者でしょうか?」

 スタッフが上条にエントリーに関して尋ねるのだが、彼女は単純に通りすがりであり、レースに参加する意思もない。結局は彼女も数分後にはアンテナショップを出て行った。

「珍しい客が来る事もあるな」

 イケメンと言うには微妙な身長170辺りのインナースーツを着た男性が、スマートフォンで何かの書類をまとめている。それを受付へ見せて確認しようと思ったが、最初に今回の一件に関する事情を聞く事にした。そして、説明を求められたのでスタッフも事の顛末を彼に説明する。

「なるほど。別のARゲームAで使用しているガジェットを、パルクールで使用できないか尋ねたのか。確かに、違法ガジェットではなく一般で流通しているガジェットだから、ARゲームをベースにしたパルクール・サバイバルトーナメントでも使えなくもないか」

 彼は同じ事を自分もやるかと尋ねられたら、それにはNOと答える―とスタッフに言う。自分はあくまでもパルクール・サバイバルトーナメントの参加者であり、他社製の他ゲーム用ガジェットを使ってでもクリアしようという考えはない。

一応、パルクール・サバイバルトーナメントのルールで勝ってこそ価値があるとだけ答えた。他にも色々と語りたいような気配だったが、正体バレが怖い為にその辺りは語らない。

「我々としても、不十分なデータだけでGOサインを出す訳には行きません。大事故になってからでは遅いのは、ロケテスト等の時に自覚しているはずですので」

 スタッフも他社のガジェットを持ち出してロケテに参加しようとしたプレイヤーが、権利はく奪された事件があった事を彼に話し、今回の事に関して理解を求めた。しかし、彼は楽観的すぎる。本当に信用出来るのか、スタッフは不安だった。

「残念だが、俺はあくまでもランカーとは敵対勢力。しかし、他のARゲーム勢が資金節約の為に何が起こるか分からないガジェットを持ち込むのは、関心はしないが」

 何か意味がありそうな一言を残し、彼はアンテナショップから姿を消した。後に男性スタッフが顔に見覚えがあったのでデータを確認した所、他のレースへ参加予定だったヒデヨシという人物である事が判明する。



 午後1時20分、南千住近辺でレースが行われようとしている。プレイヤー数は16人のフルゲート。しかし、見慣れないガジェットを装着しているメンバーが数人いた為、レース開始は遅れていたのだ。

「申し訳ありませんが、再確認をしますので―」

 メカニックスタッフが男性プレイヤーのガジェットを確認する。違法ガジェットであれば最初のチェックは通過できない。次に異常を示す表示をするとすれば、違法なチェック外しがされている事を証明する事になる。

【ガジェットに異常数値は検出されませんでした】

 スタッフのタブレットに表示されたのは、正常な数値である事を示すメッセージである。

結局、彼は特に違法なガジェットを持っていないという事でスタート前チェックは通過した。

それでも疑問を抱く人物はいるのだが、それでもチェックに異常が見られない以上は――問題なしと判断される。

「当たり前だ。ガジェットが異常を示すのは、超有名アイドルファンによる違法改造やチートプログラムが組み込まれている物に限定される。このガジェットには、そのようなプログラムは組み込まれていない」

 5番のナンバープレートを付けたガジェットを装備しているプレイヤー、彼はアンテナショップで上条と話をしていた人物でもあった。



 5分後、レースの方はスタートしたが――3名が違法ガジェット所持と言う事で失格となり、13人でのレースとなった。

当然だが、チェックを通過した5番のプレイヤーは失格対象ではない。

観客の中には、彼もチートプレイヤーなのでは――と疑う人物もいる中、疑惑のレースがスタートしたと言える。

「このハンドガンの威力、甘く見るなよ!」

 先頭を走るプレイヤーに対し、彼はハンドガンを向け、その銃口からは高出力のメガ粒子が放たれた。

メガ粒子を使う武器はパルクール・サバイバルトーナメントでは認められていないはずなのだが――。

「馬鹿な、メガ粒子だと!?」

「あれだけの武装、どう考えてもFPSゲームから持ち出されたガジェットじゃ―」

 先頭の2名はメガ粒子を回避できず、ガジェット損傷でリタイヤとなった。

この光景を見た観客も悲鳴を上げ、更にはレース中断の為のセーフティーカーを呼び出す手配もされていたのだが、決定的な証拠もないので呼び出せない状態である。

「パルクール・サバイバーでも過度でなければ、戦闘行為は認められる。つまり、その範囲内だ」

 その後、5番のプレイヤーがトップとなり、1キロと言う短距離レースは彼の独走が光るという結果になった。

「あのメガ粒子砲、反則じゃないのか?」

「選手を過剰に攻撃するような物でなければ、攻撃は認められている。ただし、オーバーキルは失格対象になるが……」

 観客の方も、今のメガ粒子砲に関しては反則の一種だと薄々感じている。

それを踏まえると、彼が独走する事に関しては納得できない人物もいた。観客の疑問は、ある意味でも現実となってしまったのである。



 午後1時30分、今回のレースに関して審議を行っている所だった。

原因はチートの使用ではなく、更に違う部分なのが周囲を驚かせる。おそらく、あのメガ粒子砲が審議対象であると観客は思っているだろう。

『1着になった5番のプレイヤーに対し、違法ガジェット使用の審議を行った結果、違法ガジェットは確認できませんでした。しかし、レギュレーションでは設定されていない未知のガジェットを使用したとして失格処分となりました』

 失格理由は違法ガジェットではなく、パルクール・サバイバーと互換性を持たないガジェット、つまり未知のガジェットの使用という説明である。

これには異論を持つプレイヤーが多かった。当然、5番のプレイヤーも抗議を行い、自分のガジェットが違法でないと主張した。

「超有名アイドルファン等が使う違法ガジェット、それが失格対象になるのは分かっている。だからこそ、このガジェットを使用した。それでは失格対象になるのか?」

 今回の抗議を簡略化すると、ランニングガジェットのレンタル料金等を節約する為に別のゲームで使用しているARガジェットを使用した……と言う事らしい。

料金節約部分を堂々と言う訳にはいかないので、一部はオブラートに包んでいるようだが――。

「しかし、運営の決定は覆らない。違法ガジェットではないが、公式で認められたもの以外を使う事の意味する物、それはチートと変わりない可能性がある」

 周囲が納得する理由を求める中、提督の一人がマイクを片手に一連のガジェットに関して説明を行う。

今回使用されたガジェット、それはARゲームでは『正規の物』であり、違法流通しているガジェット類とは全く違う。

この点に関してはチェックを逃れた理由の一つにもなっている。チェックのシステムがARゲーム全てで共通と言う事もあるのだが。

しかし、このガジェットにはランニングガジェット及び専用のガジェットと決定的に違う個所があった。

それはパルクール・サバイバーでは正式に認められていない物――と言う部分である。

つまり、公式発表で言う『未知のガジェット』とは、この事を意味していた。

発見が遅れたのは、このガジェットが武器としての機能を持っていなかった事も理由の一つだろう。

ガジェットにダメージを与えられるような物であれば、スタート前のチェックで異常を感知して報告が来る。

それもなかったという事で、運営がガジェットの照会をレース後に行い、その結果として失格に類する行為だったという判定になった。

違法ガジェットでのランキング荒らしに該当する行為ではなかった為、今回は失格処分のみでスコアは有効と言う結果になったのだが、それでも一部の選手が不服なのは変わりがない。

「メガ粒子の発射に関しては、別ガジェットと併用された物であり―今回のチェックとは別問題となりますが、これも放置する訳には行きません――」

 その後も提督の説明は続くと思われたが、他のレースもあるので簡単にまとめる事にした。

『今回使用されたガジェット、これにはチート能力が一切なかった事がチェックに引っ掛からなかった原因です。今後としては、違法ガジェット以外に関しての緩和も検討するような流れになるかもしれません』

 この発言に関してはネット上で早速拡散され、それに関して議論が白熱する。

チートでなければ他作品のガジェットの持ち込みも可能なのか、と。

ネット炎上までに至らなかったのは、自分達の無知を全国に晒して一部勢力が上げ足を取る事を防ぐ意味合いがあったのだろう。



 午後2時、北千住で行われていたフリーレースで衝撃的な展開が起きた。

何と、周囲がノーマークだったプレイヤーが1位となったからである。

【!?】

【ちょっと待て!? これはどういう事だ?】

「俺、ヒデヨシが勝つと思っていた」

「自分もヒデヨシではないが、中堅所のランカーが勝つと。これがジャイアントキリングか?」

「どう考えても、あのプレイスタイルはアクションやスタントをやっていたような動きだ。ヒデヨシでもプロには勝てなかった、と」

「プロフィールを見たのだが、あいつは本物から来ている」

【パルクール・サバイバーはプロ禁止ではなかったな。あくまで超有名アイドル禁止だ】

【AR対戦格闘では一部機種でプロ禁止とされているが――】

「本物って、パルクールか?」

【パルクールのプロが出たら、それこそ問題視される】

【協会としてはパルクール・サバイバーはパルクールではなく、フリーランニングと認識しているからな】

【それにしても、どうなったら――この結果になる?】

 周囲のギャラリーは本命と言われていたヒデヨシというプレイヤーが敗退した事に落胆、大番狂わせがあった事には唖然とするしかなかった。

これに関してはネットで中継動画を見ていた視聴者も同じであり、その衝撃が大きかった事を物語っている。

このレースを見ていた人物は、口を揃えてヒデヨシの敗北を『大番狂わせ』や『ジャイアントキリング』と言う。

しかし、本当にそれだけで片づけてよいのだろうか――視聴者の一部では、これが本当に大番狂わせなのかを疑問に思う人物もいる。

「ヒデヨシが敗れたか。しかし、それとは別に警戒するべき人物が出てきたのは収穫と言うべきか」

 先ほどまで別のレースに参戦していたノブナガ、生でレースを見る事は出来なかったがデータベース内の動画をセンターモニターで確認する。

同じモニターを見ていた人物からは『大番狂わせ』等というつぶやきも聞かれた。

「それにしても、あの女……レギュレーションギリギリの軽装備で、あの動きか。他のランカーやプレイヤーでは真似が出来ないだろうな」

 それ以上にノブナガが気にしていたのは、1位となった女性選手の装備だ。

周囲が重装備や通常装備に対し、彼女はインナースーツにボディ用アーマー、アームガードとガントレット型ガジェット。

アーマーの方はカスタマイズで極限まで軽量化、レギュレーションギリギリまで軽くする事に何の意味があるのか。

「申し訳ありません。不覚をとりました――」

 センターモニターを離れたノブナガの前に姿を見せたのは、先ほどのレースで2位となったヒデヨシ。

彼もランカーの腕としては上位クラスに位置しており、超有名アイドル勢やBL勢の様な違法パーツ使用疑惑のかけられているメンバーよりは――普通に強いだろう。

それなのに2位と言う順位に沈んだのは自分の責任――ヒデヨシは考えていた。

そして、それをノブナガへと報告する為に姿を見せたのだが、次にヒデヨシが謝罪をしようとした時には速足でレース場を後にする。

レース場の外、そこにはノブナガの姿があった。それを見つけたヒデヨシは、改めてノブナガへ結果報告をする。

しかし、表情が一変する事は一切なかったのが逆に不気味と言えるのかもしれない。

そして、ヒデヨシは例の選手に関して気付いた事を報告し始めた。

「1位となった選手ですが、違法パーツ類は一切確認されていない事がレース前のチェックで判明しています。それに、あの選手は別の競技で見覚えが……」

「別の競技、パルクールの事か?」

 ノブナガも、あの選手の動きに関してはある程度は気付いていた。

その動きは実際のパルクールでも目撃例のある物であり、上位ランカーでも即座に真似出来る物ではない、と。

「違います。あの人物、秋月彩は過去に陸上競技で優勝請負人と言われていたようで、周囲はそれをプロのパルクールプレイヤーと勘違いしている可能性が―」

「そこまでだ。この話は我々だけの話、他言無用だぞ。万が一、ネットにでも拡散されたら楽しみが減ってしまう」

 ヒデヨシの報告を聞いたノブナガは、何か思うような所があったらしく、途中で話を止めるように指示した。

これを下手に他のプレイヤーに聞かれてネット上にでも拡散されたら一大事である。

「奴の素性が明らかになるのは時間の問題だが、それを公表する場はここではない。違う舞台に上げて、そこで公表すれば他のランカーへのダメージも計り知れないだろう」

 ノブナガは、優勝した人物である秋月彩あきづき・さいを現状では泳がせる事にした。

別の舞台を利用し、そこで素性を公表すればランカーへの精神ダメージを見込めると考えたからだ。



 午後2時15分、該当レースの動画が配信され、これを見たユーザーもあまりの凄さに衝撃を隠せないでいた。

【まさに蜘蛛女――】

【あの装備で、ここまでの事が出来るなんて。リアルチートの類なのか?】

【パルクール・サバイバーで軽装備が認められていたのか?】

【重装備やロボットの類も認められている以上、こうしたガジェットも問題ないと思うが】

【軽装備はNGだった気配がする】

【装備の軽量化自体は禁止されてはいない。ただし、安全装置を含めた装備を意図的に外す等の極限軽量化は禁止されている】

【しかし、あのシステムがあってこそのパルクール・サバイバー。アレを外したら単なるパルクールだ】

【せっかくサバイバーとパルクールを差別化できる所まで到達したのを、今回のレースで振り出しに戻す気なのか?】

【フリーランニングとパルクールが同じ競技と言われているが、パルクールとパルクール・サバイバーは同じ競技なのか?】

 動画のコメントでも秋月の軽装備に関して疑問を持つコメントが多数を占めた。

重装備やパワードスーツ、ロボットに近い物は認められているのに、軽装備は不可能なのか――と。

「これは、一体どういう事なのか?」

 この動画をチェックしていたランスロットは疑問に思う。

自分が使用しているARゲームのガジェットを使っている訳ではないのだが、彼女の軽装備には色々と疑問が残る箇所が多い。

「何だ、これは――」

 あるテレビ番組のロケでお台場のテレビ局へ来ていたイリーガルは、一連の映像を見て衝撃を受けていた。

自分達が流通させているガジェットが役に立たない程のプレイヤーが出現した事、それが彼にとってもショックだったに違いない。

それに加えて、最近はランカーの出現が超有名アイドルファンの行動を大幅に制限させ、更には超有名アイドルグループに風評被害を与えている事もネックになっていた。



 午後2時20分、別のフリーレースで勝利した阿賀野菜月あがの・なつきは秋月のレースを見て疑問を抱いた。

「あの軽装備、下手をしたら大事故につながりかねないのに―」

 他のプレイヤーが『軽装備使用は動きを俊敏にする為のカスタマイズ』と考える中で、阿賀野は秋月に重大な事故が起きてからでは遅い――と言わんばかりに運営へ問い合わせを行う。

「すみません。運営の方で、一つ確認しておきたい事があるのですが」

『確認ですか、どのような部分でしょうか?』

「装備に関する部分ですが、安全装置を排除した装備の使用が禁止されているのはルールでも解除……されていませんよね?」

『安全装置を排除した違法改造、殺傷能力を追加した装備は禁止されています。それで、確認とは?』

「実は、あるプレイヤーの装備に関して確認して欲しい事があるのですが――」

『申し訳ありませんが、個人情報保護の観点から個人のプレイに関する箇所はお答えする事は出来ません……』

 しかし、運営へ問い合わせても個人情報保護の理由で個別案件には答えられないという回答だった。

仕方がないので、今回の一件をメールで報告する形をとる事にする。

「事故が起こってからでは遅い、何としても重大事故に発展する前に対策を打ってもらわないと」

 阿賀野はパルクール・サバイバーが危険な競技であるという認識を何としても取り除かなくてはいけない、そう考えていた。

スポーツ競技に怪我や事故は付いて回る問題であるのは百も承知。

その上で、パルクール・サバイバーはスポーツではなく新たなARゲームであると認識して欲しいと思っていた。

秋月の運動能力が非常に高いのは、動画を見れば火を見るよりも明らかである。

提示された資料では陸上経験ありと書かれており、インターハイを含めた競技でも見かける人物と言う事を運営は把握していた。

しかし、実際の能力は運営が想像していた以上の物で、ランニングガジェットも最小限と言う装備なのにガジェット使用時と変わりない能力を持っていたのだ。

これに対して『レギュレーションギリギリの装備で怪我でもされたら、面目丸つぶれだ』という意見もある。

ランニングガジェットの装備は強制の為、軽量化自体に違法行為はない――それでも、限度を超えた軽量は禁止されているが。

逆に言えば、違法ガジェットを使用しなければ問題ないという事である。

実際、軽装ガジェットでもサバイバー運営が認めた物であれば使用の問題はない。

これは、ランニングガジェットの導入を決めた時期がサバイバーの参加者増加のタイミングと重なったという可能性もある。

今回、秋月が披露したアクションは、3段ジャンプ、壁の駆け上り、低姿勢でのトンネル突破などのような中程度のアクションもある一方で――。

それ以上にホバリングや空中走りと言うようなランニングガジェットを使用しなければ不可能なものも『最低限の』装備だけで披露していた。

「あれだけの能力者、パルクール側は知っていたのか?」

 運営に電話をかけていたのは白い服を着た提督である。

白の提督は一般職員のクラスで、力関係としては一番低い。その提督が秋月に関して要望を出していたのだ。

『サバイバーの運営は関知していないでしょう。おそらく、今回の動画で初めて知ったのが多いかと』

 電話に出たのは小松提督だった。

本来は別のスタッフが電話に出たのだが、変わって欲しいと指名があった為に小松提督が受話器を受け取っている。

「陸上のアスリートや元野球選手、元水泳、元プロレスラーと言う経歴の人物は知っているが、それを超越した運動神経を持っている。ドーピングの疑惑があるのでは?」

『それは行きすぎでしょう。ドーピング疑惑があれば、レポートは必ずこちらに送られてきます。それに、警察だけではなくスポーツ団体等からのクレームも来る。ドーピングやドラッグという説が出る事自体が異常でしょう』

「しかし、軽量ガジェットであれだけの性能はあり得ない。それこそ、チートが疑われる」

『チートであれば、それこそ運営が黙ってはいない。超有名アイドルファンから買収されたスタッフがいれば話は別だが、そう言う話も本部には伝わっていない』

「レースを観戦したスタッフからの情報だと、彼女にパルクールの経験はないらしい。そして、その知識もネット上で知った物が大半だ。それで、あのアクションが出来るのか?」

『最近のケースでは、歌ってみたにおける歌い手が超有名アイドル以上の歌唱力を披露、音楽ゲームでも有名プレイヤーのプレイ動画を数本見ただけで譜面をインプットと言う超越した人物もいるでしょう。ネットの知識だけで超人プレイが出来る人物がいても矛盾はしない』

「それでも、あれだけの人物であれば超有名アイドル側が物理的に抹殺しようとするのでは?」

 2人の会話は続いていたが、白提督のとある一言を聞き、小松提督は何かを思い出していた。

そして、唐突に電話を切る。話の方は続いていたはずなのだが、激怒して電話を切った訳でもなく、周囲を見回した。

「秋月と言ったか、調べてみる必要性がありそうだ」

 そして、ネット上で秋月が過去に出場したトラックレースの動画を発見して、それを確認し始めた。

映像に関しては1年前の物であり、アップされたのもごく最近だ。どうやら、プロアスリートのスカウトマンが撮影した物らしい。

彼がどのような経緯で動画をアップした理由は不明だが、一部で需要があった事は容易に想像が出来る。

「400メートル走か。これ位であれば、ガジェットを使えば10秒は切れ―」

 動画を再生しているタイミングで再び電話がきた。今はそれ所ではないのだが、電話が鳴りやむ事はない。

仕方がないので電話主だけを確認してかけ直す方向にしようとしたが、その電話主を見て慌てて電話に出た。

「こちらパルクール・サバイバル――」

『阿賀野菜月だ。メールの方は届いているか?』

 電話の主は阿賀野菜月であり、メールと言われても当時の電話に出ていないので対応出来ないと答えた。

「メールと言うと……?」

『既に送信済みだ。名前も書いてある』

 そして、メールボックスを確認した小松提督は秋月の件と書かれたメールを発見し、阿賀野もこれだと答える。

「秋月――まさか!?」

 映像を再確認すると、既に動画の秋月はゴールをした後だった。そのタイムは30秒を切っている。

単純計算で100メートルを約8秒と言うあり得ないスピードと言える。

「メールが届いているのは確認したが、アレは普通に人間の運動能力か?」

『運動能力? 何のことだ』

「今、400メートル走の映像を確認した。400メートルを20秒台と言うのはありえないぞ」

『400メートルを20秒? それは単純計算でもあり得ないだろう。時計が故障しているのではないか』

「再確認をしたが、この当時のタイムは29秒台―ドーピング疑惑があった訳ではないアスリートで、ここまでの記録は出る物か?」

『別の部署にも、この事を伝えよう。下手をすれば超有名アイドルが全てを掌握する為のネタに使用されるだろう』

 そして、別の部署へと連絡を取る。それ以外にも、彼は別の人物にもメッセージを送っていた。

【超有名アイドルの動きが目立ち始めているように思える。もしかすると、日本の全人口超有名アイドルファン化でも考えている可能性があるような気配も―】

 このメッセージが示すもの、それは日本がこれから進むと思われる未来の一つとされている。



 小松提督が発見した映像、これは過去に秋月彩が400メートルのトラック競技で走った時の物である。

ランニングガジェットを使えば、フルパワーで200メートルを10秒台と言う事も可能と言う中、この動画は常識を打ち破るような展開を生み出す。

余談だが、ランニングガジェットには装着者に過度な負担がかからないようにセーフティー機能が搭載されている。

これに関して知っている人物はごく一部であり、アンテナショップの従業員を含め、運営の上層部も知らない事実だ。

従業員の場合、一部ではアクロバットプレイ防止の為という話も伝わっているようだが、これがどのように伝達されているのかは不明だ。

仮に事実を公表した場合、海外で軍事転用される可能性があったというのも理由のひとつだが、真相は色々な所で錯綜している為に不明というのが現状。

真相に関しては、ネット上でも調査中としていて全容解明に至っていないようだ。

「なるほど。あの彼女がパルクール・サバイバルトーナメントに参加していたのか――」

 小松提督が確認していたメール、それは阿賀野が送信した物で、そこには秋月が軽量ガジェットで異常なアクションを披露する姿がキャプションとして添付されていた。

ランニングガジェットが実装される前、パルクール・サバイバルトーナメントでも常識を超えるようなアクションを披露する集団がいた。

それこそ、BMX等に代表されるアクロバットをパルクールで披露するような事もある。



 しかし、実際にパルクールの団体も『危険が伴うような物はパルクールとは認めていない』と言う事で、一連のアクションをアクロバットと定義しているのだ。

パルクール・サバイバルトーナメントでは、この辺りの動きに関しては定義付けが難しいという事で後回しにしていた。

それの反動が、一連のアクロバットを展開する団体が蹂躙するような展開を生み出した。

大事故には発展しなかったが、一時期にはビルの壁にパルクールと思われる傷が付いていたという報告等も1日に100回位はあったと言う。

結果として、アクロバットを行う団体のリストアップを行い、警告と共に危険行為を行わないとする契約を数団体と結んだというネットの記事もあるが、これらはニュースで大きく報道されていない為に真相は闇の中だ。

 その後、運営が密かに開発していたランニングガジェットが時期を前倒しで実装される事になった――と言う風にネットでは書かれている。

実際に実装される事は確定していたのだが、前倒しと言うのは間違いとする声もあり、ここも不確定要素が多い。

どちらにしても、今となってはどちらの情報が正しいのかは明確ではなく、調べる手段さえ限定される程に情報がネットに流れていない。

中には当事者を直接割り出して取材を行う記者もいるが、サバイバー運営がそれをさせないように個人情報の流出に神経質だと言う事も、アルバイトの口からつぶやきサイトに流れたと言う。

しかし、こちらの発言はアイドルファンによる炎上狙いだった事が判明している。



 午後2時40分、別のレースを終えた秋月彩に対して、運営スタッフの男性が声をかけた。

「秋月選手、お手数ですがレース運営本部まで同行いただけますか?」

 この話を聞き、秋月は驚いたような表情をする。

違反ガジェットを使っていたのであれば警察沙汰になるのは本人も自覚しているのだが――何があったのだろうか。



 約2分後、運営本部の一室では連れてきた男性スタッフが部屋を出ていく。

どうやら、彼は案内するだけの役割らしい。他にも仕事がある為、あまり拘束しておくのも問題があるという判断だろうか。

運営本部の部屋は、パイプテーブルにパイプ椅子、運動会の設営と言えるような場所であり、どう考えてもハイテクが使われているパルクール・サバイバーのレースを監視できるような施設には見えない。

パイプテーブルにはノートパソコンが置かれており、そこから各種データを収集しているようだが、臨時に設営された物と言う印象が大きい。

パイプ椅子に座っているのは背広を着た男性1名、どう考えても提督のコスプレにも見えるような男性1名。

他に人影があるようには思えないが――。

窓には様子を見ようとしている野次馬もいるようだが、しばらくして去ってしまう事も気になる。

もしかすると、向こう側の様子を確認する事は物理的に不可能と言う可能性も否定できない。

実際、この窓は偽装窓であり、外からはPRポスターの画像が見えるという仕組みになっている。これも未知の技術による物だろうか?

「単刀直入に言おう。君の使用しているガジェットはレギュレーション違反と判定はしないが、生命の保証は出来かねる」

「言っている事の意味が理解できません。違法ガジェットが身体に負担を与えると言う事で禁止されている事は知っていますが、このガジェットには該当パーツは装着されていない。それで、違反だと言うのですか?」

 提督のコスプレをした人物が口を開く。

命の保証は出来ないという言葉に過剰反応した秋月も感情を表に出して反論をする。

「確かに、基本的なレギュレーションと言う観点から見ると違反には該当しない。レース前のガジェットチェックでも異常なしの判定は出ている」

 背広の男性が秋月のレース前チェックのデータを確認し、問題なしと宣言する。

ただし、あくまでも違反ガジェットを使っていない部分だけの話だ。

以前に許可を出した際は、ここまで仕様変更されているとは運営も気づかなかったという事もあるのだが……。

「しかし、この装備は極限にまで軽量化されている。規定重量ギリギリまで削られているのは……こちらでも放置は出来ない」

 提督は規定重量ギリギリまで削られた軽量アーマーの方を気にしていた。

規定オーバーの軽量化は一部で事例があるのだが、誤差数グラム規模での軽量化は前代未聞である。

本来であれば、あの重量になっている理由には非常用に使われる各種ギミックがあるからであり、これによって安全にプレイできる環境が生み出されていると言って過言ではない。

これに対し、秋月はパルクールにはパルクールのルールがあると反論しようとした。

しかし、そんな事をしても水掛け論になるのは目に見えている。

それに加えて、下手に刺激をすれば運営からブラックリストに入れられてしまう事も否定できないだろう。

「こちらでもアクロバットが影響し、初心者プレイヤーが危険プレイを展開するような事は認めたくありません。貴女のアクションは、チート勢とは違って規格外と言わざるを得ない」

 背広の男性は水掛け論も百も承知で秋月に忠告をする。

危険プレイを真似するプレイヤーが増えて、そこから事故が起こってしまったら、運営の責任問題は避けられない。

そして、パルクール・サバイバルトーナメントの終了を宣言する事も、可能性として否定できないからだ。



 数分後、この他にも様々な事を言われたような――と秋月は思う。

しかし、それほど重要な事かと言われると――疑問に思う個所はあるのかもしれない。

「今回は君が無免許ではないと言う事もあって不問にするが、次に同じ例があった場合は警告としてポイントの減点、出場停止処分も検討する事になるだろう」

 提督は秋月に対してパルクール・サバイバーの流儀に従うように命令するはずだったが、こちらも秋月と同様に水掛け論を配慮して言及を避けた。

「パルクールが度重なるアクロバットによって怪我人が続出した例、それと同じ事を起こさせない為のパワードアーマーである事を忘れないように」

 背広の人物も強く言及する事はなかった。逆に言及してもよかったのだが、委縮する事を避けたと思われる。

「我々からの話は以上。君の活躍を見てパルクール・サバイバーのファンになったという人間もいる。彼らを失望させないようにしてほしい」

 提督の話が終わると、秋月は部屋を出て行った。

その一方で、隣の部屋へつながるドアが開き、そこから姿を見せたのは阿賀野だった。

「これでよかったのでしょうか。我々としては違法ガジェット以外には関わりたくないのが現状。それ以上にリソースを割けない事情があるのは、あなたも知っているでしょう?」

 背広の人物は運営のスタッフであり、阿賀野の話に関しても半信半疑だった。

違法ガジェットはガーディアン等も捜索しているが、それ以外には関わりたくないのが運営の現状である。

それ以上に、超有名アイドルやBL勢力、その他のテロを起こすと思われる団体は多数存在するのは事実だ。

そちらは警察に一任したいのが彼らの言い分――と言えるが。

「あの軽装ガジェットは違法ではないにしても、事故を起こしてからでは遅い。それを超有名アイドル勢や炎上系まとめサイト、ましてや超有名アイドルの手駒同然となった国会にはスクープされたくない」

 言いたい事だけ言い残して阿賀野は姿を消す。

彼女自体は過去にガーディアンへスカウトされた事のある経緯はあるのだが、裏ニュースや週刊誌報道、更にはデマつぶやき等の事もあって不信感が払しょく出来ない事もあって断っている。

部屋を出て行った阿賀野を見送る事はせず、そのまま他のレース映像を2人は確認し始めた。

そこにはチート勢と思われる選手も混ざっており、彼らを根絶する事が正常な運営を可能にすると考えているようだ。

「阿賀野菜月、彼女を放置する事は危険と思います。彼女の考え方は、日本経済を超有名アイドルから二次元アイドルへ入れ替えるだけの理論に近い物がある」

 背広の人物が阿賀野を危険人物と考えるのだが、提督の方は逆に放置しても大きな障害にはならないと考えている。

それを証拠に、提督の手には阿賀野から提供された違法ガジェットの密輸ルートが記されたフラッシュメモリが手渡されていた。

「この情報に釣られた訳ではないが、あの人物を警察や他の勢力には手渡したくはない。彼女がガーディアンを疑問視しているのは、ちゃんとした理由があってのことだろう。単純にネットのデマ等を鵜呑みにしている訳ではない」

 提督が阿賀野を泳がせるのには違法ガジェットのデータを提供してくれるだけではなく、さまざまな欠陥や仕様変更を定期的に送ってくれる事にあった。

これによって、危険なアクロバットをするプレイヤーも減り、ルールを守ったプレイヤーが増えてくると言う状況が生まれている。

「ああいう人物に限って、自分の言い分が通らなかった場合に何を起こすか分からない。あなたは後悔するでしょう」

 そして、背広の人物は部屋を出る。

彼の言う後悔がどのようなものかは不明だが、提督には大体の事は理解している。

そして、彼はポケットからスマートフォンを取り出して何かのモードをオフにした。その直後に誰かへと電話をする。

「私だ。泳がせている例のバイヤーに関しての情報が入った。後ほど送る」

『分かったわ。正体に関してもおおよその見当が付いているけど―』

「検討が付いているのか。ならば、このデータで確信になるか確かめて欲しい」

 提督はフラッシュメモリのデータを電話で転送、そのデータは1分も立たないうちに全て転送された。

『100ギガのデータを一気に送られても、すぐにはデータを閲覧は出来ない……って、ちょっと待って?』

 一気に送られてきたデータを電話主はスマートフォンで慌てて解凍していくのだが、その中に見覚えのある人物の顔を見つけた。

「どうした? この莫大なデータは阿賀野から提供された物――」

 何かを伝えようとした提督だったが、電話は何かのノイズが入った後に切れてしまった。

電波妨害や圏外と言う訳ではないようだが、提督は心配をする。



 一方、竹ノ塚のパチンコ店にいたのは青髪のツインテールに若干貧乳、店内にいたら即座に目立つような女性だった。

彼女はデータが送られた後にいくつかの画像をチェックしていたのだが、その途中で提督との通話が切れてしまったのだ。

「このスマートフォンは特殊回線を使っているのに、こうもあっさりと電波障害を受けるの?」

 スマートフォンを振っても事態が変わる訳ではないが、一応振ってみる。すると、電波のアンテナが3本立った。しかし、提督との通話が回復する事はない。

「仕方がないわね。別のエリアにある施設へ移動する……」

 彼女が別の場所へ移動しようとした直前、何者かが接近しているような気配を感じた。

メット型のガジェットにも赤い点として敵を感知している。

しかし、接近してくるのは超有名アイドルやBL等の勢力とは全く違う人物に彼女は驚いた。

「その特殊回線、お前は運営サイドだな?」

 ガジェットに反応した人物、それは黒髪のロングヘア、カジュアル系の服装をした男性である。

腕にガジェットを付けている様子は全くなく、最初は誤作動と彼女は考えていた。

しかし、次に彼女がロングソード型のガジェットを展開しようとした時、彼女の反応速度よりも1秒以上の速さで別システムのソード型ガジェットを取り出した。

そして、それらが分離したと思ったらソードビットとして彼女の周囲を包囲する。

「仮に運営だとしても、レース外のガジェット使用、ARゲーム以外での戦闘行為は禁止されているはず。こんな事をすれば、ブラックリスト入りするのは分かっているでしょ?」

 彼女の警告に彼は耳を貸そうともしなかった。

パルクール・サバイバーではレース外のガジェット使用は禁止、ARゲーム以外における戦闘行為も禁止、更にはガジェットによる犯罪使用もご法度。

そうした厳しいルールが存在してこそのARガジェットと言うのがネットでは常識となっている。

当然、彼もルールは把握しており、ソードビットにはビームエッジが展開されていない。

「忘れたのか? ここはARサバイバルゲームのフィールドだ」

 彼女は彼に言われて、ようやく気付いた。

彼は周囲にいる敵に対して攻撃を行っていただけ。

本来であれば、彼女が回線を使う為に別ゲームのエリアに入った事の方が越権行為とネット上では炎上の的になってもおかしくない。

ARゲームに関して言えば、いくつかの作品で提携話は浮上しているが、サバイバルゲームやデュエル、ファイティング系と言ったジャンルではシステムの都合上で提携は実現していない。

「それは失礼しました。しかし、無予告の威嚇はどう考えても挑発行為であり、褒められるものではありません。それは他のARゲームでも一緒。違いますか?」

 彼女の言う事も一理ある。

そして、彼はお詫びの言葉を言おうと考えたが、即座に言葉を思い浮かばなかったので、彼女へデータを転送する。

その後、彼は別の相手を探して何処かへと消える。

「なるほど。彼があの人物だったのか」

 送られてきたデータはデジタル名刺と呼ばれるもので、そこにはランスロットと言う名前と複数のARゲームにおけるフレンドID番号が書かれていた。



 午後3時、西新井近辺のショッピングモール。ギャラリーも目立ち始めているが、ショッピングに訪れる客も若干混ざっているような光景だ。

そこには店長のお勧めカスタマイズのランニングガジェットを装着した蒼空かなでの姿があった。

蒼空のガジェットは、以前の阿賀野菜月向けに作られたピーキーカスタマイズとは違い、万人向けのオールラウンダー向けに加えて自身による調整がされている。

脚部装甲、バーニアユニット、オールレンジメット、ガントレット型ガジェットは店長が選び、蒼空が自分向けにカラーカスタマイズを施した結果、スカイカラーをベースとしたガジェットに生まれ変わっていた。

「カスタマイズ初心者の割には、ノウハウが生かされている。もしかして、別のARゲームに参加していたのか?」

 店長の疑問も一理あるが、蒼空は若干ぼやかすように単語を選んで話す。

全ては別のARゲームに飽きてしまった事が理由だった。

「あの当時はARゲームも純粋にゲームがメインで、ガジェットにスポンサーロゴが付くようなタイプが実装、賞金ありトーナメントの開催がなかった時代だ―」

 今から3年前、ARゲームが浸透していなかった頃にリアルチックなガンシューティングゲームをプレイしていた。

このゲームは、今の様なARガジェットは使用されておらず、純粋に進化しただけのゲーム筺体である。

しかし、あの時に初心者狩りを繰り返し、賞金を荒稼ぎしていた勢力と遭遇したのが運の尽きだった。

 この人物は後にネットで調べた結果、超有名アイドルのCDを複数枚以上購入してCDチャートを水増ししている勢力の筆頭だった事が判明した。

それ以上に信じられなかったのは、彼らが公式ファンクラブのメンバーであり、事件の真相等を全てもみ消した事にある。

つまり、ネット上で言われる【超有名アイドル勢力は絶対正義】という事を痛感した瞬間である。

超有名アイドルが絶対正義と言うのは架空の出来事であり、小説サイトであるようなアカシックレコードを題材にした作品の中だけだと思っていた。

それが、本当に存在していた事には未だに驚きを隠せない。この時は第4の壁と言う単語もネタとして認識されている程度で、大きな話題にはなっていない時代である。

「あれがきっかけで、自分はARゲームから手を引いた。あくまでもチートが広まっている作品だけで、音楽ゲーム等はプレイを続けている」

 それでも、彼らのやっている事は超有名アイドルの名を騙っているだけの犯罪行為と認識している。

だからこそ、彼らには相応の罰を与えなくてはいけない。このARゲームで――。

蒼空の話を聞いていた店長は若干呆れている。何に対して呆れているのかは大体の予想が付く。

そう言った人物を何人も見てきたかのような表情で、蒼空に対して反論を始めようとしていた。

「それでは、超有名アイドル勢力とやっている事は一緒よ。パルクール・サバイバーは超有名アイドルの宣伝塔でもなければ、超有名アイドルファンに復讐する為のステージでもない!」

 その声は他のギャラリーも振り向く位に声が大きい。

それ程に店長は悲しいという思いが強いのかもしれないだろう。

「ランニングガジェットをどう使おうが運営は特に文句を言う事はない。ただし、たった一つだけ禁止されている行為が存在する……それは、ランニングガジェットを戦争の道具にする事よ」

 店長は超有名アイドルへの復讐も戦争と大きく変わらないと断言した。

これに対して蒼空は反論できない。講習でも、この辺りの運用方法に関しては何度も念を押されていたからである。

「ガジェットの力、それは地球消滅の可能性を持った想像を絶するテクノロジーの塊と言っても過言ではない。だからこそ、パルクール・サバイバルトーナメントで使用するランニングガジェットには免許制を導入した……」

「お前もドローンに関連した事件は知っているだろう。ARガジェットで一部ガジェットに免許制度を導入した理由は、そこにあると言ってもいい。つまり、そう言う事だ」

 店長の話は続く。彼女は同じような目的を持った人物がどのような末路をたどったのか、それを知っている。

野望を持った何人かはチート勢や超有名アイドル勢に雇われた選手もいれば、ランニングガジェットの力を利用して世界征服を考えようと言う人物もいた。

「特定のジャンルに対し、個人的な復讐心でランニングガジェットを使えば、その反動は必ず自分に跳ね返ってくる。それがどのような形で跳ね返るのかは分からないけど」

 ここで店長は話を終え、蒼空のランニングガジェットも起動準備に入っていた。

他の選手もガジェットの準備が整い、蒼空はスタートラインへと立つ。

「フルゲート16人に加えて、特別枠込みの20人か。スタートの地点で何か起こらなければいいが――」

 スタッフの一人がアクシデントの発生を懸念していた所、まさかのレッドフラッグ表示でレースの開始が一時ストップする。

それだけではなく、ガジェットの方にも何かのノイズと思われる異変が起こる。


 ノイズが確認された直後、フラッグ表示がレッドに変化し、レースの中断をスタッフが急いで指示しているように見える。一体、何があったのか?

『ただいま、レッドフラッグが表示された関係でレースを一時停止しております。表示が変更されるまで、選手の方はその場を離れないようにお願いいたします』

 その場を離れるなと言うアナウンスが流れているのだが、動けない以上は離れる事も不可能である。

しかも、このノイズは何者かによって準備されていた物と言うのが有力だ。

アナウンス後、会場もざわつき始める。しかし、選手の方はいたって冷静だ。

慌てた所で状況が変わる訳でもなく、それに加えて不審な動きをすればガーディアンに狙われるのは決定的だろう。

「超有名アイドルファンや他ジャンルのブラックファン、炎上勢力がいる限り……こうした流れが繰り返されるのか」

 別の場所で中継動画を見ていたのは、花江提督だった。

彼は今回に限って言えばランニングガジェットは使用していない。別の用事でアンテナショップへ足を運んでいたからだ。

「アカシックレコードのスケジュール……そんな事を言っている人物はいたようだが」

 アンテナショップの男性スタッフが花江提督に話しかける。

彼もアカシックレコードに関してはネット上での話しか知らないのだが……。



 午後3時15分、5分前にはスタンバイ完了してレースが始まる予定が、レッドフラッグの関係で中断、それに加えて運営が何かを再確認しているようにも思える。

『4番、9番、11番の選手に関して違法ガジェットの使用疑いがありチェックをいたしましたが、該当するガジェットが見当たらなかった為、間もなくカウントを開始します―』

 アナウンスではカウントを開始するとの事だったが、レースを開始して異変があった場合はセーフティーカーを出す可能性があると言うアナウンスも同時に流れる。これは、レース中に違法ガジェットが検出された場合、レースを没収する可能性がある事も意味していた。

「こちらには特に関係ない。全力を出すまでだ」

 北欧神話を思わせる2番のプレイヤーは自信ありげだ。彼は上位ランカーではないが、最近のレースではうなぎ昇りで順位を上げている。

「さて、レースの方も間もなくか」

 一方でF1をモチーフとして連想するようなランニングガジェットで参戦しているのは、5番の選手である。彼もランカー勢力ではないのだが、モータースポーツでは名の知れている選手だ。

【レーススタート】

 正常にレースが開始した事を示すメッセージが各選手のバイザーに表示され、20人の選手が一斉にスタート……したかに思われたが、1台だけマシントラブルでスタートできずにいた。

「先ほどはシステムも正常に動いていたのに―」

 停止していたのは16番の選手で、超有名アイドルのファンクラブ宣伝と判断されるようなステッカーが貼られているのも特徴だ。これを見たスタッフが運営に報告、出走を遅らせて調査していたと思われる。

「申し訳ありませんが、あなたはレースに出場する資格はない。ガジェットは正常でも、認証に使用しているライセンスは偽物。それではコースを走らせる訳にはいかないからな」

 選手の目の前に現れた人物、それは提督だったのである。白のカラーリングと言う提督は他にも多数存在し、ポジションとしてはレース運営等の担当のようだ。

「お前、本物の提督ではないな――」

 選手の方も目の前の提督が偽者である事に気付く。では、この提督の正体とは何者なのか?

「こういう事だ!」

 彼が提督の変装を自分から外し、その姿を周囲にさらす。その正体とは、ソード型ガジェットを装備したランスロットだったのだ。そして、彼は即座に選手を拘束して駆けつけてきたガーディアンへ引き渡す。

「貴様は……?」

 選手の方は彼の顔に見覚えがあり、その時は違う組織にいたはずである。それが何故にガーディアン所属になったのか。それを尋ねようとしたタイミングにはランスロットの姿はなく、選手の方も護送車へ乗せられて、何処かへと連れて行かれた。



 午後3時17分、ビルの近くで先頭集団を確認したのは超有名アイドル勢のガジェット使い。彼らは他の勢力を攻撃してレースを潰そうと考えていたのだが、予定の時間になっても合図を送る予定の選手が来ない事につぶやきサイトで状況を確認する。

【作戦は失敗した。ガーディアンに全て見破られている】

【他の場所でも次々とファンが逮捕されている。彼らは、我々の事をブラックファンとして区別して、魔女狩りの如く取り締まりを強化しているようだ】

【作戦を継続すれば、組織の上層部に関しても正体を見破られる恐れがある。現状の作戦は全て中止し、撤退せよ】

 この他にも状況を示すメッセージが投稿されており、現状の作戦を全て破棄して撤退をするように指示が出ている。下手をすれば出資している勢力を含めて顔が割れてしまう恐れもあるらしい。

「この作戦が見破れていたのか?」

「仕方がない、あれだけでも実行するぞ!」

「それは一歩間違えると、ガーディアンに情報を与える事になる。ここで行うのは得策ではない」

「それでも! 超有名アイドルの栄光を踏みにじるような他コンテンツ勢力に対し、自分達が行っている事が愚かであると証明させなければいけない!」

「駄目だ、奴は完全に本来の目的を無視している。他のメンバーは即時撤退準備、残りたいと考える者だけ残れ!」

 周囲が慌てる中、一部メンバーは撤退を始める。そして、気が付くとわずか数名が残るという結果となった。

この間、わずか3分程の出来事――本当にあっという間の事だったという。



 午後3時18分、最後尾のグループが出現したと同時にシステムを起動、周囲に謎の電磁波を拡散したのである。この電磁波はARガジェットにのみ反応し、電磁波を浴びたガジェットは機能を停止するという物だ。

「これで我々の勝利だ。超有名アイドル以外のコンテンツは地球上から―」

 その後、この人物はビルで何者かによって狙撃され、ガーディアンが発見した時には既にシステム等のプログラムは狙撃した人物が破壊したという見解を発表する。

レース中に拡散された電磁波は蒼空のガジェットにも悪影響を及ぼすかと思われていた。しかし、悪影響どころか普通に走る事が出来る事に彼は驚いていた。

「信じられない。あの環境下で動けるガジェットが存在するなんて―」

 機能を停止していた22番の補欠メンバーは、残念ながらガジェットの機能停止でリタイヤとなった。その後も、蒼空と最下位争いをしていたメンバーは次々とリタイヤし、気が付くと残りメンバーは20人となっていた。合計で4人がリタイヤという展開である。

レースの模様はセンターモニターやインターネットの生放送専門サイトでも中継され、日本全国だけではなく世界中からでも視聴が可能である。

レース途中でのリタイヤが出るのはパルクール・サバイバーでは日常茶飯事。しかし、これが意図的なもの、投資競馬に代表されるような物、闇ギャンブル等に利用されていると判断されれば、レースその物が没収試合になる可能性もある。

超有名アイドル勢によるランキング荒らしが表面化する前は、こういった闇ギャンブル関係での八百長試合の方が警戒されていた。実際は、報道されていないだけでも2件が確認された。

これらの事件が報道されていない背景に、大手有名アイドル事務所が関与している疑惑があるのだが、これらの情報は誤報の可能性が高くて報道できない事情がある。

下手に報道をしてマスコミの信用を損なう事だけは避けたいと考えているらしいが、反対に『超有名アイドル事務所に買収されている』という事がネット上で広まっている関係もあって、板挟みになっている事情もあった。

「いつの頃からギャンブル関係以外が目立ち始めたのか。闇ギャンブルはパルクールに限った話ではないのだが……」

 別の場所から中継動画を見ていた花江提督は、ふと何かを考えていた。

「結局、有名アイドル事務所1社が日本を全て掌握しているという勘違いがネットを通じて広まっているのが原因……?」

 花江提督の言う誰かとは、特定人物ではなくネット上における噂。

しかし、マスコミ各社にとってはタブーとされており、この話題を切り出すことすら出来ないのが現状である。

これで報道の自由と言えるのか、疑問の残る個所は多い。



 午後3時18分、何処かから発信された電波によって複数の選手がクラッシュ事故を起こすという事態となった。コース上にはセーフティーカーは出ておらず、臨時の作業員が負傷した選手の搬送等を行っている状態である。

拡散された電波の影響でマシンに不調をきたすガジェットがある中、蒼空のガジェットは少しレスポンスが遅いという個所以外の不調はなかった。これがカスタマイズの効果なのかは不明だが。

「信じられない。あの環境下で動けるガジェットが存在するなんて―」

 機能を停止していた22番の補欠メンバーは、残念ながらガジェットの機能停止でリタイヤ。

蒼空と最下位争いをしていたメンバーはガジェットの不調、負傷等でリタイヤする。

気が付くと、残りメンバーは20人、蒼空は19位争いのグループへ合流する事になった。



 午後3時23分、ゴール地点となっている西新井のショッピングモール前、レスポンスの遅いガジェットで先頭へ追い付こうと考えたのだが、それを実行に移すのは至難の技だった。

結局は20位で完走と言う結果となる。しかし、スコア的には失格組よりは上だが、レースの順位としては最下位の位置に。これに関して蒼空は悔しい表情を浮かべる。

「これが、パルクール・サバイバーなのか――」

 自分にも油断があった。どのような部分で油断をしていたのかは、これから考えるべき話だが苦しいスタートであるのは間違いない。

しかし、これでもマシな方と慰めるのは先ほどの店員だった。最初のレースで1位デビュー出来る人物がいたら、それこそリアルチートの領域だとも考えている。

「他のARゲームとパルクール・サバイバルトーナメントには決定的な違いが存在する。それは、ランニングガジェットの性能だ。あれは人類が扱うには……と言うのも野暮な話だな」

 店長の言う『人類が扱うには無理がある』と言う部分は膨張発言ではなく、真実だ。そうでなければ他のガジェットでは行わないようなライセンス制度、厳重なルール、一部のコース限定である事も納得できる。

コースに関しては工事中のエリアも存在し、5月には埼玉県一部や神奈川県、千葉県にまで広まり、6月には関東地方全域まで対応予定だ。それほどまでコースを拡張したとしても、ライセンスを発行できる場所が限られる為に人が集まるかは不明な部分が多い。

一部の市町村では地方活性化に利用しようと申請している場所もあるらしい。それ程、ARガジェットの可能性は非常に高いと言うべきか。

「そのガジェットを上手く扱えるかどうか、それがランカーとの差を縮める為の手段となる」

 その後、店長は店の方も気になる為に離脱をする。蒼空の方は、ガジェット着脱スペースでガジェットをパージ、外したガジェットは返却コーナーへと戻した。

「代金は不要です。初回プレイに関しては無料になります」

 返却スタッフに言われたので、特に財布を出すような事はせず、足早に返却コーナーを後にする。講習の方で聞いてはいたが、本当に無料とは驚きである。

「2000円になります。次のレースへエントリーするのでしたら、延長料金も必要になりますが――」

 その後もスタッフは対応に追われ、こちらの質問に応えてくれるような気配ではなかった。

本来であれば、あの場で質問をしたかったのだが…。



 午後3時25分、別のレース結果で再び観客が沸き上がっているのを蒼空は目撃する。

その選手とは、自分には若干聞き覚えのある名前。それも、別のARゲームにおけるHNと全く同じ物を――。

「ナイトメア……これは、どういう事だ?」

 ナイトメア、かつて別のARゲームで凍結処分を受けたチート勢が使用していたHNである。

現在、このネームを使用しているプレイヤーはチート勢ではないのだが、彼らの環境荒らしによってARゲームが黒歴史になるという展開となった。

『この放送を聞いているランカー勢に警告する! 我々チート勢は――』

 突如、ナイトメアは勝利者インタビューではなく、何かの宣言を始めた。

その宣言の内容は音声が入っていないらしく、周囲にいる観客からはブーイングの様な声も聞こえた。

「そう言う事か。これが、パルクール・サバイバー運営のやる事なのか」

 ナイトメアの口元はフルバイザーの為に見えないのだが、彼の発言を意図的にカットしているのは運営であるのは間違いない。

これは明らかにフェアではない事を意味するが――。

 その後、ネット上にはナイトメアの発言まとめがアップされた。

音声入りは運営に削除される可能性を考え、つぶやきまとめと言う形になっている。

その内容は一般人が見れば意味不明、超有名アイドルファンから見れば『超有名アイドル商法を馬鹿にしている』と言う物、反超有名アイドル勢力は『同調できるような発言ではない』と言う事で、チート勢力は完全に孤立している。

『確かに超有名アイドル商法が悪だと言われる風潮が存在するのは事実であり、それを排除しようという動きがあるのも事実だろう』

『しかし、我々は超有名アイドルを愛しているのであれば、商法が悪であろうと続けるべきと考えている。これらは全て合法として認められている以上、特に問題はない。FX投資と同じと考えている勢力は、自分達の応援しているコンテンツが売れていないが故の――』

『我々はナイトメアの名のもとに宣言する! 過剰な規制で自由を奪っているパルクール・サバイバーの運営に対して宣戦布告をすると!』

 ネットで音源が残っている物は、この3つだけで残りは全て運営削除済み、あるいは投稿者とは別の勢力が削除を要請した物と思われる。

しかし、この音源だけでは色々な個所で矛盾が残る。意図的に矛盾を生み出そうとしているのか、それとも――?

「運営は彼の発言をシャットアウトして、何を行おうとしているのか」

 蒼空の疑問は正論なのだが、これに回答を出せるような人物は存在しないのが事実である。

しかし、それらの発言には裏がある事を理解している人物は何人か存在していた。

「発言をシャットアウトしたとしても、いずれは別の場所で発覚すれば、被害は拡大するのは避けられない」

 都内某所、スマートフォン端末でナイトメアのインタビューを見ていた阿賀野は、今回の運営が取った行動を非難していた。

結局、彼らのやった事は超有名アイドルを抱える芸能事務所等と変わらない。まるで秘密主義を作っているかのような流れでもある。

「世界線は……超有名アイドルに何をさせようとしているのか?」

 阿賀野が見ている物、それはパルクール・サバイバーの先にある世界、あるいは未来その物である可能性も否定できない。

それを踏まえたうえで、阿賀野はナイトメアの発言を意図的に隠すような事はフェアではないと思ったのだろうか。

しかし、この発言を削除したのは運営ではない事が思わぬ箇所で判明する事になる。

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