ヘンゼルとグレーテル
むかしむかし、ある森のはずれに、貧乏な木こりが継母や二人の子どもたちと暮らしていました。
子どもの一人は男の子で名前をヘンゼルといい、もう一人は女の子でグレーテルといいます。
ある年の事、夏だというのにひどい寒さがやってきて、畑の作物がすっかりかれてしまいました。
ただでさえ貧乏な木こりは、その日に食べるパンもろくにありません。
お腹が空きすぎて眠れずにいると、お母さんが小声で話しかけてきました。
「ねえ、あんた。このままでは親子四人、とも倒れですよ」
「そうだろうなあ。・・・でも、しかたがない」
「ねえ、ここは思いきって、子どもを山に連れて行ってはどう? 子どもたちの運命は、天の神さまにまかせてさ」
「なんだって!」
「しっー。子どもたちが起きるよ」
お母さんはとなりのへやで寝ている子どもたちを気にしながら、耳元でささやくように言いました。
「だってさ、このままこうしていても、どうせみんなうえ死にするに決まっているでしょう。
だから二人の子どもを遠い森に連れ出して、置いてきぼりにするんだよ。運がよければ、わたしたちも子どもたちも助かるでしょう」
「それは、そうかもしれないが。しかし」
「あたしはいやだよ、このまま死ぬのを待つなんて」
「…………」
かなしいお話しですが、この時代にはよくこんな事がありました。
さて、この二人の話を、となりのへやの子どもたちがすっかり聞いていました。
とっくに寝ている時間ですが、なにしろお腹がペコペコだったので寝るに寝られなかったのです。
妹のグレーテルが、かなしくてシクシクと泣き出しました。
「あたしたち、すてられてしまうんだわ。今夜きりで、家なしっ子になってしまうんだわ」
「グレーテル、泣かなくてもいいよ。ぼくがついているからね」
兄のヘンゼルはグレーテルをなぐさめると、元気づけるように言いました。
「ぼくはね、たとえすてられても家に帰ってこれる、良い方法を考えたんだ」
ヘンゼルはそう言うと、まどから外へ抜け出して、道に落ちている白い小石を集めました。
次の朝、まだ夜が明けきらないうちに、お母さんが子どもたちを起こしました。
「今日は、森へ行きますよ。」
四人はそろって、森へ出かけました。
そのとちゅう、ヘンゼルは時々立ち止まって、自分の家を振り返りました。
そしていま来た道をたしかめると、目印に昨日ひろった白い小石を一つずつ、こっそり落としていったのです。
あまりたびたび立ち止まるので、お父さんが不思議に思ってたずねました。
「どうして、そんなに立ち止まるんだい?」
「うん、うちの家の屋根に白いネコが上がって、ぼくにさようならしてるんだもの」
するとお母さんが、横から口を出しました。
「バカだね。あれは屋根にお日さまがあたって、チカチカ光ってるんだよ」
そのうちに、四人は目的の場所へやってきました。
ここは、深い深い森の中です。
「さあお前たち、小えだをたくさん集めておいで」
子どもたちが小えだを集めると、お父さんが火を付けて言いました。
「寒くないように、たき火にあたって待っていなさい。お父さんとお母さんは、この近くで木を切っているからね。仕事がすんだら、よんであげるよ」
二人の子どもがたき火にあたっていると、やがて少しはなれた所から、コツン、コツンと、木を切る音がしてきました。
二人にはその音が、
♪お父さんは、ここだよ
♪お母さんも、ここにいるよ
と、歌っているように聞こえたので、少し安心しました。
二人はお昼になって、お弁当を食べました。
パンにハムにチーズ。いつもは食べられないご馳走ばかりです。あっという間になくなりました。
コツン、コツンと木を切る音は、お昼も休まずに続いていました。
たいくつした子どもたちは横になると、いつの間にかぐっすり寝込んでしまいました。
そのうちに火が消えて寒さにふるえながら目を覚ますと、あたりはすっかり暗くなっています。
ですが木を切る音は、まだ続いています。
さびしくなった二人は、音をたよりに行ってみました。
するとそれは木を切る音ではなくて、えだにぶらさげた丸太が風にゆられてぶつかる音だったのです。
「お父さーん」
「お母さーん」
二人はよんでみましたが、なんの返事もありません。
グレーテルは、声をあげて泣き出しました。
「あーん、あたしたち、とうとうすてられたんだわ」
ヘンゼルは、妹をなぐさめて言いました。
「泣かなくても大丈夫だよ。ちゃんと帰れるから。お月さまが出るまで、待っておいで」
やがて月が出ると、足元が明るくなりました。
すると、どうでしょう。
ヘンゼルが落としてきた白い小石が、月の光にキラキラとかがやきはじめたのです。
二人はそれをたどりながら道を歩き、朝になる頃には家へ帰りました。
お父さんもお母さんも、二人が帰ってきたのでビックリです。
「お前たち、帰ってきたんだね!」
「大丈夫だったか!」
お父さんとお母さんは、二人の子どもを抱きしめました。
二人とも森の中においてきた子どもが心配だったのです。
でも、食べ物がない事には変わりありません。
お父さんとお母さんは自分たちの食べ物も子どもたちにやりましたが、もうげんかいです。
数日後、お父さんとお母さんは、また子どもたちを別の森に連れて行きました。
それがあまり急だったので、ヘンゼルは白い小石をひろうひまがありませんでした。
(どうしよう。何か目印になる白い物を落とさないと)
そこでヘンゼルはおべんとうのパンを細かくちぎって、それを目印に道のところどころへ落としておきました。
ところがこれは、失敗でした。
おいてきぼりにされた二人が帰ろうとすると、目印のパンがなくなっているのです。
月は前の時よりも明るくてらしているのに、パンはひとかけらも見あたりません。
「どうして?」
それもそのはずで、昼のうちに森の小鳥たちがパンを食べてしまったのです。
二人の子どもは、ついにまい子になってしまいました。
おいしいお弁当もすぐになくなってしまい、お腹はぺこぺこです。
「どこへ行けばいいんだろう?」
二人はあっちの道、こっちの道と、ひと晩中歩きまわりました。
次の日も歩き続けましたが、二人は森から出られるどころか、どんどん奥へとまよい込んでしまったのです。
「どうしよう、森から出られないよ」
その時、どこからかきれいな白い小鳥が飛んできて、二人の前をピヨピヨ鳴きながら、おいでおいでと尾っぽをふりました。
二人が近づくと、小鳥は少し先へ行って、またおいでおいでをします。
「もしかして、ぼくたちをよんでいるのかな?」
小鳥にみちびかれてしばらく行くと、そこには小さな家がありました。
小鳥はその小さな家の屋根にとまっていましたが、二人が近づくと姿を消してしまいました。
「あれ、小鳥が消えちゃった。それにしても、この家はいいにおいがするな」
「ヘンゼル! みてみて! この家、おかしで出来ているよ!」
「えっ?ほんとうだ!」
おどろいた事にその小さな家は、全部がおかしで出来たおかしの家だったのです。
屋根のかわらが板チョコで、まわりのかべがカステラで、まどのガラスが氷ざとうで、入り口の戸はクッキーと、どこもかしこもおかしでした。
二人のお腹はペコペコだったので、ヘンゼルはまどガラスをはずしてガリガリと、グレーテルは屋根のかわらをはぎとってムシャムシャと食べました。
やがてお腹がいっぱいになった二人はねむってしまいました。
「お父さん、お母さん」
グレーテルがねごとをいうのをききながら、ヘンゼルは考えていました。
あのいじわるなお母さんがあんな事を言わなければぼくたちは仲良く暮らせていたかもしれない。
翌朝二人が目を覚ますと、不思議なことに、テーブルの上にパンと温かいスープが置かれていました。二人は争うように朝食を食べました。
「お兄ちゃん、ふしぎだね。誰かいるのかな?」
「グレーテル、この家は神さまがぼくたちにくれた魔法の家なんだよ」
朝も夜もいつの間にか料理が用意されています。二人は朝から晩まで遊んで暮らせます。ここではもう飢えることはないのです。
二人は本当に幸せでした。
数日がたったころ、森を散歩していたグレーテルはお母さんに出会いました。
「お母さん」
と叫ぶグレーテルに答えます。
「お、おやグレーテル、無事だったのかい。良かった」
「お母さん、私たちね、魔法の家を見つけたんだよ。お母さんもおいでよ」
グレーテルはとまどうお母さんの手を引き、魔法の家へと誘います。
その様子をヘンゼルは苦々しい思いで見ていました。
グレーテルも余計なことをして。あの女はこの家を乗っ取ってしまうに違いない。ぼくたちの家を守らないと。
そう思い歓迎するふりをして、ソファーに座らせました。お母さんは疲れていたのか、すぐにコックリコックリと居眠りをはじめました。
その隙に、ヘンゼルはグレーテルを呼び、小さな倉庫に閉じ込めました。
「お兄ちゃん。何をするの?開けてよ!」
グレーテルの叫びには耳を貸さず、ヘンゼルはソファーで目をさましたお母さんににっこりと笑顔を向けて言いました。
「いらっしゃい。お母さん。ぼくたちの家へようこそ。今日はぼくがご馳走を作ってあげるね」
そう言って、かまどに火をつけ、料理を始めました。
「お母さん、かまどの火を見てくれる?」
「ああ、いいよ。ここをこうすれば開くのかい?おや、良く燃えているねぇ」
そう言いながらかまどを開けたお母さんの背中を思いっきり突き飛ばしました。その時、お母さんのポケットから何かがポトリと落ちました。
「うぎゃぁぁぁーー!」
かまどに転げおちたお母さんは、カミナリが落ちてきたかと思うほどのさけび声をあげると、そのまま焼け死んでしまいました。
ヘンゼルはその姿を見て満足そうに笑いました。そして、何度もかまどを開け、魔女が本当に死んでいるのか確かめると、グレーテルを閉じ込めた倉庫にかけ寄りました。
「グレーテル! 魔女はやっつけたよ!ぼくたちは助かったんだよ!」
「ほんとう!お母さんが魔女だったなんて!でもこれで幸せに暮らせるわね!」
二人は泣いて喜びました。
そして、今、ヘンゼルはおりの中に一人閉じ込められています。
グレーテルはどこにいるのかも分かりません。二人は別々の場所へと売られてしまったのです。
ヘンゼルは足にくさりをつながれて、くる日もくる日も穴を掘ります。夜は暗く寒いおりの中に閉じ込められ、少しの水とパンだけしか与えられません。
魔女を倒したあと、まるで魔法が解けたかのように、あの家は力を失いました。どれだけ待っていても泣いても叫んでも料理は出てきません。
お腹を空かせた二人は父が待つ家へと帰りました。そして三人で貧しいけれど仲良く暮らしている。
……はずでした。
「ほらよ!今日はご馳走だぜ」
食べかけのリンゴがおりの中に投げ入れられました。
そのリンゴが、またあの時の記憶を蘇らせます。
継母をかまどに突き飛ばしました時、彼女のポケットから落ちたのは確かに美味しそうなリンゴでした。
しかし、愚かなヘンゼルはその存在を否定しました。これはきっと魔女が持ってきた毒リンゴなんだと思い込み、かまどの中に投げ入れてしまったのです。
本当はその時に気づくべきだったのです。お母さんはぼくたちを売り飛ばそうとしたお父さんから守るためにあんな事を言い出したこと。そのあともずっとぼくたちを見守ってくれていたこと。しかし、ヘンゼルの心が認めるのを拒否しました。彼の心を守るための自衛本能が働いたのかもしれません。
ヘンゼルは泣きながら投げ入れられたリンゴにかぶりつきました。そのとたん、苦い味と、気味の悪い感触が口の中に広がります。
見てみると、リンゴの中は虫に食い尽くされていました。中の虫はまだうにうにと動いています。しかし、ヘンゼルは構うことなく食べ続けました。
「うげぇー!食ってるよ、あいつ」
「狂ってんじゃねえの。気色悪」
笑いながら彼を嘲るおりの外の男たちの声にも構わずリンゴを食べ続けます。まるでそれが自分が犯してしまった罪の贖罪であるかのように。
そして、彼は暗いおりの中で願いました。
神さま、どうかグレーテルだけは幸せにしてやって下さい。あの子は何もしていないのです。
どうかお願いします……
お願いします……
お願いします……
おしまい
200文字小説として載せていたものをリメイクしてみました。