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異世界の犯罪者  作者: りきやん
こちらの世界
5/42

05

合コンの日の夜から、アルベルは妙にスキンシップが激しくなった。

料理をしていれば、後ろから抱きついてくるし、髪を乾かそうとすれば、ドライヤーを取り上げられ、自分に任せろとばかりに私の髪を弄る。

何度やめろ、と言い聞かせても、アルベルは笑うばかりで取り合う様子はちっとも無い。


今日も、2人で並んで夕方のニュースを見ている時だった。

大学生が大麻の栽培で、逮捕されたとか何とか。

同じ年頃の人間がこうやって捕まっているなんて、不思議だなぁ、と他人ごとな感想を抱いている時だった。

隣に座っていたアルベルの手が、私の腰に伸びてくる。

声を上げる間もなく、引き寄せられ、アルベルの腕の中に閉じ込められた。


「ちょっと」


抗議の意味を込めて、腕を叩くが、アルベルは動じない。

後ろから抱きすくめられて身動きが取れないのをいいことに、首元に顔を埋めてきた。

カッと頬に熱が上がる。

最近は、こんなことばかりだ。


「ねぇ、やめてって」

「やだ」


駄々をこねる子供のようだ。

私は小さくため息をついて、諦めたように後ろのアルベルに体重を預ける。

こうした行動が、彼の馴れ馴れしいスキンシップを助長しているようにも思えたが、正直、どうにでもなれと言う気分だった。

アルベルはひっつき虫のように、べたべたと甘えてくるが、直接手を出してくることはない。

それが何故なのか不思議で仕方なかったが、私の気持ちが彼に向かっていないのを、はっきりと感じ取っているらしい。

さり気なく聞いてみたところ、無理やり事を致して嫌われるのが怖いとのことだった。

その時に、ちょっとでも手を出したら、顔を見ることは愚か、声を聞くのも、思い出すのも嫌なくらいに嫌ってやると宣告しておいた。

私の発言に、あからさまに傷ついた表情をしたアルベルを、一生涯忘れることはないだろう。


「アルベル、こんなことしたって、意味ないよ」

「アルって呼んでよ。親しい人は、僕のことそう呼ぶ」

「呼び方変えたって、好きにならないから」


私にも人並みの羞恥心はあるので、顔は赤くはなるし、こんな美青年に迫られればドギマギする。

けれど、そこで終わりなのだ。

アルベルに対して、それ以上の感情を抱けない。


「今はそうかもしれないけど、これから、きっと変わるよ」

「そうかなぁ」

「大丈夫、カエデもきっと、僕に依存してくれる」


どこからそんな自信が湧き出て来るのだろうか。

正直、今まで一人で頑張ってきた私には、誰かに依存して甘えるということは想像もできなかった。

かつて、存在した彼氏には、あまりに可愛げがないと喧嘩になり、浮気をされて別れた始末だ。

自分の男運の無さには、笑うしかない。


「カエデさぁ、バイト、辞めない?」


アルベルがしゃべるたびに、うなじに吐息がかかり、くすぐったい。

身をよじれば、逃がさないとばかりに、お腹に回った手に力が込められた。


「馬鹿なこと言わないで。バイト辞めたら、学校も行けないし、ここにも住めなくなる」

「僕が出してあげるよ」

「そうは言っても、限度があるでしょう。アルベルが持ってる装飾品を売り切ってしまったら、一文無しになるんだから」

「大丈夫。無くならないから」

「どこにそんな根拠があるのよ」


アルベルの白銀の髪が、さらりと私の手にかかる。

気まぐれに触ってみれば、随分と柔らかく、指通りが良い。

同じシャンプーを使っているくせに、一体どういうことだろうか。

私が髪を弄っているのに気がついたのか、アルベルがくすくすと笑う。


「僕の髪、気に入ったの?」

「…ものすごく、妬ましい」

「僕はカエデの黒髪の方が羨ましいけどなぁ」


ゆるゆると、頭を撫でられる。

あまりの気持ちよさに、思わず目を細めて、アルベルのしたいがままにされてしまう。


「ねぇ、やっぱり、バイト辞めようよ」

「だから、無理だって」

「カエデがバイトやめたら、もっと一緒にいる時間が増えるじゃない」

「そりゃそうかもしれないけど、お金が無ければ、人は生きていけないの」

「知ってるよ。だから、僕が出してあげる」


堂々巡りだ。

何を言っても、アルベルは私にバイトを辞めさせようとするだろう。

お金を出す、という行為が、私への生活の負担を和らげるための提案なのか、依存させるための提案なのかは定かではない。

私だって、バイトをせずにお金が入るならば、願ったり叶ったりなのだ。

けれども、いつ消えてしまうか分からない人間を宛てにするほど、馬鹿ではない。


「はっきり言うけどね、アルベルには頼らない」

「どうして」

「いつ元の世界に帰るか分からない、気まぐれに出て行くかも分からない、そんな人を頼るほど、私は弱くないの」

「…僕がいなくなるの、怖い?」

「お金を頼っている状態で消えられたら、私のお先は真っ暗よ」

「10年先くらいの貯金を用意したら、バイト辞めてくれる?」


アルベルは、何が何でもバイトを辞めさせたいらしい。

けれども、その発言の中に、とても良い取引材料を見つけた。


「じゃぁ、アルベルが30年分のお金を用意してくれたら、バイト辞める」


無理難題も良いところだ。

30年分の生活費となれば、軽く8桁は越える。

今、アルベルが着ているローブや、装飾品を売り払っても、それだけの人数の諭吉様を集めることは不可能だろう。

やれるもんなら、やってみろ、と私は心中で笑った。

けれども、アルベルは真面目に受け取ったらしい。


「言ったね?」

「えぇ、言いましたとも」

「30年分のお金があれば、バイトを辞めて、僕の側にいてくれるんだね?」

「その通り」

「約束してくれるんだね?」

「うん、約束」


アルベルの指がそっと私の左手首をなぞる。

何をしているのだろう、と不思議に思っていると、なぞられた部分が急激に熱を孕んだ。

慌てて目を落とせば、刺青のような模様が浮かび上がっており、蔦が絡みあったような刻印が、ぐるりと手首を一周している。

絶句した私は、はくはくと口を開閉するしかない。


「な、な、な…」

「約束の印。破ったら、酷いよ?」

「ちょ、ちょっと!何勝手にやってるの?!消してよ!」

「身体に害は無いから、大丈夫」

「そういう問題じゃなくて!こんなの困る!どうやったら消せるの?」


アルベルは笑うばかりで、答えてくれない。

擦ったら消えないかと、手首を擦るが、模様はぼやけもしなかった。


「魔法だから、カエデには消せないよ」


なんてことをしてくれたのだ。

怒りに震える私の身体を、アルベルは抑えこむように抱きしめる。


「いいじゃない。カエデに不利な条件じゃないんだから」

「でも!」

「僕が渡したお金を受け取って、バイトを辞めるだけだよ?」

「そうかもしれないけど、そんなの無理に決まってるじゃない!」

「約束って言ったくせに、いざ僕がお金を用意したら、はぐらかそうと思ってた?」


ぐ、と私は返答につまる。

図星なだけに、何も言い返せない。

アルベルは沈黙を肯定と取ったのか、随分と不機嫌な声で耳元で囁いた。


「へぇ。嘘、つくんだ?」


ぞわり、と背中が粟立つ。

指先が震えたのは、恐怖からなのか、至近距離で囁かれたからなのか、分からなかった。


「ま、まだ、嘘ついてないじゃない」


必死に弁解すれば、アルベルは何が可笑しいのかくすくすと笑う。


「そうだね。だから、今は許してあげる」


アルベルの指先が、ゆっくりと私の手首の上の模様をなぞる。

痛いわけでも、苦しいわけでもない。

けれども、嬲られるような感覚に、私は身動きが取れずにいた。


「カエデがバイト辞めてくれるの、嬉しいなぁ」


のんびりとした声が、耳元でする。

どうやら、アルベルの中では、すでに私はバイトを辞める手筈になっているらしい。

そこまでして、私と一緒にいる時間を伸ばしたいのか、と思うと同時にアルベルに対して、初めて得体の知れない男への恐怖を感じた。

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