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異世界の犯罪者  作者: りきやん
リクエスト

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41/42

if. もしアルベルが犯罪者を追いかける側だったら

リクエスト「アルベルが犯罪者ではなく良い人で、悪者を捕まえる話」のお話しです。

ほぼコメディ。

ゆったりとした午後の昼下がり。

森の木漏れ日を光にして、アルベルは魔術書を片手に読書に耽る。

定職に着いてないと言えば、白い目で見る者もいるが、アルベルは今の生活が気に入っていた。

たまに来る依頼人の仕事をこなし、日々の大半を魔術の勉強に費やす。

いわゆる、フリーの魔術師というものだった。


「アルベル!アルベル・シャトー!」


そんなのんびりとした時間をぶち壊すように、カランカランとベルがけたたましい音立てる。

アルベルは小さくため息をつくと、手にしていた魔術書をテーブルに置いた。


「ここにいるよ、アル」


そう声をかければ、勝手知ったる他人の家とばかりにアルフレドは迷うことなく書斎までやってくる。

キラキラと輝く金髪に、翡翠の色をした瞳、カッチリとした制服。

特徴だけ挙げれば王子のようにも見えるが、眼光の鋭さは隠せない。

警備団の団長として働いているせいか、面と向かい合うと相手を萎縮させるような雰囲気がある。

けれども、アルベルにとっては、ただの厄介者でしかない。

アルフレドがここに来るときは、必ず魔術に頼らないと解決できない事件を持ってくるのだ。


「お前にアルと呼ばれる筋合いはない」

「じゃぁ、アルフレドが僕のことアルって呼んでよ」

「呼ぶわけ無いだろう!」

「もう、そんなに怒らなくてもいいじゃない。冗談だよ、冗談」


その辺座って、とアルベルは向かいにあるソファを指し示す。

もちろん、お茶を出す気はさらさら無かった。


「で、今日は何の事件?また、警備団のみんなに猫耳でも生えちゃった?」

「違う。アルベル、君は異世界に行けるか?」

「…は?」


さすがのアルベルにも理解が出来なかった。

たっぷりと間を取り、考え、アルフレドが何を言おうとしたのか懸命に考える。

そして、出た答えは1つだった。


「アルフレド…異世界に逃げないといけないようなことをしたのかい?」

「何故そうなる」


アルフレドは懐からを探り、ぐしゃぐしゃに折りたたまれた紙を取り出す。

それを、アルベルに渡した。


「現場に残っていた魔法陣だ。ただのこそ泥だが、大層な魔術師らしい。宮廷魔術師が魔法陣を見て舌を巻いていた」

「これは…」


古い文献で見た覚えがあった。

アルベルは紙に描かれた陣をそっとなぞる。

複雑な文様の組み合わせと、均等に書かれた呪文文字。

普通の魔術師ならば、魔力を流し込んだところで発動することは出来ないだろう。


「確かに、異世界に行けるとされている魔法陣と一緒だ」

「その魔法陣が発動していた、という証言があるんだ。犯人を追いかけたい」

「でも、これ、相当な魔術師じゃないと、成功しないよ。失敗すれば、存在そのものが消えてしまう。その犯人だって、生きてるかどうか分かりゃしない」

「しかし、異世界で生きていた場合、どうなるんだ?こっちで、こそ泥やってるくらいなら問題は無いが、さすがに他の世界に犯罪者を逃がす訳にはいかないだろう」

「もう、こっちにはいないんだから、放っとけばいいのに。責任感のお強いことで」


少し嫌味ったらしく言えば、アルフレドは不機嫌そうに鼻を鳴らした。


「それで、アルベル・シャトー様ほどの魔術師でも、その魔法陣は発動できないのか?」


意趣返しなのか、挑発するようにアルフレドが口端を上げる。

アルベルはにっこり笑って、まさか、と肩を竦める。


「僕なら出来るに決まってる。それで、君も一緒に異世界に来るのかい?」


聞くまでもない。

アルフレドは立ち上がると、ぽん、とアルベルの肩を叩いた。


「異世界観光と洒落込もうか」

「そうだねぇ。おみやげは何がいいかなぁ」



魔法陣は随分と呆気なく発動した。

アルベル本人でさえ、驚いたくらいだ。


「すごい。僕って天才」

「自分で言ってれば世話無いな」


そう言いながらも、アルフレドは内心では随分と感心していた。

やはり、アルベルの才能は野放しにしておくにはもったいない。

何度か警備団に来るように誘っているのだが、アルベルは一向に首を縦に振らないのだ。

今の、のんびりした生活が気に入っているのだ、と。

家庭を持つ気も無いらしい。

その点については、貴族であるアルフレドとは違い、責任が無く羨ましい部分でもあった。


「それで、えーと…ここは…?」


アルベルがきょろきょろと辺りを見回す。

ベッドに机、テーブル、そして台所。

随分と自分たちの世界と酷似したものが置いてある。


「異世界って言っても、とんでも空間じゃないんだね」

「これはなんだ?」

「あ、こら。勝手に触っちゃ…」


アルフレドは、目の前にあった、箱型の置物の扉を開く。

開いた瞬間、冷気が流れてきて、アルフレドは驚いてドアを閉めた。


「な、な、な、なん…?!」

「ちょっと、どうしたの?」

「冷たい…!冷たかった!」

「はぁ…?」


同じように扉に手をかけるアルベルを、アルフレドは慌てて制する。


「やめろ、凍ってしまうかもしれない」

「大丈夫だよ。氷魔法掛けられたくらいで、僕はなんともないし」

「しかし…!」

「へーきへーき」


アルフレドの制止も虚しく、アルベルが箱の扉を開こうとした時だった。

がちゃり、と玄関の鍵がまわる音がする。


「たっだいまー」


そして、振り返るとそこには、黒髪の小柄な女性がいた。

黒い瞳をきょとん、とさせて、アルベルとアルフレドを見比べる。

あぁ、どうしよう。ここはこの人の家だったのかもしれない。なんて言い訳しよう。

いろいろな思いが巡り巡って出てきた言葉は、尻すぼみになって消えた。


「お、おかえりなさーぃ…」


女性の目が、見る間に吊り上がっていく。

逃げ出すかと思えば、今にも怒り出しそうな雰囲気に、アルベルとアルフレドは後ずさった。


「ちょっと、また?!なんなの?!私の家はもう手一杯です!出てって!」

「え、また?またって?」

「どーせ異世界から来たとかなんとか言うんでしょ!はい、出てった出てった」


ずかずかと家に入って来ると、いや、ここは彼女の家だろうし、入って当然なのだが、アルベルとアルフレドを容赦なく玄関の外へと追い出そうとする。


「待ってくれ。俺たちの話しを聞いてくれないか?」


しかし、ここは普段鍛えているアルフレド。

ぐいぐい押されるアルベルとは違い、びくともしない。

女性は押し出すのを諦めたのか、小さくため息をつくと、手短によろしく、と言う。


「こちらの世界に逃げてきた犯罪者を捕まえに来たんだ」

「あっそ。じゃ、この家にはいないから他を当たってください」

「待って待って!君、さっき、『また』って言ってたよね?それって、僕らの前にも誰か来たの?」

「そうだけど、エミルが犯罪者な訳ないじゃない」

「そいつだ!」


声を荒げたアルフレドに、女性がびくりと肩を竦める。

警備団の、新人とはいえ屈強な男たちでさえ、アルフレドには竦み上がるのだ。

初対面の女性が大声を出されて、怯まないはずがない。

アルベルはアルフレドの前に出て、なるべく柔和に見えるようにふんわりと微笑む。


「ごめんね、連れが大声出して。彼、ちょっと、なんというか男所帯にいるから、女性への接し方がなってないんだ」

「おい、アルベル。聞き捨てならんぞ」

「あぁ、もう、口挟まないで。そういえば、自己紹介してなかったね。僕はアルベル・シャトー。後ろの怖いのはアルフレド・ラックス。君は?」


女性は不安そうにアルベルを見つめるが、諦めたのか口を開いた。


「遠藤楓。えっと、カエデ・エンドウって言った方が分かりやすいかな?」

「ありがとう、カエデ。それで、アルフレドが探してるのはエミル?」

「そうだ。エミル・タッセン。幾度となく盗みを働いてる、こそ泥だ」

「嘘よ!エミルは、そんなことしないわ」


即座に否定するカエデに、アルフレドは噛み付く。


「見た目に騙されるな。あんなナリでも、魔術はその辺の奴らよりも使える」

「でも、エミルは私を楽しませるような魔術しか使わない」

「お前を陥れようとしてる」

「馬鹿なこと言わないで!」

「あーーーー、はい、やめやめ!」


間に挟まれて耳が痛くなったアルベルは、強制的に話を打ち切る。


「不毛な言い争いをしても仕方ない。カエデ、エミルはここに帰ってくるの?」

「えぇ、たぶん、もう少ししたら」

「それなら、ここで待たせてもら…」

「カエデ!!ただいま!!!見てみて!とんかつ買ってきたの!!!」


ばたん、と玄関のドアが大きな音を立てて開く。

そこに立っていたのは、まだ年端もいかない少年。

焦げ茶色のくりくりとした髪の毛に、頬に若干のそばかすが目立つ顔。

嬉しそうに突き上げた右手には、とんかつ、が入っているであろう白い袋がぶらぶらと揺れていた。


「…えええええ?!」


想像と違うその姿に、アルベルが素っ頓狂な声を上げる。


「ちょっと、聞いてないよ!こんな小さな子だなんて!」

「そういえば、言ってなかったな。でも、お前に次ぐ天才魔術師であることに変わりはない」

「馬鹿みたい。こんな子どもを躍起になって追いかけてたなんて」

「馬鹿とはなんだ。子どもだからと言って、犯罪者を野放しにして良い理由にはならん!」


犯罪者、という言葉にエミルが目を見開く。

それに気づいたカエデは、慌ててエミルの前に2人から庇うように立った。

そのカエデの服の裾を、エミルが不安そうに握る。


「で、おふたりさん。こんな小さな子どもをどうする気?」

「どうもこうも連れて帰る」

「やだ!!!!!ぼく、ここでカエデと暮らす!!!!」


強い拒否に、ほら、とカエデがアルベルとアルフレドを睨む。


「私も、エミルを犯罪者扱いする人に引き渡す気は無いから」

「しかしだな…」

「えーっと、エミル。君が何をしたかは知らないけど、それでも、ここに留まるのは良くないよ。ここは、君のいるべき世界じゃないんだ。何が起こるか分からない。だから、僕らと一緒に帰ろう?」

「やだ!だって、帰ってもお父さんもお母さんもいないもん!」

「いないって…。お留守番くらい出来るでしょ?」

「違う!死んだの!」


ぐ、とアルベルが言葉に詰まる。

どうしようかと逡巡するうちに、エミルの目に涙が溢れていった。


「だって、だって、誰もいなくて、どうしようもなくて、食べ物もなくて、それで、仕方なくパンを盗んだんだ。悪いことだって、わかってるよ?でも、お腹空いて死にそうだったんだ…」

「エミル、君、それだけ魔術が使えるなら、それで稼げただろうに」

「魔術…?魔術でお金もらえるの?」


そうか、とアルベルは思い当たる。

こんな小さな子が、魔術で商売をすることなど思いつくはずがないのだ。

せいぜい、パンを盗む手助けに、自分のために使うくらいだろう。


「でも、あの魔法陣はどこで知ったんだい?」

「お父さんの本に書いてあった。辛くて消えたくなった時に使う魔術だって」


でも、とエミルはカエデを見上げて、はにかむ。


「消えたくて、死にたいって思って、使ったら、カエデがいたんだ。そしたら、毎日楽しくて、ご飯も一緒に食べられるし、お話ししながら眠れるし、あれは、夢を叶えてくれる魔術だったんだよ」


しん、と静まり返る。

アルベルはもちろん、アルフレドでさえ言葉を失ったようだ。

あれだけ、捕まえて帰ると息巻いていたのが嘘のように、ただただ目の前の子どもを見つめることしかできない。

そんな中、カエデが意を決したように、顔を上げた。


「そっちの世界っていうのはどうなってるの?こんな小さな子が、悪いことだって分かってても、盗みを働かないと暮らせないくらい酷い世界なの?」

「いや、そんなことは…」

「あるかもねぇ。きっと、エミルは魔術が使えると分かった途端に、人攫いに連れて行かれるだろうね」


えっ、と声を上げたのは、アルベル以外の全員だった。

アルフレドが驚いている様子に、アルベルは笑う。


「これだから金持ちのボンボンは」

「しかし、人身売買は違法だ」

「法律上はね。盗みが違法なのと一緒。見えないだけで、無いとは限らない」

「そんな危ない世界…。ますます、エミルを帰せないわ」

「心配しないで。彼の面倒は、僕が見るから」


さらりと言ってのけたアルベルに、アルフレドが慌てる。


「お前が…?子どもの面倒を…?自分の面倒さえ見れるか怪しいのに…?」

「ちょっと、僕のこと馬鹿にしすぎじゃない?伊達に一人暮らししてないからね」

「しかし…」

「魔術師の素養があるんだ。僕なら、エミルにいろいろ教えてあげられる。それに、知識無く異世界に渡るような魔術を使う子だ。目の届くところに置いておきたいってのもあるよ」


一理ある、とアルフレドとカエデは思った。

確かに、元の世界で才能を活かしてくれる人の元で暮らした方が良いだろう。

カエデは、エミルを振り返る。

不安そうに見上げてくる瞳に、決心が揺らぐが、心を鬼にして言葉を紡ぐ。


「エミルは、魔術を学びたい?」


問いかけに、ためらいながらもエミルが小さく頷く。

そっか、とカエデは呟いた。


「それなら、この人たちと帰った方が良いと思う」

「なんで…なんでそんな事言うの?ぼく、やっぱり迷惑だった?」

「そんなことないよ。エミルと一緒にいるの、すごく楽しかった」

「だったら…だったら、そうだ!カエデも一緒に行こうよ!」


パァッ、と花が咲いたように、エミルの表情が輝く。

とんでもない提案にカエデは首を横に振るが、アルベルとアルフレドは顔を見合わせて、なるほど、と頷いた。


「その手があったか」

「それなら問題ないね」

「ちょっと待って!問題だらけでしょ!?」


私の生活はどうなるの!と叫ぶカエデに、アルベルはにっこり笑った。


「大丈夫、大丈夫。この子が成人するまででいいから」

「成人って、あと何年あるのよ!?」

「それに、エミルなら、連れて帰っても、またこっちに来ちゃいそうだし」

「来ちゃいそうだしって…」

「あ、君も、普段はこっちで生活してくれてて構わないから。夜だけ、とか、お休みの日だけ、とか僕らの世界に来てくれればいいよ」

「待って待って待って」


カエデは混乱した頭で考え、とんでもない発想に行き着く。


「もしかして、こっちの世界とエミルの世界って、簡単に行き来できるの?!」

「そりゃぁ、僕の手にかかれば。エミルだって、出来るんじゃない?」

「ぼく、できるの…?」

「あー、まぁ、そのうち出来るようになるかな」

「だからって、はい、そうですかって頷けるわけ…!」

「報酬なら出す。こちらと通貨は違うだろうから、貴金属や宝飾品なら問題無いだろう?」

「いや、あの、報酬とかそういう問題じゃなくて…」

「あーもう、いいでしょ。エミルはカエデと会える。カエデは両方の世界を堪能できる。僕はエミルの面倒を見る。アルフレドは…あー、僕らに貢ぐ!」

「お前には貢がんぞ」

「とにかく、カエデが不自由になるような思いはさせないから。世界を跨いで二重生活ができるなんて、羨ましい限りだよ」


アルベルは有無を言わさず、カエデの手を掴む。

そして、にっこりと笑った。


「あはは、こんなに大きいおみやげが手に入るとは思わなかった」

「ちょ、おみやげって…こらー!人の話しを聞きなさい!」


アルベルが懐から魔法陣が描かれた紙を取り出す。

そして、魔力を注ぎ込むと、あたりは強い光に包まれた。

こんな始まりもあったかもしれない。

エミルはきっと、カエデとアルベルに甘えまくるようになって、家族ごっこ状態になるんじゃないかな。

アルフレドはお小遣いをくれる親戚のおじさんポジションで。

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