04
笑子に、合コンに誘われた。
お酒を飲むのも好きだし、彼氏がいるわけでもないが、如何せんお金がない。もちろん、初手で断った。
「そこをなんとか! お願い!」
「そう言われても、ない袖は振れない」
「大丈夫! 男性陣が出してくれる! 絶対、安くで済むから! 行く予定の子がドタキャンして、困ってるの!」
熱心に頼み込まれては、無下には出来ない。困ってる笑子を見捨てることも出来ず、結局了承してしまった。しばらくは、豆苗を育てて食いつなぐか……。
開催は本日。土曜日なので、溺れるほど飲んでも、明日の朝のことは心配しなくても良い。とりあえず、英世さんを3枚だけ財布に突っ込み、私は出掛ける準備をする。行くからには、何かしらの成果を出さなくては。少なくとも、食事の元は取りたい。
「どうしたの、おめかしして」
普段なら、化粧をしてようが、服を選んでいようが、口を出してこないアルベルが、きょとんとしている。そうか、傍目に分かるほど、気合が入っているように見えたのか。
「これから、合コンなの」
「合コン?」
「合同コンパ」
アルベルは意味が分からなかったらしく、仕切りに首を傾げている。どうやら、異世界に合コンという制度はないらしい。
「複数人のお見合いみたいなものよ」
「ここって一夫多妻制とか?」
「違う違う。男女が複数人で食事したりして、気に入った相手がいれば、お近づきになるの」
「へぇ」
タダ飯タダ酒を期待するのは行き過ぎだが、せめて英世さん3人の犠牲で済ませたい。
「遅くなるの?」
「うん。ご飯は適当に食べといて」
めきめきとこちらの世界の知識をつけているアルベルは、最早、私の庇護などいらないのではないかと思うほどだ。ネットも自由に使えれば、料理だって問題なくこなせる。冷蔵庫も、電子レンジも、テレビも、洗濯機も、私と同じくらい使いこなしていた。ここから出て行くのも、時間の問題だろう。
お金は装飾品をちょいちょい売り払っているらしく、きっと、今は私よりもお金持ちだ。悔しいかな、私の食生活を心配して、アルベルが買ってきたお肉を口に入れることも最近では多くなった。かたじけない。
「女の子なんだから、気を付けないとダメだよ」
珍しく、忠告なんかしてくるアルベルに、思わず笑いが零れる。いつものように、にこにこと笑みを浮かべているのではなく、心配そうな表情をしているところも、私の笑いを誘った。
「大丈夫だよ」
「遅くなるなら、迎えに行こうか?」
「どうしたの、急に。バイトの時の方が遅いから、平気だよ」
私の後をひな鳥のように着いて歩いて、玄関先までアルベルが見送りに来る。こちらに来た時と同じ、長いローブは床を擦っており、アルベルが動くだけで自然と床掃除をしてくれていた。パンプスに足を突っ込みながら、後ろに佇む男にひらひらと手を振る。
「じゃ、行ってくるね」
「気を付けて」
「はーい」
玄関のドアチェーンを外して、鍵をまわす。私は振り返ること無く、その場を後にした。
◆
結論から言おう。
タダ飯とタダ酒で、私の気分はとても良かった。笑子と私、そして、笑子の高校時代の友達だという私の知らない女の子。すぐに意気投合し、女子チームは和気藹々としていて、とても楽しかった。
加えて、男子チームも話しは面白く、紳士的で、申し分ない相手だった。ただ、付き合える可能性があるかといえば、答えはノーだ。
そもそも、お金がない。それに尽きる。普通の大学生と同じスタート地点には立てない。きっと私は、自分のデート代すら出せないだろう。バイトの時間も減らせない。時間も金も、何もかもが足りないのだ。
「じゃ、また学校でねー」
誰一人として、お持ち帰りされることも無く、連絡先だけ交換して男性陣とはさっぱり別れる。後でお礼のメールをして、一往復したら、それ以降は連絡を取ることも無いだろうな、と携帯を見て苦笑した。
家の近い笑子と別れ、若干、千鳥足になりながら、ふらふらと道を進む。アルベルにはバイトの時間より早く帰ると言ったが、どう考えても、それよりも遅い時間を回っていた。
気分が良くなった頭で、アルベルは心配しているだろうか、と思いを馳せる。簡素な関係の私達は、お互いの生活に首を突っ込みもしなければ、口を出しもしなかった。思えば、今朝、アルベルが私の帰りが遅くなることを心配した方が珍しかったのだ。
そんな小さな変化は、もしかしたら、彼が帰れるようになる兆候かもしれない、と考える。豚肉や鶏肉が食べられなくなるのは残念だったが、いつまでもこの世界にいるよりは、アルベルも住み慣れた場所に帰った方が良いだろう。
手に持っていた携帯を、なんの兆候も無く取り落としたところで、私はハッとする。随分と飲んでしまったらしく、意識はあるものの、手の力が緩んでしまうようだ。残念ながら、顔の筋肉も緩んでいるのか、今日の合コンで散々笑った話題を思い出してはにやにやしていた。
警察の人がいたら、間違いなく職質されそうだなぁ、と思いながら、取り落とした携帯を拾う。幸い傷が付くこともなく、綺麗なままだった。手に持っているのは危ないと判断した私は、鞄の中に携帯を滑りこませる。
家までは、後少しの距離だ。頑張って歩けば、今日はもうお風呂に入らないで転がってしまっても良いような気がした。
ふらふらとした足取りで進んだ先に、ふと、見慣れた白銀の色が目に入る。アルコールのせいでぼやける視界に、目を擦って、よく見てみれば、それは見知った男だった。
「あれぇ、アルベルだぁ」
呂律が回っていないのが、嫌でもわかる。長いローブを着て、コスプレでもしているのかと見まごう姿が、私に気付いたのか真っ直ぐ向かってきた。
私はへらへらと、その姿を見て笑いを零す。
「どうしたの、こんな時間に。コンビニ?」
「カエデ」
目の前に立ったアルベルの顔は、今までに見たこと無いほどに厳しいものだった。笑っている表情と驚いた表情しか知らなかった私は、そんな顔も出来るのかと妙に感心してしまう。
アイスブルーの瞳が、不機嫌そうに細まった。
「酔ってるね」
「分かるぅ?」
自分でも自覚しているので、酔っていない、などと否定はしない。アルベルは大きくため息をつくと、私の手を掴んで、引っ張った。
「今日はもう、帰って来ないのかと思った」
「あー、うん。遅くなってごめんね」
一応は謝ったものの、私がどこで何をしていようが、アルベルには関係ないはずだ。そう思った私は、随分と無神経なことを口にした。
「でも、私が帰って来なくたって、アルベルは平気でしょ? 関係ないじゃない」
迷いなく進んでいたアルベルの足が、ぴたりと止まる。振り返ったその瞳に、明らかに怒気が含まれている気がして、酔いが半分くらい吹っ飛んだ。
「本当にそう思ってるの?」
「だって、私達、一緒に住んでるけど、お互いのことに干渉しないじゃない」
「それは……」
図星だったのか、アルベルは黙り込む。
私はアルベルがどこに行こうが、何をしてようが、問いたださない。アルベルだって、今日まで、私のことにあれこれ口を出すことはしなかった。お互いに、とても無関心だったのだ。
「今まではそうだったかもしれないけど、これからは干渉するよ」
「なんで」
「カエデが他の男のところに行って、帰って来ないと思ったら、すごく嫌な気持ちになったから」
あまりにストレートに伝えられて、残っていたアルコールが一瞬にして吹き飛んだ。
それって、つまり、嫉妬?
「どうしたの、急に」
動揺した私は掴まれた手を振りほどこうと引っ張ったが、それは叶わない。アルベルは逃げ出そうとした私を諌めるかのように、手に込めた力を強くした。
「急ではないよ。前々から、ちょっと思ってた。でも、カエデは学校とバイトの往復で、色っぽい話も無かったし、安心してた」
「いや、だって、学校にも男の人いるし、バイト先だっているよ?」
「じゃぁ、両方とも行かないでよ」
「無理だから」
無茶な要求をしてくるアルベルを一刀両断する。一体、彼の中でどういった気持ちの変化があったのか、私は想像すら出来ずに戸惑う。
「アルベル、全然、私なんかに興味なさそうだったのに、なんで」
「最初はね。これっぽっちも好みじゃなかったし、黒髪黒目の地味な子だなぁと思ってただけだから」
喧嘩を売っているのか、と言いたくなるほどの率直な意見に、私は目の前のアルベルをじっとりと睨みつける。それに気付いたのか、アルベルは小さく笑った。
「ごめん、ごめん。でもね、異世界から来たっていう不審者を信じてくれて、家に置いてくれるような素直でお人好しなところに、とても惹かれていった」
「他の家に辿り着いてたら、その相手は私では無かったでしょうね」
わざと、意地悪なことを言う。
そう、たまたま、アルベルは私の家に辿り着いて、一緒にいる人間が私だったから、惹かれただけなのだ。それこそ、気の迷いとでも言えるような感情だろう。
「それでも、出会ったのはカエデだ。僕には、この世界で、カエデしかいない」
アルベルの言葉は、じくりと胸に突き刺さる。
嬉しくない、と言えば、嘘になる。ここまで誰かに想われたことも無ければ、言葉に表してくれる人もいなかった。
戸惑いながら、アルベルを見上げれば、彼はにっこりと笑みを浮かべる。
「カエデが、僕のこと、何とも思ってないのも知ってるよ。まぁ、ヒモみたいな生活してる男に惚れろっていう方が無理だよね」
分かっていらっしゃる。それ以前に、アルベルは私の好みではないのだが。それでも、これだけ真っ直ぐに気持ちを伝えられれば、絆されてしまいそうだ。
「時間はたっぷりあるからね。カエデにも、僕に依存してもらおうかな」
いつものように、無邪気な笑みではない。アルベルの顔に、何かを企んでいるような、艶やかで暗い笑みが浮かぶ。
その表情に、ぞくりと背中が震えた。それは、間違いなく、アルベルからの宣戦布告だった。




