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異世界の犯罪者  作者: りきやん
もしもの世界
39/42

if. カエデが外に出ることを踏みとどまっていたら

割と甘めなお話し。

今後の波乱はあれど、たぶん、1番幸せになれる選択肢。

ゆっくりと動く時計の針を見つめながら、私はそわそわと食卓のまわりを行ったり来たりする。

たまに立ち止まっては、窓の外を覗き、期待した姿が無いことにため息をつく。

そしてまた、ぐるぐると歩きまわるのだ。


そんなことを何度も繰り返した時、窓の外に待ちに待った白銀色が見える。

途端に玄関まで駆けて、その扉が開くのと同時に飛びついた。


「おかえり、アルベル!」


手錠のせいで手が思うように広げられず、抱きつくことは叶わない。

仕方がないので、彼のローブの胸あたりを思い切り握り、頬を寄せた。


「たーだいま」


よしよし、と頭を撫でられる。

顔をあげて、いつものように頬にキスをすれば、アルベルは私の額にキスを落とした。

当たり前のようにそれを受け取って、2人で揃って室内へ入る。

アルベルは機嫌が良さそうに、にこにことしていた。


「何か良いことあった?」


そう聞いてみれば、んふふ、と含み笑いをする。


「うん。あとちょっとしたら、この森から出られそうだから」

「本当?!」


思わず足を止めて、隣のアルベルを見上げる。

今の今まで、私はアルベルによって、外に出ることを禁止されていた。

薄暗い森には、危険がいっぱいだからと、止められていたのだ。

お世話になっている以上、迷惑を掛ける訳にはいかないと律儀にその言いつけを守っていたのだが、正直、たった一人で外にも出れず、ぼんやりと日々を過ごすことに辟易していた。

どうにも異世界に来たという実感が沸かなかったが、もし、この森から外に出れると言うのであれば、改めてこの場所がどのような所なのか、自分の目で見ることができるだろう。


「ね、あとちょっとって、どれくらい?」

「仕事が片付いたらね。僕の手腕に掛かってるかな」


肩を竦めて笑っているけれど、結構忙しいのだろうか。

私は何も出来ない自分を見つめて、大きくため息をついた。


「アルベルが頑張ってるのに、私は何も返してあげられなくて、ごめんね」


手錠のせいにして、ろくに家事もせず、こうして帰ってきた彼に夕飯まで作らせている。

いくら魔術で簡単に物事が進められるからと言っても、アルベルは私のことを随分と重荷に感じているだろう。

それでも、彼は、いつものように慰めてくれるのだ。


「気にしなくていいよ、っていつも言ってるのに。僕は、カエデがここに居てくれるだけで満足なんだし」

「でもさ、せめて、ご飯の用意とか、掃除と洗濯くらいは…」

「その手錠じゃ無理だよ」


輝いていた銀色がくすんで、黒ずんだ鈍い色になってきた忌まわしい拘束具に私は目を落とす。

毎日擦っているせいか、手首は常に赤くなっていた。

日常生活に不便なのはもちろん、思い切り手を広げられないため、先程アルベルに飛びついた時のようにもどかしい思いをすることが多々あるのだ。


「これが無ければなぁ。アルベルにも抱きつけるのに」

「…え?」


思わず口から零れた愚痴を、すぐ隣にいた彼が拾わないはずがない。

私は真っ赤になりながらも、必死に自分の言い分を伝えてみた。


「だ、だって、アルベルがいつもぎゅってしてくれるけど、私はこれのせいで出来ないし、手を繋いで歩くことも無理だし、一緒にご飯の用意も出来ないし…」

「待って待って、カエデ。それってさ…」


ごくり、とアルベルの喉が動いた。


「僕のこと、好き、なの?」


随分と、間の抜けた質問だと思う。

こちらの世界に来てから、私にはアルベルしかいなかったし、彼の優しさや気遣いに随分と救われていたのだ。

加えて、好意を全開で示されれば、好きになるなという方が難しいだろう。

あれだけ、頬にキスしたり、飛びついたり、甘えたりしていたのに気づいていなかったとは。

なんて、鈍感男なのだろうか!


「アルベルの馬鹿、知らない」


急に恥ずかしくなって、そっぽを向いて、逃げるように奥の部屋に足を進めれば、その後ろをアルベルがひな鳥のようについて回る。


「ね、ね、カエデ。待ってよ、こっち向いてって。本当の、本当に、僕のことが好きなの?あれだけ、好きになれないって言ってたのに、本当に?」

「あー、もう!」


わたわたと必死になって言い募ってくる様子に、笑いがこみ上げてしまったのは許して欲しい。

依存してよ、だの、今は無理でも、その内好きになるよ、だの、散々嘯いていたくせに、随分と自信が無かったと見える。

そんなところまで、愛しいと思えてしまうくらいには、アルベルに絆されているのだ。

私は足を止めて振り返ると、そのままアルベルの胸に飛び込んだ。


「何度も言わせないでよ!私は、アルベルが好きなの!」

「何度もって…言われたの、初めてなんだけど…」


呆然自失と言った様子になってしまったアルベルを見上げる。

口の中でぶつぶつと、嘘だ、とか、本当に、とか疑っている彼の襟元を、不自由な手で引っ張って、バランスを崩したところで、その唇に掠めるようなキスをしてやった。

彼が、絶対に、私に強要しなかった行為のひとつだ。


「これでも、まだ嘘だって言うなら、アルベルのこと嫌いになるからね」


鼻息も荒く、そう宣言してやれば、呆けたようにこちらを見ていたアルベルの頬が蒸気し、みるみる笑顔が咲く。

感極まったように両手を広げて、予想通り、彼は私に飛びついてきた。


「カエデ!大好き!あぁ、どうしよう、嬉しくて死にそう!」

「アルベルが死んだら、私はどうやって生きて行くのよ」

「大丈夫、道連れにしてあげるから!」

「何も大丈夫じゃないからね?!」


大好き、大好き、と頬ずりをしてくるアルベルに、苦笑が漏れる。

ただ一言、私が好きだと言っただけで、こんなにも喜んでくれるなんて。

随分と愛されているのだと思えば、嬉しくないはずがなかった。


「あぁ、僕、幸せすぎて、今なら手錠も外せるかも」


けれども、その言葉に、一瞬にして全身が凍りつく。

頬ずりすることに満足したのか、身体を離し、私の両手を取って、白銀の髪を揺らして微笑む姿に、つい首を横に振ってしまった。


「だめだめだめ!手首ごと吹っ飛ぶくらいなら、今のままでいい!」

「大丈夫、成功する気がする!」

「その根拠の無い自信はどこから来るわけ!?」

「平気だって。僕、天才魔術師だからさ」

「待って、待って、待って!テンションが上がってるのは分かるけど、勢いに任せて無謀なことしないで!」


しかしながら、私の制止も虚しく、アルベルは手錠を引っ張ると、その長く綺麗な人差し指でとんとん、と叩いた。

止める暇も、逃げる隙も無いような、あまりにも単純な動作である。

恐怖に顔を強ばらせて手錠を見つめていれば、アルベルが触れたところから白い光が広がった。


「ぎゃー!」


手首が吹っ飛ぶ、と覚悟した私は強く目を瞑り、できるだけ自分の身体から腕を離した。

爆発音が聞こえるのを、今か今かと強張りながら待ち受ける。

言うまでもなく、心臓はばっくんばっくんと跳ねまわっていた。

けれども、一向に大きな音が聞こえてくる様子もなければ、手首から先が無くなった気もしない。

無論、痛みも無かった。


「あっはは、すっごい悲鳴」


呑気に私のことを笑っているようだが、魔法は成功したのだろうか。

恐々と瞼をこじ開ければ、私の手首にあったはずの忌まわしき拘束具の姿が見えない。

ついでに言えば、左手首をぐるりと囲んでいたはずの、刺青も綺麗さっぱり消えていた。


「あ、あれ…?」


そっと自分の手を胸元に引き戻し、開いたり閉じたりを繰り返す。

そのまま大きく横に開けば、当たり前のように、両手を広げることができた。


「な、ない…無くなってる!」

「ほら、僕って天才。ついでに、刺青も消しちゃった」

「すごい!すごいよ、アルベル!手首吹っ飛ばなかった!」


数ヶ月ぶりの自由に興奮した私は、感情のままに思い切りアルベルの抱きついた。

自分の腕が、ぎゅ、と彼の背中にまわり、顔を存分に胸元に埋めることができる。

今までのように、ローブを握るだけではない、自分から抱きしめることが出来るようになったのだ。


アルベルもそっと私の背中に手をまわしてくれたが、それを跳ね除けて、片手で彼の手を握ってみる。

そのまま、横に並んでみたり、ぶんぶんと振り回してみたり、指を絡めてみたりしてみた。

さすがの奇行に、アルベルも黙っていられなかったのか、随分と戸惑った様子でこちらの様子を伺っている。


「カ、カエデ…?何やってるの?」

「少し黙ってる!」

「はい」


手を繋いで、隣に立てるようになったことに満足した私は、言いつけ通り黙って突っ立っているアルベルの後ろにまわる。

そっ、とその白銀の髪を持ち上げて、数度、指を通してみた。

絡まること無く通り抜けるそれに、嫉妬したのは言うまでもない。


「あの…カエデさん?」


困った顔のアルベルを見るのが珍しくて、ついつい私は笑ってしまう。

そのまま髪をぐい、と引っ張れば、前を向いていたアルベルの顔が、上を向いた。

彼が座っていてくれれば、その表情を覗きこむことも出来たのだろうが、立っているので私の身長では到底届かない。

するりと、髪を握っていた手を離して、その背中に飛びついて、お腹に手を回した。


「手錠が無いって、素敵」

「あー、うん。そう…かな?僕、ちょっと、手錠外したこと後悔してる」


随分な言い草に、私は背中に顔を埋めたまま、くすくすと笑いを零した。

そのまま、アルベルに伝染したのか、彼もついには肩を揺らして笑い出す。

ひとしきり笑って満足した後は、2人で並んでソファに腰掛けて、手を繋いだ。


「ね、アルベル。この森から出られたら、いろんなところを案内してよ」

「えー。僕、カエデには家にいてもらいたいな」

「そりゃ、アルベルが仕事してる時は、家で待ってるよ。ご飯も貧乏料理じゃなくて、ちゃんとしたもの作るし、掃除も洗濯も、私がしておく。でも、お休みの日は、外で沢山遊ぼう」

「うー、家でごろごろしたい」

「だらしないこと言わないでよ。私、この世界のこと、いっぱい知りたいの」


絡めた指先に、きゅ、と力を込める。


「せっかく連れてきて貰ったんだもん。何も知らないまま、っていうのは嫌だ」

「知らないままでも、良いと思うけどなぁ」

「やだ。だって、この世界のこともっと知って、もっと馴染めば…」


アルベルに、近づける気がするし。

そう続けようとして、私は口をつぐむ。

随分と恥ずかしいことを言おうとしたような気がして、途端に頬に熱がのぼった。

不意に言葉を切った私を訝しんでいたアルベルも、その顔色の変化に目敏く気付く。

途端に、くぃ、と口角を上げて、いやらしい笑みを浮かべた。


「何を言おうとしてたの?ね、続きは?」

「う、うるさい!」

「そんなに真っ赤になっちゃって。どんな恥ずかしいこと言おうとしてたのかなぁ?」

「馬鹿!アルベルの馬鹿!馬鹿!」

「お馬鹿さんのカエデに言われたくないかな」

「馬鹿って言った方が馬鹿!」

「じゃ、5回も馬鹿って言ったカエデは、僕より5倍馬鹿な訳だ」

「あーもう、やめやめ!ほら、早くご飯にしよう!」


お腹すいた、と繋いでいた手を離して、ソファから立ち上がる。

逃げるように台所に向かえば、心底愉快そうなアルベルの声が追いかけてきた。


「あはは、せっかくだし今日は、一緒にご飯作ろうか」


一緒に、という響きに、心が舞い上がったのは言うまでもない。

けれども、それを押し隠しながら、私はソファに座っているアルベルを振り返った。


「ど、どうしてもって言うなら…」

「うん。どうしても、カエデと一緒に作りたいよ」


そうあっさりと返されては、意地を張っている私が滑稽にしか見えない。

立ち上がって、こちらにやってくるアルベルを見つめながら、大きく白旗を上げた。


「…私も、アルベルと一緒に作りたい」

「最初から素直に、そう言えばいいのに」

「うっ…あ、ね、ねぇ!とんかつって作れるかな!?」

「そうやって話しを逸らさない。まぁ、でも、とんかつか…久しぶりに食べたいね」

「こっちの世界の材料でいける?」

「どうだろう…似たようなものはあるけど」

「あ、これは使えそうじゃない?」


あーでもない、こーでもない、と2人で言い合いながら、試行錯誤を繰り返す。

アルベルを頼り、依存するだけだった私が、再びこうして彼の役に立てそうなことが嬉しくて仕方ない。

これからは、私にも頼って欲しい、と強く思う。

そうすれば、2人で支え合って、助け合いながら、生きていけるような気がするのだ。

気持ちが通じ合った私とアルベルの未来は、どこまでも明るいように思えた。

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