if. アルフレドがヤンデレだったら
たぶん、本領を発揮したら、アルベルよりも、アルフレドの方が束縛強いと思います。
アルベルの件から1年が過ぎた頃、私とアルは無事に婚約を果たした。
貰った婚約指輪を眺めていると、アルの伴侶になるのだという自覚がふつふつと湧いてくる。
それに伴い、少しは彼の屋敷に慣れようと、今まで図書室に篭もりっきりだった生活を改めようと思った。
一歩外へと出てみれば、多くの使用人が働いていて、忙しそうにしていても、私に気さくに対応してくれる。
中には随分と仲良くしてくれる人もいて、図書室に篭もるよりも、最近では彼らの仕事を手伝いながらフラフラしてる方が楽しいと思えてきた。
仕事に忙しいアルの代わりに、彼らと交流を深め、家の隅まで把握する。
そんな充実した日々を過ごしていた中で、起きた事件だった。
「あれ?アル、いつも窓拭きをしてくれていた人、辞めちゃったの?」
「あぁ、急に、実家に帰らないといけなくなったらしい」
最近では、一番仲良くしていた男の子だ。
弟が出来たようで、嬉しくて、ついつい構い倒してしまっていた。
2人で下らないお喋りをしながら、窓をピカピカにするのは結構楽しかったのに。
「そっか、残念」
ちょっとは友達になれていたと思っていたのに、一言も無いまま帰ってしまっただなんて。
よっぽど慌てて帰ったのだということを信じたい。
そうで無ければ、心が痛すぎる。
「あんまり、使用人たちにちょっかい出すなよ」
なんだかよく分からないお叱りを頂いたが、私は適当に頷いておく。
そしてまた、次の日には家の中をうろちょろして、他の人の仕事を手伝うのだ。
みんな、じっとしていない私を見ては笑ってはいたが、邪険にすることなく、陽気に迎えてくれる。
「アル。いつも私の髪を結ってくれる子、知らない?」
厨房の隅を借りて作ったクッキーが上手く出来上がったので、日頃の感謝を込めて、彼女に渡すつもりだった。
けれども、どこを探しても姿が見つからない。
家長のアルなら知っていると思ったのだが、彼は首を横に振った。
「さぁな。どこかで油を売ってるんじゃないか?それより…」
じ、とアルの目線が私の手元に注がれる。
もちろん、彼の分も用意してあるので、バスケットの中からひとつ、包装したクッキーを手渡した。
「甘さ控えめにしてみたの」
「へぇ、美味しそうだな。ありがとう」
嬉しそうに受け取ってくれたアルは、バスケットの残りに目を向ける。
「それはどうするんだ?」
「これ?お世話になっている人たちにも配ろうと思って」
「そうか。俺もついて周っていいか?」
「別にいいけど。暇なの?」
「あぁ、すごく暇なんだ」
アルが暇しているなんて、珍しいなぁ。
呑気に笑いながら、私はお伴を許可する。
2人でクッキーを配ってまわったが、最後の1つ、髪を結ってくれる彼女にだけは、渡すことが出来なかった。
その日を境に、ぱたりと姿を消してしまったのだ。
無断欠勤として、アルは当然のように彼女をクビにした。
なんだか様子が可笑しいと気付いたのは、それから数日経った時だった。
クッキーを渡した、お世話になっている使用人の人々が見当たらない。
それに、他の人たちは、私を避けるようにして、目も合わせなければ、話しかけてもくれなかった。
「なに…?」
嫌われてしまったのだろうか。
不安になった私は、一人に話しかけてみるが、必要最低限の会話で切り上げられてしまう。
どうにも歓迎されていない様子に、私は仕方なく以前の習慣通り図書室へと足を向けた。
そこに篭って、ぼんやりと本を手に取り目を通す。
けれども、内容は全くと言って良いほど、頭に入ってこない。
文字の上を上滑りしていた私の目は、いつしかゆっくりと閉じていく。
ふわり、と暖かい感触が頬に落ちてきた。
とても気持ちが良くて、そっと頬ずりしてみれば、頬を包んでいた何かがゆっくりと首筋に降りてくる。
くすぐったい、と感じて、身を震わせれば、まるで笑うように鎖骨を撫でられた。
「…へっ?!」
なんだなんだ、と慌てて飛び起きた私は、自分の身体が自由に動かないことに気付く。
相変わらず首元を撫でている手と、お腹に回った腕に、自分が背後から抱きすくめられているのだと悟った。
こんなことをする人物は、一人しかいない。
「アル、どうしたの」
「…いや」
アルの手の甲が、私の頬を撫ぜる。
一応婚約している身分だし、私もそうされるのは好きなので、黙ってそれを受け入れた。
彼の手の感触を感じながら、ゆっくりと視線を周囲に向ければ、そこが図書室でないことに気付く。
「あれ、ここ、アルの部屋?」
「そうだ」
なぜ、よりによって、彼の部屋。
そう思わないでもないが、勝手に私の部屋に入るのは腰が引けたのだろうか、と楽観的に捉える。
頬を撫でているのとは反対の手が、私の指を絡め取り、しっかりと握りしめた。
いつもよりも随分と甘えてくる様子に、何かあったのかと不安になる。
「どうしたの、アル。なんか辛いことでもあったの?」
「辛かった、のかもしれない。でも、囲い込んだら随分と気が楽になった」
「ふーん?」
彼が言っていることはよく分からない。
けれども、解決しそうなのであれば、それは良かった。
アルに心配事がないなら、私は自分のことを相談しようと思いつく。
彼なら、きっと、何か知っているはずだ。
何故ならば、アルは雇い主なのだから。
「ねぇ、アル。最近、私と仲良くしてくれてた使用人の人たちがいなくなっちゃったんだけど、何か知らない?今日も、避けられてたみたいだし、もしかして、嫌われるようなことしちゃったのかな」
「アルベル・シャトーは、君にキスをしていたな」
どくり、と心臓が跳ねた。
頬を撫でていた手の人差し指の先が、そっと唇に乗せられる。
私が言ったことなど、何一つ耳に入っていなかったかのように、アルは全く違う話題を引っ張りだした。
「ま、待って。どうしたの、アル」
唇の上のアルの指が気になって仕方がないが、黙っている訳にもいかない。
私がしゃべる度に、彼の指先に吐息がかかっているのかと思うと、極力息を殺して話すしかなかった。
「アルベルに苛つくだけなら、まだ分かるんだ。カエデが、あいつに好きなようにされて、気分が良い訳ないのだから」
指先が、ゆっくりと確かめるように私の唇をなぞる。
くすぐったさに身を捩れば、動くなとばかりに繋いだ手に力を込められた。
アルベルの話は、1年も前に片付いたはずだというのに。
今更、話題にすることに意味があるのだろうか?
アルが何をしたいのか分からないが、私はただ、黙って聞いていることしか出来ない。
「でも、窓拭きの男と楽しそうにしているのを見ても、苛ついた。髪結いの女が、カエデに触れる度、気が狂いそうになった。手作りのクッキーを嬉しそうに受け取る奴らに、殺意が芽生えた」
「待って、アル、それって」
私は空いている手で口元のアルの指を退けると、抱きすくめられたまま、半分振り返る。
そこには、感情の見えない、澄んだ翡翠の瞳があった。
「カエデが人と関わる度に、誰かに害を与えられるんじゃないかと思うと、怖くて仕方ないんだ。妹や義弟、甥が殺されたように…」
歪んでいく。
私達の歯車が、軋んだ音を立てて喰違って、噛み合わなくなっていく。
「俺だけの側にいて、俺だけがカエデを知っていれば、安全なんだ。そうすれば、穏やかにいられる」
何かの冗談だと笑って済ませられれば、どれだけ良かっただろう。
残念ながら、アルの目は至って真剣なままだったし、口角はぴくりとも動かなかった。
「君は賢い。俺の想像もつかないような遠くの世界からやってきて、放り出されたにも関わらず、一生懸命にものを覚えて、ここに馴染もうと頑張っている。最初は、それを健気で微笑ましく思っていたのは確かなんだ」
でも、とアルは繋いでいた手をするりと解くと、まるで、逃がさないとでも言うように、両腕で私を抱き込んだ。
「何も知らないまま、ひとりぼっちで、俺だけを頼ってくれたらどんなに嬉しいかと想像する時がある。人と関わらず、俺だけを信用して、ずっとこの手の中で守られていれば、と」
ぞくりと背筋が震えた。
『僕に依存してよ、カエデ』
今は遠く離れた場所に幽閉されているはずの、アルベルの声が蘇る。
アイスブルーの瞳が、暗い色を湛えて、ねっとりと絡みつくような視線を向けてくる。
「いや…やだ、やだよ、アル…」
私を認めてくれて、応援してくれたはずのアルが、アルベルのように全てを取り上げてしまう。
怖くなって思い切り彼の手を振り払い、その腕の中から逃げ出した。
感情の無い、翡翠の瞳を睨みながら、一歩、また一歩と後退し、ドアの方へと近づく。
アルも一歩、また一歩、と吸い寄せられるように私に迫ってきた。
「なぜ逃げる」
「お願い、アル。頭を冷やして。あなたまで、アルベルみたいにならないで」
アルベルの名前を口にした途端、異様なまでにアルの口元が歪んだ。
泣きそうな、怒っているような、複雑な表情だった。
「カエデの口から、あの下衆の名前を聞きたくない」
「アルベルのことを下衆だって言うなら、お願い。アルまで同じようにならないで」
「俺が、あいつと同じ…?」
分からない、とアルが首を傾げる。
このまま一緒にいたら、きっとお互い良くない影響を与えるだけだ。
一晩離れて、頭を冷やせば、いつものように優しいアルに戻ってくれるはず。
私はそう願いながら、後ろ手にドアノブを探った。
そして、探し当てたそれを捻り、思い切り押したのだが、驚いたことにびくともしなかった。
思わず振り返って見つめるが、内側から鍵を開けることが出来ない仕様になっている。
ノブの上には小さな鍵穴がついていた。
普通とは逆になっているおかしな扉に、私は瞠目する。
「アル…ねぇ、この扉、何?」
ついつい尋ねてしまった私に、アルは可笑しそうに笑う。
いつものような優しい笑みではなくて、口の端を歪めただけの、暗い笑みだった。
「鍵をつけたんだ。外に逃げられないように」
「は…?」
「そうすれば、君は、誰の目にも入らないし、誰の記憶にも残らない。俺の手の中で安全に過ごせる」
「冗談…よね?」
引き攣った笑いしか浮かばなかった。
けれども、アルは肩を竦めて「引っかかったな」と、大笑いすることもなければ「本気にしたのか?」と、からかってくることもない。
ただただ、真剣な表情で私を見ているだけだった。
「さぁ、こっちに来い。俺はあの犯罪者のようにはならない。カエデに無理に迫らないし、痛みを与えるようなこともしないからな」
囲って、大切にするだけだ。
アルの手がこちらに伸びてくる。
絶望に目の前が真っ暗になった私は、その手にいとも簡単に捕まってしまう。
似ても似つかない、アルフレドとアルベルの笑顔が、なぜだか被って見えた。
アルベル -> 一応、嫌われたくないからご機嫌伺いをしたりする
アルフレド -> 自分が正義だと思ってるので、相手の意思などまるっと無視




