if. アルベルがカエデの奪還に成功していたら
R15と残酷表現はここからのお話のためにつけていました(・∀・)
アルベルが、アルフレドの屋敷からカエデを奪い返すのに成功していたら、というもしものお話です。
鬱度高めで、痛い表現があります。
ぴとり、ぴとり、と部屋の隅で雫が一定間隔に床へと落ちる音がする。
何も見えない真っ暗な闇の中で、寒さに身動ぎをすれば、嵌められた手枷と足枷、そして首輪へと繋がった鎖がじゃらりと音を立てた。
目元を覆う、分厚い黒い布は、どれだけ首を振っても解けて落ちる様子は無い。
纏わりつく冷たい空気は、容赦無く体温を奪って行き、嫌でも震えから歯がカチカチと鳴ってしまう。
なんて惨めな姿を晒しているのだろうか。
思わず、口元に自嘲が浮かんだ。
アルの屋敷でアルベルに再会した後、私は全ての事実を知った。
笑子が私に罪を着せただなんて、とんだ思い違いだったのだ。
全てはあの男、アルベル・シャトーが仕組み、私を犯罪者に仕立て上げ、世界から連れ出すための罠だった。
思い出すだけで、腸が煮えくり返る。
アルに貰ったネックレスの防御魔法は、天才と呼ばれる魔術師には効果が無かったらしい。
あっさりと最後の手段を奪われ、私はそのまま連れ去られてしまった。
最後に一目、アルの姿を見ることすら叶わずに。
彼は、私がアルベルと共に姿を消したことを、どう捉えるのだろう。
自ら、一緒に行ったと考えるか、それとも、拉致されたと考えるか。
こんなことなら、アルにきちんと気持ちを伝えれば良かった。
後悔ばかりが胸の中で渦巻く。
「たーだいま」
かしゃん、と錠の落ちる音と、場違いな明るい男の声が響き渡る。
私は暗闇の中、姿の見えない、憎き敵を睨みつけた。
無視を決め込み、口を閉ざしていれば、彼の怒りの琴線に触れたのか、手荒に首輪の先の鎖を引っ張られる。
ぐ、と首が絞まり、床から上体が浮いた。
「カエデ、挨拶は?」
頭上から、声が降ってくる。
それでも、私は答えない。
冷たい地下牢の中で、暗闇に佇むアルベルの気配が動いた。
髪を乱暴に掴まれ、無理やり身体を起こされる。
痛みに顔を顰めれば、どうやら間近にいるらしい男が、くすくすと笑った。
「僕、教えたよねぇ。帰ってきたら、ちゃんと『おかえり』の挨拶をしよう、って」
まだ、大丈夫。
まだ、痛みに耐えられる。
左腕の刺青に触れられても、今では声を上げずに我慢ができるのだから。
どうしても口を開かない私に業を煮やしたのか、アルベルは髪を掴んでいた手を離すと、私を乱暴に仰向けに転がした。
後頭部に固い石の感触が当たり、剥き出しになった腕や腿を擦る。
両手を床に押し付けられて、アルベルの吐息を耳元で感じたことで、押し倒されているのだと自覚した。
「本当にお馬鹿さん。どうしてこうも、強情かなぁ」
囁くように話されて、思わず身を縮める。
その瞬間、肩口に鋭い痛みを感じた。
「いっ…!」
慌てて口を閉ざして、声を押し込める。
暗闇で見えないはずのアルベルの口元が、にんまりと弧を描いたような気がした。
「痛い?ねぇ、痛いの?」
再び、同じ箇所に痛みが走った。
アルベルが容赦なく、私の肩口に噛み付いている。
歯が皮膚を食い破る感覚に、痛みと嫌悪感から身を捩るが、のしかかられた身体はびくともしない。
抉るように噛み切られた箇所は、きっと血が滲み、酷いことになっていることだろう。
「いつまで意地張ってるつもり?僕の言うこと聞いて、良い子にしてたら、ここから出してあげるって言ってるのに」
アルベルの舌先が、噛まれた傷口を舐めまわす。
ぐりぐりと痛みを与えるように舌先で嬲られて、目尻に涙が浮かんだ。
ぴちゃぴちゃと、肩口から聞こえる水音に吐き気を催す。
「っ…やめて!」
「またそうやって、嫌がる。嘘でもいいから、媚を売ってみたら?少しは優しくしてあげるよ?」
「誰が…あんたなんかに…っ!」
「もしかして、アルフレド・ラックスが助けに来てくれるなぁんて思ってる?」
ようやく私の肩を甚振るのに飽きたのか、アルベルが上体を起こす。
ほっとしたのも束の間、すぐに首輪を引っ張られ、嫌でもアルベルに抱きすくめられるような格好になってしまった。
冷え切った身体に、じわりじわりと熱が移ってくる。
全身を蝕まれるような感覚に、ぞわりと鳥肌が立った。
「残念。彼なら、迎えにこないよ。僕が殺しちゃったから」
くすくすとアルベルが笑うのに合わせて、身体が揺れる。
私は腕を突っ張って、離れようともがくが、手足が自由だった時でさえ敵わなかったアルベルに、勝てるはずもなかった。
「どうやって殺したか、教えてあげようか?カエデ」
「うるさい」
ぴしゃり、と言い放てば、アルベルは気分を害したのか、私の耳に思い切り噛み付いてきた。
口を真一文字に結び、歯を食いしばることで、呻き声を我慢したものの、耳元で聞こえる息遣いに怖気が走る。
そのまま黙っていれば、喉元をゆっくりと指で撫でながら、まるで息を吹き込むように囁かれた。
「まずね、カエデの声をたくさん聞いてた耳を切り落としてやったんだ」
ぴちゃり、と耳の奥で音がした。
耳穴に舌を入れられ、舐められている感触が気持ち悪くて、目尻に涙が滲む。
「次に、カエデを撫でていた指を折った」
アルベルの手が、私の指に絡まる。
ゆっくりと、そのまま撫で上げられ、身体がカタカタと震えだす。
視界に何も映らないというのは、次に何をされるか予期することも不可能なのだ。
これまで、散々酷い目に遭わされたせいか、恐怖に竦んでしまう。
「それから、カエデを見ていた目を抉り出して、カエデに近寄った足を潰した」
目隠しの上から目元を何度も撫でてから、アルベルの手が足に伸びる。
幾度と無く、冷えきった太ももの上を、熱を持った手の平が往復する。
はっはっ、と浅くなる呼吸を抑えようとしても、恐れからくる動悸は収まらない。
そして、手の平がゆっくりと這い上がり、お腹でぴとりと止まった。
「最後に内蔵を、ぐしゃぐしゃに掻き混ぜてやったよ」
「ひぅ…っ!」
ぐ、とお腹を押されて、意図せず声が出る。
可笑しそうに笑ったアルベルは、お腹に乗せていた手を退けて、私の首元へ滑らせた。
あぁ、アル。
アルフレド。
この男の話が本当なら、何て残酷な殺され方をしたのだ。
恐怖が怒りで塗りつぶされ、後先も考えずに、喉元を擽っていた手に思い切り噛み付く。
少しでも、痛みを感じればいい。
あわよくば、この男の一部を噛み切って、踏みにじってやりたかった。
「あはは、どうしたの、カエデ。僕に痕を付けたいなら、もっと強く噛んでよ」
私の僅かな反撃さえも、アルベルにとっては愉快であるらしい。
逆に、口の中に手を押し込まれて、息苦しくなってしまい咽込んでしまう。
吐き出そうと躍起になれど、アルベルは執拗に指を動かし、口内を蹂躙する。
「カエデの声が聞きたいからそのままにしてたけど、あんまりおイタが過ぎるようなら、口にも枷をつけようか?」
暗い真っ暗な地下牢で、アルベルの陽気な笑い声が反響する。
気が狂ったようなその声に、背筋がぞっとした。
「自分でなぁんにも出来なくて、僕に世話して貰わないと、生きていけないなんて。好きだった男も惨たらしく殺されて、なんて可哀想なんだろうね」
アルベルの指先が、私の口から離れていく。
身体に回されていた手が、ボロ布のように薄くなった服の下をゆっくりと這った。
「ねぇ、早く、僕のことを好きって言いなよ。そしたら、暖かい部屋に、清潔なベッド、それに美味しいご飯を用意して、綺麗なお洋服を着せてあげる」
惨めで、孤独で、ただ搾取されるだけの生活から抜け出せる、なんて魅力的な提案だろうか。
寒くて、ずっと縮こまって震えないといけない地下牢では、アルベルの体温からだけ暖を取れる。
冷たい石はじっとりと湿っていて、そこに身体を横たえるだけで吐き気がした。
ご飯だって、枷をつけている私は自分で食べることが出来ず、アルベルが無理やり口に突っ込んで来る何かも分からないものを飲み下さなければならないのに。
洋服だって、度重なる彼の乱暴に擦り切れ、破れてしまい、本来の機能などとっくの昔に失われている。
それでも、私は、選ぶのだ。
「お前なんか大嫌いだ」
自らを地獄に追い込んででも、この男を拒絶する選択肢を。




