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似たもの同士だったはずなのだ。
違う世界で、孤独の中、懸命に生きてきた者同士。
分かり合えるはずだった。
交差するはずだった人生が、どこまでも平行線だっただなどと、認めたくない。
「僕のこと、好きだって言って」
もう、後に引けなかった。
2人で共に過ごした日々を思い返して、あの中に少しでも親愛の情があったと信じたい。
例え、嘘でも構わないから、その言葉が欲しかった。
そう願っても、カエデは残酷に切り捨ててしまう。
「できない…できないよ、アルベル…」
偽りでさえ、口に出来ないと咽び泣く。
そこが好ましいと同時に、酷く憎たらしかった。
もう、カエデは与えてくれる人では無くなってしまったのだ。
与えてくれないならば、奪うしかない。
「なら、壊してあげる」
祈るように、左手首に唇を落とす。
それと同時に魔力を注ぎ込んだ。
途端に苦しみのたうち回るカエデを抑えこみ、シーツの端を丸めて口の中に押し込む。
左腕の刺青の侵食は瞬く間に進み、暴れ、蠢いてその蔓を伸ばしていった。
「ねぇ、カエデ。壊れる前に、本当のことを教えてあげる」
気付けば、そう口にしていた。
後悔、諦念、失望が胸の内に渦巻いていたが、声音は驚くほどに落ち着き、静かだった。
最後に、罪を告白することで、少しでも知って欲しいと思ったのだ。
どれだけ惨めで、報われない人生だったかを。
「僕ね、沢山悪いことをした犯罪者なんだ」
いつの日か、誰かが与えてくれると信じて、ずっと待っていた。
我慢して、耐えて、歯を食いしばって、懸命に生きながらえて、それでも報われなかった。
だから、力を使って奪うことを覚えた。
「でもね、どんなに宝石や金を盗んでも、人を殺しても、心は満たされなかった。そして、あまりにも虚しくなって、そっちの世界に逃げ込んだ」
両親に、褒めて貰いたかった。
姉兄と一緒に、外で走り回って遊びたかった。
ただいま、おかえり、そんな普通のやりとりがしたいだけだった。
いい子だね、と頭を撫でてくれれば、それで満足できたはずなのに。
「そこで、カエデに出会って、カエデが欲しくなった。食べ物を分けてくれたカエデが、この忌まわしい白銀の髪を綺麗だと言ってくれたカエデが、欲しくてたまらなかったんだ」
異世界で出会ったのは、そんな欲求を満たし、与えてくれる人。
家族のようなやりとり、優しい言葉、気遣い、感謝、庇護。
幼い頃の欠落を埋め合わせるように、欲しかったものを無制限に与えてくれた。
「欲しいものは、今まで、ぜーんぶ力づくで手に入れてきたし、僕のものにならないものなんて、ひとつも無かった」
カエデに出会ってからは、どんなに美しい宝石も、綺羅びやかな金銀も、輝きを失った。
欲しい、と。
目の前にいる「カエデ」という人間を気が狂うほどに渇望した。
「だからね、カエデを犯罪者にして、君の世界から追放させた」
似たもの同士。
異世界で冤罪を被され、犯罪者となり、逃げ出したカエデ。
例え、紛い物だとしても、同じ肩書を持つ事が出来たことに、後ろ暗い喜びを感じずにはいられなかった。
「ひとりぼっちで、こっちの世界に来たカエデには、僕しかいない。手錠をしたままで、不自由なカエデは、僕に頼りきり。僕だけが、カエデを助けてあげられる唯一の存在」
2人で同じ道を歩めるものだと信じきっていた。
これからも、カエデに与えて貰えると、確信すらしていたはずなのに。
「教えてあげたよね?人形遊びは出来るって」
与えて貰えないならば、奪うしか無い。
けれど、奪い尽くしたその後は、何が残るのだろうか。
「アルベル・シャトー…っ!」
絞りだすような声音に、アルベルはそっと目を瞑った。
呪詛、憤怒、憎悪。
負の感情の全てが乗せられた、心からの叫び声。
「私は…あんたを、許さない…っ!」
自らに怨恨を持つ者と分かり合えることなど、一生無いのだ。
アルベル自身が、血の繋がった家族でさえ許すことを出来なかったのだから、他人であれば尚更だ。
知っている、知っていた。
「それでも、分かり合えなくても、愛してるよ、カエデ」
欲しいと願ったものは、やはりこの手から、こぼれ落ちていく。
罠だと知っていた。
強力な魔術に吹き飛ばされた直後、雪崩れ込んできた足音に、笑いすら溢れる。
それと同時に、苦い気持ちが込み上げた。
カエデを囮に使うような男に、そのカエデを奪われたのか。
「抑えろ!」
目の前に迫る刃に、せめてもの抵抗にと魔術で氷を張る。
けれども、対処が僅かに遅かったせいで、十分な厚さにはならず、そのまま剣は氷を突き抜け、腹を貫通した。
「ぐ…っ」
思わず上げた呻き声に、目の前の金髪の男が口の端を歪めて笑っている。
仄暗い色を宿した翡翠色の瞳に、愉悦が見て取れた。
「貴様に奪われた分を、奪い返してやる」
ずるり、と剣を引き抜く間際、耳元でそう囁かれた。
この喧騒の中ならば、周りの誰にも聞こえていないだろう。
「魔封具を最優先しろ!もたもたするな!」
怒号を飛ばし、指示する男を、アルベルは座り込んだまま見上げる。
手には魔封具を嵌められ、黒い目隠しをされ、猿轡を噛まされながら、掛けられた言葉の意味と真意を必死に考えた。
警備団団長アルフレド・ラックス。
彼から奪った物など、まるで検討もつかない。
金糸の髪に、翡翠の瞳。
けれども、その顔に妙な既視感を覚えたのも確かだった。
あれは、確か、ロケットの中の絵姿にあった…。
思考の途中で、無理やり立たされ、引きずられる。
背中から追いかけて来るのは、アルベルに聞かせるように、不自然に張り上げられた男の声。
「カエデ、これからも、俺の側に居てくれ。そして、どうか、支えて欲しい。愛している」
背後で歓声が上がる。
その様子に、カエデの返答を悟った。
目隠しをされた瞼の裏に、歪んだ笑顔を浮かべる金髪の男が浮かぶ。
『愛している』
その言葉に、一体どれほどの価値があるというのだろうか。
アルベルは意味もなく笑い出したい衝動に駆られた。
愛している、愛している、愛している。
何度、口に出そうとも、己の言葉はカエデに届きすらしないというのに。
この世界に連れてきたのが間違いだったのか。
異世界で出会ったのが間違いだったのか。
そもそも、己が生まれたのが間違いだったのか。
窓の外では、アルベルを嘲笑うかのように、真っ白な綿雪が、ひらりひらりと降り始めていた。
少なくとも、アルフレドが10年後までには、子供に嫉妬するくらいカエデを愛しているのが救いですかね。
アルベル編…というか、本編はこれで完結です!
次からは、IF編が始まります。
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