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異世界の犯罪者  作者: りきやん
アルベルの世界
32/42

09

日が沈み、暗く鬱蒼とした森の中、明かりの見えない窓に、アルベルは言い知れぬ不安を覚える。

カエデが帰りを待たずに眠っていたことなど、一度たりとてなかった。

嫌な予感が胸中を過る。

用心を重ね、神経を研ぎ澄ませて辺りを探ってみれば、出かけ間際に申し訳程度に張っておいた結界が消えている。

不安が一瞬にして、焦燥へと変わった。

早足が、駆け足になり、周りをろくに確かめもせず、玄関のドアに手をかける。


「カエデ!」


そう呼んだ声は、虚しく部屋の中に木霊しただけだった。

暗がりの中、いくら目を凝らしても、いるはずの姿が見つからない。

シーツを捲り、洗面所、風呂場、お手洗い、挙句の果てには食卓の下まで覗いて探した。

それでも、カエデの姿は見つからない。


半ば、予想はできていた。

アルベルが張った結界は、内側から破らない限り、侵すことの出来ないものだったのだ。

外からの侵入を拒むのならば、外的要因によって、カエデが連れ去られるはずはない。

とすれば、答えは1つ。


「出て、行っちゃった」


半ば、白昼夢を見ているような気分だったが、言葉にしたことによってその事実は嫌でも現実味を帯びていく。

なぜ、どうして、疑問符が頭のなかを埋め尽くす。

この家にいるのが嫌になったのだろうか?


「うそ…うそだよ、カエデ…」


ふらふらと、覚束ない足取りで外へと飛び出す。

カエデは好奇心の強い女性だ。

結界のことも話していなかったし、不信を植え付けないために、鍵もかけていなかった。

何も考えずに、ふらりと外に出てみただけかもしれない。

過去を精算するためとは言え、長い時間を留守にしたのは失敗だった。

せめて、暇を持て余さないように、何か与えるべきだった。


後悔ばかりが胸の内に押し寄せてくるが、ここで立ち尽くしている訳にも行かない。

もしかしたら、カエデは今頃、森の奥で迷ってアルベルが迎えに来ることを泣きながら待っているのかもしれない。

そうだ、そうに違いない。

冷静に考えてみれば、その可能性が1番高いように思えた。


さっさと捜索に赴こうと一歩踏み出したその時、がさり、と茂みが揺れた。

アルベルはハッとして顔を上げる。


「カエデ?」


呼びかけは、暗闇の中に消えて行った。

返事はなく、ただ静寂が辺りを包む。

息を殺してこちらを伺っている気配に、アルベルの双眸が剣呑に細まった。


「誰?」


一歩、また一歩、とゆっくり距離を縮めていく。

姿は見えずとも、相手が緊張し、怯えているくらいは感知できる。

獲物を甚振る時のような快感に、思わず小さく笑い声が漏れた。

その声に反応したように、ヒッと小さな悲鳴が上がる。

瞬く間に身を翻して逃げ去る姿が視界の端に映った。


「あっ」


そして、茂みからもう1つの声が上がる。

2人いたのであろうが、見捨てられたもう1人は奇しくも逃げ遅れた。

アルベルは魔術を発動し、残された1人を茂みから引きずり出す。

着ている制服に、見覚えがあった。


「警備団か」


吐き捨てた声音は、驚くほど冷たかった。

真っ青な顔でこちらを見上げている男は、見えない力によって引きずり出されたことに動揺を隠せない。

ガタガタと震える身体が、いかにアルベルの存在に怖気づいているかを物語っていた。


「ねぇ、君。女の子を知らない?」

「あ…あ…」


声は、言葉にならなかった。

アルベルはにっこりと微笑むと、その胸を無遠慮に蹴りつける。

仰向けに倒された男は息の詰まった衝撃に呻き声を上げた。


「ほら、質問に答えて。黒髪の女の子。知ってるよね?」

「し、知らない」


男の精一杯の抵抗だった。

アルベルはふぅん、と頷くと、男から足を退ける。

助かった、と男が身体を起こそうとした時、アルベルが小さく詠唱を放った。

途端に、再び身体が地面に引き倒される。

何が起こったか分からなかった男は身体を起こそうとしたが、思ったように動かない。

じわり、と遅れて左肩に熱が広がる。

驚いて顔を横に向ければ、氷柱が刺さっているではないか。

まるで、杭のように、男の左肩を地面に縫い付けている。

視覚に入ると同時に、絶叫が男の口から漏れた。

耐え難い痛みが、左肩を襲う。


「や、やめろ!やめてくれ!」


乞い願えば、白銀の髪の犯罪者は小さく笑った。


「女の子のこと、本当に知らない?」

「知らない!」

「そっかそっか」


また小さく、詠唱が紡がれる。

今度は、左の手の甲だった。

貫かれた瞬間に名状しがたい熱さが駆け抜ける。

肉を穿った氷が体温を奪い、瞬時に皮膚の色が変色した。


「もう1回聞いてあげる。黒髪の、こちらの言葉を話せない女の子。知らない?」

「知らないと言っている!」


地獄のような問答が繰り返される。

知らない、と答える度に男に刺さる氷杭の数が増えた。

アルベルは眉1つ動かさずに、薄っすらと笑みを貼り付けたまま、甚振ることをやめない。

容赦のない攻撃に、男が音を上げたのは、左手足、そして右腕が使えなくなった頃だった。


「け、警備団が、保護した…」


その答えが聞ければ、十分だった。

アルベルはやっぱりね、と肩を竦める。


「カエデ…可哀想に。ちょっとした好奇心で外に出たところを、お前たちに捕まっちゃったんだね」


そう言い放ち、踵を返したアルベルに男は瞠目する。


「ま、待ってくれ」

「何?まだ何かあるの?」

「杭を…」

「あぁ」


うっそりと、アイスブルーの双眸が細まる。

月を背負ったその姿は、どこまでも狂気的だった。


「放っとけば溶けてなくなるよ。ま、自由になる頃には、大部分が壊死してるかな」


その前に、仲間が助けてくれるといいね。


アルベルは白銀の髪を揺らしながら、早々にその場を立ち去る。

目の前の男から、すでに興味は失せていた。

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