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異世界の犯罪者  作者: りきやん
アルベルの世界
27/42

04

初めて来た異世界に対して抱いた感想は、落胆に近かった。

誰かの部屋であろう場所に出たのは良いが、ベッドや机、台所など、あまりにも自分が住んでいた環境に酷似していたのだ。

魔法が失敗したのかとも疑ったが、それにしては、見覚えの無い道具も存在している。


ぼたり、と床に垂れ落ちた肉片に、己の姿を省みた。

男を切り刻み、衝動のままに異世界に来てしまったが、さすがにこのままでは気分が悪いと、アルベルが浄化のための魔術を使ってみる。

すると、何の抵抗もなく、発動した。

この世界でも、魔術というものは有効らしい。


身綺麗になったところで、台所にある箱型の置物の扉を開けてみれば、ひやりとした冷気が流れてきた。

中にあるのは、食材だろうか。

腐らないように、魔術で冷気を起こし、保持しているのかもしれない、と考えてから、否定する。

術式が仕掛けられている様子もなければ、魔力の片鱗すら感じない。

自らの思いも及ばぬ力が働いてるに違いないが、どのようなものなのか、想像すらつかなかった。

中身の貧相な置物の扉を閉めて、アルベルは立ち上がる。


ひしひしと、実感が湧いてきた。

見知らぬ世界に来たのだと、術は成功したのだと、そう確信した。

相変わらず、虚無感に苛まれているが、そこに一筋の期待が生まれる。

この世界でならば、欲しくても掴めなかった、殺した男が持っていた何かが、手に入るかもしれない。


とにかく、衣食住の確保が最優先だった。

ここの住人を懐柔して、人畜無害な人間を装い、騙して居座るか。

それとも、殺して居場所を奪うか。

さて、どちらにしようかと悩んだところで、玄関先のドアが音を立てた。

がちゃり、と軽快な音と共に扉が開く。

そして、即座に扉が閉められた。


一瞬だけ視界に入った、黒髪に黒目の地味な女の姿。

相手が男ならば、取り入るのは難しかったかもしれない。

けれども、女なら話は別だ。

自分の容姿がいかに柔和に見えるかを知っているアルベルは、即座に相手を懐柔することに決めた。

そして、扉の死角に隠れ、再び開いたドアから手を伸ばして女の口元を覆い、中に引き込む。


「待って、叫ばないで。あと、暴れないで」


耳元で、そう囁く。

女の身になって考えてみれば、突然襲われたに等しいのだ。

暴れるな、と言う方が無理な話である。

もちろん、アルベルにしても、そんなことは百も承知だった。

思惑があってこそ、無体を強いるような真似をしている。


「うーん、仕方ないなぁ…。危害は加えないけど、少し大人しくしてね」


魔術が発動し、女の抵抗が無くなったことにアルベルはほくそ笑む。

唯一の特技とも言える魔術がそのまま使えるのは、嬉しい事だった。

けれどもそれは、相手も魔術が使える可能性があるということだ。


警戒しながらも、友好的に見えるよう、話を進める。

そして、分かったのは、相手の女がとんでもないお人好しだということだった。

金の代わりのルビーも受け取らなければ、自分の突拍子の無い話もやすやすと信じる。

乱暴にした後、気遣い、優しくすれば、勝手に家に上がり込んでいた不審者に対して礼を言う。

この点に関しては、アルベルの目論見通りであったが、あまりの警戒心の薄さに呆れてしまった。

ついでに、この世界の人間が魔法を使えないらしいという有利な情報を知ることもできた。


カエデと名乗った女は、今まで、相対する全ての人間を疑ってかかり、出し抜くことを考えて来たアルベルにとって、初めて見る種類の人間だった。

警戒心の薄さに加えて、あり得ない程のお人好し。

そして、簡単に相手を信じてしまう、素直さ。


「夕飯なんだけど…アルベルの分も考えたら少ないよね」

「いいよ、大丈夫。僕、お腹空いてないから」

「そうは言っても、目の前で一人だけ食べるなんて出来ないよ」


食べ物を見ず知らずの人間に分け与えるという行為が不思議で仕方が無かった。

お腹が空いていない、というのは事実であったし、実際、何も食べずに過ごすことも日常茶飯事だ。


「カエデって、お人好しだねぇ」


気がつけば、そんな言葉が口を突いて出ていた。

彼女の口がへの字に曲がったことから、あまり良い意味で伝わらなかったのは理解したが、意味もなく可笑しくて、笑いは止まらない。


一人で食べるはずだった食事を律儀に全て2等分にし、カエデはアルベルに分け与えた。

そして、一緒になって食卓を囲む。

食事など、腹を満たせればそれで良いと考えていた。

けれども、他愛の無い話をしながら食べた「カツ丼」という料理の味に、訳もなく目頭が熱くなる。

己の感情の暴走に、アルベルは言い知れぬ不安を覚えたが、結局は異世界に来たという事実に、自覚している以上にストレスを感じているのだと結論付けた。


「それより、アルベルがどうやって、ここに来たのか教えてよ」

「どうして?」

「どうして、って…。元の世界に戻る手掛かりになるかもしれないでしょ?」

「うん、そうだね。どうやったら帰れるんだろう?」


すっかり信用しきっているカエデに、アルベルは笑顔のまま嘘をつく。

元の世界へ戻る気など毛頭なかったし、戻ろうと思えばいつでも魔術を使って戻れる。

それでも、魔術の仕組みなど知らないカエデは簡単に騙された。


アルベルは目の前で無愛想ながらも、こちらに興味があるのか、仕切りに話しかけてくる女を内心で嘲笑う。

素直で、お人好しで、人畜無害を装っている地味な顔の女。

最初は無条件に手を差し伸べる様子に戸惑ったが、接している内に、とある考えに辿り着いたのだ。

結局、人間が行き着く先はいつも同じであり、終着点にあるのは様々な種類の欲望。

きっと、この女は床につく段階になれば、見返りを求めてくるはずだ。

そうでなければ、ここまで見ず知らずの人間に対して施しをする理由がつかない。


自身の容姿が端麗であることは、数少ない両親に対する感謝の内の1つであった。

そのおかげで、女に言い寄られることはもちろん、男に迫られることすら常だった。

幼少期の悪夢のような体験も、己の容貌のせいだったと考えれば、説明がつく。

それ故、湯浴みの後、誘ってくるに違いない、と考えていたアルベルにとって、カエデの提案は酷く予想を裏切るものだった。


「アルベル、ソファで寝てくれる?」

「え?」


ここ、と指し示されたのは、先ほどまで腰を掛けていた場所だ。

幼少の頃、丸まって寝ていた床よりは数十倍ましな環境だが、それでも、腑に落ちない。


「ベッドがいいなら、じゃんけんする?」

「あ、ううん。ソファでいいよ」


へらり、と得意の笑みを浮かべる。

表面上は柔らかい表情をしているように見えるのだろうが、内心では戸惑いを隠せなかった。


不審者を家に泊めるからには、何かしら、下心を持っているに違いないと踏んでいたのだ。

親切で夕飯を恵み、寝床を与えるような、お伽話でしか見たことのないような人間が存在するだなんて、アルベルは信じられなかった。


手渡された毛布に身を包み、ベッドに潜り込むカエデの様子を見つめる。

しばらく経つと、静まり返った部屋の中で、穏やかな呼吸音が聞こえてきた。

その音を耳にしながら、アルベルは心の中に期待と、高揚感が渦巻くのを感じる。

見返りを求めず、ただ、与えるだけ、与えてくれた。


「夢、じゃないんだよね」


己の頬を、強く摘んでみる。

痛みが走っただけで、元いた世界に戻るわけでもなく、目が余計に醒めてしまっただけだった。


異世界というのは、なんと平穏な場所なのだろうか。

来た時に感じた落胆は嘘のように、消え失せていた。

久しぶりに感じる高揚感は、かつて魔術を手に入れた時に得たものよりも遥かに大きい。

手が、届くかもしれない。

漠然と、頭の中にそんな考えが生まれる。


小さく上下する、カエデが包まった布団を、アルベルは空が白み出すまでじっと見つめていた。

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